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2018年3月

2018年3月31日 (土)

3月のブルーベリー農園(東広島市豊栄町)

3月のブルーベリー農園(東広島市豊栄町)


農園が納品した安芸の郷のブルーベリーはコンテナ型の冷凍庫に保存され、ジャムやソースの加工に利用され、冷凍生食の
1キロ単位での販売も在庫があるので3月に入ってもほぼ毎日お客さんが購入においで頂いている。ブルーベリーは加工がしやすいのと冷凍での保存がきくので障害者の皆さんの作業も年間を通して作業が続いている。

夏の収穫期を前に冬から春はブルーベリーの剪定が品質の維持と木の生長に欠かせないので、こつこつと作業を続けている。3月も21日の彼岸が一日中雨。この雨は前々日から3日間続いたので作業はあきらめる。農園のブルーベリーの場所は家の前の畑が上中下の3つと家の北側の里山に東西2つからなっている。山側の剪定が325日に終わり一区切りついた。一区切りつくと過ぎた冬の季節にもお別れ気分になる。中旬になると生き物が出てくる。イノシシ、アマガエル、タヌキが地面を這い、キジ、ヒヨドリ、ウグイスなどが鳴き声を響かす。作業する目と耳から自然の営みの様子が入ってくる。


1

33日水路の法面の野焼き。いつもして頂いている隣の田んぼの農家の方が毎年この時期に伸びきったススキなどの草むらを焼いている。他の道路沿いの田んぼや畑の法面はそこの農家の方が刈ったり焼き払ったりして管理し景観を保っている。

2

311日。ナンテンの実。ところどころの実が取りがついばんでなくなっているがまだ全部ではない。冬の寒波がひどかったので実の色も大部分が黒ずんでいる。鳥にとってこの状態でのお味は?

 

3

317日。2月に続いて今度は柵をしている山の西側にイノシシが侵入。大きな穴を掘っていた。クズの根を掘って食べるのが目的のようだ。スコップでもとに戻し、周囲の柵を補修して回った。

 

4

318日、援農。一人黙々と剪定を手伝って頂いている安芸の郷の若者。下の畑に場所を定めてたくさんの木を切る体験を通してやり方を学んでいく。

 

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318日。オオイヌノフグリ。地面低く咲く早春から咲く野の花。

 

6

325日。作業の手を休めて休憩後真ん中のブルーベリー畑で、生き物に出会った。一瞬ハクビシンかと思ったが動きがのんびりしているので狸らしい。モグラでもいるのかしきりに法面の中に口を突っ込んっでいる。このあと私たちを横目に悠然と茂みの中に入って行った。

 

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325日。ブルーベリーの太い枝を切っているとアマガエルが出てきた。

 

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325日。一区切りついた山側(里道を挟んで西と東にある)のブルーベリーの剪定が終了。今年は新梢が出るのを促す目的で古くなった太い枝を思い切って間引いたり、ホームベルという品種は全部切る方法もとった。

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325日。真ん中のブルーベリー畑の剪定作業。山の剪定が終わり一区切りついて最初の一列目。気温が高く汗ばむ陽気だった。

 

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325日。早生のタイプのチャンドラーの花芽。この一芽からせり出すように釣鐘状の花が10個くらい咲く。剪定も終わったのであとはミツバチの到来を待つ。

 

2018330

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2018年3月30日 (金)

 グローバル・ヒロシマ対談 ――ニューヨーク在住の中垣法師との対話です――

 

グローバル・ヒロシマ対談

――ニューヨーク在住の中垣法師との対話です――

 

明後日の41日、日曜日の14時から、広島平和記念資料館の地下会議室で、ニューヨーク在住の浄土真宗(西本願寺)僧侶、中垣顕實さんとの対談を行います。多くの皆さんのお出でをお待ちしています。入場料は500円です。

                               

Photo


チラシの裏側に詳しい紹介がありますが、中垣さんは、現在、ニューヨークの「Heiwa Peace and Reconciliation Foundation of New York, Ltd.」の創始者、会長を務めています。2010年にお会いした当時は、ニューヨーク本願寺仏教会に所属され、その後はフリーランスの僧侶として、仏教という軸に沿っての、平和や国際理解、地域の一員としての地道な活動などを続けて来られた方です。例えば、1994年から毎年85日に、広島・長崎原爆法要「恒久平和の日の集い」をニューヨークで開催されていますし、2002年から10年間、911日にハドソン川で、9.11同時多発テロ犠牲者追悼灯ろう流しを続けて来られました。

 

著書には、2010年に出版された『マンハッタン坊主、つれづれ日記』がありますが、最近では、『卍 (まんじ) とハーケンクロイツ――卍に隠された十字架と聖徳の光――』 (現代書館、2013) を通して、ナチスのシンボルになってしまった「まんじ」の歴史的意味を解説するなど、意欲的な活動を続けています。


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トランプ大統領の本拠地ニューヨークで平和や和解のための活動をして来られた僧侶の現地レポートがどんな内容なのか、興味津々ですが、浄土真宗を通してのニューヨークと広島からのメッセージも強力なものになるはずです。

 

[2018/3/25イライザ]

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2018年3月29日 (木)

 『仮説実験授業――授業書<ばねと力>によるその具体化』 ――追悼 板倉聖宜先生 (3)――


 『仮説実験授業――授業書<ばねと力>によるその具体化

――追悼 板倉聖宜先生 (3)――

 

201827日に逝去された板倉聖宜先生のお仕事の中核をなすのが、『仮説実験授業――授業書<ばねと力>によるその具体化』(仮説社) です。普段はあまり考えないことが取り上げられているかもしれませんが、一度疑問を持つと答を知りたくなりますよね。そのスピリットでお付き合い下さい。

 

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まずはこの本が入ってきた箱の裏に書かれている「著者のことば」です。

 

仮説実験授業は、広い意味での科学教育に関する一つの思想だということができます。これまでに科学と教育の両方にわたる新しい考え方を提出し、教材の組織の仕方や教育研究運動の進め方についても具体的なプランを提出してきました。科学教育を体系的

に変革しつつあるといってよいでしょう。

本書では<ばねとカ>という一つの授業書を前面に出しながら、いたるところで仮説実験授業の考え方を、細かなことについてまで具体的に論じています。〈ばねとカ〉に限らず、仮説実験授業に関心をもつすべての人によって検討されることを願っています。

 

さて、ここで「授業書」という耳慣れない言葉が登場しますが、これは、授業に際して生徒たちに配布される印刷物を指します。同時に先生方の「授業の指導案」の役割も果しています。この授業書に提示されている通りに授業を進めて行くことで、生徒たちは、例えば「ばねと力」についての理解をすることができ、「力」といった概念を使いこなせるようになります。それは、板倉先生に協力する形で実際の授業を行ってきた多くの先生方の報告や生徒たちの質問への答、またアンケート等から確認されています。

 

授業書の中心は「問題」です。「すべての生徒が一人で予想をたて、自分自身で考えて討論に参加し、実験に訴えてその真否を明らかにすることを要求するもの」と定義されています。この問題は、問題文・予想・討論・実験の4段階から成り立っています。

 

抽象的な説明が続いても具体的イメージが湧かないと、「仮説実験授業」の楽しさは伝わらないと思いますので、一つ、この本の中から最初の問題を見てみましょう。この前に「質問1」がありますが、スペースの都合もありますので省略します。

 

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予想をした上で、実験をしてみると答は分りますが、ここから出発して、問題2、質問2を経て、「力の原理」に至ります。

 

力の原理とは

 

1. ものに力が加わると、その力の方向にうごきだします。

2. 反対向きの二つの力が加わっていて、一方の力が大きければ、大きな力のほうに動きだします。

3. 止まっているものに加わる二つの力が反対向きで大きさが同じならば、そのものは動きません。

 

この後に「例題」があって、力の原理を応用する練習ができるようになっていますが、省略します。

 

楽しみながら、そして実際に参加しながら学ぶことで、大きな成果が上がるようにデザインされているのが「仮説実験授業」ですが、板倉先生はその目標を次の三つにまとめています。

 

目標①: すべての子どもたちがそこで教育目的とされている科学上の概念・原理・法則を理解し使いこなせるようにする。

目標②: クラスのすべての子どもたちが科学とこの授業とが好きになるように、授業を組織する。

目標③: 以上のような授業がとくべつベテラン教師でなくても、授業について一通りの能力をもち、この新しい仮説実験授業の考え方を自らとり入れようとする熱意を持った教師なら、だれでも実施できるように一切の準備だてをする。

 

凄い目標ばかりなのですが、特に「目標③」は有り難いですね。そして、本書が書かれるまでに実施された数十の授業では、その全てが見事に達成されているという報告も付いています。しかも、単なる自画自賛ではなく、一次資料付きの評価です。

 

先生の著書の中で、面白そうなものが多過ぎて、その全てを読むまでにはなっていませんが、良い機会ですので、手に取ってみたいと思います。先生の御冥福をお祈り致します。

 

先生の著書は仮説社からお求め頂けます。アマゾンでも扱っています。それと、先生のお弟子さんのサイトだと思いますが、「板研情報局」でも役に立つ情報を読むことができます。

 

[2018/3/9イライザ]

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2018年3月28日 (水)

 トランプ大統領とキム委員長への手紙 ――5月のトップ会談を成功させるための提案――

 

トランプ大統領とキム委員長への手紙

――5月のトップ会談を成功させるための提案――

 

2018327日に開かれた広島県原水禁の常任理事会で、アメリカのトランプ大統領と北朝鮮のキム労働党委員長宛に手紙を出すことが決りました。

                           

Photo

 

手紙の中身は、310日にも言及したように、昨年トランプ大統領に提案したものを元にさらにブラッシュアップしたいと思っています。完成時には記者会見を開いて、このブログにもアップする予定ですが、今回は、キム委員長とトランプ大統領に提案の手紙を出す意味を「趣意書」としてまとめたものをお読み頂ければ幸いです。

 

**************************************

トランプ・キム会談を成功させるために(趣意書)

――両首脳に、「北東アジア非核兵器地帯」を設定するよう提案する――

 

広島県原水禁

 

本年5月を目途として、ドナルド・トランプ米国大統領とキム・ジョンウン朝鮮民主主義人民共和国労働党委員長の両首脳による会談の行われることが決りました。本来であれば、このような会談を提案し、場所を設定しその議題についても被爆者や世界の市民の意思を代弁して行動することで、日本国憲法の意思を実現する役割を果すべきであった日本政府は、周回遅れの世界観しか持てず、この役割を果していません。そればかりではなく、今起きている世界のパラダイム転換が全く見えず、米朝会談を妨害するような安倍政権の言動が世界の笑いものになっています。

 

それと呼応して、疑心暗鬼でこの会談の意味を考えている人も多くいます。しかし両首脳が、人類史的な立場から今後の世界のあり方についての画期的な成果をもたらすかもしれない可能性についても、真剣に向き合う必要があります。

 

もし、このような可能性が少しでもあるとすると、それを生かして、被爆者たちの願ってきた核なき世界実現のために、私たちができる限りの努力をすべきことも自明の理です。

 

そこで、被爆地広島の被爆者と市民を代表して私たち広島県原水禁は、両首脳に「北東アジア非核兵器地帯」を実現して貰うべく、次のような提案書を送りたいと思います。その中で、このような提案がイデオロギーとは無関係であること、現在の世界情勢、特に北東アジアの置かれている状況を考えると最も合理的な選択肢であること、またこの提案を実現することで、両首脳が世界史的に類稀なリーダーとして後世から評価されるであろうことなどを強調したいと思っています。

 

この提案は、昨年の1月に、ドンプ大統領就任直前に、代表委員秋葉が個人名でトランプ新大統領に向けて発信し、アメリカのメディア『ワシントン・ポスト』紙や『ボストン・グローブ』紙で取り上げられたたものを元にしています。また、今回他の団体・個人等からも同様の発信がある場合、または賛同を得られた場合には、協力し合ってより強力な運動体に育て、さらなる努力へとつなげられればと考えています。

 

[2018/3/27イライザ]

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[北東アジア非核兵器地帯]は、街頭に出るたびにわたしも繰り返し、訴えています。あちこちでの取り組みの積み重ねが世界を動かすことになれば、と思います。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

このような構想のあることさえ知らない人の方が多いと思います。これなら、合理的だし、双方にメリットがかあると納得した人たちが増えて、その声が両首脳に伝われば、良い結果につながると思います。

頑張りましょう。

2018年3月27日 (火)

 『生類憐みの令――道徳と政治』 ――追悼 板倉聖宜先生 (2)――

 

『生類憐みの令――道徳と政治』

――追悼 板倉聖宜先生 (2)――

 

201827日に逝去された板倉聖宜先生が手掛けた分野の一つ、そして私自身が大きな影響を受けた歴史や社会の見方についての名著には、『生類憐みの令――道徳と政治』と『差別と迷信――被差別部落の歴史』(共に仮説社)、さらには『禁酒法と民主主義――道徳と政治と社会』があるのですが、恐らく知られていない事実も多く盛り込まれている『生類憐みの令――道徳と政治』を御紹介しましょう

 

「生類憐みの令」とは、江戸時代の第5代将軍徳川綱吉 (1646~1709) が発した一連の法令の総称で、特に犬を大切にすることが強調されたと、私たちは教わってきました。そのため、綱吉は「犬公方 (いぬくぼう)」というあだ名まで付けられました。このことは御存知かもしれません。ちなみに、「公方」というのは征夷大将軍の別称です。

 

Photo

                             

By 日本語: 土佐光起 English: Tosa Mitsuoki ("歴代徳川将軍の肖像") [Public domain or Public domain], via Wikimedia Commons

 

綱吉が何故「生類憐みの令」を出すに至ったのかという理由として「俗説」では次のようなストーリーが流布されています。『生類憐みの令』の説明を少し変えて引用します。

 

世継ぎを病気で失った綱吉は,何とか子どもが欲しいと思っていましたが、隆光という僧侶が,「上様に子どもができないのは,前世で犯した殺生の罪の報いです。ですから生類、つまり生き物を憐れんで殺さないようにするのが一番大切です。特に上様は戊年生まれだから犬を大切にしなさい」と勧め、その結果、綱吉は「生類憐みの令」という一連の法令を出し,犬を殺したり傷つけたりしたものを厳罰に処するようにした。

 

その結果、犬を虐待したことを理由に島流しや死刑といった重い刑罰を下された人も多く、今でも「悪法」の典型だ、と考えている人たちも多くいます。

 

その一方、「生類憐みの令」文字通り現代的に訳してみると、「動物愛護法」ということになるのですから、世界史的に見ても、17世紀にそんな素晴らしい法律があった日本は世界に誇る動物愛護国だったという解釈も成り立つはずです。

 

この「生類憐みの令」を取り上げる板倉聖宜先生の姿勢はと言うと、裏表紙の言葉が分り易いと思います。

 

道徳的にせよ政治的にせよ,正しいこと,正義を広め実現していくには,社会の運動法則をきちんと見極めてかからないと,とんでもない逆効果をおこしかねません。

本書は,問題を予想しながら楽しく読み進むうちに,「生類燐みの令」の本当のすがたが,はっきりと理解できるようになっています。また,「生類憐みの令」という歴史的事件の実態を追っていくことによって,道徳や政治の問題を社会の法則とからめながら考えることができるようになるでしょう。

また,学校での授業ですぐに使えるように「授業書」も収録してあります。本書があれば,道徳や在会科の時間にすぐに授業にかけることができます。

 

現代語の訳は「動物愛護法」なのですから、犬以外の動物も保護の対象になっていたと考えらますが、本当はどうなのでしょうか。「予想」しながら考え、そして資料に当って事実を確認する板倉方式の特徴である「問題」を一つ二つ見てみましょう。問題の前の解説も引用します。

 

魚の中でも<生きたまま売られていて比較的大衆的な食べ物>もありました。ウナギとドジョウです。ウナギとドジョウは生きたものをザルなどに入れて運び歩いて,注文があるとお客の目の前で生きたまま料理したのです。これも残酷といえば残酷です。[中略]

 

〔問題6 )

では,このときに,ウナギやドジョウを生きたまま売ることは許されたでしょうか。どうでしょう。

 

予想一一ウナギやドジョウを生きたまま売ることは,

 

.禁止された。

.例外とされて,許可されていた。

 

答は、バナーの後に。

 

今でもそうですが、江戸時代も犬は身近な動物でしたから、犬を大切に、という綱吉の政策が多くの市民に影響を与えたことは事実です。そして、その実を上げるために綱吉は「犬小屋」を設置するまでになりました。そこで問題です。

 

〔問題4 )

綱吉は,いまの東京都中野区のJR線中野駅近くに,幕府直営の犬小屋を建てさせて,江戸中の野犬をそこに集めて育てることにしました。

それなら,その犬小屋ができてまもなくして,その幕府

の直営の犬小屋に収容された野犬は何匹くらいになったと

おもいますか。

 

(参考〉当時の江戸の町人の人口は40~50万人でした。

 

予想

ア· 100匹ぐらい

イ· 1000匹ぐらい

ウ· 1万匹ぐらい

10万匹ぐらい

.その他(       匹くらい)

 

答は、バナーの後に掲載しますが、『生類憐みの令』という本の楽しさを少しは伝えることができたでしょうか。

 

こんなに楽しい本を子どもたちが小さい頃に、どの予想が正しいのかをワイワイガヤガヤ話しながら、一緒に読むことができなかったことは、子どもたちに申し訳なかったと思っていますし、私自身そんなに楽しい時間を味わえなかったことを残念に思っています。

 

先生の著書は仮説社でお求めになれます。アマゾンでも扱っています。それと、先生のお弟子さんのサイトだと思いますが、「板研情報局」でも役に立つ情報を読むことができます。

 

[2018/3/8イライザ]

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[]  ウナギやドジョウももちろん禁止されていました。でもそれでは生きて行けない魚屋たちは、例えば「アナゴ」と称して売るという手段で何とか法の目を逃れていたようです。

次の問題ですが、『徳川実紀』によると「エ」の10万匹です。別の資料では、82000匹はいただろうと書かれているとのことです。

 

 

2018年3月26日 (月)

追悼 板倉聖宜先生   ――私見では、クイズ番組を面白くしてくれた先生です――


追悼 板倉聖宜先生  

――私見では、クイズ番組を面白くしてくれた先生です――

 

201827日に板倉聖宜 (いたくらきよのぶ) 先生が逝去されました。御冥福をお祈り致します。板倉聖宜先生と聞いて、「あゝ、あの先生」と答えて下さる方は少ないと思いますが、教育者、科学史家、哲学者として、科学教育の根本的な見直しを提案・実践して来られた先駆者です。その先生の残された足跡を簡単ですが、御紹介したいと思います。

 

板倉先生の数ある著作の中で、「誰もが知っている」一冊を挙げろと言われると、『仮説実験授業』(仮説社)になるだろうと思います。その内容についても、御紹介する積りですが、先ずは親しみを感じて頂くために、板倉先生が手掛けたもう一つの分野、そして私自身が大きな影響を受けた歴史や社会の見方について、を取り上げましょう。

 

そして、これは全く私の独断と偏見に基づいた評価ですが、テレビのクイズ番組の質を上げ、面白いものにした最大の功労者は板倉先生だということも御理解頂ければと思います。

 

まず、最初に最近のクイズ番組の問題から、本稿に関係のあるものを紹介します。

 

[問題] 硬貨の重さについての問題です。次の三つの硬貨の内、一番重いのはどれか?

 100円玉

 50円玉と10円玉を合わせたもの

 500円玉

 

Photo

                             

        ②       ③

 

硬貨の重さは法律で決められており、次の通りです。

 

1円玉  1g

5円玉 3.75g

10円玉 4.5g

50円玉 4.0g

100円玉 4.8g

500円玉 7.0g

 

Photo_2

 

 

ですから、①は4.8g、②は8.5g、③は7.5gで、正解は②なのです。

 

このクイズ問題を最近テレビで視て、板倉先生の『おかねと社会』という本を思い浮べていました。貨幣の歴史を分り易く解説した本ですが、この問題はそれの現代版とも言えそうです。

  

板倉先生が、歴史を理解しようとする基礎にあるのは「理科的な見方・考え方」です。その特徴はできるだけ一次資料に当って事実を元に考える、そして論理的に考えることなのですが、これなら歴史学者も当然実践していることです。板倉先生がそれに加えて重んじているのが、出来るだけ「数値化」して物事を捉える、さらに「仮説」を立ててそれを実験で確かめながら一歩ずつ理解を進める、という手法です。

 

これも、「科学」と名前の付いている学問では、一応、建前として掲げられていることなのですが、先生の名著の一つである『おかねと社会』のはしがきで、さらに踏み込んでその意味を強調されています。ちょっと長くなりますが、引用します。

 

 おかね(貨幣)は人間の経済活動の主役のようなものです。そこで、貨幣制度は、政治の中心ともなります。しかし、おかねは政治権力者の意のままになるとは限りません。おかねにはおかねの、経済には経済の法則があるのです。しかも、おかねはものですから、のちのちの時代まで伝わります。書かれた文書には、それを書いた人の主観が大きく反映しますが、おかねにはそんなことはほとんどありません。

 じつは、私は「おかねの歴史をしらべてみてはじめて、<経済法則と支配者と被支配者との関係>といったものがよく理解できるようになった」と思いました。そして、「日本の歴史の大きな流れといったものもよくわかるようになった」思ったのです。そこで、私は、そのよろこびをみんなとわかち合いたくて、この本を作ったというわけです。

 

この本でも、「仮説」「実験」という姿勢が貫かれています。小学生にも読んで貰うという理由もあったのだと思いますが、「問題」が提示され、それを考えて「予想」つまり「仮説」を立てることから始めて、その答が出てくるという順序になっています。大切なのは「問題」そのものが既に政治と経済の本質を抉る内容を持っていることです。例えば、これをお読みの皆さんの中で、次のような疑問を「自然に」持たれた方はそれほど多くはないのでないかと思います。私も持っていませんでした。以下引用です。

 

[問題 2]

古代の天皇政府がはじめておかねを作ったとき,人々はそのおかねをよろこんで使うようになったと思いますか。

 

予想

. おかねというものを使い慣れていないので,ものをおかねにかえるのをいやがった。


. おかねは米や布などで物々交換するよりずっと便利なので,人々はよろこんで使うようになった。

 

. 政府の作るおかねにはあまり価値がないので,ものをおかねにかえるのをいやがった。

 

江戸時代の物語には必ず出てくる大判や小判とか、落語の二八蕎麦などを元に考えると「イ」が答だと考える方も多いでしょう。ネタをばらしてしまうのは、推理小説と同じくらいルール違反なのですが、おかねを使う人は多くなかったようなのです。この問題ではその理由も一緒に考えることが必要です。「ア」が正解なのか「ウ」が正解なのか、その両方なのかという問題も提示されていますので、それは次の問を考えることにつながり、さらにその先に発展するという面白みがあるのです。

 

そして、このような視点から、面白いクイズ番組の問題が作られるようになったのは、板倉先生の著書が広まり始めた頃だったという記憶があるので、「クイズ番組が面白くなったのは板倉先生のお陰だ」と、敢えて主張しています。

 

実は、私が読んだ先生の本の中で一番印象的だったのは『生類憐みの令』と『差別と迷信』(共に仮説社)なのですが、次回はその紹介です。

 

先生の著書は仮説社でお求めになれます。アマゾンでも扱っています。それと、先生のお弟子さんのサイトだと思いますが、「板研情報局」でも役に立つ情報を読むことができます。

 

[2018/03/07イライザ]

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2018年3月25日 (日)

銀座の魅力 モンブラン   ――修理はして貰えなくなりましたが、大切な贈り物を貰いました――


銀座の魅力 モンブラン  

――その場で修理はして貰えなくなりましたが、大切な贈り物を貰いました――

 

万年筆は、長い間モンブランを使っています。中学生の頃には、旺文社の雑誌『中学時代』から賞品として貰ったセーラーを使っていましたが、大学生になって家庭教師をしていた頃、海外からのお土産として頂いたモンブランに魅せられて、それ以来ずっとモンブランです。

 

               

Photo

             

 

それからの〇十年、いろいろな種類のモンブランを買ったり貰ったりして、何を書くのか、何時書くのか等によって違ったモンブランを使い分けていました。アメリカに住んでいた頃にはあまり問題にはならなかったのですが、日本での生活が始まってから、インク漏れが起きるようになりました。キャップを外すと、ちょうど中指の当る辺りにインクが漏れているのです。

 

しかし、本数はあるのですから、仕事には別の一本を使って修理に出せば、問題は解決していました。しかし、今考えると、「修理」とは言っても、丁寧に洗ってもらうだけで問題が解決していたこともあったようです。

 

Photo_2

 

それも銀座のモンブランに持って行けば、待っている間に修理して貰えましたので、全く苦痛だとは思ってもいませんでした。

 

しかし、今回上京して、とんでもないことを告げられました。「もう銀座には技術者を置いていないので、工場に送ってそこでの修理になります。恐らく、2,3週間掛ります」ということになっていたのです。修理が終れば、自宅まで郵送して貰えますので、修理に出すのは銀座でなくても良いことになります。それなら広島から出そうかなと考えて、広島での修理を受け付けているところはと尋ねると三越だとのことでした。

 

一端家に戻って、修理に出すにせよ、このところ手を触れていなかったモンブランをきれいにしてからの方が良いだろうと、微温湯に浸けてしばらく置いた後、インクを抜いてまた微温湯を入れてという作業を何度か繰り返しました。

 

一晩、乾かした後、新しいインクを入れて使ってみると調子は前と変わらずにすらすら書けましたし、一晩おいて次の日にキャップを外してもインク漏れはありません。その後一週間以上、インクは漏れていませんので、インク漏れの原因は手入れの悪さにあった、という結論にしかなりません。「愛用」していた積りのモンブランを粗末に使っていた罰が当たったのですが、これからは、定期的に全てのモンブランの手入れをしたいと思います。

 

お世話になっていた銀座モンブランのサービスがなくなって、遅ればせながら道具の手入れの大切さに気付いたのですが、これも銀座からの贈り物だと思ってしまうほど私の罹っている「銀座病」は重症なのかもしれません。

  

[2018/03/04イライザ]

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コメント

山本薩夫監督『白い巨塔』'66で財前五郎はモンブランの万年筆を使っていた、ような。(ような→では弱い→たしかに)
郵便局から田舎の母に仕送りする時、一瞬キャップの頭が見えた。
現金書留封筒(と思う)にモンブラン。このギャップを見せたかったか。
原作は読んでいないので、原作通りかは、?!?
総務省だかが行っている「家計調査」の項目から【万年筆】が消えた時、時代の必然とはいえ、嗚呼!と。
不思議⇒欧米では長いことタイプ全盛であったのに→万年筆メーカーがあまり!?衰退しなかった??→映画でも→愛用の万年筆でどうのはあまり見かけず→手書きはもっぱらサインだけ→ほかにどういう時に万年筆を使うのかしらんと。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

アメリカでは、サインする機会はかなりありますし、重要な契約とか書類には万年筆という使い分けもあるようです。それと個人の「journal」、日記とか備忘録といった感じのものには万年筆という人もいました。

私は、原稿を書くとき、理性より感性に頼るときには万年筆を使っていました。書き直しをしなくて済むようにじっくり考えながらという時もあり、鉛筆で書いたものを清書するときに万年筆を使ったりです。

20代の頃はモンブラン146、プラチナ#3776
ウオーターマン、ペリカン、パーカーなど10本
近く持っていました。使わなくなると愛着も薄れ
欲しい人にあげていたら、手元にゼロになりま
した。今いくらするんだろうと調べたら、えらく
高かったw

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

イヤーッ! すごく気前のいい話で羨ましい限りです。貰った人たちは本当にラッキーでしたね。

...ウォーターマンに我がセンサー反応→さみだれコメント許されて...

『お役所の掟』がヒットの頃→『SPA!』に作者ともどもその万年筆が→ ! →すぐさま色違いを購入。が、しばらくして飽きてしまい、今はシェーファーのみ。('70年代初め『暮しの手帖』に”チープシックの万年筆”とかと→それが出会い→さすがに今はチープでないものを)
小田実の小説『現代史』でヒロインはシェーファーの万年筆を使っている。
きっとオダ・マコもご愛用とサインを頂戴した際たしかめた→ !→何度目かの時→紫がかったblueのインク!→こういう色があったとは→以来この色いちず→turquoise (前はpeacock blue)も気に入ってる。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

インクの色と言えば、梓みちよの『メランコリー』には、「緑のインク」が出てきましたね。これが英語では、turquoiseなのでしょうか。

2018年3月24日 (土)

 玄海原発3号機の再稼働に抗議する ――慰霊碑前の座り込みに40名参加――

 

玄海原発3号機の再稼働に抗議する

――慰霊碑前の座り込みに40名参加――

 

九州電力は、昨日午前11時に玄海原発3号機の制御棒を引き抜き、再稼働を実施しました。広島県原水禁は、これに抗議し午後6時から30分間、緊急慰霊碑前座り込み行動を行いました。緊急な呼びかけでしたが、被爆二世、市民・労組員など40名が参加し、抗議文を採択するとともに、九州電力の瓜生道明代表取締役社長への抗議文を送付することを決めました。

 

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玄海原発は、緊急防護措置区域の半径30キロ圏内に福岡、長崎両県を含む3県8市町が入っており、避難計画の対象は計26万人を超え、有人離島は国内の原発では最多の20に上っているといわれています。しかし、その避難計画の実効性は、自治体任せとなっており、充分な避難計画が建っているとはとても言えない状況です。

 

3月14日の関西電力大飯原発3号機に続く今回の再稼働は、国民の多く「脱原発」への強い思いを無視するだけでなく、「原発回帰」の姿勢を鮮明にするものであり、絶対に認めることはできません。引き続き声を大きくしていかなければなりません。

 

座り込みの最後に採択されたアピール文は以下の通りです。

 

****************************************

玄海原発3号機の再稼働に抗議し、

すべての原発運転の即時停止を求めるアピール

 

九州電力は、本日23日、多くの反対の声を無視して、玄海原発3号機を起動し再稼働させました。

玄海原発3号機と4号機は、住民が130キロの位置にある阿蘇山の火山噴火の危険性があり安全でないと再稼働差し止めを申し立てていた原発です。阿蘇山の最大噴火による火砕流の影響については、広島地裁ではその影響を認め、伊方原発の差し止め判決を行ったばかりであるにもかかわらず、佐賀地裁は20日に危険性を認めない、と申し立てを却下しましたが、住民は納得せず福岡高裁へ即時抗告したばかりです。

福岡高裁での控訴審判決がまだ始まっていないにもかかわらず、九州電力は本日限界原発3号機の再稼働を行い、4号機も5月に再稼働を行うとしています。

福島原発事故から7年、東京電力福島第1原発事故による住民の避難生活や健康への不安、地域コミュニティーの崩壊は、今も深刻です。さらに、いまだ原発事故の原因が究明されていないばかりか、事故の全体像すら把握できず、廃炉への道筋も明らかとなっておらず、費用も拡大するばかりです。この事実にしっかりと向き合わなければなりません。

原発は、事故が起きれば、電力会社一社で責任を持って対処することは不可能であり、その負担を国民が負わされることを私たちは、福島原発事故で体験しています。

原子力規制委員会も認めているように原発に絶対の安全はありません。

多くの国民が、原発に頼らない社会の実現を願っています。

原発の安全神話を再び繰り返す政府や電力会社の姿勢は、住民の命や不安を置き去りにするものであり、決して許されるものではありません。

今やるべきことは、再生可能エネルギーのさらなる開発など、危険な原発に頼らないエネルギー政策を推進することです。

福島の被害者の思いを忘れてはなりません。

核と人類は共存できません!

私たちは、玄海原発3号機の再稼働に強く抗議するとともに、即時に運転を中止することを求めます。

私たちは、原発なき社会を求める多くの市民とともに、これからもすべての原発の廃炉を求めて取り組みを進めます。

以上

 

2018年3月23

 

「限界原発3号機再稼働抗議・慰霊碑前座り込み行動」参加者一同

 

 

[2018/3/23いのちとうとし]

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2018年3月23日 (金)

SEIHO OMBRAGE   ――海の見える杜美術館にあります――


SEIHO OMBRAGE  

――海の見える杜美術館にあります――

 

先日、ちょっと嬉しい出来事があったので、少し奮発をしたランチでお祝いすることになりました。毎日のように案内板を見ている海の見える杜美術館の敷地内にある、SEIHO OMBRAGEです。

 

海の見える杜の美術館には、難しい名前で開館してからすぐ、マスコミの関係者とともに訪れたことがありましたが、それから35年は経っているでしょうか。美術館はリニューアル中で中まで入れませんでしたが、外観の写真は撮れました。

 

 

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宮島から見ると、後ろにあるドーム状の建物が大きく見えますが、下から仰ぎ見る角度だとこれが正面です。フレンチ・レストランのSEIHO OMBRAGEはこの建物の、右側にあります。「ombrage」はフランス語で木陰の意味ですが、「SEIHO」は、恐らくこの美術館の収蔵している美術品の中でも特に貴重な竹内栖鳳 (たけうちせいほう) に由来しているようです。「栖鳳の木陰」、ことによると広島の「西方」も掛けてあるのかもしれません。

 

ランチのメニューは、三種類ありました。

 

 

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パスタ好きとしては三つ目の「冬蕪・アサリ・からすみのクリームニョッキ」を選びました。それに、スープとサラダです。

 

 

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スープの上の黄色いアクセントがチーズクロッカンです。「クロッカン」とは、「カリカリした、歯ごたえのある」という意味だそうですが、このアクセントには感激しました。

 

サラダのドレッシングは二種類あって、白い方がくるみ味、赤い方がビーツ味でした。どちらもすっきりしていて、両方かけて食べたサラダは、量もたっぷりの新鮮な野菜で、Z級グルメでもこのくらいの言葉が自然に出てくるほどでした。

 

メインはニョッキです。もちろん、スパークリング・ワインも忘れてはいません。

 

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クリームソースとニョッキの相性がピッタリで、パスタと言えばスパゲッティーばかり食べて来た私のレパートリーが増えることになりました。

 

そして何よりも評価したいのはウェイトレスのお嬢さん方です。美しい日本語で、無駄な言葉は一つもありませんでした。それでも必要な情報は全てその中に含まれていて、かつ丁寧で温かみのある接客でした。食べ物が出てくる頃合いも文句の付けようがありませんでしたし、お皿を下げるタイミングも見事でした。

 

最後のコーヒーも、私の好みの濃さと香りで、さらなる午後の探検へと出発する刺激になりました。

 

[2018/3/7イライザ]

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2018年3月22日 (木)

「当事者意識」と言えば「原爆記者」   ――懐かしい方々ばかりです――


「当事者意識」と言えば「原爆記者」  

――懐かしい方々ばかりです――

 

かつては「原爆記者」という言葉が生きていて、しかもそう呼ばれていた方々が元気に活躍されていた時代がありました。今でもお元気で活躍されている方はいらっしゃいますが、その数は減っています。

 

おしどり マコ・ケンさんの精力的な仕事振りを伺って、広島・長崎なら「原爆記者」に相当するのではないかと思いました。それに呼応する言葉として「原発記者」があるのかどうかは知りませんが、両者に共通する「当事者意識」を軸に、今回はお二人の思い出を綴ってみたいと思います。

 

1970年代の後半から、毎年夏になると数週間は広島と長崎で過すようになりました。そのときに一番お世話になったのが、中国新聞の大牟田稔さんと中国放送の秋信利彦さんでした。このお二人の足跡を辿るときにABCC (原爆傷害調査委員会、米国の研究機関で、原爆が人体に与える影響を調査研究する目的で設立された。後に日米共同で運営する、RERF--放射線影響研究所に改組された。) の存在抜きには語れません。

 

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秋信さん・「タウンNEWS広島 平和大通り」から

 

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大牟田さん・中国新聞平和メディアセンターから

 

被爆者の中で一番若い人々は、「胎内被爆者」と呼ばれます。当時、3週齢から17週齢の間に母親の胎内で被爆した人たちだからです。出生後、この年齢の被爆者には、放射線の影響が小頭症その他の障害として現れました。この事実をABCCの研究者は1950年代に始まった調査で把握していたのですが、その事実は隠して、母親たちには「栄養が足りないから」といったような虚偽の説明をしていました。

 

しかし、秋信さんの辛抱強い調査で、胎内被爆者の存在が知られるようになり、1965年に内部告発によって全ての真実が明るみに出されました。時を同じくして、秋信さんと大牟田さんは、胎内被爆者とその家族を支える「きのこ会」を立ち上げ、その事務局してのお世話を始めます。さらに、この会を通して胎内被爆者が公的に「被爆者」として認定され国の補償を得られるようにするため、さらに核兵器の廃絶を実現するための運動も強力に進めています。大切なのは、このための時間は、中国新聞記者・中国放送記者としての仕事ではなく、あくまで「個人」の資格で行われていたボランティア活動だったという点です。

 

また、胎内被爆者やその家族がマスコミの報道で傷付いた経験を元に、きのこ会のメンバーのプライバシーを尊重する立場を貫き、他の報道関係者にもそれを尊重するように求めました。「プライバシーを優先すること、特ダネは書かないこと」という立場なのですが、後に大牟田さんは、「他社に特ダネを書くなという以上は、私自身も特ダネ報道はできません。だが、それでよかったと思います」と語っています。被爆者関連報道で、プライバシーが尊重されるようになったきっかけの一つはこうした「きのこ会」の方針だと考えられています。

 

これこそ、私が「当事者意識」という言葉でお伝えしたいことなのですが、5文字の漢字ではお二人の思いは十分には伝わらないような気がしてきました。

 

そして秋信さんを語るときに、19751031日に皇居で行われた昭和天皇の記者会見を避けては通れません。中国放送記者として、「戦争終結に当たって、原子爆弾投下の事実を、陛下はどうお受け止めになりましたのでしょうか」と質問し、昭和天皇から歴史に残る「遺憾には思うが、戦争中のことであり、広島市民には気の毒であるが、やむを得ないことと思う」との発言を引き出したのです。

 

その後、昭和天皇の記者会見で原爆について触れられることはありませんでしたので、この質問の貴重さが分ります。

 

大牟田さんは1991年に当時の平岡市長に請われて、中国新聞社を退き1999年まで広島平和文化センターの理事長としてヒロシマの平和行政をリードし、2001年に71歳で逝去されました。

 

秋信さんは、大牟田さんの亡き後は、一人できのこ会のお世話を続け、2010年に75歳で亡くなっています。秋信さんについては河野美代子先生が最近のブログで取り上げていますが、「タウンNEWS広島 平和大通り」でも、2010年に秋信さんの追悼記事を、当時の首席執筆者だった故「グランパ」さんが書かれています。

  

また大牟田さんについては次男の聡さんが、広島市立大学に寄せられた『〝表現者〟としてのジャーナリスト~ヒロシマと大牟田稔の関わり』に詳しい記述がありますので、お読み頂ければ幸いです。

  

  

[2018/3/20イライザ]

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2018年3月21日 (水)

おやつにラーメン   ――同じお題で書きましょう――


おやつにラーメン  

――同じお題で書きましょう――

 

小さいときから「メンクイ」で、麺類は何でも好きでした。そば、冷や麦、ソーメン、うどん、ラーメン、スパゲッティ等ですが、スパゲッティは別として、汁につける麺というのが必須です。ラーメンだけは、また違った分類だったのですが、つけ麺が登場してこちらも「汁につける」という分類に入りました。

 

ですから「汁なし」は、手に取ったこともありません。そんな偏った好みの目から見て、信じられない光景に出会ったのが、タフツ大学時代です。ケンブリッジ市の、MITとハーバードの中間あたりにあるセントラル・スクエアと呼ばれる地域に日本食品の専門店がありました。Yoshinoyaという名前でした。ボストンの下町に行けばもう一軒ありましたし、中華街でも日本食品は買えたのですが、この店の品揃えが一番豊富でした。その頃、1970年代の初めの頃ですが、ボストン交響楽団の指揮者として迎えられた小沢征爾さんと奥さんの入江美樹さんの買い物姿を見掛けることもありました。

 

こんな貴重な機会に恵まれたのも、ボストン周辺に日本料理の食材を売っている店が少なかったからなのですが、やはりアメリカにあるということで、私にとっては「あり得ない」光景を目にすることにもなりました。

 

Yoshinoyaの近くには市営住宅があり、そこに住んでいる子どもたちがお小遣いを握って良く買い物に来ていました。その頃、チキン・ラーメンは一袋25セントだったような気がしますが、ある日、それを数人の子どもたちがそれぞれ一袋買って、店を出るか出ないかのタイミングで一斉に袋を開け、あの硬いままのラーメンを角から割って、そのまま食べ始めたではありませんか。

 

                 

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店のオーナーの話では、「味が付いているから美味しいし、お腹も一杯になるから小遣いの使い方としては最高なんじゃないのかな。毎日この時間には買いに来るよ」とのことでした。私の頭の中にあった、インスタント・ラーメンのイメージが、ガラガラ崩れてしまいました。丼に入れて熱湯を注ぎ、蓋をして3分待つという、食べ方とは違う、アメリカの子どもたちの「独創性」に脱帽した瞬間でした。

 

そして日本でも、「ベビースターラーメン」というお菓子として同じ頃から発売されているという事実を最近知ったのですが、「美味しい食べ方」や「美味しい食べ物」の発見には、東洋の麺がイタリアでスパゲッティになったように、国境はないということで、納得しています。

 

 

[2018/3/20イライザ]

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コメント

参加ありがとうございます。
チキンラーメンをそのままかじる話は
時々聞いたことはありますが、私はし
ません。先生と同じて汁に浸ける行為
かないと麺類として物足りない(笑)

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

いつも、楽しい「お題」を有難う御座います。

そう言えば、蕎麦には、汁(しる)そば、汁(つゆ)そば、焼きそばという分け方もありますね。私の場合、一番が、しるそばということなのですが、焼きそばも良いですね。

2018年3月20日 (火)

「ヒバクシャ国際署名広島県推進連絡会」が発足

「ヒバクシャ国際署名広島県推進連絡会」が発足

 

昨日、「ヒバクシャ国際署名広島県推進連絡会発足集会」が、午前10時30分から原爆資料館地下第1会議室で、110名が参加し開催されました。

2016年1月21日、日本被団協が、国際署名を実施することを決定し、4月27日に東京で初めての街頭での署名活動が行われて、この運動がスタートしました。広島県内でも、同年7月27日には、被爆者7団体による最初の署名活動が開始されました。そして県内の反核団体・労働団体などもそれぞれの立場から、この署名活動を展開したいました。

そうした中で、この署名活動をより推進するために「ヒバクシャ国際署名の活動を幅広く推進することに賛同する団体や個人」が、より力を合わせようということで、この「広島県推進連絡会」が結成されることになりました。

 

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「発足集会」は、呼びかけ人を代表して広島県被団協の坪井直理事長の開会あいさつでスタートしました。久しぶりに元気な姿を見せた坪井さん(私は、先週金曜日に平和会館でお会いしていましたが)は、次のように今日の集会の意義を述べられました。

「今人類は、少々の力では、正常化できないような状況にあります。だからこそ、誰かがやらなければなりません。このまま人類がなくなってはならないのです。核兵器廃絶を合言葉に、みんながんばろうとしています。一人ひとりの力ではなく、集まった団体が力を合わせ、そして自分のことだけでなく、みんなのことを考えようという思いをもって、みんなが一緒になって人間の生き方を変えようではありません。そして世界を動かしていこうではありませんか」と呼びかけるとともに「核兵器がなければ人類は生きられるのかと言えば、それだけではありません。戦争をなくさなければなりません。みんなが、手を組んで、人類が生き延びる道へつなげましょう」と訴えました。


その後、湯崎県知事、松井広島市長が、それぞれ自らも署名したことを紹介しながら、「推進連絡会の発足を機に大きな力となり、核兵器廃絶に向かって進みましょう」とあいさつ。

続いて、推進連絡準備会の前田耕一郎事務局長が「①発足の経緯②推進連絡会の構成③目標署名数④今後の予定」を提案。その中で前田事務局長は、発足の経緯として署名用紙に掲載された「平均年齢80歳を超えた被爆者は、後世の人々が生き地獄を体験しないように、生きている間に何としても核兵器のない世界を実現したと切望しています。あなたとあなたの家族、すべての人々を絶対に被爆者にしてはなりません。あなたの署名が、核兵器廃絶を求める何億という世界の世論となって、国際政治を動かし、命輝く青い地球を未来に残すと確信します。あなたの署名を心から訴えます。」を紹介しながら、協力を呼びかけました。そして目標署名数を140万筆(県民の半数)とすることを確認しました。3月14日現在の県内署名数は、393,368筆であることも紹介されました。

 

準備会の呼びかけに応えて、この「ヒバクシャ国際署名広島県推進連絡会」に賛同の意思を表明しているのは、77団体、1個人です。もちろん広島県原水禁も広島県平和運動センターも、「推進連絡会」への加盟を決定しています。

 

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昨年7月国連で採択された「核兵器禁止条約」に反対の立場を表明している日本政府を動かすためにも、この署名活動を成功させなければなりません。県内140万人の署名を集めるためには、かつての「原爆ドーム世界参加灯篭を進める署名活動」の時のように、町内会や老人クラブなどにも活動の輪が広げ、賛同者を増やすことが必要です。

一人でも多くの市民が、署名を通じて声をあげてほしいと思います。

 

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2018年3月19日 (月)

原水爆禁止運動   ――言語化から裁判へ――


原水爆禁止運動  

――言語化から裁判へ――

 

闇に葬られようとしていた森友問題の真相が明らかにされつつあるのと時を同じくして、311日には「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」が開かれました。その集会での人見やよいさんとおしどり マコ・ケンさんたちのトークに触発され、森友問題が象徴する絶望的な日本政治を蘇生するためのキーワードは「言語化」と「当事者意識」の二つなのではないかという問題提起を何回か連続で行ってきました。

 

少し視野を広げて考えて見ると、現在人類が生存し続けているのは、安倍政治危機以上の「絶望的」な幾多の苦境を乗り越えて来たからに他ならないのですが、その経験からも「言語化」と「当事者意識」の大切さは読み取れるはずです。広島の歴史を振り返ることで、この点を検証したいと思います。

 

運命の194586日、「生き地獄」を体験し「この世の終り」だと思った被爆者たちは、直観的に自ら今全身で感じている事実が、人類生存と直接関わっていることを理解していました。しかし、人類史上未曽有の出来事を前に、それをどう捉えたら良いのかを短時間に「言語化」することは不可能でした。

 

それに輪を掛けたのがGHQ (連合国駐留軍) による「プレス・コード」と呼ばれた検閲制度でした。被爆者の間でさえ原爆についての情報のやり取りが行えないような厳しさでした。そんな環境下、それでも被爆の真実を言葉にした勇気ある作家や詩人がいました。正田篠枝、大田洋子、原民喜、峠三吉、栗原貞子等の人々です。

 

しかしながら、広島県被団協が2009年に出版した記念誌のタイトルが『空白の10年--被爆者の苦闘』であることは、多くの被爆者に取って、講和条約が結ばれ、プレス・コードがなくなった1952年を契機にしてようやく社会全体とのつながりができたことを示しています。コミュニケーションの手段としては言葉が中心ですので、これは被爆体験についての集団的な「言語化」が形を見せ始めたのが「空白の10年」後であることを示していると考えられます。

 

それを象徴する出来事として、後に平和記念資料館の館長を務められた高橋昭博さんが、1955年に開かれた第一回原水爆禁止世界大会で御自分の体験を話したことを挙げておきましょう。高橋さんの感動的な陳述を大会出席者一同が理解し共有してくれたのですが、それは高橋さんの胸を打ち、後に高橋さんは「生きていて良かった」という言葉で何度も当時の思いを語っています。

 

また、福屋前の電車の中で兄とともに被爆した石田明先生は、その後、法政大学を卒業して教師としての活動を始めます。全国被爆教師の会を立ち上げその会長を務めることをはじめ、平和教育や平和運動に大きな足跡を残しました。詩人としての活動は、被爆体験を元に綴った作品、『曖光20年』で1966年に第一回日教組文学書を受けていることに凝縮されています。


 

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後には県会議員としても多くの人に慕われ頼りにされた存在でしたが、政治活動のしっかりした軸は核兵器の廃絶・平和運動でした。被爆者援護法の制定にも力を入れたことは勿論なのですが、御自分の目が白内障になり、それが多くの被爆者共通の悩みであることを強く感じた結果、「石田原爆訴訟」と呼ばれる裁判を起し、その裁判で勝訴、被爆者援護のための道を大きく広げました。

 

政治を動かすためには、被爆者援護法という法律制定が標準的な道筋です。同時に、言語化、法制化、そしてそれを厳密に適用するための裁判という手段も、その究極の形として今後も生かされなくてはなりません。

 

福島で人見さんたちも同じような道筋を辿りつつ頑張っています。こうした努力と、被爆者たちがこれまで闘ってきた軌跡も重ね合わせ、重層的な人類の歩みを感じつつ、志を次の世代につなげて行って欲しいと願っています。

  

[2018/3/18イライザ]

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2018年3月18日 (日)

当事者意識が日本政治蘇生のカギ   ――おしどり ケン・マコさんが良いお手本です――


当事者意識が日本政治蘇生のカギ  

――おしどり ケン・マコさんが良いお手本です――

 

日本政治蘇生のキーワードとして「言語化」「当事者意識」の二つを選びましたが、それは311日に開催された「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」で、人見やよいさんとおしどり マコ・ケンさんたちのトークに触発されたからです。


 

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前回は人見さんの言葉を通して「言語化」の意味を探りましたが、今回はおしどりさんのパフォーマンスを通して「当事者意識」について考えて見たいと思います。

 

おしどり マコ・ケンさんは、夫婦コンビの吉本「芸人」として関西で活動していましたが、7年前の東日本大震災前から活動の舞台を東京に移しました。震災後に、子どもたちを対象にしたイベントに参加していたのですが、そのイベントに呼ばれていた芸能人たち、さらには公共広告機構での「東日本 頑張れ」のコマーシャルに出演している人たちも、どんどん関東から離れていくことに気付き、大きな違和感を持ちました。子どもたちには真実を伝えたいと考えて、お土産として渡すものの中に自分で書いたメッセージを入れることにしたそうです。子どもたちに間違ったことを伝えてはいけないと強く感じて、さらなる勉強に弾みが付き、そのプロセスで、東電の催す記者会見が大切な情報源であることに開眼します。テレビが東電の記者会見の中継を止めた後もインターネットでの中継を見続け、そして勉強のためにその内容を全部書き起こす作業を続けましたが、その内に、会見で質問のできる人が限られているパターンのあることに気付きます。

 

多く質問している人たちとは違って、フリーランスや週刊誌の記者たちの質問は、自分たちが知りたいと思っていることを鋭く付いていること、でも、良く質問に当る人たちは「そんな質問はいらない!」というような声で、質問者の発言を遮るようなことにも義憤を感じました。

 

そんな声が上がった時には「私たちは聞きたい!」とヤジるために、とは言っても実際にヤジることはなかったそうですが、東電の記者会見に出席し始めました。最初の内は100人以上いた記者たちもだんだん少なくなり、最近では23人ということもあったし、テレビのカメラが一台も入らない会見もあったということなのですが、おしどりさんは、ずっと記者会見に通い続けました。また福島にも足を運び、さらには、記者会見で得た知識、自分たちで勉強した結果を元に、分らないことは専門家に聞いたり現地に出掛けて取材・調査・研究を続けたとのことでした。

 

その結果をお二人は、地道に各種のメディアで報告し続けてきましたが、それが世界的にも伝わり外国からの講演等の招待もあるとのことでした。こうした活動の一環を今回の集会で披露してくれました。

 

2014年の86日に公表された「福島原子力事故における未確認・未解明事項の調査・検討結果~第2回進捗報告~」に添付された、「事故時に観測された中性子と燃料溶融との関連について」という資料から、メルトダウンを起こした2号機について、「中性子が出てきたタイミング」と「2号機メルトダウンのタイミング」が同じである事実を正確に読み取り、その意味を先日の集会でも分り易く説明してくれたのです。

 

これほどこだわる「理由」こそ、「当事者意識」だと思います。私たちは、森羅万象全てのことに同じような関心を持ち続けることは不可能です。今住んでいるところから離れた場所での出来事には、関心が薄れるのは、いわば自然なことです。歴史的にも少し時間が経てば忘れるのは避け難いことですし、未来のことでも明日への関心の方が一年先のことよりは強くて当然です。

 

同時に、世界の全てのことは有機的につながっています。そして、グローバル化された現在では、世界の「片隅」の出来事を、実は私たちのすぐ隣のこととして受け止めなくてはならないケースも増えてきています。さらに、私たちにとって一番身近な事柄に、究極的には影響を与える政治や経済の動きも大切です。それも私たち自身が関わることで方向を決められる場合が、実は多いのです。

 

ですから、社会全体の動きを見詰めて、未来も含めての私たちにとって本質的な影響のある事どもについて、「それは私自身の問題だ」と認識し行動する必要もあるのです。つまり、「当事者」として関わらなくてはならないケースも多いのです。おしどり マコ・ケンさんは、そのお手本を示してくれています。

 

もう一つ、マコ・ケンさんが示してくれたのが、「継続して」「長い時間」関心を持ち続けることの大切さです。東電の記者会見でも担当者が何人も変る中、マコ・ケンさんはずっと同じ場所で、継続して「取材」を続けてきました。東電の「嘘」も簡単に見破れますし、これほど「博識」の取材者を前に東電の担当者も襟を正さなくてはならなくなっています。それ以上に、東電の会見担当者がおしどりマコ・ケンさんから正しいことを学ばないと、仕事ができないレベルにまでなってしまっています。このこと自体、東電はお二人に感謝状くらい出してお礼を言うべきだと思います。そして、これだけの時間を掛けた行動自体が、東電への大きな圧力になっています。さらに、私たち、一つの問題に長い間関わって来た高齢者に取っての大きな励ましにもなっています。

 

「言語化」と「当事者意識」の意味が少しは届いたことを祈っていますが、振り返って考えると、広島でもそして長崎でも、さらに世界の至るところで、人見さんやおしどりさんたちの多くの先輩が同じように血の滲む努力をしてきたことにも思いが広がります。それも参考にすることで、私たち自身の内なるエネルギーを爆発させる準備ができればと思います。

  

[2018/3/17イライザ]

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2018年3月17日 (土)

日本政治の蘇生は私たちの力で   ――言語化と当事者意識がカギなのかも――


日本政治の蘇生は私たちの力で  

――言語化と当事者意識がカギなのかも――

 

311日に開催された「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」については、「いのちとうとし」さんの報告がありましたが、ここでは、第一部の集会での人見やよいさんとおしどり マコ・ケンさんたちのトークに焦点を合わせてみましょう。それは、フクシマや原発に対して私たちがどう向き合うべきかという点だけではなく、政治をどう変えて行けば良いのか、そのために私たちがどう考え行動すべきなのかについての、貴重な提言でもあったからです。

 

キーワードは「言語化」「当事者意識」の二つを選びました。人見さん、おしどりさんともに、「言語化」「当事者意識」の両方についてのお手本を示してくれているのですが、それぞれの意味を強調するために、今回は人見さんの言葉を通して「言語化」の意味を考えて見ましょう。

 

人見さんは、福島第一原発から約50キロ離れた郡山市に住むフリー・ライターですが、福島原発告訴団役員として活躍しています。

 

               

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福島原発刑事訴訟支援団のホームページから

 

311日、人見さんの家のテレビ・アンテナは吹っ飛び、当時の模様を「リアル・タイム」では見ていないこと、その後の放射線に汚染された地域で生活しつつ、「安全キャンペーン」や「除染」の欺瞞や矛盾、「風評被害」の実情等、現地での体験を全国そして全世界に発信する中でガンに罹ったこと、そして、最終的には東電の幹部たちの刑事責任を問う裁判を起こすことで真実を明らかにし、未来への責任を果したいと考えるに至った歴史を、説得力のある言葉で語ってくれました。

 

特に印象的だったのは、いくつかの比喩を通してフクシマの現実、そして私たちが理解すべき構造を描いてくれたことでした。

 

「フクシマはガンと同じだ」という言葉で、御自分のフクシマの体験とガンの体験から、当事者にどう寄り添えば良いのかについて、ストンと胸に落ちるアピールを頂きました。そして「フクシマはいじめと同じ」という言葉からは、権力が弱者をいじめの循環に陥れる構図も解明してくれました。

 

「殴る」という行為でいじめを表現すれば、一回殴られることがいじめだ。でも、国は、誰でも認めていたそのいじめの定義を変えて、「20回殴られなければいじめではない」と宣言した。その結果、19回殴り続けられている人たちはいじめられていないことになり、100回殴られている人は、さすがにいじめと認められて救済策は曲りなりにも存在するけれど、それが19回に減ると、もういじめではないから殴られ続けても良いと平気で言い、「19回はいじめだ」と主張する人たちには、「風評被害を広げるな」というような形での新たないじめが始まる。

 

そして最後に、「取り返しのつかないことが起きる前に・・・」と題して、

 

自分で調べる

自分で考える

自分で判断する

自分で意思表示する

政治の話を日常にする

二度と過ちを繰り返さないように学びを伝える

 

目先のことではなく、100年後の未来を考えて

 

というまとめをしてくれました。これは全て人見さんがこの7年間実行してきたことを言葉にしたものですが、その先には、東電幹部の刑事責任を問う裁判という形での具体的行動がありました。その裁判の様子も手短に語ってくれましたが、武黒一郎元副社長は「権限はない」から、武藤栄元副社長は「シミュレーションに信頼性はないと思ったから」、また勝俣恒久元会長は「権限はなく」という理由で、それぞれ「責任はない」と主張しているとのことでした。

 

「政治は言葉」だと言われます。私たち一人一人が感じる世の中の矛盾や、怒り、過酷な状況に対する涙やフラストレーションは、人類史の中で多くの人々の努力によって、100年先の人々が同じような悲劇を繰り返さない方向に修正され、法律として権力を縛り、暴力を規制してきました。そして、その究極的手段の一つが裁判です。それは、「言語化」の最先端にある制度としての裁判の力を使って、社会正義を実現しようとすることに他なりません。厳正な裁判が行われるよう見守り、このようなプロセスを通して日本の政治が蘇る可能性を広げて行きましょう。

 

書き始めると、どんどん長くなってしまいます。おしどり マコ・ケンさんについては次回、お読み下さい。

  

[2018/3/16イライザ]

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2018年3月16日 (金)

日本政治を蘇らせるために   ――安倍内閣退陣要求を緊急街宣でアピール――


日本政治を蘇らせるために  

――安倍内閣退陣要求を緊急街宣でアピール――

 

前回は、財務省の森友問題についての対応が、改竄前の文書を元に考えると憲法違反であることを主張してきました。具体的に違反しているのは、前文、第15条、第41条そして、憲法遵守を規定している第99条です。

 

これだけでも、森友問題についての財務省の対応が如何に人を馬鹿にしているものなのか、傲慢かつ無礼なものなのかは明らかです。戦前の軍隊なら、軍事力がありますから、それを背景に、国民無視の態度を取れたかもしれませんが、今の時代にそれに匹敵するほど大きな力とは何でしょうか。それを考えるためには、もう一つの事実も視野に入れなくてはりません。

 

それは、この一連の大醜聞の中で、財務省の担当部署にいた職員が自殺したという事実です。そのような環境を作った財務省自体が「ブラック企業」として行動していたことを示していますし、憲法13条違反です。

 

13 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 

公務員には労働基準法は適用されない等の技術的な議論を持ち出さないで、憲法が何を守ろうとしているのか、その基本に立ち返って考えましょう。

 

公務員である前に、誰でも人間であり個人です。その人格を尊重する職場環境を作ることは、最低限、「自分たちこそ国家である」と自らを規定している高級官僚の義務でしょう。そして今回の死の原因を辿って行けば、その大本は安倍昭恵総理大臣夫人が森友学園の名誉校長として名を連ねていたことにあるのですから、直接手を下しての殺人とは比較すべきではないとは言え、人の死を招く結果を生じさせた道義的責任は非常に重いと言わざるを得ません。

 

それだけでは問題は終りません。官僚組織は権力を行使する立場ですので、その組織が暴走する可能性が常にあります。その暴走を許さないために、各省庁のトップは生え抜きの組織の一員ではない、選挙で選ばれた国会議員、あるいは同じく選挙で選ばれた総理大臣が指名する大臣がいるのです。その立場、つまり主権者たる国民の代弁者、として踏えての省庁管理、そしてその統括を行えないのであれば、大臣失格、総理大臣失格なのです。

 

その角度から、安倍政権の退陣を要求するのは当然なのですが、この問題の責任を議論したり、分析したりしているマスコミの最大の関心事は「政局」、つまり、今後、安倍政権にとって有利になのか不利になるのか、誰が次の総裁や総理になるのかといった、権力の座がどう動くかであるようにしか映りません。ここでも、国民や憲法は蔑ろにされています。

 

権利が蔑ろにされている国民の中には、当事者中の当事者、籠池夫妻も入ります。証拠は全て検察が押収してしまっている訳ですので証拠隠滅の恐れはなし、マスコミの監視が厳しい中、逃亡の恐れもないでしょう。そして、彼らの犯した罪については、裁判で公正に判断すれば良いだけのことでしょう。にもかかわらず、籠池夫妻を拘留し続けている理由は何なのでしょうか。今起きていることについて、当事者として実際に起きたことを喋られるのが怖いという理由くらいしか頭に浮びません。

 

そもそも、国民や憲法を蔑ろにしてきた人たちが犯した罪を裁くに当って、国民や憲法を蔑ろにした議論で片が付くと思う方がおかしいはずなのですが、私たち一人一人が怒りをさらに大きくして、それを言語化して政府や与党、財務省や官僚たちを批判し、政治を変えなくてはなりません。「公務員の罷免」も憲法15条では私たちの権利なのですから。

 

でも「言うは易し行うは難し」という言葉もあります。しかし、先日の「フクシマを忘れない! さようなら原発ヒロシマ集会」での人見やよいさんとおしどりマコ・ケンさんたちの発言からは、「大丈夫、出来るんだ」という力強いメッセージを貰えたような気がします。次回はその点について述べますが、もう一つ緊急の報告です。


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 15日は、「戦争させない・9条壊すな!ヒロシマ総がかり行動実行委員会(略称:ヒロシマ総がかり行動)」(共同代表:秋葉忠利、石口俊一、石川幸枝、川后和幸、山田延廣)の主催、呼びかけで、「緊急街宣」行動を行いました。

 

呼び掛けの焦点は、「森友」公文書改ざんの徹底究明を要求する、「佐川じゃないよ 麻生が辞めろ」、「ウソつくな 責任とれよ 安倍内閣」、「安倍政権は今すぐ退陣!」ですし、「もう証人喚問しかない」、「国会は国政調査権発動を」と集まった100人に近い同志が大きな声を挙げました。

 

この活動には特に多くの皆さんが共感して下さったような実感がありました。チラシを取ってくれる人も多かったですし、電車の停留所から耳を傾けてくれた方々もいつも以上の数でした。また、私たちに声を掛けて、激励してくれる皆さんも目立ちました。

 

日本の政治が蘇り新たなパラダイムに転換する兆しなのかもしれません。

 

[2018/3/15イライザ]

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コメント

お疲れ様でした。仕事の都合で参加できませんが、わたしも、マイクは持ち歩いて、外出時には主に小さな駅の前やスーパーの前で訴えるようにしています。あちこちで「同時多発的」に声を上げられればと思います。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

公の場で声を挙げることは勇気のいる行動です。誰にでもできることではありませんので、これからも是非続けて頂きたいと思います。

そして、家庭内や学校、職場でも、率直に政治についての「思い」を一言囁くことが、やがては大きなうねりにつながります。そこから始めてくれる人が増えるよう、祈り続けています。

2018年3月15日 (木)

関西電力大飯原発3号機の再稼働に抗議する座込み

関西電力大飯原発3号機の再稼働に抗議する座込み

 

今日は、昨日に続き「改竄公文書と憲法」を掲載する予定でしたが、関西電力が大飯原発3号機を再稼働させましたので、その緊急抗議行動について報告をします。「改竄公文書と憲法」は、明日以降に掲載します。

 

関西電力は、昨日午後5時大飯原発3号機を再稼働させました。広島県原水禁の呼びかけで、この原発再稼働に抗議するため午後6時から30分間、慰霊碑前で座り込み行動が行われました。緊急要請にもかかわらず、40名の労組員、市民がこの行動に参加しました。

 

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このブログでも紹介しましたが、私たちは、3月11日に「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」を開催し、脱原発社会に向けての取り組みを強化することを誓い合いました。ここで忘れてはならないのは、福島での原発事故は、3月11日だけで終わったのではありません。関西電力が、大飯原発3号機を再稼働させた3月14日。

7年前のこの日、何が起きていたかを改めて思い起こしたいと思います。3号機の水素爆発です。すでに12日に1号機が爆発し、原子炉建屋の上部だけが吹き飛んでいました。しかし3号機の水素爆発は、1号機をはるかにしのぐ規模の爆発でした。きのこ雲のような黒煙が高々と吹き上がり、空からはがれきが降ってくる。

その爆発のすさまじさは、この写真を見ていただければ歴然としています。11人ものけが人が出たのもこの爆発です。

 

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そして、同じ14日には、2号機で原子炉への注水が完全に止まり、燃料棒がすべて露出するという緊急の事態が、発生していたのです。

3月14日は、まさに原発事故の真っただ中で会ったのです。もし関西電力に福島原発事故への反省の気持ちが少しでもあったなら、この日の再稼働はあり得なかったはずです。そこには、福島原発事故を風化させ、再び「安全神話」を振りまく電力会社の傲慢な姿を感じるのは私だけでしょうか。

座り込みは、最後に自治労県本部の近藤一郎さんが、以下のアピール文を読み上げて提案し、全員で確認し午後6時30分に終了しました。

 

大飯原発3号機の再稼働に抗議し、すべての原発運転の即時停止を求めるアピール


関西電力は、本日14日、多くの反対の声を無視して、大飯原発3号機を起動し再稼働させました。

 大飯原発3号機と4号機は、2014年5月、福井地方裁判所において、運転差し止め判決を受けた原発です。その後判決を下した樋口裁判長が“懲罰左遷”がされるなど高浜原発と同様に、国が露骨に再稼働に向けて介入し、判決が覆され地域住民が控訴し、名古屋高裁で控訴審が行われている原発です。

控訴審判決がまだ出ていないにもかかわらず、関西電力は昨年の高浜原発3号と4号機に続いて、本日大飯原発3号機の再稼働を行い、4号機も5月に再稼働を行うとしています。

福島原発事故から7年、東京電力福島第1原発事故による住民の避難生活や健康への不安、地域コミュニティーの崩壊は、今も深刻です。さらに、いまだ原発事故の原因が究明されていないばかりか、事故の全体像すら把握できず、廃炉への道筋も明らかとなっておらず、費用も拡大するばかりです。この事実にしっかりと向き合わなければなりません。

 原発は、事故が起きれば、電力会社一社で責任を持って対処することは不可能であり、その負担を国民が負わされることを私たちは、福島原発事故で体験しています。

原子力規制委員会も認めているように原発に絶対の安全はありません。

 多くの国民が、原発に頼らない社会の実現を願っています。

 原発の安全神話を再び繰り返す政府や電力会社の姿勢は、住民の命や不安を置き去りにするものであり、決して許されるものではありません。

 今やるべきことは、再生可能エネルギーのさらなる開発など、危険な原発に頼らないエネルギー政策を推進することです。

福島の被害者の思いを忘れてはなりません。

核と人類は共存できません!

私たちは、大飯原発3号機の再稼働に強く抗議するとともに、即時に運転を中止することを求めます。

私たちは、原発なき社会を求める多くの市民とともに、これからもすべての原発の廃炉を求めて取り組みを進めます。

                                      以上
2018年3月14日

       「大飯原発3号機再稼働抗議・慰霊碑前座り込み行動」参加者一同

 

このアピールは、関西電力本社に郵送で送付しました。

 

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2018年3月14日 (水)

日本政治を蘇生させるために   ――改竄公文書と憲法――


日本政治を蘇生させるために  

――改竄公文書と憲法――

 

[まずはお断りです。「改ざん」と書く代りに、漢字を使って「改竄」と表記しているのは、「竄」という字の持つオドロオドロしさ、異様さを通して、今回の危機的状況を表せればという思いからです。]

 

ようやく国会に対して改竄を認めた財務省ですが、国民の怒りは極限に達しています。にもかかわらず、これまでその怒りが国民的な倒閣運動にまで至っていないのは、「怒り」を言語化する役割をマスコミが放棄し、知的リーダーたちがその役割を十分には果せていなかったからであるような気がしています。

 

そして、ある程度の知的訓練を受け、物事を言語化しその共有を可能にし政治的エネルギーに変える役割を負っていたはずの私も怠慢でした。その反省を込めて、言語化、そして国民的エネルギーによって政治の生命を蘇生させる一翼を担いたいと思います。

 

勿論、財務省による公文書の改竄事件は未曽有の政治スキャンダルです。改めてこれが如何に国民を蔑ろにしているかについて多言する必要はないと思いますが、とにかく腹の立つこと夥しい問題です。それでは不十分なほどの怒りが主権者の側にはあるのですが、それを表現する第一歩として、ちょっと感情的になりますが、私なりに簡単にまとめた思いを、特にその中でも憲法との関連についての言及が少ないので、その点から始めたいと思います。焦点を合わせるのは、どこが改竄されたか以前の問題として、元々の文書に何が書かれていたのかです。以下、腸の煮えくり返る思いだけでも受け止めて頂ければ幸いです。

 

まず憲法の引用です。

 

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By Wiiii (Own work) [GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html) or CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons

 

憲法前文   「主権が国民に存することを宣言し」

 

15条  公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

2  すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

 

私人である安倍昭恵総理大臣夫人の名前が、公的な売買契約関連文書に記載されていること自体異常です。その文書は、森友学園つまり籠池夫妻に、国有地を大幅に値引きして払い下げることを決めています。

 

この点が異常なのは、官僚的文書の作り方の慣例から逸脱しているからです。その慣例、あるいは「法則」とさえ言って良いのだと思いますが、それはミニマリズムです。つまり最小限主義です。少し親切に、一言加えておけば、はるかに分り易くなるのにという場合でも、私の知る限りの国家官僚たちは、必要最小限の言葉しか使いません。口頭でもそうなのですが、ましてや文書となれば、それが何倍にも増幅されます。

 

ですから、ただ単に昭恵夫人が名誉校長だったからその事実を書いたという説明ではとても納得が行きません。それは、これまでの私自身の経験からハッキリと分ります。納得が行く説明とは、例えば、森友学園についての諸決定を滞りなく進めるために、これが総理案件だということを省内に周知する必要があったということにならなければなりません。そして、総理案件が最優先されるのは、安倍内閣では人事を首相官邸が完全に掌握していたからに他なりません。首相官邸の主が総理大臣であることは、言うだけ野暮ですね。

 

となると、これは第15条の2項違反でしょう。つまり、全体への奉仕ではなく、森友学園そしてそれに関与している一私人の利益のために官僚が動いたことになるからです。そして、その事実を改竄し、隠蔽し、嘘を吐いてまでして国民の目に触れさせなかったことは、国民主権という民主主義の大前提を踏みにじっています。同時に、国会に対して隠蔽、虚偽の説明をするなどということは、国会を「国権の最高機関」と定めている憲法41条違反でもあります。

 

さらに、重要なのは、憲法では公務員に対して遵守義務を負わせていることです。

 

99  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 

天皇にも課されている憲法遵守義務を (天皇の権威を日頃から主張し、「元首」にまで持ち上げたいと活動している人たちの集団、国民会議やその影響下にある人たちの価値観を元に表現すれば) 一介の国会議員や官僚が簡単に踏みにじって何の呵責も感じないなどということは許されません。

 

これだけでも、森友問題についての財務省の対応が如何に人を馬鹿にしているものなのか、傲慢かつ無礼なものなのかは明らかなのですが、財務省がそれほど大きな態度を取るためには、とんでもなく大きな存在が背後にあると考えなくては理屈に合いません。戦前の軍隊なら、軍事力がありますから、それが説明になります。今の時代にそれに匹敵するほど大きな力とは何でしょうか。それが何かを考えるためには、もう一つの事実も視野に入れなくてはなりません。

 

[次回に続きます]

 

[2018/3/13イライザ]

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コメント

3/4 アカデミー賞授賞式→主演男優賞→発表前
『ウィンストン・チャーチル / ヒトラーから世界を...』の1シーンが。
「私が責任をとる」←C 「本当に?」←側近らしき人
「あたり前だ!」「そのために首相の座にいるのだ」←C (もちろん字幕)

このシーン→タイミング絶好なのに宣伝に使われることは、まず、ない。(;´д`)

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

誰に対して責任を取るのかという点が現政権・与党には存在しないことも大問題です。それが独裁者のメンタリティーではあるのですが、主権者として独裁政治を止めさせなければ、今の状態は続いてしまいます。

改竄というより、私は隠蔽だと思います。消して隠しているんですから。
隠蔽するために改竄してと。
マスコミやメデイアの程度が酷すぎます。
多くの国民は、新聞に書かれていることやテレビで報道されている内容に左右されます。
それに安倍内閣になってから、テレビには政治批判を強くする人は殆どでなくなりました。
全ての行政組織の上位に内閣があるのは、何故なのか。
その理由だけで、麻生外務大臣は罷免されるべきです。安倍総理は内閣解散でなく辞任すべきです。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

政治の私物化を目論む、モラルの欠如した政治家たちのために人命が複数失われている事態になった今、内閣総辞職、そして安倍議員は、言葉通り議員も辞職すべきでしょう。

2018年3月13日 (火)

「島根原発再稼働及び上関原発建設を中止し、原子力発電からの撤退を求めます」

「島根原発再稼働及び上関原発建設を中止し、原子力発電からの撤退を求めます」-中国電力本社へ申し入れ-

 

昨日午前11時、「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」実行委員会は、集会参加者の総意に基づき、中国電力・清水希茂社長あてに「島根原発再稼働及び上関原発建設を中止し、原子力発電からの撤退を求めます」という要望書を提出しました。この日、中電本社を訪れたのは、弁護士の山田延廣呼びかけ人と事務局の計4人でした。

最初に、山田さんから以下の要望書を全文読み上げて、中国電力に手渡しました。

 

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2018年3月12日

 

中国電力株式会社

取締役社長 清水 希茂 様

        フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会実行委員会

広島市西区横川新町7-22 自治労会館1

                  原水爆禁止広島県協議会(広島県原水禁)

 

島根原発再稼働及び上関原発建設を中止し、原子力発電からの撤退を求めます

 

 日頃から、電力の安定供給のため、ご尽力されていますことに敬意を表します。

さて、東京電力福島第一原発事故が発生してから7年が経過しますが、同原発では、依然として溶融核燃料の行方も把握できない状態が続いています。様々な汚染水対策も十分な効果をあげることができず、今なお漏れ続ける放射能も食い止めることができておらず、福島原発事故は、収束していないのが実態です。何とか現状を維持しているのは、およそ7,000人の過酷な被曝労働によるものです。被曝労働対策も喫緊の課題です。

また、生活を奪われ、故郷を追われてしまった被災者は福島県だけでも5万5千人を超える人々がいまだ苦しい避難生活を余儀なくさせられています。長期にわたる避難生活の中で、生活基盤は根こそぎ奪われ、多くの方が「ふるさと喪失感」や生き甲斐をなくし、苦悩の中で暮らし続けています。そして、子どもたちの間では、福島県を中心に、154人の子どもたちに甲状腺がんが確認され、疑いを含めると193人にものぼり、年々増加の傾向を示していることから、不安感が広がっています。

福島で起きている現実は、原発がいったん重大事故を起こせば、働く人や多くの住民の被曝が避けられず、どんなに深刻な事態を招くかを明らかにしています。そのことは、原発事故は一企業が責任を持って処理できるものでないことも示しています。

今貴社に求められていることは、この「フクシマ」の実態をふまえ原子力発電から撤退することです。それにもかかわらず、貴社は島根原発2号機の再稼働に向けて4,000億円を超える莫大な費用をつぎ込み、同原発の再稼働をしようとしています。このことは、原発をなくし安心して暮らせることを切望する住民の願いを踏みにじるものであり、断じて容認することはできません。

原子力規制委員会も認めているように「原発に絶対の安全」はありません。事故を防ぐためには、原子力発電所を稼働させないこと以外にはありません。すべての原発が停止した状態においても、電力供給は十分にまかなえています。また、上関原発計画は、長年にわたり地域に混乱をもたらしてきました。福島原発事故を見れば一目瞭然のように、豊かな瀬戸内の海を放射能で汚染させるような愚かな選択をすべきではありません。恵みの海を守り続けてきた山口の人々に、貴社がやるべきことは上関原発建設を中止し、一日も早く安心できる暮らしを保障することです。

福島原発事故から7年。私たちは3月11日、被爆地ヒロシマにおいて「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」を開催し、原発のない社会の実現をめざして取り組むことを改めて決意しました。それは「核と人類は共存できない」という放射能の恐ろしさを知るヒロシマの責務でもあります。

集会参加者の総意として、貴社に次のことを要求します。

1.島根原発2号機の再稼働を断念するとともに、3号機を運転しないこと。

2.上関原発の建設計画を白紙撤回すること。 

                                                   以上

 

 

話し合いの冒頭山田さんは、前日の集会の模様に触れながら特に人見さんが強調された「子供たちの甲状腺がんの発生の実態」を紹介するとともに、「上関原発計画によって、地域が分断されている。早く計画を断念すべきだ」ということを強く述べました。さらに「原発を断念すると、経済的な影響が大きいと主張する声もあるが、将来再生可能エネルギーに転換したからと言って、経済に影響することはない」と原発政策からの転換を求めました。中電の回答は相変わらずの「①東京電力の事故を受けて、より一層の安全対策を実施してきた②資源がないわが国で電力安定供給、そして温暖化対策のために③国の方針であるベースロード電源としてバランスの取れた電源構成となるようにするためには、原発が必要」との従来の主張を繰り返すのみでした。

いろいろやり取りがありましたが、最後に二つのことを質し、約1時間の話し合いを終わりました。

質した一つは、「将来どうしたら原発に頼らない社会が実現できるのか、しようとしているのかを、ぜひ明らかにしてほしい」ということ、二つ目は「夏にもまとまるといわれる『エネルギー基本計画』の中で、もし『新・増設を認めない』となったら、上関原発計画は、断念するのか」ということです。

残念ながら、ここでも明確な答えは得られませんでした。都合のよい時には、政府の計画を引き合いに出し、自分たちの都合が悪くなると「住民の皆さんにこれまで説明してきたので」と住民のせいにする姿勢には、ただただあきれるばかりでした。

 

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ところで、中国電力本社ビルの玄関ロビーには、「島根原子力発電所の安全対策」という大きなパネルが展示されています。そこには、現在まで進められている高潮対策などが図示されていますが、ちょっと気になったのは、次の部分です。

 

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飛行機の絵とともに「意図的な航空機衝突への対応」という文字が見えることです。具体的な対策は示されていないようです。この掲示を見て「えー」と思うのは私だけでしょうか。「意図的な航空機衝突」に対して本当に対策が取れるというのでしょうか。すぐに思いだすのは、9・11テロでのニューヨーク貿易センタービルの崩壊の映像です。そして福島原発事故で炉心溶融とともに危惧されたのが、使用済み燃料プールの問題だったはずです。「意図的な航空機衝突」に中電はどんな対策を講じたというのでしょうか。

関心のある方は、ぜひ中国電力本社ビルを訪問してください。1階ですので、だれでも自由に入れます。

 

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2018年3月12日 (月)

「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」

「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」

 

東日本大震災による東電福島原発事故から7年目となる3月11日、「福島を忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」が、午後1時30分から原爆ドーム横で開催されました。この集会は、事故が起きた翌年の2012年から毎年開会されています。今年の集会は、被爆者の坪井直さん、医師で広大名誉教授の鎌田七男さん、前広島市長の秋葉忠利さん、市民運動家の森滝春子さん、弁護士の山田延廣さん、有機農家の岡田和樹さんら6人の呼びかけに応えた市民や労働組合員など300人が参加しました。

 

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福島原発訴訟を支援する大月純子さんの司会で始まった集会は、最初に全参加者が東日本大震災で犠牲となられた方々への黙とうを行い、続いて呼びかけ人を代表して森滝春子さんがあいさつ。森滝さんは、「犠牲者の死を決して忘れてはいけない。とりわけ福島原発事故では、自死をはじめ関連死が出ていることを。今、事故がなかったかのごとくふるまう動きが強まっています。そして日常生活の中でも忘れることが起こっています。多くの被曝者を生み出したこと。この現実を決して忘れず、核と人類は共存できないという声を大きくしましょう。」と呼びかけました。

 

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続いてこの集会のため福島から駆けつけていただいた福島原発告訴団役員の人見やよいさんが福島からの報告。人見さんは、「あの日、あの福島原発の爆発の映像を見て、すべての国民が『原発はやめてくれ』と思ったし、『二度と原発を動かせない』と思ったはずです。しかし、今、福島では相手の安全キャンペーンが繰り広げられています。県内では、安全キャンペーンのチラシが大量に配布されています。そして事故前まで、被ばく限度量は1msvであったにもかかわらず、緊急だからと20msvに引き上げられたまま。これを見逃してはいけません。今いじめとよく似た現象が広がっています。20発ではいじめではないが、100発殴られて初めていじめと認めるような風潮になっています。そんな思いの中でいる私たちのことを、広島の人たちならきっとわかっていただけると思います。裁判への協力をお長居します。署名を通じて指示してください。こんな危険な核を扱く企業がこんないい加減なことをしてきたのですから。」と訴えました。

 

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最後に「ヒロシマアピール」を全員で採択し、市民の皆さんに「フクシマを忘れるな!脱原発社会の実現を」と訴えるため、中国電力本社前まで参加者全員で、デモ行進を行いました。

 

今年は、この原爆ドーム前での集会に先立ち、「福島の実状をしっかりと聞きたい」ということで、午前10時より広島弁護士会館において第1部集会が開催されました。

 

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山田延廣さんの主催者あいさつの後、最初の訴えは人見やよいさんからでした。福島第1原発から50km以上離れた郡山での体験をもとに現在の福島の実状を紹介しながら、ここでも「一番の問題は安全キャンペーンが繰り広げられ、どんどん被害の事実が切り捨てられよとしていること」が強調されました。

 

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続いて、芸人・記者のおしどりマコ・ケンさんによるトークライブ。芸人・記者という肩書にちょっと?の人もおられるでしょう。お二人は、福島原発事故直後、東京を離れる芸人さんたちの姿を見に疑問を感じたところから、原発事故の深くかかわるようになったことを紹介しながら、東京電力の記者会見に関心を深め、ユーチューブで流されている記者会見の様子に我慢ならず、自らが東京電力の記者会見に参加するようになり、今も続き、メッセージを発信しているということが、記者としての正体のようです。もちろん、現地フクシマにも何度も足を運んで直接取材。次々と展開する話の中味に、ついメモも忘れて聞き入るばかり。こんな大切な話をここできちんと報告できず、申し訳ありません。一つだけ強く印象に残ったこと。農家の被曝問題です。私たちが「農家の人たちが被曝問題で困っている」と言われて思いつくことは、やはり「農作物の汚染」問題だと思います。ところが、おしどりマコ・ケンさんの話はちょっと違いました。「農作物の『放射性セシウム』による汚染を減らすためには、カリウムを大量にまくことで防ぐことができる。実際に農作物の放射線量は、減少している。しかし、農家の人たちが心配しているのは、土壌そのものの、『放射性セシウム』の濃度が下がったわけではないので、そこで農作業中に受ける被曝線量をどうするのかということです。しかし、その疑問への答えは、『家に帰ったらすぐに鼻を洗いなさい、うがいをしなさい。服をすぐに洗いなさい』なんですから」。同じような問題ですが、「帰還を急がせながら、除染するのは、住宅とその周辺だけ。畑や田んぼへの農作業に出かける途中の高濃度に汚染された道を通るときはどうするのですか?という疑問にも同じ答え。」

 

こんな話を聞いて皆さんどう思われますか。子ども隊の甲状腺異常の問題もそうですが、私たちが思っている以上に、私たちの知らない、現地では深刻な状況がたくさんあるということです。こうしたことを覆い隠しての「安全キャンペーン」そして「原発の再稼働」の強行。

原点である福島原発事故の実相を決して忘れてはならないことを改めて思い知らされた今年の3月11日でした。

 

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2018年3月11日 (日)

関係政党意見交換会   ――反安倍を確認して強力な結集を!――


関係政党意見交換会  

――反安倍を確認して強力な結集を!――

 

森本真治参議院議員と佐藤公治衆議院議員の呼び掛けで、310日に、「関係政党意見交換会」が開かれました。森本議員と佐藤議員はそれぞれ民進党、希望の党に属していますが、加えて社民党の代表と立憲民主党関係者では昨年の選挙に出た経緯があり、私が参加しました。

 

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 この会で表明された意見は、冒頭マスコミに公開された森本議員の挨拶が良いまとめになっています。となると、その後の会議を開いた理由がないではないかとの指摘も出てきそうですが、現在の政治状況について、ここに集まる前からしっかりした共通認識があったからだと解釈した方が正確だと思います。以下、森本議員発言の要約です。

 

安倍政権に対抗するため、国のレベルでは6党がしっかりスクラムを組んで頑張っている。今日は共産党の出席はないが、この会の内容も伝えたいと思っているし、今後の連携もして行きたい。

 

安倍政権に対抗する上で、今後の政治日程が重要になるが、来年の統一自治体選挙や参議院選挙は既定の事実だ。国民投票の可能性もある。

 

2月には民進党の党大会が開かれ、新たな党としての出発が確認されたが、大塚代表の意向は3党の再結集にある。4月末を目標に働き掛けが続く。

 

一方広島県内では、来週、社民党と民進党の県連大会がある。民進党の場合、議論される内容としては地域政党の可能性や市民を巻き込んだ緩やかな地域ネットワークの可能性等が考えられるが、とにかく、野党の結集が重要だ。

 

具体的には、9条や核廃絶は広島としては当然のことであり、なかでも核の必要性を特に強調し始めている安倍・河野路線を打破するため、広島からの強力なメッセージを発信することが喫緊の課題だ。

 

その後の意見交換で、私にとって勉強になった何点かを挙げておきましょう。複数の方々の発言をまとめています。

 

まず、現状認識として、「結集」する意味は、9条や核といった問題以前の政治の「大義」にある。日本の政治が生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているという認識の下、日本の政治の命を懸けての結集が必要だ。

 

それが誇張でないのは、国会での議論もそうだが、地方自治体の議会や行政の中でも「国が作ったこの文書は改竄されていないのか」「国からの通達を信じて良いのか」といった疑問から議論が始まることから良く分る。

 

結集した結果として、市民運動や幅広い有権者にインパクトのあるものにすることが大切だ。今起きていることは右・左といった区分けではなく、上下や前後という方向性を持った高次元のものになってきている。その中身を整理し、高齢者や若者とも生活レベルでのコミュニケーションを通じて危機感を共有し、そこから生まれた目標を「ヒロシマイズム」というようなものにまとめたい。

 

そして、具体的には、統一自治体選挙や参議院選挙での結果につなげたい。

 

一回の会合ですべてが決まる訳ではないので、「結集」することを再確認し今後も協議を続けようという点では意見が一致しました。そのために月一くらいの頻度で集まること、また次回のたたき台にするために、全国的にはどのような動きが起きているのかを調べて報告すること、さらには、5月の連休明けくらいには、幅広い人たちに結集の意味を共有して貰えるようなイベントを開きたい、といった形での合意ができました。

 

[2018/3/10イライザ]

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コメント

広島3区は、すでに市民連合で、ガンガン活動してます。広島県内全体に市民、政党双方のこういう流れを強めたいですね。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

全県に広げましょう!

2018年3月10日 (土)

トランプ大統領とキム委員長の会談 --北東アジア非核兵器地帯条約に結び付くか?――


トランプ大統領とキム委員長の会談

--北東アジア非核兵器地帯条約に結び付くか?――

 

韓国のムン・ジェイン大統領特使として北朝鮮を訪問してキム・ジョンウン労働党委員長との会談を行った韓国大統領府のチョン・ウィヨン国家安保室長は、その後訪米し、ワシントンでトランプ大統領と面会しました。その際、キム委員長がトランプ大統領と早期に会談したいとの意向を持っていることを伝え、トランプ大統領は、その提案に同意、5月までにはトランプ・キム会談が実現することになりました。

 

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世界平和実現のためには大歓迎すべきことですが、その会談の内容がどうなるのかが気になります。

 

それに関しては、一昨年のアメリカの大統領選挙中にトランプ候補は「北と会っても良い」との意向を示していましたので、大統領に選ばれた後、北と会う場合にどんなシナリオが考えられるのか、合理的に双方が合意できる点はどの辺りなのかを考えて見ました。その結果、北東アジア非核地帯条約こそ、この二人がお互いを尊重しつつ、対等な立場で合意するのに最も説得力があると考えられましたので、その趣旨をトランプ大統領への手紙として、ホワイト・ハウスに送りました。

 

この手紙がトランプ氏の目に留まる可能性は少ないだろうとは思いましたが、世界平和のために、また暴力が社会の指導原理になることを防止するために、少しでも可能性のあることを最後まで諦めずに実行することも大切だと考えたからです。幸いにもアメリカのメディアでも一部を取り上げてくれました。

 

そして今回は、この手紙の中で提案しているシナリオの最初の部分が実現したということですので、残りの部分についても少しは期待をしても良さそうです。その手紙を再度御披露した上で、皆さんにもこのシナリオが合理的かつ現実的であることを御理解頂ければと思います。

 

なお、この手紙の中で提案している「北東アジア非核地帯」という考え方は、ピース・デポ、非核議員連盟、核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)核兵器のない世界を目指す議員連盟(民進党非核議連)、民主党、立憲民主党、長崎市、世界宗教者平和会議等、多くのNGOや平和活動家の皆さんが提唱し広めてきたものです。トランプ氏そしてキム氏が合理的、現実的な選択肢を選んでくれることを祈りつつ、昨年のブログの記事を以下紹介します。

 

  トランプ新大統領への手紙

  トランプ新大統領への手紙・続

  トランプ大統領への手紙を米紙が取り上げてくれました

 

[2018/3/10イライザ]

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コメント

今年の元旦、わたしは「2018ノーベル平和賞は穴馬はトランプだ!」と予想し、街頭でもその見解を披露していましたが、本当になるかもしれません。びっくりしています。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

そんなことになると良いのですが--。

もしそうなると、トランプ大統領だけではなくキム委員長も一緒かもしれません。

2018年3月 9日 (金)

断捨離? 終活?  ――「ほかす」という言葉もありました――


断捨離? 終活? 

――「ほかす」という言葉もありました――

 

物がない時代に育ったからだと自分では言い訳に使っているのですが、とにかく物を捨てることに罪悪感まで持ってしまう世代です。これも世代のせいではなく、ただ単に私がそうなのかもしれませんが、数千冊 (数万冊かもしれません) ある本の中には不要なものも多いはずです。いやかなりの数は不要なのです。でも、なかなか捨てるだけの決心が付かなかったのです。

 

理由は沢山あります。その証拠に、いざ捨てるとなると、「いやこれは、あの件について、この雑誌に書くときに使えそうだから取っておこう」といった理由が必ず浮んで来るのです。そしてそれが何回か続くと、「これは、取っておくことに決めたあの本に関係しているから読んだら面白いかもしれない」になり、「買った時には良い本だと思ったのだから暇ができたら、少なくとも何ページかは読んでみないと」といった具合に、捨ててはいけない理由はどんどん増えるのです。結局、「これ以上、選別を続けても捨てる本はあまり出て来そうもないから次の機会にしよう」ということになって、整理は頓挫する――こんなことを繰り返してきました。

 

こんな風に物事を先送りすることを表すのに、私にとって一番ピッタリ来る言葉は英語の「procrastination」です。片仮名に移すと「プロクラスティネーション」ですが、「プロウ、 クラスティ、ネーション」といった感じで繰り返してみて下さい。先送りする気持良さが音として感じられませんか?

 

「断捨離」とか「終活」という言葉が流行り、多くなり過ぎた所有物を整理しようという「国民的」なプレッシャーが生れたのも、逆効果でした。天邪鬼だからという理由もあるのですが、それ以前に言葉への違和感が大き過ぎました。特に「断捨離」という漢字も表現も頂けません。とても自分の価値観として採用したくない種類の表現です。それに、「終活」よりは「就活」をしたいと考えている日々なのに、「就活」より「終活」を優先する気にもなれませんでした。

 

それが、3月に入るや否や気持が切り替わりました。「整理整頓」に気持が動いたのです。先ずは書斎の一角を占めていた新聞・雑誌類、ニュースレター類に手を着けることからスイスイ仕事が運びました。その成果は、6個の「ゴミ袋」です。

 

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紙類ですので米袋一杯にしてしまうと重くてとても持てません。半分くらいしか入れませんでしたが、それでも結構重くて、ゴミ処理場に運ぶのは一苦労でした。

 

でもなぜ、捨てる気持になったのか種明かしをしなくてはフェアではありません。一つには、一年以上前に御紹介した「多作多捨」がようやく身に着いてきたからなのだと思います。それには、「⑦パパ」さんDr.でぶ+ブログ」さんの俳句道場等での活躍に刺激されたことも大きいと思っています。

 

もう一つ理由があるのですが、それは、「断捨離」や「終活」を使わなくても、「ほかす」という京都弁を頭に描いてゴミ袋に投げ込めば良いということに気付いたからです。「もったいない」という気持が胸の底の方にあるのを無理に捻じ伏せて捨てるのではなく、お公家さんが優雅に蹴鞠で遊んでいるかのような雰囲気で要らなくなったものを「ほかす」図は、絵になるような気がしたのですが―――。「自己陶酔」の誹りを免れないかもしれませんが、それでも、一生読むことのないであろう紙類を処分する方が大切だという気もしています。

 

[2018/3/2イライザ]

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コメント

あ~ビックリした。「断捨離」で自分の名前が出て来るなんてw
我が家も「ほかす物」ばかりです。いつかしなくてはいけないと
は思っているのですが(汗)

ご紹介下さりありがとうございます!
活躍だなんて・・・そんな。
オイラは乱高下の激しい株式市場みたいなもんですから(笑)

「⑦パパ」様、「Dr.でぶ」様

コメント有り難う御座いました。

ブロガー仲間の皆さんの俳句を楽しく読ませて頂いています。それに、お二人とも俳句の才能をお持ちなんだと感心しています。これからも、楽しみにしています。

2018年3月 8日 (木)

人は何故、退職後に真実に気付くのか?  ――権力を手にしていた時のネガティブな貢献は帳消しになるのか?――


人は何故、退職後に真実に気付くのか? 

――権力を手にしていた時のネガティブな貢献は帳消しになるのか?――

 

小泉純一郎元首相が原発に反対する意思を公にしたために、反原発運動にはかなりの勢いが付いているように思います。 (「反」原発とか「脱」原発等、色々な表現があって微妙なニュアンスの違いを表現しなくてはならないような風潮も見受けられますが、それって、反原発運動の力を削ぐための戦略に乗せられてしまっているような気がします。「大きく」まとめて「反」原発と言っておきます。)

 

               

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By White House photo by Paul Morse [Public domain], via Wikimedia Commons

 

小泉元首相が、反原発の立場を取らずに今でも原発推進の旗振り役として頑張っているという可能性もあった訳ですから、それと比べると、もちろん、反原発の立場を表明したことは評価に値しますし、彼も巻き込んでの大きな運動を創って行くことも大切です。

 

同じように世界的に注目されたケースでは、20071月に、アメリカの元国務長官だったヘンリー・キッシンジャーとジョージ・シュルツ、元国防長官のウィリアム・ペリー、そして上院の外交委員長を長く務めたサム・ナンの4氏が『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙に「核兵器なき世界」と題する論文を寄稿して、核兵器の廃絶を提唱しています。この4人を「賢人」とまで持ち上げる報道もされましたが、政府の高官であった時代には、核抑止論の強力な信奉者・推進者であり、アメリカが核超大国であり続けるための中心的役割を果して来た人たちでしたから、世界に与えたショックは大変大きいものがありました。

 

 

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ここでも小泉元総理と同様に、引退後も核兵器・核抑止論の強力な信奉者として、リーダー的役割を果したとしてもおかしくはない人たちでしたので、それと正反対の立場に立ってくれたことは世界的に大歓迎されました。

 

同時に、いくつかの本質的な疑問も頭に浮びました。それを「批判」という形で述べることもできるのですが、それ以上に核廃絶 (核兵器だけでなく原発も含む「核」です) を実現したいと願っている私たちの心の中には、政治の枢要の立場にいる人たちが退職後ではなく、実際に権力を行使できる間に頭の切り替えをしてくれていたとすれば、私たちの目標はもっと確実にそして早く実現できたかもしれないのに、という願望そしてそれとは違ったシナリオで事が起きていることへのフラストレーションや悔しさと言ったら良い感情があることも事実です。

 

それを疑問という形で表現しておきましょう。「何故、退職後にしか真実に気付かないのでしょうか?」あるいは「何故、退職後にしか、真実を表明できないのでしょうか?」、そして核廃絶へのプロセスを加速するためには、仮に退職後の覚醒が多くの人にとって抵抗が少ないからだと仮定して、「どうすればもっと多くの人が、退職後に真実に気付くようになるのでしょうか?」さらには、「現役の時代に覚醒して貰うためには、何が必要なのでしょうか?」も知りたいですし、「退職後に反核の立場を取ることで、現役時代の核推進への貢献は帳消しになっているのでしょうか?」も関連してきます。

 

そして、対照的なケースとして、スポーツ選手としての最盛期の数年を棒に振ってもベトナム戦争反対・人種差別反対の立場を明確にしたモハメッド・アリや、オリンピックから排除される結果になってもメキシコ・オリンピックで人権擁護のために「スタンド」に立ったトミー・スミス、ジョン・カーロス、そしてピーター・ノーマンが頭に浮びます。

 

人生のどの時点で真実に目覚めることになるのかは別として、真実に目覚め行動することの意味を再度強調したいと思いますが、若い世代に希望を与える人生という側面も、同時に、良いお手本として残していって欲しいと思うのは欲張り過ぎでしょうか。

 

[2018/3/1イライザ]

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(正式dinner級の問いかけにいつものfast food的コメント+seniorのtime lag許されよ)

「 「3:2:5」の構図 」 と「 ネオ小泉のトリセツ 」
昨秋、アソウ某が(たしか)、日本人は右3割・左2割・中道5割云々と。
それを受けて??(まさか)
小熊英二氏が『世界』1月号 で 「 「3:2:5」の構図 」 として考察。

「2」→先細りを防ぐには、とにかくも「5」を取り込まねば。
のためには→何を今さらのネオ小泉でも利用せねば。
あの人が!と思わせる何かがまだ残っている間に、
とことん旗振ってもらおう。今までの罪滅ぼしに。
(中道→同調行動・沈黙・無関心
左→弱者の側に立つ人、と考えたい)

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

かつては、政治的な意見の分布は、右と左がそれぞれ、25パーセント、中間が50パーセントと言われた時がありました。その内の5パーセントが変ったのかもしれませんが、何故そんなシフトが起きたのかを考える必要があるのかもしれません。

20世紀の後半は、テレビの高視聴率のトップにニュース番組が並んでいた時代だったこと、でも今ではその影さえないこととも関係があるのかもしれません。

2018年3月 7日 (水)

広島の音楽危機  ――良く考えると教育そのものの危機では?――


広島の音楽危機

――良く考えると教育そのものの危機では?――

 

ベンジャミン・フリス氏のリサイタル会場で音楽に関心のある人達の間で話題になったことの一つは、広島の音楽教育が危機的状況にあるのではないかということでした。

 

初めて広島に定住することになって驚きとともに発見したこと、かつ嬉しく思ったのは広島が音楽の盛んな街であるということでした。コンサートに出掛けたときにプログラムと共に手渡される公演のチラシの数は東京と同じくらいの枚数がありましたし、もちろん、広響の存在そのものが大きかったのですが、それ以上に広島の「本気」度が伝わってきたのは、音楽高校があり、音楽大学まであるという事実でした。

 

しかし、音高として親しまれてきた広島音楽高等学校は昨年休校するに至りました。また、伝統のあるエリザベト音楽大学もより幅広い分野での人材育成のための教育課程を創設するなど、音楽大学としての存在意義を踏まえた展開をして頑張ってはいるのですが、でも、ピアノとか声楽といった「専科」を専攻する人数は減っているとのことです。音楽以外の分野まで視野に入れれば、京大で哲学科がなくなり、数学科が数理科学科になってしまうことと同根なのかもしませんが、次の世代に活躍する音楽家を広島で養成し続けることは難しくなってしまっているのでしょうか。

 

             

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エリザベト音楽大学のホームページから

 

確かに、部活としての吹奏楽やマーチング・バンド、そして合唱などの分野では頑張っている中高校、そして大学も多いのですが、正面から「専攻」するという形での若い世代の教育にもっと地域や国として力を入れることも大切なのではないでしょうか。その形を追求したいと考えている若者も多いはずなのですが、ネックの一つは就職です。

 

例えば、音楽大学を卒業しても、小・中・高の音楽の先生は余っていて、教師としての可能性は狭き門のようです。エリザベト音大でも、学生に幼稚園教諭の資格を取るためのコースを作りモンテッソーリ教育に力を入れたりと可能性を広げる努力はしています。さらに楽器店や一般企業への就職も広がっているようです。しかし、音楽専攻の強みが100パーセント生かされる選択肢をもっと増やす知恵をどなたかお持ちではないでしょうか。

 

この点を理解して頂くために、スポーツの世界と比べてみたいと思います。スポーツ専攻を正面に掲げた大学は日本体育大学くらいかもしれませんし、高校レベルでは部活が中心になっているのは、音楽と似たような状況なのかもしれません。しかし、大学のレベルでスポーツの専攻を選ばなくても、スポーツ関係の多くの部活が大学の存在の中でも重んじられています。そして卒業後は、スポーツとは全く関係のない職種の企業が、例えばヤマダ電機や天満屋などがすぐ頭に浮びますが、駅伝に出場できる程の層の厚い選手たちを雇用しスポーツ活動の支援をしています。

 

それ以上、あるいは同等の同じレベルの支援を音楽家にも、とまで言う積りはありませんが、企業も国も自治体も、そしてマスコミも、もう少しバランスの取れた支援策を採用したり推進したりはできないものでしょうか。

 

圧倒的多数の子どもたちがスポーツ選手を目指し、スポーツの面で芽の出ない若者たちはお笑い芸人を目指すような国にしてしまって良いとはとても思えないのですが―――。

 

さらに、もう少し幅広く考えて見ると、これは教育全てに関わる問題なのだということも分ります。それについては稿を改めて考えたいと思います。

 

[2018/2/17イライザ]

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バークレイ音楽院ではジャズもおしえているそうですが、
エリザベート音大では、ジャズだけでなく、ポップス、民謡、演歌も教えたらどうでしょうか。
漫画を教える大学もできてる時代です。
およそ音楽と名のつくものはなんでも教えたらいいと思いますし、
その発表会を8.6、8.9に開催したらどうでしょうか。

冬季オリンピックの種目も、
かって20種目くらいだったのが、
今では100種目を超えています。
おかげで選手層も極めて多様化しています。

「オンガク」様

コメント有り難う御座いました。

そうですね。多様化はエネルギーを得るための出発点ですから。

ボストンで羨ましいのは、バークリーはジャズに強く、New England Conservatory of Music はクラシックと、棲み分けができるほど層が厚いということかもしれません。その上、ハーバードやタフツ、MIT等の大学でも音楽で学士号が取れるような専攻科目が揃っていることです。

音楽大学だけの多様化ではなく、全ての大学での多様化が自然なのかもしれません。

音楽もそうですが、美術も同じような状況だと聞きます。
先日も東京芸大の受験者が減っていると聞いたばかりです。
東京芸大がそうなのだから、他の大学はもっと深刻でしょうね。
数年間をただただ芸術のために費やす…そんな余裕のようなものが
この国からなくなっていくような気がします。

「nancy」様

コメント有り難う御座いました。

美術でも同じことか起きているのは想像が付きます。予算がなくなるとまず切られるのは音楽や美術そして外国語、というのは世界共通の現象のようだからです。

一方、巨額の投資が行われているAIの分野では、将棋や碁のマスターを破るソフトが創られるのと同時に、藤井聡太6段のような俊才が現れています。

音楽や芸術の世界でも、バッハよりバッハ的な作曲をするAIソフトや、ミケランジェロよりうまくミケランジェロを描けるソフトなどについての報道はありますが、そうした存在を凌駕するような人間のしかも若き音楽家や美術家が躍り出て来ないように思えるのは何故なのでしょうか。

私が無知なだけかもしれませんので、どなたか御教示下さい。

ジャズ、ポップス、演歌等の新しいジャンルの音楽学部をつくるにあたっては、
スポンサーにシダックス、第一興商、ヤマハ、パナソニック、ヤマダ電機、RCC等にお願いし、
校舎には、今までの広島音楽高等学校の敷地、建物を活用するということも考えられますね。
「音楽で世界を平和に」というテーマのもと、
イライザさん、上村さんが呼びかけ人になって、狼煙をあげれば、
賛同者は世界中にひろがるのではないでしょうか。

憚りながら…
日本の大学の芸術教育が出発点が間違っているし、現在の多様性にまったく合っていないと私は思っています。そしてクラシックをなぞるだけでしたら、AIにすぐに凌駕されるでしょう。
そもそも芸術には優劣がないと思いますし、
真の芸術家の思考は未来から現在を見るという視点ですから
変化に寛容ですし、逆に今まで人間には不可能だったことをテクノロジーで補いながら、進化させていると思います。例えば本日私が紹介したBrad MehldauのAFTER BACHなど面白いちょっとした"事件"だと思います。路上アーティストのバンクシーなど、アナログで犯罪的でありながら、現代のネット社会で爆速で広がったことを思えば、面白い"事件"はこれからもどんどん出てくると思います。
一言でいうなら、日本の芸術に向き合う姿勢はあまりにもお上品でエリート的だからダメなんですよね。

「オンガク」様

コメント有り難う御座いました。

スポーツの世界では、誰かが呼び掛ける前に多くの企業が自発的に動いていますね。芸術の世界でも、そんな動きがもっと活発になっても良いと思うのですが。

「nancy」様

コメント有り難う御座いました。

「事件」として芸術を捉える感覚が凄いですね。ヨーコ・オノ的と言っても良いのでしょうか。それと重ねると、「芸術は爆発だ」といった岡本太郎の言葉の意味が、何となく分ってきたような気がします。「人生、即、芸術」も。

2018年3月 6日 (火)

水道関連の「horror story」(悪夢)  ――気温が氷点下になれば仕方がないとは言え――


水道関連の「horror story(悪夢) 

――気温が氷点下になれば仕方がないとは言え――

 

今年は余りの寒さが原因で電気温水器が凍ってしまいました。何とか解決できたのは、エネルギアと近くの電気工事店の皆さんのお陰ですが、その経験を友人たちに話したところ、我が家だけではなく水道に関連しての「horror story (悪夢のような話) があちこちであることが分りました。他人に話しても、普段なら「愚痴」になってしまうことなので自分の胸に収めて置くことなのかもしれませんが、今年の「極寒」を如何に耐えたのかについては、やはり多くの人と共有すべき話題だったようです。

 

               

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まず、自治体単位でのトラブルがあったそうです。水道のシステムでは、浄水場で浄化され消毒された水を圧力を掛けて各家庭に配水するシステムが多いようですが、上水道用の水を高台に貯めておき、そこから管を通して家庭に水が届く自然流下方式を採用している場合もあります。

 

私の家の近くの地域ではこの方式を採用しているそうなのですが、高台から各家庭に配水する管が凍って破裂してしまったために、かなりの被害が出たとのことでした。凍結防止のために、配管には凍結防止用のヒーターが設置されていたのだそうですが、その配線が老朽化していてヒーターが機能しなかったことが原因だったとのこと。一部の配管にヒーターの設置をしていなかった我が家と似ているケースです。

 

ヒーターにまつわるエピソードはまだあります。我が家よりもう少し寒い地域での高齢化と電気会社のポリシーが原因になった悲劇です。ある高齢の男性が一人で住む家屋でのことだったそうなのですが、この男性が病気になり秋口に入院しました。その結果、電気料金が不払いになり、2か月後かに電気会社は送電をストップ、その結果、極寒の冬場になっても水道の配管に設置されていたヒーターが働かず、管が破裂してしまったのだそうです。遠くに住む息子さんが点検のために、実家を訪ねたときには、水道料金が〇十万になっていたとのこと。しかもこれは、住居の敷地内のことなので、責任は水道局ではなくそこに住んでいる人にあるとのことでした。

 

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水道のメーター。このメーターから内側、この写真では右側は私たち水道利用者の責任になるようです。

 

私の親しい友人が経験したのは、寒さとは関係がないのですが、敷地内の水道のトラブルでかなりの出費になってしまったのが共通点です。このケースは、しばらく訪れなかった関西の高級住宅地にある別荘でのトラブルです。水道の水が漏れていますよとの通知が水道局からあって友人は大急ぎで別荘に駆け付けました。でも目で見ただけではどこから漏水しているのかが分らず、専門業者を雇って庭を掘り返し、家屋の壁の内側も調べて貰ってようやく、キッチンの近くの配管から漏水していることを突き止め対策を講じたそうです。漏水した結果払った水道料金そのものは2万円程度だったそうですが、漏水箇所を調べるために庭の掘り返し等に掛った費用はこれも〇十万円だったとのことでした。

 

毎日のように便利に使えるのが当り前の水道ですが、冬場の凍結、そして経年劣化による「悪夢」が意外に多いことに吃驚しています。トラブルが発生してから手を打つのではなく予防のための対策が大切ですが、それも二重三重の予防措置が必要だということなのかもしれません。でも、それこそ言うは易し行うは難しの典型ですね。

 

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電気に頼らずに、昔からの知恵はスマートではなあでしょうが必要ななでしょうね。
ところで、専門業者は先に地面を掘ったのでしょうか?
水道の配管はそんなに多くなく。まずは家周りと床下を見れば、漏水箇所の特定はできだのではないでしょうか?
それで見つからなければ土を掘るのだと思います。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

水道局も立ち会ったのでしょうし、敷地も広いようですのでぼられたのではないと思いますが、やはり相当な出費ですので堪えたような感じでした。

2018年3月 5日 (月)

朝鮮半島出身被爆死者数は「数千人」なのか?

朝鮮半島出身被爆死者数は「数千人」なのか?

                                   =「講演とシンポジウム」を開催=

 

3月3日、広島市中区地域福祉センターで「朝鮮半島出身被爆死者数は『数千人』なのか?―いまだ明らかでないその実態を考える―」という「講演とシンポジウム」が開催されました。その模様を報告しながら、この問題を考えてみたいと思います。


今なぜ、この「『講演とシンポジウム』を開催することになったのか」を、主催者の「韓国の原爆被害者を救援する市民の会・広島支部」は、案内チラシには次のように書いています。全文を引用します。

「2016年5月27日、オバマ大統領が広島を訪問し、アメリカ人被害者・日本人被害者と並び朝鮮半島出身被害者を追悼するスピーチを行った。朝鮮半島出身者に触れたことは好意を持って受け止められたが、その中で被爆死亡者数を『何千人』と述べたことに対する波紋が拡がった。この数字に疑問を抱き多方面に働きかける中で、この根拠が広島市の公式見解にあることがわかり朝鮮半島出身者の被爆に関わる三団体で広島市と協議を重ねた結果、資料が不十分で公式見解と言えない実態が明らかになった。被爆72周年を経て開催される講演とシンポジウムでその実態に迫る。」

一昨年のオバマ大統領の広島での演説が、改めて私たちに「朝鮮半島出身被爆死者数は?」という問題に向き合わせるきっかけとなったことがわかります。

 

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「講演とシンポジウム」では最初に、韓国で「強制動員被害調査」の中心的役割を果たし来られた許 光茂(ホ グァンム)さんの「広島・長崎朝鮮人の原爆被害について」の講演が行われました。その内容は、自らがかかわってきた韓国政府総理大臣所属「対日抗争期強制動員被害調査及び国外強制動員犠牲者等支援委員会」が2012年12月に出した報告書「広島・長崎朝鮮人原爆被害に課する真相調査」をもとに「解明できたこと、できなかったこと」が詳しく報告されました。報告は、戦時期における朝鮮人強制動員の実態とそれにともなう原爆被害の実態を資料がある限りの実数を明らかした貴重なものでありました。そして例えば、広島には、半島の南部からの出身者が多く、長崎には、北部出身者が多かったことなど、私自身が新しく知る事実もたくさんありました。しかし、この実態調査はあくまでも「強制動員」によって被害を受けた人たちの実態に限ったものとなっていることは当然のことです。ですから、その後に行われたパネルディスカッションでパネラーの権俊五さん(在日韓国人被爆二世)が「先ほどの報告では、『韓国の広島』と言われる陜川(ハプチョン)の被爆者の姿が出てこない」と指摘されたように、日本による植民地支配以来、何らかの理由で渡日し居住、生活していた朝鮮半島の出身者の数は含まれていません。

 

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続いて行われたパネルディスカッションは、長く在韓被爆者の支援活動を続けてこられた豊永恵三郎さんの司会・進行で進められ、まず先にも触れた権さんが、在日韓国人被爆者の立場から、先人たちが取り組んできた明らかにしている1970年4月に韓国人原爆犠牲者慰霊碑除幕式で発表された「朝鮮人被爆者:35,000人、死亡者数27,000~28,000人」を報告。続いて金鎮湖広島県朝鮮人被爆者協会理事長は、朝鮮被爆者協会として示してきた「被爆者数48,000人、一年以内に死亡したもの30,000人」という実態の報告。付け加えて「在朝被爆者の実態」にも触れ、支援が急がれていることを強調されました。最後に韓国の原爆被害者を救援する市民の会会長の市場淳子さんから、「総被害者50,000人 うち死亡者30,000人」という韓国原爆被害者協会の見解が紹介されました。付け加えて、「韓国国内の関連する資料館でも、その数字が示されていなかったり、違いがある」とことにも触れられました。ちなみに陜川には、昨年8月6日に韓国では初めてとなる「原爆資料館」が開館されていますが、ここでは韓国原爆被害者協会が示した数字が掲載されているようです。

 

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当日会場で配布された資料には、この他にも広島市に対する公開質問状とそれに対する昨年9月22日付の広島市の回答などが含まれていましたが、別の機会に報告できればと思います。

 

私の感想です。許さんは講演の中で、「この実態調査で大きな力となったのは、生存者の証言です」と指摘されました。被爆から73年目が経過する今、その真実に迫ることは非常に難しいと思いますが、それでも生存者がおられる間に「少しでも真実に近づく努力を続けること」が、大切なことだと思います。「朝鮮半島出身被爆者数は『数千人』なのか?」という問いかけに、明確な答えを見出すことはできませんでした。その一番の原因は、当時広島市に在住していた朝鮮半島出身者の具体的な人数を示す資料が、今のところ明らかになっていないからです。そしてもう一つは、いつの時期までに亡くなった人たちを「被爆死」とするかも明確になっていないように思います。こうした様々な難しい課題はありますが、私たちがこの問いかけに「どう応えていくのか」「応えるために何をすべきか」を改めて考えさせられる「講演とシンポジウム」でした。

 

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2018年3月 4日 (日)

「アベ9条改憲NO!3000万署名」-3の日街頭行動

「アベ9条改憲NO!3000万署名」-3の日街頭行動

 

厳しい寒さも和らいだ昨日正午から「戦争をさせない・9条壊すな!ヒロシマ総がかり行動実行委員会」による3月の「3の日行動」が、市内2か所で実施され「3000万署名」への協力を呼びかけました。

 

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私たち「戦争をさせないヒロシマ1000人委員会」は、八丁堀交差点福屋横で、41名が参加し、弁士を交代しながらチラシ配布と署名を呼びかけました。「広島県9条の会ネットワーク」などの団体は、本通電停前で38名が参加し、「3の日行動」を実施しました。今回の行動では、両方合わせて180人の方たちに、署名に協力していただきました。

2月と比べるとやや少ない署名数となりましたが、若い人、高齢の人、男性、女性と幅広い階層の人たちに協力していただいたのが特徴的でした。

 

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こうした私たちの行動にもかかわらず、「9条改憲」をめざす安倍首相に応える形で、自民党内の動きも活発になり、今月中にも「自民党案」なるものを一本化するとのニュースが伝わっています。決して油断は許されない状況で自民党内の改憲論議は進んでいます。

しかし自民党内の改憲論議を見ていると不思議に思えることが、いくつかあります。その一つが、2月16日にまとめたといわれる憲法47条の選挙制度についての「改正案」です。「9条改憲」問題ではこれまでもこのブログで取り上げてきましたので、今日はこの憲法47条の「選挙制度」問題に触れてみたいと思います。現憲法では「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」となっているのですが、自民党の条文では参議院選挙に関し「都道府県単位の区割りを可能とする」規定を設け、「広域の地方公共団体」(ここでは都道府県のこと)を「選挙区」とし、「少なくとも一人を選挙すべきものとすることができる」という内容です。これを聞いて最初に疑問に感ずることは、「なぜこれが法律改正ではだめで、憲法まで変えなければならないのか」ということです。そして次に湧く疑問が、「これでは、これまで何度も最高裁が指摘してきた『一票の格差』問題はどう解決されるのか」ということです。

彼らがよく口にする「統治機構」の問題を解決するというのであれば、憲法改正よりも選挙制度そのものに真剣に向き合うことこそが求められているはずです。自らのご都合主義による、とてもまともに「憲法審査会で論議してほしい」と言えるような改憲案が、全会一致でまとまる自民党の改憲論議にただただ唖然とするばかりです。

 

こんな感覚の論議の中で自民党は、「9条改憲案」がまとめようとしていることも強くアピールしなければならないと感じた3月の「3の日行動」でした。

 

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2018年3月 3日 (土)

東京には落ち着ける場所が多くあります  ――選択肢が豊富だからなのでしょうか――


東京には落ち着ける場所が多くあります

――選択肢が豊富だからなのでしょうか――

 

東京駅近辺の「定番」の一つはYEBISU BARですが、その他にも落ち着いて仕事や打ち合わせをしたり、ただ時間を潰したりできるところは色々あります。少しずつ紹介して行く積りですが、今回はまずTOKYU PLAZAの地下1階から。

 

キャビア・ハウス&プルニエです。直訳すると、キャビアの店、そして魚介類を食べられるレストラン、ということなのでしょうが、カウンターの上に並んでいるのはシャンパンのフルートです。そうです、この店の魅力はシャンパンでもあるのです。結構人通りも多い場所なのですが、ストゥールに座ると何となく落ち着けるのが不思議です。前回はゆったりした一時を過しましたが、今回は時間に追われてパス。

 

 

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もう一軒、地下鉄の入口から入ってすぐのパン屋さん、The City Bakeryですが、写真だけでもお土産にと撮っておきました。

 

 

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新幹線に乗る前、お昼を食べたのは東京駅のすぐ近くにある「丸の内オアゾ」の中のお寿司屋さんでした。6階の竹山(ちくざん)です。オアゾには丸善があるので良く行きますが、この日は達成感がありましたので、やはり寿司ということになりました。とは言え、ランチ・メニューで一番軽そうな「盛り合わせ」です。

 

 

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とは言え、先ずはビールから

 

そして「盛り合わせ」です。

 

 

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「江戸前」という形容詞が付くくらいですから当然と言えば当然なのですが、東京で入った寿司屋や蕎麦屋で、「これは駄目」と思ったことがないというのも不思議です。「Z級グルメ」を自認する私にも選球眼くらいはあると解釈したいのですが、どうでしょうか。

 

 

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コメント

昨秋、行ってみました。
ソニービルにあったLightUp/Zekoo(シニア向け)→引越し先・東急プラザということで。
7Fでした。そこだけで帰ってきましたが、
銀座4丁目を背に和光側から数寄屋橋の方へ、の景色が、
一番しっくりします。(銀座プレイス→(;´д`))
有楽町マリオンなど、こんなに品のある建物だったかと。
(2/28・3/1 NHkBS1 ”オリバーン・ストーンONプーチン”→後編、なかなか)

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

やはり銀座は良いですね。今の銀座も変ったとは言え捨てがたいのですが、みゆき族のいた頃も懐かしく思い出しています。『たそがれの銀座』という歌も昔の雰囲気を良く捉えていると思います。

オリバー・ストーンも凄いと思います。

2018年3月 2日 (金)

TOKYU PLAZAのフリー・スペースは健在でした  ――正式名は「イベントスペース キリコラウンジ」です――


TOKYU PLAZAのフリー・スペースは健在でした

――正式名は「イベントスペース キリコラウンジ」です――

 

かつては、日帰りで広島・東京間を行き来したこともあるくらい忙しかった時代もあったのですが、最近では数か月に一度の上京というペースに落ち着いてきました。間隔を開けて同じ場所を訪ねることで、毎回違う発見を楽しんでいますが、今回は、銀座の街を占領してしまっているのが、私のような田舎から上京した人間や外国人だということに気付きました。両方とも、耳から入ってきた言葉からの判断ですが――。

 

でも前回と全く変っていない場所もありました。数寄屋橋にあるTOKYU PLAZA6階、私は勝手に「フリー・スペース」と名付けていましたが、正式には「キリコラウンジ」、はそのままでした。そこで1時間ほど、タヒチにヒロシマの資料を送る件についての打ち合せをしました。

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TOKYU PLAZAの公式HPから

 

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前回は眼下の銀座に目を奪われましたが、天井のデザインの素晴らしにも注目です

 

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壁面はキリコをイメージしているのでしょうか?

 

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前回はなかったオリンピックの「オフィシャル・ストア」コーナーです

 

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小学生の投票で決めるマスコットのポスターもありました。もう決まりましたね。[]です。

そして、御心配なく。マツコ・デラックスには投票できないと断ってありました。

 

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一番目を引いたのは、金メダルを報道する新聞の一面特集でした

読売2、 朝日2、 産経2、 毎日1、 北海道1 には意味があるのでしょうか?

 

 

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2018年3月 1日 (木)

只管打坐 (しかんたざ)  ――ただひたすらに座ることの意味――


只管打坐 (しかんたざ) 

――ただひたすらに座ることの意味――

 

禅宗の三つの宗派の一つである曹洞宗には、宗議会という最高レベルの決定機関があるのですが、その人権学習の一環として平和運動史と今後の展望についてお話をさせて頂きました。曹洞宗の開祖は道元禅師であり、その精神は「只管打坐」という言葉に象徴されていることは知っていましたが、改めてこの言葉の意味を考える素晴らしい機会になりました。

 

               

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世界が有機的につながっていること、そして今の私が、その中でも大切な問題に関わっているという事実に気付かされたことがこれまで何度もありました。その度に身の引き締まる思いをしてきましたが、気付かされるきっかけは、いくつかの全く異なった範疇に属する事象が偶然としか思えない形で現れて、同じ方向を指し示してくれたことでした。

 

具体的には、これまで私に「只管打坐」の意味を分り易く表現してくれた人が何人かいるのですが、全く違った分野の先達でした。その一人は、昔から私淑していた、そして最近は先生の言葉を思い出しては咀嚼している岡潔先生です。数日前にも、先生についてのドラマを紹介しました。その岡先生の言葉が「スミレはただスミレのように咲けば良い」です。つまりスミレはひたすらスミレであれば良い、ということです。

 

もう一人「只管打坐」を強調していたのが、同時通訳の神様の一人と言われた故國弘正雄さんです。私にとっては良き兄貴分でしたが、通訳としてだけではなく政治家としても共に闘う機会が多くあったのは心強い限りでした。

 

その國弘先生 (政治家としての「先生」ではなく、多くの方々に取って英語の分野での素晴らしい先生であったことに改めて敬意を表したいと考えての「先生」です) は「只管打坐」を出発点にして「只管朗読」を提唱されていました。中学2年生か3年生の教科書をひたすら音読することなのですが、それも、500回から1000回という多くの回数続けるのが味噌なのです。英語を習得する上でとても効果のある方法ですが、その点について、國弘先生の言葉も引用しつつ丁寧に説明しているサイト「かつうら英語塾」がありましたので、是非そちらも御覧下さい。

 

しかし、広島で「只管打坐」を考えると一番自然に頭に浮ぶのは、慰霊碑前の「座り込み」でしょう。核実験のある度に抗議の座り込みをする伝統は、核兵器が廃絶され核実験がなくなるまで続けられると思いますが、座り込みを始められた森瀧市郎先生のお気持は、正に「只管打坐」だったのではないでしょうか。

 

森瀧先生は、その結果として「愛の連鎖反応」が起き、世界を平和に導くという、私たちにとってはとても分り易い説明をされています。座り込む皆さんの姿を見て、自然に自分も参加したいという思いに駆られるのはそのせいだと思います。でも最近強く感じるのは、元々座り込みを始められた方々は、運動としての結果を云々する以前に、どうしても核実験を止めなくては、核兵器を廃絶しなくてはという人間の存在の最も深い所から湧き出る無心の力に突き動かされたのではないかという思いです。

 

そして、曹洞宗の宗議会での講演において、「只管打坐」を日常的に実践され、道元禅師の説かれた道の先達である皆様を前に平和運動の歴史を紹介しつつ私自身が強く感じたのは、「只管論破」をし続けなくてはならないということでした。それは、被爆者に対して、またいろいろな意味で弱い立場に置かれている人たちに対して外務省や日本政府がこれまで取って来た理不尽で血も涙もない暴論に対しての「只管論破」です。私たちがこれからも続けなくてはならないのは、今まで以上に丁寧に、多くの人に分って貰えるような形で、嘘や詭弁、言い逃れ等に対して、事実を元にしてその虚妄を暴き、大きな政治力にして行くことです。どんなことを取り上げたいと思っているのか、その何点かについては別稿で取り上げたいと思います。

 

 

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