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2017年8月

2017年8月20日 (日)

高校生平和大使の演説中止 ――子どもたちには勝てないことを認めた外務省――


高校生平和大使の演説中止

――子どもたちには勝てないことを認めた外務省――

 

 

まずは、819日の朝アップされた共同通信47NEWSの記事をお読み下さい。

 

         

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これと併せて、「ユース非核特使」の活動報告をしている外務省のホームページもお読み下さい。


 

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今回は中止されましたが、2015年の軍縮会議ではスピーチができました。

 

このページの最後には、「「核兵器のない世界」の実現に向けて,日本はこれからも「非核特使」「ユース非核特使」と連携しながら,引き続きリーダーシップを発揮していきます」と高らかに決意表明しています。その口の乾かぬ内に「毎年必ずやると決まっているわけではない」なんて良く言えたものです。

 

仮に高校生が核兵器禁止条約に賛成だと言ったとしても、大人としてフェアに受け止めれば良いだけではないのでしょうか。政府がそれに反対しているのなら、プロの外交官として世界の外交官に向けて自分の立場を説明すれば済む話です。それとも、世界の良識を持つ国々を説得できないことだけは自覚しているのでしょうか。

 

高校生に発言させなかったのは、高校生たち――外務省のお偉いさんたちから見ればまだ子どもでしょ――のスピーチには説得力があるけれども、自分たちの理屈は通用しないことを認めたからなのだとしか思えません。

 

高校生の皆さん!  外務笑 (済みません、変換ミスでこんな漢字になってしまいました。訂正します。外務省です。) が負けを認めたくらい皆さんの言葉そして行動には大きな力があるのです。自信を持って、世界中に核兵器廃絶を呼び掛けましょう。

 

そして、「チョッピリ」勇気のある発言をしたばかりの河野外務大臣勇気ある発言を続けて下さい。大臣は、就任直後の記者会見でテレビ朝日の小池記者の質問に答えて、

 

「今や外務省の大臣でございますから,外務省がいい,頑張っているという印象を持っていただけるようにするのが私の責任だと思いますので,外務省頑張ってるねと言われるようにしていきたい,そうならなければそれは私の責任でございますので,しっかり責任を果たしてまいりたいと思います。」

 

と言っています。その責任を果して下さい。

 

天下の外務省が、子どもたちにはない権力を使って子どもたちの足を引っ張っるのでは、「いじめをしている」と見られたとしても仕方がありません。そんなところで「頑張って」も自慢にもならないでしょう。

 

日本や世界の子どもたちのために、そして未来のために「頑張ってるね」と認めて貰いたいのなら、せめて、外務大臣の指示によって、ジュネーブでの演説を復活させるくらいのことは必要だと思うのですが――。

 

 

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2017年8月19日 (土)

チョッピリの勇気 ――チャップリンの言葉を実行する人たち――


チョッピリの勇気

――チャップリンの言葉を実行する人たち――

 

チャーリー・チャップリンの名言はたくさんありますが、私が好きなのは「人生に必要なもの。それは勇気と想像力、そして少しのお金だ」です。お金に「少し」が付いているのは、他の二つとのバランスのためですが、本当は、勇気も想像力も「チョッピリ」で良いのです。

 

そんな勇気の持ち主が、立場は違っても、勇気をもって発言している様子が最近多くなってきているようです。私の「希望的観測」だけではないことを祈りつつ、二つ取り上げたいと思います。

 

一つは、アメリカ時間の17日、河野太郎外務大臣がアメリカのティラーソン国務長官に、包括的核実験禁止条約 (CTBT) の早期批准のため努力するよう要請したことです。その結果として、アメリカが明日にでも批准することにはならないかもしれませんが、被爆者や日本の大多数の人々の声を伝えたことには大きな意味があります。

 

             

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河野太郎公式サイトから

 

でも、残念なのは、これが被爆地を代弁する立場の岸田前外務大臣の発言ではなかったことです。被爆者が如何に勇気付けられたであろうかを考えるだけでも、「チョッピリ」の差が大きいことに胸が痛みます。

 

もう一つは、ナチスの旗を掲げている隣人に「何故」と尋ねる女性の動画です。ことによるとこれも、「チョッピリ」どころではなく、とても大きな勇気が必要なのかもしれませんが――。

 

結果としては、まともには答えて貰えず、ナチスの旗はそのままですが、「チョッピリ」の勇気が重なることで、自分の立場を考える人の増える可能性はあります。圧倒的多数の人々が「横並び」を選んで、自分は目立たないような言動を選択し始めたときに、「チョッピリ」想像力を働かせて、「チョッピリ」勇気を奮うことが、もっと多くの勇気を引き出すことにつながるのではないでしょうか。

 

 

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2017年8月18日 (金)

朝顔日記 ――手間を掛けた甲斐がありました――

朝顔日記

――手間を掛けた甲斐がありました――

 

子どもたちが小学校に上ってすぐ、学校で朝顔の種を播いた鉢を夏休みには家に持ち帰っていました。たくさん咲いた花の種を取っておいて、それ以来、毎夏、朝顔を楽しんで来ました。

 

今年も例外ではなく、蔓が延びられるように二階からネットを吊り下げ、プランターには肥料もやって万全を期したのですが、去年と比べると開花の時期が少し遅くなったような気がします。朝顔日記を付けておけば違いが分ったのですが、それでも毎朝たくさんの花が開きます。

 

後は、自慢の朝顔を御覧下さい。写真に撮った日が違いますので、少しずつ違った顔になっています。来年は、もう少し横に広がるような工夫をする積りです。

 

                   

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2017年8月17日 (木)

息子の帰省 ――3泊4日は貴重でした――

息子の帰省

――34日は貴重でした――

 

予定は一応立てていても、最終段階で変更することもある下の息子が一日早く、しかも夜遅く帰省しました。近くの駅まで迎えに行った家人にとっては、何の迷惑でもなかったようですし、次の日から級友や後輩たちと楽しい時間を過ごし、家族サービスもしっかりとして行ってくれました。

 

全部参加した訳ではありませんので、事後報告が中心ですが、ハイライトはLECT初体験と、○○山登山口近くの真っ暗闇の中で見た星の群れのようでした。流れ星も見え、カメラにも収めることができたようです。

 

家族サービスは、昔からお馴染みの虎之介です。定番のパキポキ胡瓜は二人前頼みましたが、美味しさに変りはありませんでした。それ以上に、プロの腕を甘く見ていたことに気付いて大反省です。

 

パキポキ胡瓜のレシピ―は簡単そうですので、我が家でもできた積りになって、自分たちでは美味しいと思って食べてきましたが、虎之介のパキポキ胡瓜にはかないませんでした。

 

                 

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一つには、上に載せてある海苔の甘みが違います。それとウニとのバランスがまた憎いほどです。そして、新鮮な胡瓜ならどれでも美味しく食べられるはずなのですが、虎之介の胡瓜の特徴は、「パキポキ」が表しているちょっと硬めの食感でした。胡瓜選びから始めなくてはならないとするとかなりの難関ですが、新しいチャレンジに挑みたいと思います。

 

勿論美味しいのはパキポキ胡瓜だけではありません。ヨコワ鮪とシマアジの刺身です。

 

 

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ハマグリとプチトマトの酒蒸しも、スープの多さと美味しさで、競うように食べてしまいました。

 

 

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虎之介では、店長さんが息子の先輩に当り、何時も激励の言葉をかけてくれるのですが、今回も。そして、大きくなった息子の肩幅を報告するために、背中の写真を撮りました。

 

超満員の新幹線でしたが、余裕のあるうちに切符を確保することも覚えたようで、元気に東京に戻って行きました。

 

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コメント

後ろ姿、とてみかっこいい若者ですね!

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。お褒め頂き有難う御座います。

息子のTシャツの言葉ですが、照れ臭いときや嬉しい気持、その他上手く返事ができないようなときに、スラング的に「Whatever!」と誤魔化すことがあるのを思い出しました。

背中が照れているということだと思います。

2017年8月16日 (水)

「第18回 平和の鐘を鳴らそう in 長泉寺」に参加してきました ――コミュニティーで創る平和の温かさに包まれた一時でした――

「第18回 平和の鐘を鳴らそう in 長泉寺」に参加してきました

――コミュニティーで創る平和の温かさに包まれた一時でした――

 

岡山ユネスコ協会が主催し、2000年に第一回目が開催された「第18回 平和の鐘を鳴らそう in 長泉寺」に参加してきました。長泉寺は岡山市北区南方にあり、正式には真言宗御室派薬園山長泉寺です。長泉寺は寺院としての行事の他にも様々な文化活動や社会平和活動、国際交流等の活動に積極的に取り組んできたことで知られています。

 

8月のイベントですぐ気が付くのは、

 

86日(日)「平和の鐘 ~広島忌~」 815 広島原爆忌につき、犠牲者を追悼し核廃絶と平和を祈る鐘を突きます。

89日(水)「平和の鐘 ~長崎忌~」 1102 長崎原爆忌につき、犠牲者を追悼し核廃絶と平和を祈る鐘を突きます。

815日(火)「檀信徒合同お盆総供養法要」(8:3010:00) そして

815日(火)「第18回平和の鐘を鳴らそう!」(11:4514:00) です。

 

「平和の鐘を鳴らそう」のプログラムは次の通りです。

 

 1145        開会案内

 1150        開会あいさつ

 1155        『わたしの平和宣言』朗読

 1200        平和の鐘を鳴らそう:平和への想いをこめて、一人ずつ鐘をつきます

        〈小休憩・移動〉

 1230        「平和の話」 講師:秋葉忠利さん(元広島市長)

        ~ 被爆者の存命中に核廃絶を 

        混迷する世界を救うのは“The Better Angels of Our Nature

 1330        「祈りの音楽」 長泉寺合唱団 CORO NAGA(コーロナーガ)

 1400        閉会

 

「平和の鐘を鳴らす」イベントでは、鐘楼の脇に立った数人の僧侶が般若心経を唱える中、イベントの参加者が一人一人、鐘を鳴らして行きます。高齢者も多かったのですが、お母さんに抱かれて一緒に鐘の紐を引っ張る幼子も何人かいて、戦争犠牲者の追悼、さらには現在そして未来の平和のための祈りが、読経の声と鐘の音に乗って天に届くかのような雰囲気でした。

 

               

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鐘を鳴らすためには、紐を垂直に引っ張る構造になっています

 

私の話は、核兵器禁止条約成立の歴史と意味に焦点を合わせました。原水禁世界大会での報告でも同趣旨の話をしていますので、内容についてはこちらを御覧下さい。

 

「平和を歌う」をテーマに2015年に結成された長泉寺合唱団「コーロナーガ」の皆さんの歌声もとても素敵でした。

 

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何より有り難かったのは、岡山ユネスコ協会の幹部の皆さんそして長泉寺の宮本龍門住職にお会いし話のできたことでした。

 

特に龍門御住職には、私が到着してからすぐ、またイベントの後にもゆっくり時間を取って頂き、貴重な「法話」を聞かせて頂きました。話に引き込まれてしまい、メモは取れなかったのですが、何点か印象に残ったことを書き抜いておきます。長泉寺のホームページにも、同じような記述がありますので、お勧めしたいと思います。

 

l 仏教を突き詰めて行くと、人間社会のあらゆる側面との関わりが大切になる。だから政治的な事柄も避けては通れない。それ以上に、「政治的事柄だから避ける」という判断こそ政治的であって、仏教者の立場としては、それが政治的事柄でもプライベートな事柄でも、その他様々なことについても仏教的判断をして行くべきだと考えている。

l 特に「平和」は宗教とは切り離せない関係にある。宗教こそ、究極的には平和を創る力を持っている。

l お寺は地域の中に位置している。そして寺を取り巻く人々全ての関係は、上下関係ではなく、平等なものだ。そのコミュニティーの力で世界の平和にまで通じる平和が創られる。

l 世間を見るに付け、政治に関心のない人々の多さに愕然とする。その人たちに少しでも関心を持って貰うために、コミュニティーの拠点としての寺院の役割を大きくしたい。

 

長泉寺でお会いした方々は、龍門住職をはじめ、皆さん笑顔に満ち、謙虚な方ばかりでした。16世紀初めに開創されて以来の伝統なのかもしれませんが、平和活動を通じての心の平和や平穏を身に付けられたからだとも考えられます。そのせいだと思いますが、穏やかな気持ちで岡山を後にすることができました。

 

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コメント

長泉寺の住職さんのいわれる
仏教→平和→政治→地域→お寺
というコンセプトとそれに基づいての活動は素晴らしいですね。
イライザさんはそうした活動のシンボル的存在になりましたね。
これからも頑張ってください。

「シンボル」様

コメント有り難う御座いました。世の中を変えるためには、ベトナム戦争反対運動時のように、僧侶が自ら火を被ることさえ必要な場合もあることは理解できます。

でも、毎日の生活が基本になる地域の中の運動では、人を包み込む温かさや優しさが運動の幅と奥行きを創り出していることを、今回の長泉寺のイベントで実感できました。

2017年8月15日 (火)

8月のブルーベリー農園その1

 

8月のブルーベリー農園その1

 

安芸の郷の3つの事業所が一緒に行う第14回森の工房AMAブルーベリーまつりは森の工房AMA、第2森の工房AMAを会場にして85日(土)に開催され1400人を超える人たちで賑わった。

 

まつりの名前が「ブルーベリー」なので、大量のブルーベリーを用意して、1キロと100gパックにして販売しないといけないので7月末からまつり前日まで東広島市豊栄町のブルーベリー農園で摘み取った実を森の工房AMAに届ける毎日だった。まつりが終わると今度は生食の1キロパックの予約注文を受け付けるので、休む間もなく摘み取りを続けるが、摘みとりは安芸の郷としゃくなげファームの利用者の研修受け入れ、安芸の郷のボランティアの皆さん、農園の友人知人の方々のご協力で進む。感謝の日々でもある。

 

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農園には太陽が照つけ続け、気持ちのいい空が広がる。(813日)

 

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「さあこい」と言わんばかりのブルーベリー。(ラビットアイ系ティフブルー)

 

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一番下の畑に入り(812日、矢野民児協、ボランティアグループ森のくまさんの皆さん)

 

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山の西側に入ってブルーベリーを摘み取る。(811日。農園の友人知人の皆さん。こちらは親子連れ)

 

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昼休憩。離れ、縁側、軒先とお気にいりの場所で昼食。(812日)

 

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山や畑で摘み取りをしていた皆さんが午後の休憩で摘み取ったブルーベリーをもって母屋に移動。待っているのは、

 

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ブルーベリージュース。みんなで摘み取った実とグラニュー糖、氷を入れてミキサーにかけて出来上がり。暑い中の摘み取りの後のジュースは皆さん絶賛。(813日)

 

9月上旬まで多くの皆さんのご協力で収穫作業が続き、森の工房AMAに納品されていく。

 

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隣の田んぼの稲は早生の品種らしくもう稲穂がたわわについている。

 

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山のブルーベリー園の法面のナデシコ。(813日)

 

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同じ法面にハギの花も咲きだした。(813日)

 

標高約400mの農園の周辺はそろそろ秋の気配。でもブルーベリーは40日間かけて実っていくのでまだ半分が残っている。森の工房AMAの注文もたくさんはいている。後半、もうひと頑張り。

 

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社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2017年8月14日 (月)

盆灯籠 ――関東では見ることのできない美しい伝統です――


盆灯籠

――関東では見ることのできない美しい伝統です――

 

30年も前、初めて広島でお盆を迎えた時の派手やかさに驚いたことを覚えています。五色の盆灯籠の美しさは、関東でのお盆との違いを視覚的に際立たせてくれていました。

 

子どもの頃の千葉でのお盆で一番記憶に残っているのは、816日から22日まで、一週間続く千葉神社の「だらだら祭り」ですし、送り火の苧殻を家の門近くで燃やして、キュウリやナスの牛馬は近くの海まで流しに行ったことですので、広島のお盆の雰囲気とはかなり違う感じです。

 

盆灯籠はコンビニやスーパー、ホームセンターなどでも手軽に手に入るものですが、近頃では、お盆が過ぎてからの処分の大変さや過度の華美化、火災等の事故に配慮して、盆灯籠を禁止する寺院もあるとのことです。しかし、何か工夫を加えることで、広島の風物詩を続けていって欲しいと願っています。

 

我が家の御近所のお墓には、今日も盆灯籠が供えられていました。御近所さんという御縁を有り難く思って、私も「南無阿弥陀仏」と唱えさせて頂きました。

 

                 

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2017年8月13日 (日)

親戚一同の会食 ――グランドプリンスホテルで盛り上がりました――

親戚一同の会食

――グランドプリンスホテルで盛り上がりました――

 

旧盆が近付き、御先祖の墓参りのために帰郷する人たちも増える季節ですが、我が家も例外ではなく、遠くから広島を訪れる親戚の皆さんも含めて、グランドプリンスホテル広島で、会食をすることになりました。レストランは李芳、何時行っても満足できる中華の店です。そして今年は、新婚ほやほやのメンバーも参加して、幸せのお裾分けもして貰いました。

 

                 

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子どもたちも入れて総員17名、場所を替えてからも話は尽きず、夕方まで食べ、飲み、歌い、話すことができました。何時ものことながら、話の中心になるのは終戦前に生まれていた3人なのですが、何時ものように辛抱強く聞いてくれた若い世代の皆さん、そして新しいメンバーにも感謝しています。Z級グルメの悲しさで、美味しかったランチの詳細をお伝えできないのが残念なのですが、このブログを通して、楽しかったひと時の一端でも感じ取って頂ければ幸いです。

 

 

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2017年8月12日 (土)

私たちの生きる意味 ――広島を問い、憲法を問うことと同じです――

私たちの生きる意味

――広島を問い、憲法を問うことと同じです――

 

86日夜、「広島を語る会」に集まった8人で共有できたことの一つは、奇しくも、722日に開かれた講演会で、講師の石川健治教授の問い掛けと同じでした。それは、「私たちの生きる意味とは何か」です。石川教授の言葉を要約すると、「物語として憲法がその意味を伝えてくれている」と要約できるように思います。

 

             

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Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?

(我々はどこから来たのか?我々は何なのか?我々はどこに行くのか?)

ポール・ゴーギャン作

[By Paul Gauguin - Museum of Fine Arts Boston, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=36264337]

 

フォトジャーナリストと御紹介しましたが、「核ジャーナリスト」としても知られているT氏からの問題提起も石川教授と軌を一にしていました。T氏は、被爆・被曝を合わせて「被ばく」と書いていますので、ここでもそれに倣います。広島・長崎の被ばく者、福島やチェルノブイリ等の原発事故での被ばく者、原発労働者、原水爆実験の被害者、その中には、南太平洋諸島で被ばくした人たちもいれば、「アトミック・ソールジャー」として、アメリカ本土での核実験で被ばくした兵士たち、また、核実験の風下に住んでいたために被ばくした「ダウン・ウインダー」たちもいます。さらにウラン鉱の採掘に駆り出されて被ばくした先住民たち等々、核被害を受けた人々は世界のいたるところに住んでいますし、被害の受け方も多種多様です。

 

2015年に明治学院大学で開かれた講演会T氏は、被ばくを4層に分けてその本質を説明しています。


 Nuclear Colonialization (核の植民地化)――政治的・経済的支配という面から被害を理解する。

 Nuclear Racism (核による人種差別)――ウランの採掘・精錬の75パーセントは先住民の住む土地で行われ、主要核保有国の核実験は全て先住民の住む土地で行われた。

 Nuclear Refugee (被ばく難民)――被ばくさせられた上に、難民として自分たちの住む土地から追い出されている。

 Nuclear Violation (被ばく被害は人権、生存権の侵害)――被ばく者を生むこと自体が人権侵害であり、その対応も人権という視点から考えるべきだ。

被害の受け方も、受けた場所や日時も違い、それぞれが置かれていた「被ばく」当時の状況も戦争中だったり、あるいは核実験のモルモットとしてだったりという差もある。労働者として、あるいは平穏な日常に起きた事故等、こうした背景の違いをも視野に入れると、被害者としての、そして運動としての連帯を育む上で、結局は「私たちの生きる意味」を問うという一番基本的な立場に立つことが、鍵になるのではないか。

 

最後に、ジャーナリストのI氏による、86日の広島レポートが、「リベラル21」というブログに掲載されています。優れたレポートですので一読をお勧めします。

 

 

 

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2017年8月11日 (金)

竹林の八賢 ――恒例の「広島を語る会」で盛り上がりました――

竹林の八賢

――恒例の「広島を語る会」で盛り上がりました――

 

ここ数年、86日の夜に旧知の木原省治さんの肝煎りで数人が集まり、広島の来し方行く末を論じる会が開かれてきました。半世紀以上広島・長崎や原水禁運動に関わって来た人たちだけでなく若い人も参加していますが、それでも全員50歳以上。世俗を超えた談論風発を毎回楽しんで来ましたので、「竹林の七賢」の集いとはこんな感じだったのではないかとさえ考えていたのですが、今回集った八人に敬意を表して、「八賢」と「自称」します。

 

             

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台湾のウィキペディアから

 

そのメンバーについては、回を改めて御紹介したいと思いますが、今回は「八賢」からの問題提起をいくつかお伝えしたいと思います。高齢の方からは「膝を打って」同感!の声が上がるかも知れません。若い世代からは、「また最近の若者は---」が始まったと聞こえるかも知れません。いずれにせよ、私たちの世代の思いを書き留め表現することで、「ヒロシマの心」の一端が伝われば幸いです。「親の意見と茄子(なすび)の花は千に一つの無駄もない」という諺もありますし。

 

以下、その夜の一コマをお伝えしますが、あくまで私がメモも取らずに聞き理解したことが元になっていますので、正確さについては問題があるかもしれません。それに私も少々は酩酊していましたので、御本人から異論が出る可能性もあります。その際には、訂正をさせて頂く積りです。

 

(A) 新聞記者歴は半世紀を超えるI元記者が最近感じたことは、新聞記者そして新聞社の言語能力が落ちていること。彼がかつて仕事をしていたA新聞の記事で、「地方議会が召集された」と表記されていたことにショックを受け、新聞社に電話をしようとさえ思ったとのことでした。御存知の方は多いと思いますが、議会を「招集」する場合と「召集」する場合があります。「召集」は天皇が「招集」する場合にだけ使われる漢字です。

 

このような誤りの責任は記事を書いた記者本人だけにあるのではなく、最近は多くの新聞社で校正係がなくなっていることもその理由の一つだそうですし、新聞そのものの存続も危ぶまれている昨今、仕方のないことなのかもしれません。同時に、政治家の言語能力を問題にしなくてはならない現実を前に、もっと影響力を持って貰いたい紙媒体がその力を発揮するためには、一点一画も疎かにはできないことも事実です。

 

(B) 「八賢」の中の数人はマスコミの仕事をしていた人たちですし、その他の方々もマスコミとは切っても切れない縁で結ばれていました。今でもその縁は続いていますので、マスコミに対する期待は大きく、またそれが故に批判も厳しくなっているのかも知れませんが、人類史的に大きな意味を持つ「核兵器禁止条約」の報道についても、私たちの感じたことも共通していました。

 

(C) I元記者は、国会図書館まで足を運び、全国で発行されている日刊紙全ての報道をチェックしたそうなのですが、その結果、いろいろなことに気付きました。その一つが、「核兵器禁止条約」の成立に至るまでの経緯についての報道が、表面的なことでした。今の時点で見える現象的な説明に止まって、世界そして日本の平和運動・市民運動がどのような役割を果してきたのかについての記述がほとんどないことです。

 

(D) 実は私もこの点については同感で、第二分科会でこの点についても触れています。

 

 (E) その一つとして、「hibakusha」という表現が国際的に使われたのは、今回が初めてであるかのような誤解を生み兼ねない書き振りになっていることを指摘されました。これは、第二分科会でもフロアから発言されていますし、このブログでも以前、取り上げたことがあります。

 

(F) 長期にわたり活躍を続けてきたフォトジャーナリストのT氏からは、その場にいた私たちの思いをまとめる発言もありました。それはI元記者のように、半世紀以上ジャーナリストそして運動家として活躍してきた実績を持ち、今でも現役の記者魂を持って活動している先輩たちの持つ知識、そして世界や平和運動を見る枠組みや方法論を是非、若い世代のジャーナリストに引き継いで貰いたい、ということでした。

 

(G) それは、I元記者だけに限られることではなく、実はT氏についても当てはまることですし、「八賢」のその他の方についても言えることですので、このブログで不十分ではあっても、何人かの方のこれまでの活躍の一端をお伝えできたらという結論になりました。続きをお楽しみに。

 

 

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2017年8月10日 (木)

『広島のおばあちゃん』をタヒチに贈ります ――東芝国際交流財団から助成金を貰うことができました――

『広島のおばあちゃん』をタヒチに贈ります

――東芝国際交流財団から助成金を貰うことができました――

 

昨年7月に、タヒチを訪れました。フランスが南太平洋で核実験を始めてから50年経ち、実験で被害を受けた多くの人たちの存在さえ未だ十分に認められていない現実があり、またその結果として補償どころか十分な医療さえ受けられない窮状を前にしての50周年です。しかし、こんな状態を放置してはいけないと被害者の皆さんは立ち上がりました。

 

原水禁そしてヒロシマは長い間、このような核被害者の皆さんに寄り添い、出来るだけの支援をしてきましたが、昨年はその絆をさらに強めるという目的で訪問団が派遣されました。その報告は719から730までの間に数回にわたってお届けしました。

  

その中でも言及しましたが、タヒチの人々を支援するための一つの可能性として、広島では容易に手に入る基礎的な情報をタヒチに届けて共有することが役立つのではないかと思いました。報告からその部分を抜粋します。

 

広島・長崎の原爆についての基礎的な事実をタヒチの人たちに伝えることで、運動も次の段階にステップアップできるのではないかということです。例えば鎌田七男先生の書かれた『広島のおばあちゃん』そしてその英訳『One Day in Hiroshima』のような、被爆の実相についての医学的な解説を中心にした分り易い入門書をフランス語にも訳し、それをさらにタヒチ語に訳すことも、被曝者・被爆者の連帯から新たなエネルギーを創り出す上での有効なプロジェクトになるのではないかと思います。


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 実はこのアイデアをその後、実行に移しています。それはまず、日本語版と英語版を元にフランス語への翻訳を行い、それを出版して貰う。そのフランス語版を買い取り、被害者の救済に力を入れているタヒチの反核市民団体「モルロアと私たち」に贈り、被害者や支援者に配布して貰って運動強化の一助にする、というものです。

 

具体化するためにはお金も必要です。どうすれば良いのかを考えているときに、公益財団法人東芝国際交流財団が助成金を出してくれる可能性のあることを知り、応募することにしました。それまでに相談に乗って貰っていたいくつかの団体があったのですが、私が顧問を務めるNPO法人「文化の多様性を支える技術ネットワーク」(理事長は山崎芳男早稲田大学名誉教授)も賛同してくることになり、同法人のプロジェクトとして採用してくれました。そして東芝国際交流財団への助成金申請も行ってくれました。

 

報告が遅くなってしまったのですが、東芝国際交流財団からは、今年3月に「助成金を供与する」という通知を頂きました。

 

知らせを受けて、現在はフランス語への翻訳作業が進行中です。それが完成すると、原著者の鎌田七男先生の主宰する「シフトプロジェクト」がフランス語版を出版してくれることになっています。2000部を購入した後、「モルロアと私たち」に送るのですが、全て上手く進行すると、今年中にはタヒチに『広島のおばあちゃん』のフランス語版を届けられそうです。

 


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2017年8月 9日 (水)

被爆72周年原水爆禁止世界大会国際会議 ――フロアからの発言も凄かった――

被爆72周年原水爆禁止世界大会国際会議

――フロアからの発言も凄かった――

 

国際会議の報告を続けますが、今回はフロアからの発言を取り上げます。

 

 脱原発について、野党の姿勢がしっかりしていないが、その理由の一つは連合の方針にあると思う。しかし、労働組合の中での議論が私たちには伝わってこない。説明して貰えるだろうか。

 (A) これに対しては、藤本事務局長から丁寧な説明がありましたし、イさんからは労働組合が中心になって闘っていること、また日本からの情報や激励が力になっていること、労働者数では原発関連の仕事より再生エネルギー関連の方が多くの人を雇うまでになったことも報告されました。詳細は割愛します。

 

 

 選挙で勝つためには、原発を争点にすることが効果的だと思うが、台湾や韓国では、どのようにして争点化に成功したのか。

 

(A) シューさんとイさんからは、簡潔な歴史的説明がありました。両国の歴史や現在についての知識が私にはあまりないため、正確にお伝えするだけの理解には至っていませんので、割愛します。

 

 大阪府立大学名誉教授の方から、いくつかのコメントがありました。私の知らないことも含まれていましたので、とても勉強になりました。会場にいた方で、この名誉教授のお名前を御存知の方がいらっしゃいましたら、教えて頂けますでしょうか。

 

東電に21兆円もの負債があることは良く知られているが、最終的には電気代に上乗せして払う以外の道はない。(筆者注税金を投入するという理不尽な選択肢はないという前提での話だと理解しました)

 

しかも、それをさらに悪くする状況がある。東電には、送電用の鉄塔が24.8万基ある。これまでの計画では、老朽化した鉄塔を毎年1000基ずつ建て替えて行くことになっていた。しかし、これでは248年も掛るので、最近1年あたり5000基建て替えることにした。となると、コストは5倍になる。その上、廃炉費までということになると東電の破産は既成の事実だ。問題はこれを税金から出すことにするのかどうかだ。(筆者注送電用の鉄塔のことは初耳でした。コストがいくらになるのかは聞き逃しましたので、何方か教えて下さい。)

 

             

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東電のホームページから

 

 

「トイレのないマンション」であることも、具体的に明らかになってきている。原発を再稼働すると、当然使用済みの核燃料をどこに保管するのかが問題になる。最終処分場がないのだから、それぞれの原発の貯蔵プールに保管することになるが、それも4,5年で一杯になる。その時点で原発は運転できなくなる。

 

 最後にこのような発言を踏まえて、新潟の有田さんから柏崎・刈羽の現状と新潟の政治状況についての力強い報告がありました。

 

その後、たまたま目にした『産経デジタル』には、「トイレのないマンション」についての事実に即した報告がありました。推進派も認めざるを得ない状況だということなのです。

 

 

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コメント

核弾頭が減り、核実験はほぼゼロになったということ、
そしてそれがヒバクシヤそして市民の活動の世論によるということは大変素晴らしいことですが、
核実験が減ったというのは、コンピューターシミュレーションにより、改めて爆発させずとも充分な成果が得られるようになったということも大きいようですね。
英国はそのためのシミュレーターを購入したとのことですし、
http://businessnewsline.com/news/201707071753110000.html
中国は、日本は核実験なしでも、そうしたシミュレーションによりすぐにでも核開発ができ、米ロに次ぐ世界3位の核保有国になれる能力があると警戒しているそうです。
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20150812/1439363542
北朝鮮が核爆発実験を繰り返しているなんてことは、それだけ核に関する技術が遅れているという証明だともいえそうですね。
弱い犬がキャンキャン吠えるのと同じかもしれません。
そんなに目くじらたてるほどのことではないと思いますが、
でも噛まれたら痛いでしょうから、嫌ですね。

「シミュレーション」様

コメント有り難う御座いました。鶏と卵論争になるかもしれませんが、そもそも、実際には核実験をしないでシミュレーションで済まそうと考えた動機が、世論の批判をかわしたいからだった、という可能性もあるのかもしれません。

そして、地下核実験でもかなりのコストも掛りますので、コスト削減という全く別の理由もあるのかもしれません。

しかも、最近では、本当の地下実験なのか、シミュレーションなのかの区別が付かないようなシミュレーションもあるようですので、事はますます複雑です。

2017年8月 8日 (火)

NHK BS 今夜9時から  「アナザーストーリーズ」 ――オバマ大統領広島の地へ~歴史的訪問の舞台裏――

NHK BS 今夜9時から 

アナザーストーリーズ」

――オバマ大統領広島の地へ~歴史的訪問の舞台裏――

 

番組の予告から

2016527日、バラク・オバマが、現職のアメリカ大統領として初めて広島を訪れ、被爆者と抱擁を交わした。あの歴史的訪問はいかにして実現したのか?その裏には、高いハードルを越えようと懸命に努力した日米両国の物語があった。思いをホワイトハウスに伝え続けた広島。核兵器を使った唯一の国として“道義的責任”に向き合おうとしたアメリカ。大統領のスピーチライターが明かす、アナザーストーリー」

より詳しくは、番組のサイトを御覧下さい。


私も取材を受けました。スピーチライターと米兵被爆者の調査を続けた御自身も被爆者の森重昭さんに焦点が合わせられるようですが、一見の価値があるテーマだと思います。

 

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被爆72周年原水爆禁止世界大会 第二分科会 ――大切な点だと思いますので補足です――

被爆72周年原水爆禁止世界大会 第二分科会

――大切な点だと思いますので補足です――

 

被爆72周年原水爆禁止世界大会のまとめで、今年は各分科会毎の報告が短かったような気がしているのですが、私が出席した第二分科会についての補足をしておきます。このブログでは何回かアップしている内容ですが、一回で読めるようにまとめておくことにも意味があるのかもしれませんので、私の発言部分を要約しておきます。「自分の喋ったことを大切だと思うのは誰でも同じ」という前提も踏まえてお読み下さい。

 

 核兵器禁止条約の成立は、歴史的出来事


 それにも比肩する「核廃絶に近付いた」出来事が31年前、1986年にあった。レイキャビックで開かれたレーガン・ゴルバチョフ会談で両首脳は、「全ての核兵器廃絶」に合意していた。

 

                   

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その合意は、軍産複合体や官僚組織の反対にあい、陽の目を見ることはなかったが、核廃絶の一歩手前まで行ったという事実は、核廃絶が不可能だという人たちへの反論になる。


 「絶対的」な力を持つと信じられているアメリカ大統領やソ連の書記長でも世界を動かすことができないことの証明になるのだか、では誰が世界を動かせるのか?


 それは、「世論」だ。

世界の核弾頭数を示すグラフを見ると、1986年をピークに右肩下がりの傾向がハッキリしている。1986年にレーガン・ゴルバチョフ会談が反映していたのは、世界の世論が核廃絶を望んでいたという事実で、その後の減少は世論の力の結果だ。

 

 

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 もう一つのグラフは、核実験数の推移を示している。1996年には包括的核実験禁止条約が締結された。しかし、アメリカ等の国々が批准していないためにまだ効力はない。にもかかわらず、1996年ころから、核実験数はほぼゼロになっている。これも世論の力だ。

 

 

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 この世論の力を背景に、核兵器禁止条約は作られた。市民運動ならびに志を同じくする国々が取った作戦は次のようなシナリオに沿って実行された。

(ア) 核兵器の非人道性をアピールし、人類の生存が最優先されるべきことをせかいに広める。そのための運動を市民の力で世界的に展開する。

(イ) その運動に公的・政治的力を与えるために、非核国が中心になって、国家のレベルでも世界の世論を盛り上げる。

(ウ) その結果として、核保有国が積極的に賛成しなくても核兵器(使用・保有・脅迫に用いること等)禁止条約締結の機運を盛り上げる。

(エ) 国連の組織の中に存在する、大国の拒否権が行使できないメカニズムを上手く生かして条約を作ってしまう。

(オ) 国際世論に押されて、核保有国も究極的には、消極的であっても条約に参加せざるを得なくなる。

 

 このシナリオ通り、国連総会の多数決による決定で、何の権限も持たない「国連公開作業部会」を作り、そこで市民社会の代表と志を同じくする国々が、核保有国や核依存国(その代表が日本)の妨害にもかかわらず、人類史的なレベルでの議論を行い、2017年に核兵器禁止条約締結のための多国間交渉をするという多数派を形成した。国連総会がそれを受けて、今年の3月から7月までの交渉を行い77日に条約の成文を採択した。


 核兵器禁止条約の持つ意味を何点か指摘しておく。

(ア) 前文で「被爆者」に言及したことは、被爆体験と被爆者のメッセージが世界的に共有されたことを意味する。

(イ) 条約によって核兵器が禁止されたことは、「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という被爆者のメッセージの具現化である。それは、被爆者の「使命」である「核廃絶」実現への大きなステップでもある。

 「道徳」から「法律」へという高次元化の意味も大きい。それは、市民社会の活用出来る「語彙」を増やしたともいえる。つまり、核保有国や核依存国内で進められてきた核廃絶運動が新しい説得手段を手にしたことを意味する。そのロジックは、

1. 「核兵器は国際法違反」

2. 「法律違反を犯さないためには、条約を批准すれば良い」

3. 「国会議員に働きかけよう」

というもので、例えばアメリカ国内で、子どもたちが大人に働きかける上でも効果的な道具になる。

(ウ) 50か国の批准を必要とする「発効」は今回の採択に賛成した国が122あることから時間の問題だ。

(エ) 核保有国・依存国の批准も上記のロジックとその応用で時間の問題。

 

 核兵器禁止条約が成立した背景には、二つの大きな流れがある。それがあるからこそ、核保有国・依存国の参加も自信をもって予測できる。


 一つは、世界の非核兵器地帯条約。南半球は既に、全て非核兵器地帯だ。

 

 

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その詳細は次の通り。

1 南極条約 (1959) 2013年に50か国 

2 トラテロルコ条約 (1967)  中南米の全ての国33か国プラス核保有5か国批准 

3 ラロトンガ条約  (1986)  南太平洋の13か国・地域プラスロ、中、仏、英批准--米は署名のみ

4 バンコク条約 (1997) ASEAN諸国10か国――核兵器国は全て未署名 

5 ペリンダバ条約 (2009)  アフリカ諸国54か国中、28か国批准、仏、中、英が批准、米ロは署名のみ

6 セメイ条約 (2009)  中央アジア5か国  

7 モンゴル非核兵器地帯宣言(1992)と地位の確認(1998) 核保有5か国が、「モンゴルに協力する誓約の再確認」を発行(2000)

 

 もう一つは、市民運動の歴史だ。市民運動は世界の非暴力化のために大きな成果を残してきているが、1996年に国際司法裁判所が発した「勧告的意見」で、「一般的には」という制限が付いてはいても、核兵器の使用ならびに核兵器による脅迫は「国際法違反」という判断を引き出したのは、市民運動だと言っても良い。勧告的意見に至る歴史を振り返ってみると、次のようにまとめられる。


 まずは、南太平洋で核実験を繰り返していたフランスを国際司法裁判所に提訴して、核実験を止めさせたという実績がある。

(ア) 1966年から1974年までフランスはムルロア、ファンガタウファ環礁で44回の大気圏核実験を行う。

(イ) 民衆の不安と怒りが大圧力になる。

(ウ) 1973年1月、オーストラリア政府はフランスを「核実験は違法」の廉でICJに提訴すると警告

(エ) 1973年5月NZが、翌月オーストラリアもICJに提訴

(オ) 6月、ICJは、8対6で、NZAUSの立場を認める仲裁的意見を発表。

(カ) フランスは大気中核実験の中止を決定


 この成功を元に、「世界法廷プロジェクト」と呼ばれる市民運動が立ち上げられ、国際司法裁判所に勧告的意見を求める決議を国連総会ならびにWHOが採択し、1996年の結果に至る。

(ア) 1986年、元判事のハロルド・エバンズ提案

(イ) 1989年、IPB, IALANA, IPPNW, PGA等のNGOの間でWCPへの支持が高まる。

(ウ) 1993年5月14日、WHOが総会で、ICJに勧告的意見を求めるよう決議、9月に受理された

(エ) 1994年12月15日、国連総会はICJに勧告的意見を求める決議を採択、数日で受理される

 こうした運動を国家として受け止め、市民の声を代弁したのがニュージーランド。その中心にいたのがロンギ首相。彼の言葉を引用すると「もしニュージーランドのような国が核兵器に対してノーと言えないのならば、どのような国が核兵器に対してノーと言えるのか。もしニュージーランドのような国が核抑止論なくしては安全であり得ないとするならば、どのような国がそれなくして安全であり得るのか」

 日本政府は、ニュージーランド以上に被爆者ならびに市民の声を代弁すべきだ。特に「唯一の被爆国」という言葉を頻発しているのが日本政府であることの責任は取らなくてはならない。総理大臣ならびに関係大臣は

(ア) 自分が大臣であるときに核兵器禁止条約が採択されるなどということは、一世紀に一度あるかないかの出来事として、歴史的な意味を考え、

(イ) 唯一の被爆国日本の「大臣」としての責任を果すべき。

(ウ) それは、被爆者の悲願実現を最優先することであり、「ヒロシマ」そして「唯一の被爆国」としての世界的な位置付けを考えると、核兵器禁止条約を採択した世界の圧倒的多数の市民や国々への責任も果すべき、ということでもある。

(エ) そのためには、選挙民からの発信が一番効果的

 具体的なアイデアの一つとして、トランプ大統領を説得して、北東アジア非核地帯条約締結を推進すべきだ。

(ア) そのために、トランプ氏の選挙中の約束を再確認する。それは、

 北朝鮮と話をする

 「世界の警察官」は辞める

 日本と韓国に核武装を勧めない

(イ) これを元に、安倍総理大臣あるいは外務大臣がトランプ大統領に北朝鮮に乗り込んで次の合意を取り付けるようアドバイスすべし。

 アメリカが北朝鮮には核を使わないことを保証

 ロシアが日韓に対して核を使わないことを約束

 日本・韓国・北朝鮮は核兵器を持たない

 アメリカ・ロシア・中国はこれら三カ国に対して核兵器を使わないことを   保証

(ウ) これで、北東アジア非核地帯条約ができる。


 支持率が下がり、名誉回復の手段を模索しているトランプ・安倍組に提案する価値はある。

 

 

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2017年8月 7日 (月)

被爆72周年原水爆禁止世界大会  ――事務局長によるまとめ――

被爆72周年原水爆禁止世界大会

――事務局長によるまとめ――

 

被爆72周年原水爆禁止世界大会が終りました。その全体像を理解して頂くために、大会の事務局長である藤本泰成さんの「まとめ」をアップします。昨年に続いて感動的なまとめです。私は第二分科会に参加しましたが、スペースの関係だと思いますが、私の発言への言及はありません。次回手短に補足をさせて頂きたいと思います。

 

             

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写真は開会総会のものです

 

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原水爆禁止世界大会・広島大会まとめ

被爆72周年原水爆禁止世界大会実行委員会

事務局長 藤本泰成

 核禁止条約に対する日本政府の態度が問題になっています。第2分科会の湯浅一郎ピースデポ副代表は、オバマ政権の8年間を総括しながら、「核なき世界」をめざす米国では、核兵器への巨額投資が続き、核戦力の近代化が続いた、今後10年間で核の近代化に800億ドル、運搬手段の近代化に1000億ドル、全体で1800億ドル、約18兆円が支出されることになったと指摘しています。オバマ大統領がプラハ演説で述べた「この目標は、私の存命中には実現しないかもしれない」と言う言葉は、米国社会に染みついた核依存態勢を象徴し、このことを変えるのは至難の業との思いの表れでは無いでしょうか。

 

 第1分科会で発表した、米国の平和NGOピースアクションのポール・マーチン代表は、米国で様々な問題を起こしているトランプ新大統領が、守っている唯一の公約は、軍事中心主義と軍事費の増額であると述べました。貧困層対策のプログラムの予算を削減し、軍事費を大幅に増額している事実を指摘しています。トランプ政権は、核の近代化政策においても、オバマ政権の方向性を支持しています。ただし一方で、イランとの間の核開発放棄の合意と北朝鮮の金正恩政権との対話の姿勢は保ち続けるとしています。

 

 北朝鮮は、核実験を繰り返し、ICBM・大陸間弾道弾の実験に成功し、米国内の全てを射程に入れたと主張しています。米国の核兵器とは規模も違いますが、核のにらみ合いとも言える状況が続いています。北朝鮮を対象とした、米韓軍事演習は規模を拡大し、日本を含む日・米・韓の軍事同盟強化はこれまで以上に進んでいます。米艦防護や後方支援など米国との軍事同盟を強化するために、安全保障関連法が成立しました。

 

 第1分科会で、軍事評論家の前田哲男さんが、43の民放70の新聞を使い、3億円以上をかけたと言われる「弾道ミサイル落下時の行動について」という政府公報を紹介しています。「できる限り頑丈な建物や地下街などに避難する」「物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭を守る」「窓から離れるか、窓の内部屋に移動する」と書かれていますが、前田さんは、原爆投下の直後に大本営の「防空総本部」が出した新型爆弾に対する「対策心得」に書かれている「待避壕はきわめて有効、頑丈なところに隠れること」「普通の軍服や防空ずきんおよび手袋でやけどから保護できる」「伏せるか 物陰に隠れる」と比較し、全く変わらないとして、政治が言う安全保障のキャンペーンが、いかにむなしく、いかに危険かと述べています。

 

 小野寺五典防衛大臣は、自民党の「弾道ミサイル防衛に関する検討チーム」の座長を務め、「敵基地反撃能力」が必要として、2017330日に「弾道ミサイル防衛の迅速かつ抜本的な強化に関する提言」を総理に提出しています。安部首相は、すでに日本の自衛隊の役割を「抑止力」から「対処力」へと変貌させようとして、安全保障の議論を進めています。前田さんは、高高度ミサイル防衛システム(サード)や巡航ミサイルトマホークの導入などを通じた「敵基地反撃(攻撃)能力」の確保に議論が進み、安全保障政策は「憲法解釈上の議論」のレベルではなく、実際的な「防衛上の政策論」まで進んでいると警鐘をならしています。

 

 「日本が『核の傘』依存をやめること」これが、東北アジアの冷戦構造と安全保障のジレンマを解消することにつながっていく。東北アジアの非核化の問題を、第2分科会で議論していただきました。第3分科会では、核兵器の材料であるプルトニウムを創りだす核燃料サイクルの議論がありました。原子力資料情報室の伴さんからは、「再処理は崖っぷち」との報告がありました。サイクルの一翼を担う高速増殖炉もんじゅは、廃炉になっています。計画通りの実施が困難となった今こそ、核燃料サイクル計画からの脱却を実現しなくてはなりません。そのことこそが、東北アジアの平和のために、東北アジアの非核化そして共通の安全保障の道へつながっていくのです。原水禁運動が、この間主張してきた東北アジア非核地帯構想とその実現のための、日本を、プルトニウム利用政策から脱却させるためにがんばらねばなりません。

 

 事故を起こした福島第一原発は、6年を経過してもなお、事故処理の作業が全く進んでいません。政府は、除染によって避難指示区域の解除を進め、帰還を強要するかのように、これまでの支援の打ち切りを進めています。ヒロシマ・ナガサキの被爆者がそうであったように、フクシマのヒバクシャの生活再建にも、支援の手を自ら伸ばすことはありません。これまでの原水禁運動の経験に学び、福島県民と周辺県で放射能汚染を強いられた人々の健康不安、特に子どもの健康にしっかりと向き合い、生活再建・生業再建を目途に、「被爆者援護法」に準じた法整備を、国に求めていかなくてはなりません。

 

 このような中で、「脱原発」は確実に市民社会に根付いています。市民社会の声が、原発推進に戻ることはあり得ません。第4分科会では、環境エネルギー政策研究所の飯田哲也所長が、「世界は再生可能エネルギー時代を迎えつつある」として、再生可能エネルギーが指数・関数的に増加していることを明らかにしました。原発384GW、風力490GW、太陽光300GW、原発は漸減しているが太陽光発電は昨年1年で76GW増加していることを考えると、太陽光発電が原子力を上回るのは時間の問題です。当初、1Wあたり1万円もしていた、太陽光の発電コストは、今や1Wあたり40円となっています。地域分散型の再生可能エネルギーが、新たな地域再生の大きな力になり、日本のエネルギーを支えることを、私たちは、私たちの選択として実現しなくてはなりません。エネルギー・デモクラシーの時代を、私たち自身で切り拓かなくてはなりません。

 

 今年の国際会議は、「なぜ日本で脱原発は進まないのか」と言うテーマで、開催をしました。2025年までに脱原発を決めた「台湾」から、また、ムン・ジェイン新大統領が脱原発を志向し国民的議論に入ろうとする韓国からゲストをお招きしました。

 原水禁運動は、1955年のその発足から、核兵器問題と原発問題に、運動の両輪としてとりくんできました。様々な確執があったにせよ、私たちは、「核絶対否定」「核と人類は共存できない」ことを基本に運動を進めてきました。自民党政権は、195757日の参議院予算委員会で岸信介首相(当時)が「憲法は、核兵器保有を否定していない」と発言したり、また、201641日には、安倍政権が「必要最小限度の核兵器は合憲」の閣議決定をするなど、核兵器保有を否定しないできました。

 

 日本は、エネルギー基本計画に、使用済み核燃料を再処理し、プルトニウムを利用する核燃料サイクル計画を位置づけています。結果として47トンものプルトニウムを所持しています。日本は、常に瞬時に核兵器保有国に変貌できることを、再処理で担保しています。原水禁は、商業利用の名を利用した核政策としてのプルトニウム利用に反対してきました。脱原発が確定すると、結果として核燃料サイクル計画、再処理がその意味を失います。それは、日本が真の意味で核政策を転換するために、大きな意味を持ちます。核兵器禁止条約が採択された今、日本の条約批准が求められていますが、そのためには日本の核政策の転換を図らなくてはなりません。原水禁は、脱原発の視点から、日本の核政策の転換を考えようとしました。そして、フクシマを二度と繰り返さないことの、人権としての当然のとりくみとして、脱原発を考えました。

 

 パネラーのひとり、吉岡斉九州大学教授は、「日本の原発は動いていない。稼働可能な原発の内、現在稼働中は、5基、2017年中に稼働するとしている玄海原発を入れて7基である。2020年においても稼働できるのは15基から20基程度ではないか」とし、脱原発の実現に向けては、地方自治体からも、新潟の米山知事、静岡の川田知事など、再稼働を許さない動きが出てきている。今後、重要になるのは政治家の姿勢であると指摘しました。旧民主党政権が、「2030年代、原発ゼロ」の方向性を示したことも大きな動きだったとして、国会における多数派形成は、最重要課題としています。

 

 シュウ・グァンロン台湾大学教授は、台湾の脱原発が法律に規定されていることを報告されましたが、しかし、政治家を動かすには運動の力も重要であると指摘しています。イ・ユジン韓国緑の党脱核特別委員会委員長は、「これまで、韓国には原発推進の関係法律は存在するが、原発を止める方向での法律は存在していない。このことは重要な課題だ。現在野党が多数派を形成しており、野党の議員の理解を求めることも重要である」としました。

 オーストリアは、脱原発と核兵器不保持が、憲法に規定されていると聞きました。政権が変わっても重要な政策が変更されないようにすることが目的とされています。

 原水禁運動のとりくみを通じて、脱原発の方向を確固たるものにするために、私たちのとりくみの方向は明らかになっています。

 

 

 少し話を変えたいと思います。私は、北海道の本当の田舎町で育ちました。昼は蝉の声が、夜は蛙の声で眠れないことがあるほどの、自然の中で育ちました。夏は野山を走り回り、冬は雪の中を転げ回りました。

 

 北海道の冬の夜は、冷えます。深々と音もなく雪は、静かに降り積もります。子どもの頃、覚えた詩が頭に浮かびます。三好達治のたった2行の有名な詩です。

 

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。

次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

 

 詰めたい布団に入って、最初はじっと我慢しながら、ちょっとした不安の中で眠ってしまう。朝起きた後の、朝日の中の雪のキラキした輝きが、今でも目に浮かびます。

 自然の中で、泥だらけになって、雪まみれになって、育ってゆく。日本の故郷の子どもたちの姿です。

 

 福島第一原発の事故以降、フクシマの野山はどうでしょうか。フクシマの雪の中を、転げ回ることができるのでしょうか。

 

 フランスの文学賞を受賞した、福島市在住の詩人、和合亮一さんの詩をツイッター上で読ませていただきました。

 

「石の礫」と言う作品ですが、長文ですので、その中の「悲しみ」と題された部分を、抜粋させていただきながら、一部を紹介します。

 

 

  三月十一日 悲しい 揺れ 巨大な 揺れ あれから

  私の町の駅はまだ目覚めない。囲われて、閉じられて、消されている。

 

  あなたにとって、懐かしい街がありますか。私には懐かしい街があります。

  その街はなくなってしまいました。

 

  あなたは地図を見ていますか。私は地図を見ています。その地図は正しいですか。私の地図は、昔の地図です。なぜなら今は、人影がない。…。

 

  放射能が降っています。静かな夜です。

 

  ここまで私たちを痛めつける意味はあるのでしょうか。

 

  ものみな全ての事象における意味などは、それらの事後に生ずるものなのでしょう。ならば「事後」そのものの意味とは、何か。そこに意味あるものは。

 

  この震災は何を私たちに教えたいのか。教えたいものなぞ無いなら、なおさら何を信じればいいのか。

 

  放射能が降っています。静かな静かな夜です。

 

 

 私は、自然の中で、のびのびと育ってきたことが、私にとってかけがえのない素晴らしい贈り物であったように思います。

 

 放射能が降っている。静かな静かな夜です。皆さん想像してみて下さい。

 

 雪は見えます、が、放射能は見えません。雪の中を子どもたちは転げ回ります、が、放射能の中を転げ回ることはできません。雪を口にする子どもたちがいます、が、放射能を食べることはできません。

 

 私たちが、子どもたちに残し、受け継いでいくはずの自然を、放射能は奪い取っていったのです。

 

 基調提起で申し上げました、憲法には、健康で文化的な生活を営む権利、人間らしい生活を営む権利が、しっかりと決められています。フクシマは、憲法違反です。

 

 放射能が降っています。静かな静かな夜です。

 

 そんなところに、人間らしい生活があるはずはありません

 

 

 この詩は最後を、こう結んでいます。

 

 246分に止まってしまった私の時計に、時間を与えようと思う。明けない夜は無い。

 

 さあ、私たちは、明日のために何をしますか。昨日、今日の議論から、私たちは何をしますか。

私たちの生活の場から、答を出そうではありませんか。

 それは難しくありません。

 

 最後に、実行委員会の皆さん、参加いただいた講師の皆さん、海外ゲストの皆さん、そして全国からの参加者の皆さんに、心から感謝を申し上げて、まとめといたします。

 

 

 

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2017年8月 6日 (日)

被爆72周年原水爆禁止世界大会 国際会議 ――なぜ日本で脱原発が進まないのか?――

被爆72周年原水爆禁止世界大会 国際会議

――なぜ日本で脱原発が進まないのか?――

 

被爆72周年原水爆禁止世界大会の二日目は分科会と国際会議が開かれました。その他に、「ひろば・ワークショップ」等のイベントもありました。全てについての報告をするには時間がありませんし、スペースも限られていますので、以下、国際会議のホンのさわりだけです。

 

               

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開会挨拶は世界大会実行委員長の川野浩一さん、その後のキーノートスピーチは事務局長の藤本泰成さんでした。パネル・ディスカッションのメンバーは、壇上の写真の右から、発言順でもありますが、司会の伴英幸さん(原子力資料情報室共同代表)、九州大学教授の吉岡斉さん、台湾大学教授のシュウ・グァンロンさん、そして韓国の環境省中央環境政策委員のイ・ユジンさんです。上の写真でイさんのプレゼンテーションを横で同時通訳しているのは、キム・ポンニョさんです。

 

パネリストの発言からもそしてフロアからのコメントどちらからも、これまで知らなかった多くのことを学べましたし、テーマの「なぜ日本では脱原発が進まないのか?」という現状認識そのものについても、ちょっぴり修正が必要なのかも知れないとさえ感じるようになりました。

 

日本・台湾・韓国の大きな違いはそれぞれの国のトップの姿勢です。今年の一月には「全ての原子力発電施設は2025年までに運転を停止する」という法改正を行った台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総督、選挙公約に掲げた脱原発を大統領就任後、公的に宣言した韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と比較すると、全く異質なのが、世界に原発を売り歩く安倍晋三首相です。にもかかわらず、脱原発の方向に向かっているという客観情勢を指摘してくれたのが、吉岡さんでした。

 

 再稼働される原発の数には上限がある。

まず、201255日から75日にかけての2か月間、稼働していた原発はゼロ、そして20139月から20159月までの約2年間も、原発ゼロ状態が続いた。201785日現在、運転中の原子炉は5基。今年中には玄海34号機が再稼働する見込みだが、それでも7基。

福島事故前に法的に運転可能な原子炉は54基あったが、福島第一原発の6基を含め、12基が廃止された。つまり、原子力規制委員会の審査をパスすれば運転可能な原子炉は現在42基ある。その中で、5基しか動いていない。大半は停止したままだ。

今後、再稼働する原子炉の基数は少しずつ増えると予想されるが、安全性の難点、立地自治体の反対、電力会社がコスト・リスク回避のため原子炉廃止へ動く可能性などを考えると、2020年ころに最大15基〜20基で、これがピークになるだろう。

新増設がなければ老朽化とともに減少しゼロに向って行く。

 

 行政レベルの原子力政策

民主党政権は20129月、原発の新設・増設は行わず、2030年代までに原発をゼロにするという目標を掲げた。しかし、201212月の衆議院選挙で情勢が変り、安倍内閣は原子力政策の基本を福島原発事故前に戻し、出来るだけ多くの原子炉の再稼働を目指しているが、すでに指摘したように実績は芳しくない。

 

 日本で脱原発を進める根拠――原子力は万人を不幸にしているから

以前は「多くの人を不幸にしている」と言っていたが、今は「万人」に改めたい。一部利益を得ている人々もいるが「原発さえなければ」の思いは、多くの人に共有されている。

[立地地域の住民の損害・被害についても詳しい説明がありましたが、福島のフィールドワークの報告等をお読み頂きたく、今回は省略します。フィールドワーク第一日目第二日目三日目]

都市住民も損失を被っている。過酷事故による生命・健康・財産リスクは都市住民にも及ぶが、過酷事故の後始末コストを含めたコストは火力より高く、その結果、無用の電気料金を払わされている。

電力会社は加害者だが、被害者としての面もある。東京電力は国家資金の投入がなければ存続できない会社になり、東芝は原発輸出に社運を賭けたが、子会社のウェスティングハウス社の巨額債務により存亡の危機にある。

   

 原発なしでも電力供給は問題ない

世論調査によると、国民の多数派が原発の即時または将来の脱原発を支持している。再稼働についても過半数は批判的。

脱原発世論の第一の要因は、福島の原発事故。

第二の要因は、原発の大半が停止していても電力不足に陥らない事実。それは、電力自由化前に過剰気味に発電施設が作られたことと、エネルギー消費の急速な減少による。リーマン前の電力需要のピーク時と比べると2015年には、14.4%の減少になっている。原発が電力需要の3割を賄っていたのだから、残りの約15パーセントの中、約5%は再生可能エネルギーで、残る10%は、人口減・労働力減も含む様々な省エネで圧縮できる。

 

 脱原発を進める政治体制作り

  国会の衆参両院における多数派により脱原発政権が作られ、数年以上にわたり政権を維持し、粘り強く脱原発に関連する法令体系の整備を進めることが必要。ドイツでの経験から、脱原発が政治的に決定されてから10年くらいは掛ると覚悟した方が良い。

  脱原発政権誕生前にも、また脱原発政権を作るためにも有効な手立ては多くある。

(1) 住民投票制度の活用

(2) 裁判による意思表示

(3) 国レベルでの市民の側に立つ専門家集団による政策決定権独占への挑戦

(4) 地方自治体による脱原発のための施策展開

(5) 自治体首長の活用

 

脱原発が進まない理由は政治の貧困さにある、と言ってしまうとあまりにも陳腐かつ一般的な表現でしかなくなるような気がしますが、それは、安倍政権の醜態にようやく気付いた大多数の市民が、遅かれ早かれ諦めてしまうかも知れまないという、これまで繰り返されたパターンが頭を過ぎるからかもしれません。吉岡教授が描いてくれた鳥瞰図は、流行り廃れの激しい世の中でも、希望の持てる大きな流れのあることを示してくれています。これをもっと多くの人たちに共有して貰うことで、核兵器禁止条約ができたのと同様の成果を挙げることが可能だと確信できました。

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2017年8月 5日 (土)

被爆72周年原水爆禁止世界大会 国際会議・広島大会始まる

被爆72周年原水爆禁止世界大会 国際会議・広島大会始まる 

 

               

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被爆72周年原水爆禁止世界大会 国際会議・広島大会会場

 

84日の夕方から、被爆72周年原水爆禁止世界大会 国際会議・広島大会が始まりました。最初に川野浩一大会実行委員長から、格調の高いそして元気の出る挨拶がありました。

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6歳の時に宇品で被爆した白石多美子さんは、被爆前の宇品での生活から始まって、母とともに祖母を探した重い数日と、その後の闘病生活、被爆者として受けた差別、そして今も残る心の傷について、淡々としかしながら原爆・核兵器が人間としての尊厳そのものを破壊してきたことを話して下さいました。

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最後に、人間だけではなく、生きとし生けるものすべての生命の尊さを強調しつつ、感謝したい相手として白石さんは、「母」、自分の心の丈を打ち明けることのできた雄の鶏・コータ、そして結婚前には被爆者であることを伝えられなかった自分を包容してくれた御「主人」を挙げられました。

 

核兵器禁止条約が現実になった今、一人でも多くの被爆者とともに、核廃絶の日を迎えられるよう、会場の2800人が決意を新たにした瞬間でした。

 

広島県から選ばれた3人の第20代高校生平和大使、久永風音(かざね)さん、船井木奈美(こなみ)さん、小林美晴さんも、若い世代の代表として被爆者の思いをしっかり世界に伝えて行く覚悟を語ってくれました。福島からの報告は福島県平和フォーラム代表の角田政志さん。福島に来ることで「フクシマの現実」を理解し、それを元に未来のための行動を始めようと力強いアピールがありました。「核と人類は共存できない」ことの意味を会場全員が共有できた報告です。

 

大会の事務局長である藤本泰成さんの基調提案で今回の大会の骨格が示されました。世界の多数を占める国々や市民の力によって、国連で核兵器禁止条約が採択された半面、核保有国や核依存国の頑なさは度を増し、また国内の政治も言葉を失うほど劣化し腐敗している現状に対する特効薬は、やはり憲法であり、被爆者・被曝者の人権が侵害されている状況を変えるためにも、私たち市民の力と憲法の力を最大限に生かして行こうという、希望にあふれるメッセージでした。

 

昨年に続いて残念だったのは、広島市長も県知事も顔を見せなかったことです。

 

核兵器禁止条約が締結された今年の原水禁世界大会では、劣悪な政治を変えるためにも原点に戻って、「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という被爆者の言葉を反芻し、その具現化である憲法を為政者に遵守させる行動を通して、核なき平和な世界実現のための世論がさらに大きくなるよう、大会全参加者とともに頑張りたいと思います。

  

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2017年8月 4日 (金)

『The Face of Jizo』を読んでエッセイを書こう ――The Mainichiと毎日新聞広島支局が主催する国際コンテストです――


 

The Face of Jizo』を読んでエッセイを書こう

――The Mainichiと毎日新聞広島支局が主催する国際コンテストです――

 

井上ひさしさんの名戯曲『父と暮せば』は皆さん御存知だと思います。被爆した娘と父との二人芝居ですが、父・竹造は家の下敷きになり火にまかれて亡くなり、娘、美津江は父を助けることができなかっただけでなく、友人など多くの愛する人を失いました。その3年後の出来事という舞台設定です。美津江と、美津江の内心に潜んでいるもう一人の美津江の声を代弁する竹造の幽霊とが広島弁でやり取りをする二人芝居は、喜劇的でありながらそしてそうであるが故に、被爆体験の真実と意味をしっかり捉えて私たちに伝えてくれています。

 

               

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多くの舞台公演を通してまた映画としても私たちに感動を与えてくれた作品ですが、英・仏・独・ロ・伊等の外国語にも訳され世界的な評価も高い戯曲です。英訳は、作家、映画監督、翻訳家、劇作家、演出家として著名なロジャー・パルバース氏の手によります。

 

以前は『英文毎日』として多くの読者に知られていた毎日新聞の英語版は、現在、『The Mainichi』として、毎日新聞の英語の電子版としてのみならず独自の立場からも、世界に日本発のニュースとストーリーを届けています。そのThe Mainichiと毎日新聞広島支局との肝煎で、著作権をお持ちの井上ゆりさんとロジャー・パルバースさんの御厚意で、86日から1031日まで、『The Face of Jizo』がThe Mainichiにアップされます。幕数は14場ですので、一日一場ずつアップされる予定です。『父と暮せば』の日本語版(新潮文庫)とともに、夏休みの間に多くの若者に読んで貰いたいと思っています。

 

その上で、The Mainichと毎日新聞広島支局主催のエッセイ・コンテストに応募してみたらどうでしょうか。要領は以下の通りです。

 

応募資格は、13歳から23歳までの人。

エッセイは、『The Face of Jizo』をテーマにしたもので、英文1000語以内。

締め切りは20171031日。

The Mainichi”Contact Us”のページから送付すること。

その際、氏名、住所、生年月日、学校名、学年を明記すること。

件名は”Face of Jizo Essay”

厳正な審査によって、優秀作3名の方に各賞金$100が贈られる。

審査員は、訳者のロジャーパルバート、前広島市長の秋葉忠利、The Mainichi編集長の太田阿利佐の三氏です。

 

私たちが生きる意味や、歴史的な出来事の真実を理解し内面化する上で、第一印象はとても大切ですが、対象を一つに絞って、様々な角度からその対象を見詰め、集中することも同様に大切です。『父と暮せば』という傑作を対象に、広島弁のユーモアやユニークさを味わい、映画や芝居を通して自分とは少し違うかもしれない解釈に身を投じ、広島弁は翻訳不可能でも、井上ひさしワールドが忠実に再現されている英語に触れることで、被爆体験の意味を未来に残すために重要な鍵が見付かるはずです。今年の夏は、『父と暮せば』と一緒に暮してみませんか。

 

 

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2017年8月 3日 (木)

広島市入りした非核・平和行進

 

          広島市入りした非核・平和行進

 

被爆72周年原水禁世界大会が主催する非核・平和行進は727日に福山市に到着して広島県入りしたが、82日は午前、午後を通して坂町役場を出発して、安芸区役所を経て府中町役場前まで歩き一応広島市入り。明日は南区の大洲から出発となる。

 

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10時半安芸郡坂町役場前で出発式。坂町の副町長をはじめ職員の皆さんから励ましていただく。

 

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夏の空はあの日と同じように暑い。

 

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最初の休憩は矢野西の道路のガード下。

 

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元気を出して出発。

 

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自衛隊海田旅団玄関を左側に見ながら行進を続ける。

 

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安芸区船越に入る。もうすぐ安芸区役所。右に見える建物が安芸区民文化センター。

 

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13時、午後の出発に際して安芸区役所前で区役所の区長の激励の挨拶を受ける。

 

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マツダ病院の手前で安芸郡府中町に入る。

 

 

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府中町役場に到着。府中町長、町議会副議長からねぎらいの挨拶を受けて行進が終了。

 

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記念撮影する行進団の参加者。この若者たちは福山市の市役所の労働組合青年部のみなさん。聞けば28歳以下の組合員を対象にして行進団に参加しているそうで毎年続いている。炎天下坂町から府中町まで行進後いち早く元気を取り戻せるのも若者なればこそ。

 

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府中町役場の駐車場のツバキの実。この町の町花はツバキだ。

 

 

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今日の行進は、安芸郡の坂町芸区矢野安芸郡海田町、安芸区船越安芸郡府中町の行政区を通過した。それぞれの行政区に被爆体験の歴史がある。写真の海田町の原爆被害者会の体験記によると

爆心地からの最短距離6.km

86日午前10時頃より翌日頃まで仁保町、船越町を経て、徒歩およびトラックで避難してくるものが後を絶たなかったが、その姿は何れも火傷、裂傷にちまみれとなり惨たんたるものであった。」(斎木トヨコ氏)

 

同町内の収容所名、海田市国民学校他4か所で9520日まで開かれていたなど。

 

会長の桧垣益人さんは広島県被団協の事務局長として理事長の森瀧市郎さんを支えた方。白いワイシャツとネクタイをきちんと締めて少し甲高い声で被爆者援護法の必要性を訴えてこられたお姿が若い私の胸に印象深く残っている。私は船越町生まれなので隣町に住む桧垣さんに尊敬の念を強くした思い出がある。

 

それらのことに思いをはせながらの坂町から府中町まで行進した一日だった。

 

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社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

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2017年8月 2日 (水)

ラジコンヘリでの農薬散布 ――安全性は大丈夫?――

 

ラジコンヘリでの農薬散布

――安全性は大丈夫?――

 

数日前の昼過ぎ、近くの田圃でかなり大きな音がするので窓から見ると、ラジコンヘリが飛んでいました。しかも、時々液体を散布しているようです。恐らく農薬だと思うのですが、暑い最中、家中の窓を開けていますので、風に乗って臭いが入り込んできます。

 

               

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安全なのかを確認しようと外に出て話をしたのですが、どうも要領を得ません。いくつもの田圃で農薬散布をしているのですから、田圃の持ち主ではないかもしれませんが、御近所さんの可能性もありますので、「厳しく追及する」のではなく、「素人なので安全なのか心配です」というくらいの調子でいくつかの点の確認をしようとしました。

以下、会話の結果分ったこと、分らなかったことです。相手の言い分をそのまま書いた部分が多くなりますが。

 

 数人の方が関わっていましたが、どなたなのか、どのような団体なのかは分りませんでした。

 「協議会を作って県の指導を受けて散布している」

 「撒いているのは農薬」

 「人畜に害がないように薄めてあるので問題はない」 (でも、稲の病虫害には効果のある農薬が、100パーセント無害だとは考えられない。農薬の種類や希釈度等のデータは提供すべきでは?)

 「ヘリが低い位置にいる時にしか散布していないので、広がらない」 (でも、写真から分るように家の屋根より高い位置で噴射はしている)

 

このような方法で農薬を散布していても、100メートルも離れていない家で農薬の被害を受けることはないのか、県でもそれ以外の主体でもデータを持っているはずなので、そのデータを見せて欲しいとリクエストしましたが、見せてくれるのかどうかの確約は取れませんでした。

 

数日待って、連絡がなければ県に問い合わせをしようと思っていますが、農薬散布について知識のある方がいらっしゃれば、安全性について御教示頂ければ幸いです。

 

田圃の近くに住む以上、稲作をしている人たちの生活にも配慮するのは当然だとは思いますが、健康にかかわる問題ですので、こちらにもそれなりの配慮があっても良いのではという気持もあります。

 

例えば、農薬が空中に止まる時間がどのくらいかは分りませんが、仮に短時間で拡散してしまうのなら、散布時間中は家の窓を閉めておくという自衛手段を取ることは可能です。しかし、それなら事前に通知する等の手続きがあっても良さそうなものなのだと思うのですが―――。

 

 

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コメント

農薬の空中散布は航空法による許可と農薬散布における申請が必要ですが、実施にあたり許可証の携帯は義務付けられていますし、近隣住民への周知徹底や人はもちろん野生生物への影響なども考慮した対策が求められています。

ただ、日本は大気汚染についての基準は甘く、そのために兵器にもなりうるほどの高性能小型無人ヘリが開発されたといわれており、基準そのものは満足していても安心できるものではないことも付け加えておきます。

メディアは花粉の飛散情報は伝えても命に関わる(年間4万人の日本人が亡くなるとされる)PM2.5の飛散情報は流しませんし、2011年3月14日から関東に大量に降り注いだ放射性物質についても報道することはなく、政治家の家族など一部の人を除き、多くの人が避けられたはずの内部被曝をしたというのが現実です。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。おっしゃる通り、大気汚染についての意識はまだまだですね。

稲に農薬を散布するのは、1000粒に2粒以上の「斑点米」が混じらないよう、カメムシ等を駆除するためだというネット情報がありました。

http://ilikeeveryone.jugem.jp/?eid=204

混じっても味は変らないそうなのですが、味は同じでも曲ったキュウリが売れないのと同じ理屈で、危険物質の空中散布につながっているのでしょうか。

その他、たばこの副流煙も含めて、大気汚染についての意識が高まるよう何かしたいですね。

2017年8月 1日 (火)

石川教授の講演 ③今日的課題 ――「権限」「正統性」「財源」によるコントロール――

 

石川教授の講演 ③ 今日的課題

――「権限」「正統性」「財政」によるコントロール――

 

東京大学法学部の石川健治教授による講演の最終部分です。4部の構成は次の通りです。

⓪ 導入  ①憲法論の構造  ②9条論の構造  ③今日的課題

 

 

                 

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9条をいじるということは、広島の世界的使命に密接に関わっている。それを、自衛隊のコントロールあるいは統制という面から考える。

 

それには三つの階層がある。「権限」「正統性」「財政」だ。改憲の場合、9条を変えることでどんな権限が国家に発生するのかを見極めておかなくてはならない。内閣の職務権限は73条に規定されているが、その中に軍事に関する権限はない。9条があるからだ。

 

しかし、憲法によって権限が与えられていてもその権限を行使するための「権原」、つまり法律的な根拠あるいは正統性が必要だ。例えば、81条に規定されている違憲審査権がある。それは一つの権限を定めているのだが、実際にその権限を使うための根拠が必要だ。国権の最高機関である国会が定めた法律に問題がある、と言うためにこの点が問題になる。そして、一皮むくと、やはり財源がなければ何もできないのだから、これも重要だ。

 

では軍事力の統制について見てみよう。9条の1項と2項が権限としての軍事力を否定してきた。しかし、自衛隊が作られたことで、2項は破られてしまった。それでも、正統性と財政が絡んで、「違憲」を避ける必要性が重く受け止められ、統制が行われた。例えば財務省が予算の抑制を行う際の議論として有効だった、という側面がある。自衛隊の創設で性質が変ったとしても、2項のあることで軍拡路線は抑えられた。70年間の成功の歴史と捉えて良いのではないか。そして災害救助隊としての自衛隊は愛されてきた。

 

2項が大きな役割を果してきたということなのだが、3項ができるとこの統制が外れる。つまり、uncontrollable、コントロールが効かない状態になってしまう。

 

この視点からは、「統制」が入っているという意味で自民党草案の方が少しはましだとさえ言えるが、そこまでは深く考えずにそうなっている。自民党草案で改憲することにも反対だか、統制を外す形での改憲はどうしても阻止しなくてはならない。

 

口当りは良いが本当に危険な提案がなされていることに気付いて欲しい。そしてその提案を阻止しなくてはならない。

 

時間がなくて、ネグった点が二つある。一つは、私たちが生きる意味をどう捉えるのかという点だ。憲法は、一つの物語としてその意味を示している。この視点から、広島の意味もある。

 

松元ヒロさんが憲法の前文を感動的に暗唱してくれたが、以前、憲法の集会で加藤剛さんの前座を務めたことがある。加藤さんも憲法前文を繊細に芸術的に読んでくれた。私たちの持つ夢の形見とでも言ったら良いのだろうか。そして憲法は、人類の物語のテキストであり、それなくして憲法は成り立たない。

 

憲法の持つこの側面を敵視して改憲しようとしている人たちもいるのだが、本気で関わっている人はこの点を無視しない。結局、本気度の強い少数の人たちが引っ張って、それほどでもない大勢の人たちを引き連れて法改正を行っているという事実も認識しておこう。

 

最後に日本の財政について一言。大変苦しくなっている。これまでのように積み上げ方式で予算が編成できないくらい財政は逼迫している。それは様々なところに波及しているが、結果として専制につながる。加計問題は根が深い。表面だけではなく、根の深い部分を見よう。

 

 

 

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