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2017年6月

2017年6月30日 (金)

政治は言葉です ――マスコミの責任放棄も重大です――

 

政治は言葉です

――マスコミの責任放棄も重大です――

 

言葉の通じない人にその事実を言葉で説明する矛盾を感じつつ、それでも、政治が言葉であることを繰り返したいと思います。

 

言葉を大切にすることから始めなくてはなりませんが、「有言実行」と「嘘を吐かない」はその大前提です。客観的な事実を認めなかったり、約束を勝手に反故にしたり、相矛盾することを平気で言い続けたりすることを前提にして言葉を使うのであれば、結果的に何を言っても良いことになってしまいますし、何を真実と取り何を無視すれば良いのかの区別が付かず、言葉によるコミュニケーションが成り立たないからです。

 

そして政治とは言葉です。勿論、犯罪を犯したり法律で定められていることを守らなかった場合には、権力によって罰を与えたり強制する力は認められていますし、議会での議決は多数決ですので数の力も関わってきます。その視点から、究極的に政治とは数だ、あるいは力だと主張することも可能です。

 

しかし、政治が理想としている姿は力を使わずに合理的な判断がなされ、最大多数の最大幸福が実現されることなのではないでしょうか。力を使わずに合意を形成しそれを実行するためには、言葉による以外の道はありません。

 

しかし、最近報道されている政治家の言動は目に余ると言っただけではとても表すことのできないレベルに達しています。

 

テレビ等で何度も繰り返し放映・報道された豊田真由子議員の言葉を上手くまとめられる語彙をお持ちの方は少ないのではないでしょうか。「言語道断?」「傍若無人?」「厚顔無恥?」と四字熟語を並べてもその酷さは伝わりません。一人の人間の言動として許される最低限度を超えているのではないでしょうか。j

 

しかし、稲田防衛大臣の発言は、何度も繰り返して酷いレベルの言葉が続いていることを考えると、それ以上に容認できないとも言えそうです。

 

                 

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都議会議員選挙中、板橋区で開かれた集会で、「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としても、お願いしたいと思っているところだ」と述べたようですが、これは明確に憲法違反、自衛隊法違反、そして公職選挙法違反です。

 

憲法第15条2項では「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と規定しています。

 

自衛隊法の第61条は次の通りです。

 

隊員は、政党又は政令で定める政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法をもつてするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除くほか、政令で定める政治的行為をしてはならない

 

公職選挙法の第136条の2です。

 

次の各号のいずれかに該当する者は、その地位を利用して選挙運動をすることができない。
 国若しくは地方公共団体の公務員又は特定独立行政法人若しくは特定地方独立行政法人の役員若しくは職員
 沖縄振興開発金融公庫の役員又は職員(以下「公庫の役職員」という。)
 前項各号に掲げる者が公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。)を推薦し、支持し、若しくはこれに反対する目的をもつてする次の各号に掲げる行為又は公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。)である同項各号に掲げる者が公職の候補者として推薦され、若しくは支持される目的をもつてする次の各号に掲げる行為は、同項に規定する禁止行為に該当するものとみなす。公務員の地位を利用した選挙運動を禁止。自衛隊員は自衛隊法第61条によって、選挙権の行使を除く政治的行為が制限されている。

 

つまり、自衛隊員は自衛隊法第61条によって選挙権の行使を除く政治的行為が制限されていますし、自衛隊員を含む公務員は公職選挙法第136条の2で公務員の地位を利用した選挙運動を禁止されています。

 

それ以上に、「自衛隊」として自民党の候補をお願いするという意味は、戦争が起きた際、あるいは災害による被害者を救済する場合、自民党支持者以外は見捨てますよ、といったメッセージの発信だとも受け止められ兼ねないことです。こんな発言は、自衛隊員にとっては大きな侮辱です。そのことに反発しない自衛隊員は少ないのではないでしょうか。

 

発言は撤回されたようですが、一度発せられた言葉やイメージを完全に拭い去り忘れ去ることはできません。

 

このことについて記者団から質問された安倍総理の返答は「おはよう」だと報道されています。つまり、稲田防衛大臣の発言には問題はなく、いつも通りの挨拶で事足りるという意思表示です。任命責任について考える姿勢など全くないどころか、総理大臣も同じ考え方を持っていることの証明になってしまっています。

 

さらに、マスコミの追及も大甘です。例えば、「大臣としての資質があると思うか」と官房長官に聞いている記者がいるのですが、資質があってもなくても、きちんとした言葉で職務を果たすことが第一なのではないでしょうか。資質がなくても責任を全うすれば、それは公務員として合格です。資質があってもそれができなければ失格です。問うべきはその点です。

 

稲田発言は、どう言い訳をしても撤回をしても、大臣としてまた国会議員として失格だということを自らの言葉によって天下に示してしまったのですから、それに対する答は決っています。手遅れにならない内に自らの判断で出処進退を明らかにすべきです。

 

 

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コメント

最近は何があっても『都議会選挙への影響』が語られ嫌になります。

「広島市民」様

コメント有り難う御座いました。同感です。そのうちに、「スポーツや勝負事への影響」「オリンピックへの影響」なども現れて、政治についての議論は、陰に隠されてしまうかもしれません。

それにしても自己防衛も出来ない人が防衛大臣とはシャレにもなりません。

「ポッポ」様

コメント有り難う御座いました。おっしゃる通りですね。

その上、不用意な言葉で相手を怒らせてしまうようなことをしょっちゅうしている人が防衛大臣なのですから、それれが原因で戦争に突入などという最悪のシナリオさえ頭に浮んでしまいます。

豊田真由子議員は大変優秀な家系で育って、姉も医者、妹も弁護士だという記事を見ました。いっそのこと豊田真由子議員には速やかに辞職してもらって、豊田真由子議員の姉の豊田医師や豊田真由子議員の妹の豊田弁護士が国会議員になったほうがずっと良いのでは。

「香菜子@豊田真由子議員は厚顔無恥」様

コメント有り難う御座いました。

豊田議員の家族が立候補するのは、個人の自由だと思いますが、候補者を公認する政党の責任についての議論が全くなされていないのは、大問題だと思います。

2017年6月29日 (木)

第36回反核平和の火リレー出発式

 

「語り継ごう 走り継ごう ヒロシマの心を」

 

第36回反核平和の火リレーが出発

 

広島県青年女性平和友好祭実行委員会が主催し、今年で36回目を迎えた「反核平和の灯リレー」が、昨日(28日)原爆投下時刻の午前8時15分、平和公園慰霊碑前を出発しました。

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雨上がりの午前7時45分、平和友好祭実行委員会吉浪泰祐副実行委員長の司会で始まった「反核平和の灯リレー出発式」は、まず慰霊碑への献花、全員で黙祷、続いて「平和の灯」からの採火が行われ、その火は、新田康弘実行委員長の持つトーチに点火されました。

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         激励のあいさつをする佐古正明県原水禁代表委員(右端)

続いて激励の言葉。最初のあいさつに立った佐古正明県原水禁代表委員(広島県平和運動センター議長)は、「安倍政権によって危険な方向への政治が進んでいます。そして憲法9条を変えるといっています。憲法改悪を許さない運動が求められています。戦争を知らない世代が、9割を超えている今、どう戦争の被害を伝えるのかが大きな課題となっています。この反核平和の火リレーがその大きな役割を果たすことを期待しています。」と激励。前田耕一郎広島県被団協事務局長は「戦争をなくし、核兵器廃絶を強く願っています。それを引き継いだくれる人々となっていただくことを望んでいます。」と期待を込めたあいさつ。

 

スタートを前に新田康弘第1走者は「24全市町を走り継ぎ、戦争への危機感が薄れているが、核兵器の絶対悪、戦争反対を訴え、一人でも多くの人に、ヒロシマの心を届けていきます。」と決意を表明。

 

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そして広島県音楽サークル協議会の皆さんが歌うテーマソング「平和の火よ走れ」に送られて一般公募に応募したランナーを含め5人が元気に慰霊碑前をスタートしました。

このリレーは、県内各地の青年女性に引き継がれ、県内を一周した後、7月21日の午後6時に慰霊碑前に到着します。

 

このリレーに対する期待を込めて、広島県被団協は、各地の被爆者団体に対し「私たち被爆者は一緒に走れませんが、リレーを温かく迎え見送るにあたって、一声青年女性を励ましてください」と案内をしていただいています。

 

このリレーが取り組まれている最中の7月7日(ニューヨーク時間)には、「核兵器禁止条約」が採択される予定とです。「核兵器廃絶・被爆者援護」を訴えて続けてきた「反核平和の火リレー」にとっても、節目の年のリレーと言えます。そして一人でも多くの人々に「ヒロシマの心」が届くことを願わずにはいられません。

 

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2017年6月28日 (水)

久し振りの銀座 ――「銀座らしさ」が失われて行くのでしょうか?――


 

久し振りの銀座

――「銀座らしさ」が失われて行くのでしょうか?――

 

高校生の頃から銀座には良く足を運んでいました。理由は簡単で、当時の地下鉄は銀座線と丸ノ内線の二本しかなく、通学定期を持っていれば簡単に銀座に出られたからです。それからずっと銀座との付き合いが続いているのですから、自分自身に取っての「銀座」というイメージはかなりはっきりと形作られています。

 

今回、久し振りに銀座で時間を過ごすことになり、その変貌に戸惑っています。もちろん、時代とともに町は変って行きます。かつては銀座のシンボルだった森永の地球儀広告塔がなくなったり、松屋の前にAppleが登場したり、ディオールやブルガリといった一流ブランドが進出してくる等、変化する街には新しい魅力が付け加わっていたような気がします。

 

単に私の好みが独り善がりなだけなのかもしれませんが、今回気付いた大きな変り様に、我が目を疑いました。私の抱いている「銀座」のイメージとはずいぶん違うのです。一つは、4丁目の角の日産ビルです。写真も上手くは撮れていませんが、まずは御覧下さい。

 

             

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そしてもう一つが、松坂屋の後にできたGINZA SIX(ギンザシックス)です。これも写真を御覧下さい。

 

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こちらも、単に私の老化現象のせいで新しいデザインを受け付ける柔軟性が失われただけなら良いのですが、如何でしょうか。

 

でも、まだまだ「銀座」らしい雰囲気はあちこちに残っていました。和光のショー・ウインドーもお洒落でした。反対側にある日産ビルの影が写ってしまっているのが残念なのですが――。

 

 

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それといつも刺激を受ける松屋の吹き抜けのディスプレーです。梅雨の季節の傘から、7月には七夕をテーマにした美しさが登場するのでしょうか。

 

 

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特にお勧めの新発見は、数寄屋橋交差点にリニューアル・オーブンした東急プラザ6階のフリー・スペースです。数寄屋橋茶房の隣のスペースで、数寄屋橋交差点や4丁目交差点を眼下にゆっくり寛げるのが特徴です。こんな贅沢を許してくれる銀座や数寄屋橋であり続けてくれることを祈りつつ、銀座を後にしました。

 

 

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東急プラザからの眺め

上の方に見えるのが、銀座三越と4丁目交差点です

 

  

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2017年6月27日 (火)

福島原発被災地フィールドワーク➂ ――浪江町・大熊町・双葉町・富岡町・楢葉町の視察――

 

福島原発被災地フィールドワーク

――浪江町・大熊町・双葉町・富岡町・楢葉町の視察――

 

フィールドワーク最終日の626日(月)は8:30にホテルを出発し、昨日は霧のため十分には見ることのできなかった浪江町から始めて、大熊町・双葉町・富岡町・楢葉町(福島第一原発近くの線量の高い地域)を視察しました。バスから降りて現地に触れ、また高線量の場所ではバスからの視察も含めて広範囲を訪れることができました。

 

案内役はいわき市議会議員の狩野光昭さんです。昼食(弁当)は、時間の関係でいわき市から郡山市への移動中のバスの中で、その後「まとめ」を行い、13時過ぎに郡山駅で解散しました。

 

浪江町では、避難指定解除後、帰還の準備をする中で必要性が強くアピールされた商店街を役場の敷地内に公設民営の形で作った「浪江町マルシェ」を視察しました。担当の係長さんの説明によると、飲食店は需要があり黒字だがその他の店は苦しい経営状況であること、日曜日にも開店していて欲しいという要望も強いことなどの現状が分りました。

 

             

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開店前のマルシェ

 

また、全部で10店がこのマルシェには開店してくれたけれど、必要な商品全てが揃っている訳ではなく、薬局は町外に出て買い物をするしかないこと、生鮮食料品を扱うスーパーがないこと、そして本格的ホームセンターのないことで、帰還のための条件が必ずしも整っていないことにも言及されました。

 

その後国道6号線を南下して福島第一原発のある双葉町に入り、できだけ原発に近い場所までバスで入る予定だったのですが、6号線から原発に至る道が閉ざされていて残念ながらその場からの写真を撮るだけに終りました。

 

次に、楢葉町の太平洋に近い場所にある天神岬公園から海を臨み、また、除染物質の減容施設と自治体毎にまとめてフレコンバッグの集積を行っている施設を上から俯瞰しました。

 

 

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今日通過した地域の中にはまだ帰還困難区域の指定のあるところもあり、信号機とともに表示されている線量も2.00を超えているなど、昨日とは桁の違う数字を現実として目の前にして、緊張感が走りました。残念ながら高線量を示しているモニターの写真は上手く撮れませんでした。

 

次に、自治労はつかいちユニオンの生永裕行さんが、最終日の案内人、狩野光昭いわき市議による原発作業員についての報告をまとめてくれました。

  

いわき市議会議員の狩野さんからは、原発で働く人々の健康被害や労働条件の酷さについての話がありました。現在、廃炉作業と除染作業にそれぞれ毎日6000人の作業員が従事しています。

 

作業員の中には、ごく一部ですが、賃金未払いや雇用契約に悩む作業員もおり、原発労働者相談センターを20152月に立ち上げ、労働問題の解決に取り組んでおられました。 作業員は全国から福島県に集まっており、福島県だけでなく、全国で労働者教育に取り組む必要があると感じました。

 

ボランティアとして調査活動を行いながら、原発労働者の相談センターを運営していることから得られた貴重なお話を伺うこともできました。

 

また、黒いフレコンバッグが山積みになっている様子を見ると、街が元の姿を取り戻すまでには、相当な時間を要すると思いますが、これからが本当の復興の正念場だと感じました。

 

 

さらに狩野議員からは、原発の建設、運営で膨大な利益を上げてきたゼネコンが、原発事故後も除染や防潮堤の建設、その他の様々な建築工事でさらなる利益を得ている構造についての指摘もありました。

 

今回の3日間にわたるフィールドワークで感じたことの一つは、チームワークの大切さです。一人で経験したのではなく、10人が福島で時間を共にすることで理解や共感が深まり、より豊かな全体像を把握することが可能になりました。

 

その全体像は現地での「体感」「体得」に基づいています。例えば、避難指定が解除されている地域で民家の9割方には誰も住んでいない様子を直接目にすることで、また物を買える店も周りにはない上、子どもたちの姿も見えないことから、帰還の難しさを肌で感じることが可能になったのです。

 

帰還できないのは、放射線量の高さが主な原因ですが、これも線量計の数値を現地で確認しながら問題の深刻さや理不尽さを共有できたと思います。

 

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そしてこれほど大規模かつ長期的、深刻な状況を創り出してしまった責任についての国や東電、原子力ムラの言動は許しがたいこと、またこうした事態がこれからも続くことが明白であるにもかかわらず、「収束化」を図ろうとする国や東電、原子力ムラに対して、私たちが声を上げ続けなくてはならないことを改めて強く感じました。

 

今回、福島で私たちのフィールドワークのために貴重な時間を割いて下さった多くの皆様に心から感謝しつつ、新たな決意を固めたことを再度、強調します。

 

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2017年6月26日 (月)

福島原発被災地フィールドワーク② ――飯館村、浪江町、南相馬市の視察――

 

福島原発被災地フィールドワーク

――飯館村、浪江町、南相馬市の視察――

 

フィールドワーク2日目の625()は、朝 8:30 にホテルを出発して飯館村役場へ。

 

研修IIは、飯館村の視察でした。視察させて頂いたのは、331日に居住制限区域解除された地域、そして除染物質集積作業です。案内役は前福島地方平和フォーラム事務局次長の菅野幸一さんでした。

 

飯館村では、今年の331日に、帰還困難区域である長泥地区を除いて「避難指示解除準備区域・居住制限区域」の避難指定が解除されました。今日の視察では、その一番南の端にある「減容化施設」の前――それは帰還困難地域としての指定が続いている浪江町との境界近くなのですが――まで、飯館村内の状況をつぶさに見ることができました。

 

                 

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減容施設からの帰り道は「飯館発電」という名前で、村民の皆さんが中心になって進めているソーラー発電事業の現場を体感することができました。

 

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視察後の参加メンバーの報告と感想です。最初に私鉄広電支部の木村浩隆さんの寄稿です。

 

バスで飯館村南側半分を視察しました。ここは村の中でも線量の高い地域です。村全体の避難状況は人口約6000人、1800所帯で、被災当時と大きな変化はありません。日曜日のため除染作業は行われていませんでしたが、住民不安に対応するために設置されていた線量計が目立ちました。

 

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目盛りは0.619マイクロシーベルト/時です

 

これも大切なのですが、国が昨年8月に、「ネットで確認できる」という理由で線量データの定期的公開を止めてしまったため、地域ごとの比較や総蓄積量の把握等、困難・不便になったことも多くあります。

農作物についても線量の測定は行われていますが、特筆すべきなのは、コウダケ等のきのこ類の数値です。特に高いことが問題なのですが、高齢者の中には「仮に害が出ても、もう残り少ない人生だから」と言って食べる人も多いとのことでした。

大きな問題の一つは、医療です。市の診療所は、市外から医師が「往診」という形で週二回、午前中だけ来てくれて存続されている状況です。また、役場横にある老人ホームは、震災後避難はさせませんでした。移動に伴う身体的負担が大きいので、そのリスクを避けるためでした。さらに役場の裏には全国初の市営の本屋が作られていました。

減容施設のある蕨平地区は、村内で最も線量の高いところで、今は立ち入り禁止区域になっていますが、ここで減容化された放射線汚染物の再利用についても検討されています。

除染そのものは、昨年12月で一応完了されたことになっており、現在はスポット的に線量の高い場所についてのフォローアップ除染が行われています。また、除染された土やゴミを入れるフレコンバッグは数年しか持たず、今後、除染されたものをどう処理するのかという大問題には答が出ていません。

 

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現地に来て、テレビで視たときとは違う現実を目の当たりにして、問題の大きさを改めて実感しました。広島に持ち帰り、一人でも多くの人に認識を高めて貰い、私たちでできることをもっと広範に共有し頑張りたいと思いました。

 

同じく広電支部の松本知孝さんの追加のコメントです。

 

飯館村に入った時、震災前はのどかで平和な暮しがあったのだなと感じました。そして震災から6年経った今も、「復興」は見た目には感じられませんでした。それは、村内の至る所に除染物の仮置き場があることとも深く関わっています。

阪神淡路大震災の際は、6年経過した時点である程度の復興が見て取れました。しかし福島では原発事故故の大きな負担があり、被災地の復興を妨げています。

「原発さえなければ」という思いで、脱原発そして核なき世界を実現すべく訴え行動して行きたいと思います。

 

午後は13:00から、浪江町の331日に居住制限区域から解除された地域そして津波被害の視察、その後南相馬市の201721日に居住制限区域から解除された地域、ならびに津波被害を視察しました。案内役は相馬地方平和フォーラム代表の寺田亮さんです。

 

広島県原水禁常任理事、広教祖の石岡修さんは午後の視察を次のようにまとめてくれました。

 

浪江町請戸漁港を見下ろす震災慰霊碑に花を手向けながら、瞬時に日常を飲み込んだ深い悲しみに思いを寄せていました。

 

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そして午後に視察した二つの地域、困難を抱えながらも復興に向けて進み始めたかに見える南相馬と、見通しが立たないまま避難指示だけが解除された浪江町の現実を目の当たりにしました。

誰もが故郷に帰りたいと思うだろう。しかし、帰還率1.5%の浪江には、帰ることをためらわせる現実が横たわっていました。

6年の月日を経た我が家に愕然とし、動物に奪われた家を取り戻すためには解体を決意せざるを得ないのですが、その決断をためらう人の多いことも理解できます。子どもの声が聞こえない場所に未来を描けない、あるいは人が住まない土地で仕事が再開できるのか等、不安の種には事欠きません。その不安を何より増大させているのが、廃炉への見通しが全く立たない原発の存在そのものです。

「避難解除が復興の証」などと決して言わせてはなりません。そのためには多くの人が原発事故の引き起こした現実を確認し、証言することが不可欠です。そのことを何より強く感じた一日でした。

 

広島県原水禁常任理事・前事務局長の藤本講治さんによる追加のコメントです。

 

  浪江町と南相馬市は、大震災と大津波によって起こされた原発事故が元で放射線への不安が続き、未だに日常の暮しが取り戻せない地域です。

 

 

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津波で破壊され今でも取り残されている家

 

 27カ月ぶりに訪れた被災地は行政や地域住民の復興に向けた並々ならぬ営みの中で復興への道筋が出来上がりつつありました。

  しかし、除染物質集積の仮置き場が至る所にあるという現実にも心が痛みましたし、津波に流された街なみ、荒れ果てた田畑、子どものいない学校(廃校)など、原発震災の傷跡を目の当たりにして原発事故が終っていないことを痛切に感じました。

  「浪江町東日本大震災慰霊碑」に参加者一同献花をし、震災で亡くなられた方々の御冥福をお祈りするのと同時に、被災地の早期復旧・復興を願いました。「原発事故さえなかったら」という被災者の叫びを心に刻み、脱原発の取り組みを強めて行こうと決意を新たにした一日でした。

 

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2017年6月25日 (日)

福島原発被災地フィールドワーク① ――浪江町の状況を伺いました――

 

福島原発被災地フィールドワーク

――浪江町の状況を伺いました――

 

広島県原水禁では、2017624日(土)から26 (月)までの三日間、福島の原発被災地を訪ね、多くの皆さんのお話を伺いながら、被災地の現状を確認した上で、私たちに何ができるのかを再確認しさらなる行動に発展させたいという思いを元に、フィールドワークを実施します。

 

開催の趣旨を簡単にまとめておくと次のようになります。

 

福島第一原発事故から6年。命を、くらしを、絆を、故郷を、奪われた人は数えきれません。今もなお8万人を超える被災者が苦しい避難生活を強いられ、帰還の問題、生活の再建や復興、風評被害、子どもを中心とする健康被害、除染廃棄物の処理問題など課題が山積する中で悩み苦しんでいます。

にもかかわらず、政府は福島への帰還政策を強引に進めています。さらに、各地の原発再稼働を強行しています。私たちは、原発政策に前のめりする政策に抗い続け、福島原発事故を風化させず、フクシマに連帯する取り組みを継続して行っています。

201411月には、福島県平和フォーラムの協力のもと飯館村内、浪江・南相馬沿岸、帰還困難区域境周辺を視察し被災地の現状を学んできました。今回、二度目になりますが、被災地を訪れ、被害の実態や復興状況などを視察して、改めて原発事故とは何だったのかを考え、今後の脱原発.原水禁運動に活かしていきます。

 

今回のフィールドワークの参加者は10名、一日目の24日午後3時にJR福島駅近くのコラッセふくしまの会議室に現地集合しました。

 

最初に、受入れて下さる側の福島県平和フォーラム事務局次長 湯野川 守さんによるオリエンテーションがあり、その後、浪江町長の馬場有さんと、浪江町の紺野則夫町議会議員から、「原発事故から6年――フクシマの現状と課題」をテーマに、浪江町を中心にこれまでの取り組み、課題、そして今後の展望や広島との連携の可能性等についてお話を伺いました。

 

馬場町長のお話のポイントは、被災した事実の「風化」と無責任な「風評」による被害、そして避難している町民の生活の再建と同時に、これから町を存続させて行けるのかどうかということでした。パワーポイントを駆使した講演でしたが、風化と風評被害を語り未来の世代への責任を果すべく決意を表明する馬場町長に人間としての「風格」を感じ、静かな闘志を垣間見たのは私だけではなかったはずです。詳細を載せるには時間が足りません。またの機会に是非御紹介したいと思います。

 

               

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馬場町長(左の人)

 

また紺野議員が強調されたのは、国や福島県の無責任さ、その結果として「二次災害」が起り多くの犠牲者が出たという点でした。例えば原発事故の直後に、浪江町周辺の放射線量のデータを国は持っていたのもかかわらず、それを被災地には伝えなかった。その結果、原発から遠い地点という理由で北西方向に避難した数千人の浪江町民が被曝したことです。

 

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紺野議員(左の人)

 

被災者の健康を優先する制度ができる日を思い描きながら、そのための基礎になるデータを書き込む「健康手帳」を広島・長崎の先例を見習って作ったこと、そして、やはり子どもたちの未来が一番心配で、被災者の医療費を無料にする恒久的な制度を作ることを最優先したい、そのためには、以前、一緒に案を練ったけれど実現できなかった、国際的な支援体制の構築にも取り組みたい、と強い決意を語ってくれました。

 

 

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健康手帳

 

その後、場所を移って、紺野議員や福島の受け入れ団体の責任者を交えての夕食交流会が開かれました。浪江町を訪問しお二人にお会いしたのは20133月でしたが、久闊を叙しさらなる協力体制について建設的な意見交換ができ、大変有意義だったと思います。

 

参加者の皆さんに取っても感慨深い一日目になったようです。参加者の一人、自治労広島県本部の鈴木孝文さんは短時間の内に次のような感想をまとめてくれました。

浪江町馬場町長からは、63カ月が経過し風化と風評被害があること、また避難の状況や国の対応の遅れにより、線量の高い地域に避難してしまったことが強調されました。それは、浪江町が原発から北西の方向に細長い形の町であること、そして放射線がその方向に放出されたためでした。その結果全町域が帰還困難になりました。

しかし、2017331日に、一部の地域でその指定が解除され、苦渋の選択の結果、町長として解除を承認した理由についても語ってくれました。

その一つは、帰りたいという人は少ない、それは若い世代の人たちの間では、避難先に定住を決めた人が多いからなのですが、「自分の家で最期を迎えたい」という高齢者も多く、その人たちの思いを尊重したことと、「最低限の形でも良い、次の世代に町を残したい」という意見に耳を傾けたためでした。

曾孫の世代が「町が残ってくれていて良かった」と思うような町作りをしたいと、町長としての力強い決意も示してくれました。

原発は町の全てを奪うと改めて感じ、原発はいらないことを再確認できた一時でした。

 

また、自治労はつかいちユニオンの瀬戸将央さんは紺野議員のプレゼンテーションについて次のような感想を寄せてくれました。

報道では決して語られることのない、2011311日、東日本大震災発生時の現場の生々しい話でした。

私が率直に感じたのは、国、東電の無責任さです。事実として、地震、津波ではなく、原発事故で、60人から70人の人が施設から避難先に向かうマイクロバスの中で亡くなっていること、子どもたちへの影響の可能性も出ていること、現在も放射線の影響の管理をしなければならないことなど、本来であれば最優先されるべき問題が後回しどころか、放置されていることなどが具体的事例です。

私たち、事実を知るに至った人間が情報発信をすることで、フクシマのミライに向けて、国際社会への訴えの第一歩を踏み出すことも含めて、進んで行きたいと思います。

 

第二日目は、現地での視察が中心になります。第一日目の今日は、現地での見聞をしっかり受け止めるための枠組みが私たちの中にできましたので、明日は現地でこの枠組みを元に多くの情報を整理しつつ、さらなる活動につなげられればと思います。

 

 

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2017年6月24日 (土)

自転車のハンドル・グリップ交換 ――原始的な方法が気に入っています――

 

自転車のハンドル・グリップ交換

――原始的な方法が気に入っています――

 

自転車の鍵は何とか開けられるようになりましたが、次はハンドルのグリップでした。長い間使わなかったこと、そしてとにかく時間の経っていたことが原因だと思いますが、グリップが粘々になってしまっていました。まずは、使い物にならないグリップをカッターで切ってハンドルから外しました。

 

               

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グリップのないハンドルはちょっと寂しい感じもしますし、剝き出しの金属を直接目にすると構造の簡単さが際立ちます。

 

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この部分に新しいグリップを取り付けるのですが、最初は手で押し込むという原始的な方法です。少しでも滑りを良くするように、グリップの内側は水で濡らします。油だと、取り付けてからも滑ってグリップが外れてしまうので、水なのです。

 

でも、どう力を入れても、半分くらいしか入りません。ではどうするのかと言うと、最後はハンマーで叩くのです。ここも原始的ですが、少し長目かなと思ったグリップもきちんとハンドルに収まりました。

 

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右側のグリップも新しくなりました

 

ようやく、乗る準備が完了したハンドル部分です。ウォーキングでは鍛えることのできない筋肉を、坂道を上ることで鍛えられればと思っています。

 

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2017年6月23日 (金)

ビールが好きな訳 ――一番民主的なお酒だから――

 

ビールが好きな訳

――一番民主的なお酒だから――

 

ビールが好きなことは何度か書いてきましたが、「何故」なのかについては触れてきませんでした。食べ物や飲み物の「好み」は主観そのものと言って良いでしょうから敢えて説明する必要もありませんし、説明しても自分とは違う感覚の持ち主にはあまり説得力がないと考えられるからです。

 

でも、「理屈っぽい」性格のせいかもしれませんが、「好み」つまり「味」以外に、他のお酒と比べてビールが好きな理由はあるのです。それは学生時代に先輩から教わった「知らない土地でお酒を飲むときには何を注文すべきか」から自然に導かれた結論でした。

 

「知らない土地」、特に外国でバーに入ったとして、外国人だということでぼられる危険性が高いという認識が共有されていた時代です。また、免税品店で高級ウイスキーを買って帰れば、日本国内の何分の一かで済むような時代でもありました。気軽に行けて安心な値段の外国のバーについての情報も、手に入れるのは不可能に近い時代でもありました。そんな環境で自分を守るための手段の一つが、何を注文するのかというノウハウでした。

 

答は「ビール」です。世界中どこにでもあり、仮にぼられたとしても、そもそもの値段は高が知れていますので、被害は少なくて済むということなのです。

 

他のお酒では、こんな具合に行かないことはお分り頂けると思いますが、それを別の言葉で表すと、「ビールが一番民主的なお酒」だからです。

 

ワインが好い例ですが、安い日常的なワインはありますが、ちょっと洒落た店で出てくるものの中には、一本何十万円もするものまであります。値段という面だけから考えても「ピンからキリまで」の幅が大きいお酒です。日本酒も同じです。対照的に、一本あるいは一缶何万円もするビールはありません。最近発泡酒等も出ていますので、安い方には動いているのかもしれませんが、それも含めて、庶民が普通に飲めるお酒の典型です。比較的好き嫌いが少ないお酒であることも、何人かが集まった席では「取り敢えずビール」が無難な選択だという事実が示しています。

 

ビールの中では何が好きなのかはまた別の話ですが、その歴史の一部はこれまでに御披露してきましたので、今回は写真を再掲しておきます。

 

                             

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かつてハマっていた「アサヒ・スーパー・ドライ」の30周年特別醸造

値段は普通の「アサヒ・スーパー・ドライ」と同じです

 

 

 

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最近の好みはエビスです

 

ビールを一杯飲む度に、民主主義や立憲主義の破壊に対抗する意思をさらに固くしています。

 

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2017年6月22日 (木)

ファーム・トゥ・テーブルなブルーベリー

 

ファーム・トゥ・テーブルなブルーベリー

 

 

ファーム・トゥ・テーブルは作物ができたものを調理、加工してテーブルにのせる、頂くといったイメージかもしれない。地産地消やスローライフともちょっと違ったニュアンスが感じられる。

このファーム・トゥ・テーブルを安芸の郷で作り出すブルーベリーを中心としたものに当てはめてみたら・・・・・。

 

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日中、障害者の皆さんが通所してくる第2森の工房AMAの屋上には1階と2階にブルーベリーの畑がある。6月に入ってから早生のブルーベリーの収穫が本格的になっている。

 

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手分けして摘みとる。

 

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一粒一粒丁寧に。

 

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とれたブルーベリーを選別して、いろいろ利用する。

 

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ブルーベリーのワッフルコーンを作る。

 

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注文を受けてブルーベリーのタルトを作る。(森の工房みみずく・就労継続支援B型の調理室)

 

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生食用の100gパックにして。(森の工房やの・就労継続支援B型のcaféさくら)

 

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生のままヨーグルトに入れて。(我が家で)

 

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フレッシュジュースにして。(森の工房やの・就労継続支援B型のcaféさくら)

食べて頂きます。

他にもジャム、ソース、ジュレに加工し、冷凍して1年を通してブルーベリーをお届けしています。市場出荷もそろそろ始まります。紙屋町の地下街の障害者のお店「ふれ愛プラザ」にも火曜日、金曜日に100gパックを納品しています。(夕方、数量限定)

 

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9月初めまでこのようなファーム・トゥ・テーブルを楽しんでいただくことができます。ブルーベリーの物流コストは殆どゼロです。(スーパーでは外国産のブルーベリーが並んでいますが)

 

8月5日(土)の午後4時半からの第14回森の工房AMAブルーベリーまつりでは、これらのすべてが楽しめ、その上に摘み取りも体験できます。

屋上緑化で建物の省エネ化も実現しています。

 

 

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社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2017年6月21日 (水)

夏の食べ物 [同じお題で書きましょう] ――夏は「飽食」の季節でした――

 

夏の食べ物 [同じお題で書きましょう]

――夏は「飽食」の季節でした――

 

夏の食べ物と言えば、トウモロコシ、スイカ、トマト、アイスクリーム等々好きな物ばかりです。そして飲み物はビール。

 

小さい頃、夏は茨城の田舎に住んでいた祖母と叔母のところに一週間くらい滞在するのが常でした。そこでは、夏の野菜が食べ放題。毎日、大好物に囲まれていましたので大満足でした。中でも、トウモロコシの美味しさは格別でした。極端に言ってしまえば、朝トウモロコシから始まり、昼もトウモロコシ、当然夜もトウモロコシです。

 

             

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満足しているだけならそれはそれで良い思い出話になるのですが、多分、小学校6年生くらいの夏の終りに、食べられるだけのトウモロコシを食べた後、「もうトウモロコシなど見たくもない」状態になりました。飽食の付けが回ってきたのだと思います。

 

「腹八分目」「ものには限度」等、様々な警告があるにもかかわらず、食べたいだけ食べた結果ですのでこれは「自業自得」です。でも、この症状は二三年で治まりました。数年後、アメリカで食べたトウモロコシも、とてもおいしかった記憶あります。

 

でも、トウモロコシの教訓はほかの食べ物には生かされませんでした。ある夏、スイカも食べたいだけ食べて、夏の終りには見るのも嫌になりました。大人になってからは、ビールで同じことが起きました。前にも書きましたが、日本に帰省した夏に出会った「アサヒ・スーパー・ドライ! (あのコマーシャルの口調を思い出しながら書いています) にはまってしまい、それからは一年以上、「アサヒ・スーパー・ドライ!」以外は見向きもしませんでした。その結果、ある時突然、「アサヒ・スーパー・ドライ!」を見るのもコマーシャルを聞くのも嫌になりました。

 

 

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「アサヒ・スーパー・ドライ!」の発売から30周年という今年、特別のバージョンが売り出されていました。これからじっくり味わいたいと思います。

 

人間、見捨てたものではないと思えるのは、その後、食べ物や飲み物の「飽食」はしなくなりましたし、その結果として「見るのも嫌になる」という経験もしていません。少しは成長している証拠でしょうか。

 

 

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2017年6月20日 (火)

核も戦争もない平和な21世紀を!

      核も戦争もない平和な21世紀を!

被爆72周年原水爆禁止世界大会広島県実行委員会結成総会

 

広島県原水禁は、昨日「被爆72周年原水爆禁止世界大会広島県実行委員会結成総会」を自治労会館で開催し、8月4日から6日まで開催される広島大会の成功に向けて現地の取り組みを強化することを確認しました。結成総会には、被爆者団体や反原発の市民グループ、労働組合代表など、約40人余りが参加しました。

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今年の原水禁世界大会のメイン・スローガンは、

 

核も戦争もない平和な21世紀を!

 

くり返すな原発震災!めざそう!脱原発社会

 

です。

 

今年の大会の大きな柱は、

 

Ⅰ 核兵器廃絶の課題・・・

    歴史的な核兵器禁止条約交渉と東北アジアの平和と安定に向けた現状と課題の認識を 共有する

 

 

Ⅱ 脱原発の課題・・・

   原子力政策の根本的な転換をめざし、原発に頼らないエネルギー政策の展開を提起する

 

Ⅲ ヒバクシャの課題・・・

  広島・長崎の原爆被害者の残された課題(原爆症認定、在外被爆者、被爆体験者、被爆二世・三世など)の解決をめざす。世界に広がる核被害者との連帯を深める。福島原発事故での労働者や住民被曝問題を考える。

 

 

 

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実行委員会結成総会では、主に次のような広島大会の日程を確認しました。

 

主な大会日程は、

 

8月4日(金) 16時00分 折り鶴平和行進

             17時15分 被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会開会総会

 

8月5日(土)  9時30分 「平和と軍縮」「脱原子力」など7分科会

              14時00分 「ヒバクを許さないつどい」など自主的な交流会 

        13時30分 国際会議「なぜ日本で脱原発が進まないのか?」

 

8月6日(日)  9時30分 被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会まとめ集会

 

また7月27日から8月3日までの日程で、県内3コースで「平和行進」を実施します。

 

現在、ニューヨークの国連本部で開催されている「核兵器禁止条約第2回交渉会議」は、被爆者の願いである「核兵器廃絶」への道を大きく切り開く「核兵器禁止条約」が、圧倒的多数の国々の賛成で、承認される歴史的な年となることは間違いありません。

今改めて、1955年に開催された「第1回原水爆禁止世界大会」の「大会宣言」を思い起こしてみたいと思います。

「原水爆被害者の不幸な実相は、ひろく世界に知られなければなりません。その救済は世界的な救済運動を通じて急がなければなりません。それがほんとうの原水爆禁止運動の基礎であります。原水爆が禁止されてこそ、真に被害者を救うことができます。」

 

宣言は訴えています。核兵器が禁止されなければ、真の原爆被害者の救済はありません 原水禁運動の原点を改めて再確認するのも今年の原水禁大会の大きな課題です。

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2017年6月19日 (月)

「ビリョクだけど ムリョクじゃない!」第20代高校生平和大使結団式

「ビリョクだけど ムリョクじゃない!」第20代高校生平和大使結団式

 

昨日午前10時からアステールプラザ(広島市中区)で、節目となる「第20代高校生平和大使」の結団式が行われました。「高校生平和大使」は、1998年に長崎で選ばれた2名が、初めて国連本部(200年からは欧州本部)を訪問して「核兵器廃絶と世界平和の実現」を訴えて以来、毎年続く活動です。

今年も「高校生平和大使派遣実行委員会」の呼びかけに応えて応募した高校生から、北海道や福島、東京など全国15都道府県で22名が選出され、この結団式に集まり、これから1年間の活動を誓い合いました。

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第18代高校生平和大使を務めた脇原華怜さんの司会で始まった結団式は、まず最初に「派遣実行委員会」の小早川実行委員長が「皆さんからは、輝く希望のようなものを感じた。選考委員は、この子たちは必ず『核兵器廃絶、広島長崎の思いを伝えてくれる』と確信して、皆さんを選びました。署名に込められた思い、それを支えている多くの高校生たちの思いを受け止めてください。そして被爆者の皆さんの希望の星になってください。」と激励。そして一人ひとりに委任状が手渡されました。

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続いて22人の高校生平和大使の決意表明。

広島で選ばれた船井木奈美さん(英数学館2年)は、「学生の平和活動の中で、同世代の関心のなさを痛感します。被爆者の方たちが、『二度とヒバクシャを出さないでほしい。』と言われる思い、そして72年前の事実、平和の大切さを、同世代や次世代の人たちに伝えたい。そのためにも1万人署名活動をより活発にするよう努力します。」と決意を述べました。

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同じく広島の小林美晴さん(広島大学付属高校2年)も「被爆者の思いを伝えることが大切。そのためにも被爆体験を風化させてはならない。署名に込められた思い、集める活動に加わってくれた仲間の思いを届けたい。」と語り、同じ広島の久永風音さん(広島皆実高校3年)は、「被爆者の体験を聞いたことが、平和活動のスタートでした。人と人とのつながりが平和の基礎です。人は誰も大切な人。そのためにも核兵器も戦争もない世界を作らなければなりません。」と決意を述べました。

他の高校生平和大使からも次々とそれぞれの思いが伝わる力強い決意が述べられました。

前日広島入りした高校生平和大使たちは、柳川良子さんの被爆体験を聞き、慰霊碑への献花、被爆二世の案内で平和公園を中心とした「碑めぐり」、さらに原爆資料館見学など、被爆の実相を学ぶ活動を行いました。その中でも特に、柳川さんの被爆体験が強く印象に残ったようです。

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今回選ばれた第20代高校生平和大使は、1年間地元での平和活動を続けるとともに、8月19日から26日の日程で、スイス・ジュネーブにある国連欧州本部を訪れ、国連軍縮局に全国の高校生が集めた「高校生1万人署名」を提出することになっています。

そのための署名活動は、全国で取り組まれており、すでに広島でも平和公園元安橋などで、多くの高校生が集まり、取り組まれています。

 

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今年は、「核兵器禁止条約交渉」が国連で行われている画期的な年です。この高校生平和大使たちが、国連欧州本部を訪れる時期には、「核兵器禁止条約」がまとまっていると思われます。「核兵器禁止条約交渉」に参加しない日本政府に代わって、高校生平和大使の皆さんが、被爆者や被爆地広島、そして全国の人々が願っている「核兵器禁止条約の制定によって核兵器廃絶へ」の強い思いを伝える大きな役割を果たしてくれるものと確信しています。

 

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2017年6月18日 (日)

テキにカツ ――験を担いで、勝つためのエネルギーを蓄積――

 

テキにカツ

――験を担いで、勝つためのエネルギーを蓄積――

 

敵は明らかですので、その敵を選挙で破るためにできることは何でもしたいと思っています。その一つとして「ゲン担ぎ」も勿論です。ビフテキを食べて「テキを食う」、豚カツを食べて「敵にカツ」辺りは当然です。

 

という言い訳もあり、豚カツを食べに行きました。でも選択肢が多過ぎていつも予想外の注文をしてしまいます。とは言え、最初に大盛のキャベツが出てきますので、取り敢えず、キャベツを食べつつ生ビールです。

 

             

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キャベツと豚カツ、そしてビールの相性は抜群です。何故なのかなどという愚問は捨て置いて専ら味わいました。

 

メインには、ヒレカツ二つと、野菜の揚げ物のを載せた丼です。純粋のかつ丼の美味しさとは別の味ですが、これまたなかなかイケました。

 

 

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別の角度から撮っても美味しそうに見えませんか?

 

 

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そして次回は家人と同じように素直にストレートにヒレカツかロースカツの定食が良いのかもしれません。

 

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2017年6月17日 (土)

共謀罪反対の理由の一つ・冤罪 ――それには予算のあるなしが関係してきます――

 

共謀罪反対の理由の一つ・冤罪

――それには予算のあるなしが関係してきます――

 

安倍政権は、強行採決までして国会が承認したという形だけを作り上げ、共謀罪というとんでもない「犯罪」を新たに「合法化」してしまいました。このような暴挙を許してはいけない、そのためには世論が高まり、短時間に「良識の大合唱」が沸き上がるようにしたい――そんな思いで613日、14日、15日の三日間、午後5時半から一時間、本通りの青山前で、市民有志による街頭行動が行われました。

 

                 

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共謀罪がなぜ問題なのかについては、64日の集会ならびにデモについての報告をお読み頂きたいですし、YOKOさんからの報告も貴重です。そして「いのちとうとし」さんも続けて報告をしてくれました。また、日本弁護士連合会のまとめた『合意したら犯罪?合意だけで処罰?が分り易く説明してくれていますので、是非お読み下さい。


後は私たち一人一人がさらなる行動をすることのみ、と締め括っても良いところなのですが、私の感想も一つ二つ付け加えたいと思います。一つは、ネットで共謀罪について、自分は犯罪とは関係のない普通の人間だから共謀罪ができても怖がる必要はない、つまり全く問題なし、という趣旨の考え方が散見されることです。

 

ここで反論しても仕方がないかもしれませんが、このように考えている方々が想定していないことの一つは、法律ができるとそれにはお金が付いてくるという事実です。より正確には、出来上がった法律を施行するための予算を請求する根拠になるという意味ですが、その結果、法律の趣旨に沿った形で使えるお金が担当者たちの手に入るということです。

 

共謀罪の場合、2人以上の人間の合意が必要ですので、合意があるかどうかを調べることは捜査上、当然、許されることになるでしょう。その場合、例えば盗聴とか、メールやLINEを盗み見することも捜査上必要だと、為政者が判断すればそれは行われることになります。

 

現状だけで将来を判断することが難しい理由の一つは、現在の状況を元に未来を考えることには限界があるからです。特にお金の面での違いに気付かないとその違いが見えてこない場合もあります。今私たちが理解している現在の捜査の状況とは、現在行われている範囲での捜査をするだけの予算しか付いていない、という前提条件があります。それより多くの予算がついて、より広範囲の「捜査」がどのような形になるのかを予想するのは難しいと思います。しかし、仮に潤沢な予算が付いた場合の捜査と、現状とでは大きな違いが生じても不思議ではないことは御理解頂けると思います。

 

そして「オリンピック」という大義名分があるのですから、そのための予算として多額が計上されても恐らくは問題にならないでしょう。しかも「オリンピック」に隠されて中身までは十分分らないかもしれません。そして予算は使い切るのが原則ですから、そのお金を使って、「安全のため」そして「テロ予防のため」に盗聴・盗み見の範囲が増えて行くことは目に見えています。

 

そうなると、次に心配なのが冤罪です。「合意」をしたかどうかを事実だけで立証するのが難しいことはお分り頂けると思います。となると、私たちの言葉そのものが捜査の対象になります。日常生活の中でも「言った、言わない」の決着をつけるのは難しいことは私たち経験済みですが、権力を持って捜査する人たちが、「言った」と結論付ければ、それに対して私たち普通の市民が対抗することはほとんど不可能に近くなります。そこから冤罪が生まれます。

 

これは私たちにとっても無縁ではありません。共謀罪とは関係のない冤罪で最近、注目されたRCCの元アナウンサー煙石さんの冤罪事件が、冤罪の恐ろしさを示しています。この事件については、北村弁護士⑦パパさん、そして事件鑑定人のブログでも取り上げられていて、とても勉強になりました。

  

そして皆さんが指摘しているように冤罪は誰にでも起り得ることです。煙石さんはマスコミ人です。そしてマスコミ人は、普通の人たちよりは権力との接点がありますし、例えば違法捜査をしたりすればそれは仲間のマスコミから公表されて問題視されるであろう可能性も一般人の場合よりは高いはずです。したがって、警察や検察は恐らくより慎重に捜査をすることになるでしょう。にもかかわらず、煙石さんは最高裁まで闘ってようやく無罪を勝ち取らなくてはなりませんでした。

 

煙石さんの御苦労と勇気、そして彼を支えた英雄たちの存在を讃えたいと思います。同時にこの事件は、冤罪は他人事ではないことをはっきりと示してくれているように思います。

 

もう一点、事件鑑定人さんが指摘しているのは科捜研の予算が厳しいために高価な解析ソフトが使えなかった可能性です。それが煙石さんの無罪の証明と関わっていたということなのですが、それは、科学的な捜査でも「予算」が大きな役割を果している事実を認めなくてはならないという結論になります。共謀罪でも、予算の付くことで捜査内容が大きく変わるであろうことの傍証にもなっているのではないでしょうか。

 

 

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2017年6月16日 (金)

「BAN NUKES NOW!」原爆ドーム・キャンドル・メッセージ

BAN NUKES NOW!」原爆ドーム・キャンドル・メッセージ

&「共謀罪」強行採決抗議の街宣

 

今日(現地時間15日)からニューヨークの国連本部で、「核兵器禁止条約第2回交渉会議」が始まります。この会議の成功を願う広島の声を、国連に・世界に届けるため、昨晩午後7時半から原爆ドーム横に市民200人余りが参加し、「核兵器禁止条約のためのヒロシマ緊急共同行動・そのⅡ」として、原爆ドーム・キャンドル・メッセージの集いが、開催されました。

 

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渡辺朋子さんの司会で始まった集いで、森滝春子核兵器禁止条約のためのヒロシマ共同行動実行委員会(6月6日現在22団体参加)事務局長は「市民が参加し、市民の思いをキャンドル・メッセージの込めて、世界の人々に伝えましょう。そして日本政府を変えることが大事です」と訴えるとともに、「このキャンドル・メッセージは、国連事務局の日本人スタッフや、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)などの努力によって、国連や世界の人々の届けられます。」と今日の行動の意義を訴えました。

 

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続いて参加者の手によって「BAN NUKES NOW! 2017」の文字に並べられた1000個のキャンドルに次々と火がともされました。並行して被爆者、若者、原爆小頭症と家族の会きのこ会の代表から、「核兵器禁止条約の成立」を願うとともに、自らが署名活動や平和公園ボランティアガイドを通じて訴えていくなどの決意が語られました。

 

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完成したキャンドル・メッセージの後ろに全員が集合した写真撮影があり、最後に秋葉忠利原水禁代表委員から閉会のあいさつがありました。秋葉さんは、「国連であるから始まる会議で必ず、核兵器禁止条約を成立させなければなりません。そのためにさらに広島から声をあげましょう。」と訴えるとともに、「昨夜から今朝にかけての国会の状況は以上です。こんな政治が許され続けることはありません。安倍政権を変えましょう、歴史的にこんな政治が長く続くことはありません。そのためにも力を尽くしましょう」と強く訴え。約1時間余りの集いは終了しました。

 

この集いに参加した中億垂穂さん(中学1年:昨年の広島市平和記念式典で子ども代表として「平和への誓い」を発表)は、「こうした場所には初めて参加しましが、沢山の人に出会え、そして一緒に平和のアピールができて本当によかったです。」と私に感想を述べてくれました。

 

 

3日連続の抗議行動に80名超える人たちが参加

 

このキャンドル・メッセージの集いに先立つ午後5時30分から3日目となる「共謀罪廃止」を求める街頭活動が、本通り青山前で行われました。

 

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もちろん昨日は、その日早朝に行われた参議院本会議における「異常な強行採決に抗議」する行動となりました。委員会での採決を行わず、本会議採決を行うことなど、国会の民主的ルールを踏みにじる行為であり断じて許されるものではありません。良識の府と言われる参議院の自殺行為ともいえる今回の採決強行は、「加計学園問題」で窮地に追い込まれた安倍政権が、国会を早く終え、「加計学園問題」をうやむやにし、国民の目からそらすための数の力による暴挙以外の何物でもありません。このように「数さえあれば何をやってもよい」という力による政治を進める人々が、「共謀罪法」を手にすれば、これからどんなことが起きるかは明らかです。たとえ成立したとはいえ、容易にこの危険な法案を認めることはできません。そんな危惧と怒りの思いが、参加者の急増となって現れました。

 

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安芸太田町からこの行動に駆け付けた田島安芸太田町会議員と法正寺住職の城山大賢さんは、「私たちは決してあきらめない。明日の町議会に、『共謀罪の廃止を求める意見書』を提出します。必ず採択されるはずです」と強い決意を語っていただきました。

 

昨日は、いつも以上に若い人たちがビラを受け取ったり、ビラ配布者の話しかけに耳を傾ける姿が目につきました。あきらめることはできません。こうした若い人たちの姿に希望を持ちながら、粘りづよく「共謀罪廃止」と安倍政権に終止符を打つ活動を強めなければと改めて決意しています。

 

 

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2017年6月15日 (木)

「共謀罪」は許さない!

 

「共謀罪」は許さない!

 

今回は怒りに燃えたYOKOさんの報告です。怒りを新たなエネルギーに変えて、次の行動を起こしましょう。

 

           

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「監視社会をつくる」「現代版の治安維持法だ」と反対の声が多い「共謀罪」。

アベ政権は、この法案を、法務委員会での採決をすっ飛ばして、参議院本会議に「中間報告」を提出して採決するという。

 

重要法案をろくな審議もしないで、14日深夜~15日早朝にかけて、徹夜してでも採決強行!!

こんなひどい国会、今まで見た事も聞いたこともない! こんなひどい政治がまかり通っていいのだろうか?

 

アベ内閣NO!と訴えるために、市民も国会前に集結し、徹夜の構えという。

 

「ストップ!戦争法 ヒロシマ実行委員会」は、13日と14日夕、広島市・本通り青山前で、「共謀罪」反対!の街宣行動で市民に訴えた。

 

オリンピックのためにテロ防止が必要という理由そのものがウソ。

「一般人が対象になることはありません」「国民のみなさまに丁寧に説明していきます」・・・こんなこと言ってたけど、一度もきちんとした説明はなかった!

 

アーサー・ビナードさんは「ぼくが最初に日本に来たころと、今の日本は全く違ってしまった」と、戦争法、改憲の動きなど、危険な道を歩もうとしている日本政府を批判。

 

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安倍首相は、多数で何でもかんでも自由にできると思っているようだけど、国民をないがしろにして、続くわけないよ!!と思い知らせてやりたい!!!

 

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YOKO

 

 

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コメント

妻が今日の朝日新聞の読者投稿欄「声」に赤川次郎の投稿をみつけて驚き、共感していました。ただ、危機感を持つ人の多くが年配で、ネットでは安倍政権を支持している若者が多いようにも思えます。それだけに、色々な形で「声」を上げることが重要だと改めて思いました。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。おっしゃる通り、特に若い世代の人たちに権力者の恐ろしさを伝える必要があると思います。続けて声を上げて行きたいと思います。

伝え方の一つとして、お金、経済と政治との関係からのアプローチも有効なのではないかと思います。その点についても、また触れてみたいと考えています。

2017年6月14日 (水)

梅雨入り

                   梅雨入り

 

梅雨がきた。11日はブルーベリーの手入れが目的で東広島市豊栄町のブルーベリー農園に昼頃ついたが、ここは小雨が降り続いて農作業にはならなかった。農園は静かでウグイスが鳴き、キジが遠くで「ケーン」と時おり鳴く声が聞こえる。雨音は小雨なので聞こえない。

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雨に煙る農園。ブルーベリーの枝が伸び、こんもりとした姿になってきた。

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                        ドクダミ草。

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12月に植えたバラ「ミミエデン」。まだ木も小さいので花も小さい。隣のハギの枝が伸びてきた。

農作業はあきらめて早めに帰路につく。着いてみると安芸区は薄日のさす、いい天気。

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家に帰り日暮れまでには時間があるので家の裏の水路を覗いてみた。この水路は昔はどぶといってもいい水路だが最近は下水道が整備され、生活用水が入り込まないので水は思った以上に澄んでいる。

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よく見るとコウヤトンボのメスが産卵をしている。水面にしっぽをはねるようにつけるとその勢いで水が弧を描いて飛ぶのが見える。毎年毎年この水路に卵を産んで、毎年新しいコウヤトンボが生まれてくる。幼いころからずーっと見てきた梅雨の晴れ間の光景。今も出会えるのがうれしい。

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水路の側の庭のガクアジサイ。こちらはコウヤトンボより歴史がうんと浅い。

2017611日 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2017年6月13日 (火)

ウォーキング用のリュック ――小走りのインターバルも組み込めます――

 

ウォーキング用のリュック

――小走りのインターバルも組み込めます――

 

健康のためにウォーキングを始めてから20年以上になります。とは言っても、仕事のために1万歩歩いた日も含めて考えていますし、歩く機会が少ない仕事になってからは、朝5時起きして歩いていた時もあります。最近は時間的に余裕があり、歩きながら景色を楽しんでいます。

 

             

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桜の季節には立ち止まる時間が長くなります

 

 

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田植えの後の景色にも見惚れます

 

今でも一日は約一時間のウォーキングから始まります。友人の中には、一日三時間歩いている人もいて、もう少し効果的なウォーキングをしたいと思っていました。

 

そのためには、ウォーキングの途中に数分単位のジョギングを入れると良いというテレビの番組がありました。試してみると効果はありそうですので、今までよりチョッピリ頑張ったウォーキングになっています。

 

もっとも問題がない訳ではありませんでした。走るときに、今までウォーキング用に使っていた肩掛けのバッグは手で押さえないといけなくなったのです。少しの距離ですのでそれでも良いかなと思っていたのですが、毎日のこととなるとちょっと煩わしくなってきました。

 

 

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iPadが丁度入る大きさのバッグです

 

 

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中に入れて持ち歩くのは、汗を拭くタオル、サングラス、老眼鏡、メモ帳とボールペン、そして水筒

 

走っても手で押さえなくて済むのはリュックサックですので、取り敢えず、気に入ったデザインの物を買いました。少し大きめですが、大は小を兼ねるので、しばらくこれを使う積りです。

 

 

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中に入っているものを取り出すときにはリュックを下さなくてはなりませんが、小休止をしながら歩いたり走ったりする機会を増やした方が景色も楽しめそうですし、夏に向っては大切なことになりそうですので丁度良いかもしれません。

 

 

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コメント

リュクは楽ですよね。
通勤、町歩きもすっかりリュクになりました。

「ゲン」様

コメント有り難う御座いました。

リュックの便利さに気付いたのが今の時期で、夏には背中の汗が問題なのかもと、ちょっと心配しています。

2017年6月12日 (月)

木製コーヒー・カップの補修をしました ――人工漆(カシュー塗料)が便利でした――



木製コーヒー・カップの補修をしました

――人工漆(カシュー塗料)が便利でした――

 

永年使っている木製のコーヒー・カップの縁の塗料が剥げてきました。毎日何回も使っていますので、漆にしろ、ニスにしろ剥げてくるのは仕方ないのですが、このままお蔵にするには愛着があります。

 

何を塗れば良いのか思案に暮れていたのですが、ネットで調べている内に人工漆という代物があることを知りました。漆に似た仕上がりなのですが、かぶれず、乾燥時間も短く値段も安いのですから、日用品の補修には打って付けです。カシュー塗料とも呼ばれますが、それはあのカシュー・ナッツの木から採る油が原料だからです。早速近所のホームセンターで小さな刷毛と一緒に購入してきました。

 

               

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カップの縁ですので、面積は少ないのですが、丁寧に塗って、しかも一日置いて二度塗りもしてみました。その結果です。「before」の写真を取り忘れましたのです、言葉で説明すると、縁のこげ茶の部分は剥げて白っぽくなっていたのです。

 

 

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完璧ではありませんが、かなりうまく塗れたと思っています。縁の部分を拡大してみました。

 

 

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これでもうしばらく、デザインも気に入っている、毎日気軽に使えてしかも軽いコーヒー・カップの寿命が延びました。

 

 

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コメント

カシューはその製法上食器には使えませんよ。

コメント有り難う御座いました。また、カシュー塗料の安全性についての御指摘感謝します。

消費者庁のホームページには、カシュー樹脂塗料を食器に使った場合の表示についての手引きが乗っているのですが、このカシュー樹脂塗料は通常、カシュー塗料と呼ばれているものとは違うのでしょうか。

http://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/household_goods/guide/zakka/zakka_19.html

2017年6月11日 (日)

自転車の鍵が錆び付きました ――虫の方は簡単に取り換えられたのですが――

 

自転車の鍵が錆び付きました

――虫の方は簡単に取り換えられたのですが――

 

昨年9月にパンクして修理をした自転車ですが、まずは修理後の雄姿から御覧下さい。

                           

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その後何回か乗った後、一冬、全く乗る機会がありませんでした。数日前、近くのスーパーまで自転車で行ってみようかと思い立ち、引っ張り出したのは良いのですが、今回は後輪がパンクしていました。前回の教訓を生かして虫をチェックすると、見事になくなっていました。近くのホームセンターで虫を購入、今回は約100円で済みました。

 

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でも本当のトラブルはその後にありました。後輪の鍵がビクともしません。リング錠というらしいのですが、冬の間に錆び付いてしまったようです。

 

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念のために電動アシスト用のバッテリを固定する装置の鍵もチェックしましたが、こちらも動きません。

 

 

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早速定番のCRC5-56を持ち出して、鍵穴にたっぷり注入しましたが、それでも全く動きませんので、一晩待つことに。

 

 

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朝になるのも待ち切れずに再度試してみましたが、ウンともスンとも言いません。こんなトラブルにあっているのは私だけではないはずですので、この自転車を買ったカナガキに電話で聞いてみましたが、「スペア・キーを作ったら」と頓珍漢な答えしか返ってきませんでした。そこで頼りになるネットでのアドバイスを探すと、ありました。「鍵穴のクスリII」です。早速ホームセンターまで出掛けて購入。鍵穴に注入しましたが、今のところ反応はありません。

 

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明日の朝まで待って、問題が解決していないようなら、ラディカルに鍵を壊す、といった手段も考えなくてはならないかもしれません。できれば、錆が上手く取れて滑らかな結末になると良いのですが。

 

 

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2017年6月10日 (土)

八雲でバースデー・ディナー ――「まぜまぜ」が逸品です――

 

八雲でバースデー・ディナー

――「まぜまぜ」が逸品です――

 

もう30年以上、八雲のファンです。郷土料理の老舗として多くの人に愛されてきた八雲の魅力は――私の独断と偏見を述べれば――他では食べられない、生野菜とあさりの「まぜまぜ」なのです。もちろん、すすぎ鍋も好きですし、小鰯の刺身やその他の料理も素晴らしいのですが、とにかく「まぜまぜ」なのです。

 

             

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美味しそうでしょう

 

そして、誕生月には特別のプレゼントが付いてきます。「まぜまぜ」のときもありますが、その他の料理が一品プレゼントされます。それに釣られて誰かの誕生日には八雲ということが多いのですが、6月は家人の誕生月ですので、先日八雲に行ってきました。

 

毎回、女性の担当者が付きっきりできめ細かい心の籠ったサービスをしてくれるのですが、今回オヤッと思ったのは、「何歳になられたのですか」と聞かれたことです。本人が気軽に答えていましたので、問題はないのですが、何でこんなことを聞くのかなという疑問は残りました。

 

でもいつも通り美味しい料理の数々を堪能しました。家人にとっても楽しいバースデーだったと思います。

 

その後に、サプライズが待っていました。くす玉の登場です。

 

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紐を引っ張ると、お祝いのメッセージが飛び出してきました。

 

 

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それだけではありませんでした。バースデー・プレートのプレゼントもありました。これで、「何歳ですか」の疑問が氷解。とてもお洒落な誕生日プレゼントが、美味しい食事と時間を忘れられない記憶にしてくれました。

 

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コメント

48歳、
お若い!!
素晴らしいですね。

「ゲン」様

コメント有り難う御座いました。私自身が48歳の時は、色々やりたいことが沢山あって、とても焦っていたことを覚えています。

2017年6月 9日 (金)

スズランの缶詰 ――上手く育ってくれると良いのですか――

 

スズランの缶詰

――上手く育ってくれると良いのですか――

 

好きな花はたくさんありますが、その一つがスズランです。これは我が家の全員の好みでもあります。ですから、スズランの花を貰う度に、次の年にも花を楽しめればと庭やプランターに植えてきました。でも、上手く育った試しがありません。

 

理由が分らないままに、ネットでたまたま変ったスズランの育て方に出会いました。「すずらん缶詰」です。北海道からスズランを缶詰にして送ってくれるサービスですが、今までの育て方とは違った可能性が花開くことを信じて、さっそく注文してみました。

 

缶詰は65日に届きました。これがその缶詰です。

 

                 

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缶詰のスズランなんて初めてですので、どうすれば良いのか分りませんでしたが、取り扱い説明書を読むと簡単なようです。

 

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「切り口で手を切らないよう」にと、親切な心配もしてくれています。まずは缶の蓋を開けました。説明書通り、水ゴケが載せてありました。

 

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水ゴケを取り除くと、スズランの芽らしきものが見えました。

 

 

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取説に従って、たっぷり水をやり、陽の当るところに置きました。後は発芽を待つだけです。そして、68日には、芽がかなり大きくなっていました。

 

 

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芽はもう一本あるようですが、それも時間の問題だと思います。そして芽が育ち、花が咲くのが楽しみですが、その様子を「スズラン日記」として折に触れ紹介させて頂ければと思います。

 

 

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2017年6月 8日 (木)

タブレット寿司に行きました ――回転寿司ですが、タブレットで注文します――

 

タブレット寿司に行きました

――回転寿司ですが、タブレットで注文します――

 

食べ物屋の近くを通った時、美味しそうな匂いに釣られて店に入ってしまうことは良くあるのですが、誰でも経験のあるのは鰻屋かもしれません。でも最近は、寿司屋の前で誘惑に勝てなくなってしまうことも多くなりました。江戸前の高そうな店以上に回転寿司の誘惑が強いのは、値段の魅力もあるからでしょう。

 

先日も、ついふらふらと入ってしまったのですが、「タブレットの注文だけになります」と言われて、一瞬戸惑いながら、それは店のタブレットから注文するだけで良いという意味だということがすぐ理解できました。

 

テーブルに座ると、端の方に、新幹線のレールのような装置があって行く先は調理場のようです。時々、誰かが注文したのであろうお寿司やそのほかの品が、「スルスルッ」という音とともに、調理場の方から出てきます。

 

               

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注文するのに忙しくて、タブレットを手に取って注文している様子や、「注文」というボタン等の写真はありませんが、このタブレット上で注文したい写真をタップして、その後出てくる画面で「注文」というボタンを押せば良いのです。しばらく待つと、注文した品物が届きます。

 

 

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船のような台に乗ってくるのですが、注文した品「軍艦」を思わせるような登場振りです。

 

 

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上段のレールから品物を取っているところですが、下段のレールで届くのはどうも軍艦巻が主なもののようです。

 

タブレットの後ろ側には、まだお寿司を載せてきた台が残っていますが、タブレットの「返却」ボタンを押すと、この台が調理場の方に戻って行きます。

 

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これを何度か繰り返して、テーブルの上は結構豪華な品々で埋まりました。

 

 

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もともとの回転寿司では、目の前を通り過ぎて行くお皿を取ってテーブルで食べるのが基本でしたが、何度か回っているお皿では、ネタが乾いているものもありました。ですから、店員さんに「○○」と別に注文する人も多くなったようです。それだと人手が掛かりますので、経営者の側から考えると何とか改善すべき点だったのではないかと思います。タブレットの注文は、注文後に握ってそれを人手を使わずに届けてくれるので、この問題は解決されました。

 

でも最終的には味がどうかで決まるのですが、「Z級グルメの」舌ではなかなかイケた部類に属します。値段も手頃でしたので、次回来た時には、もう少し近くから注文の様子やメニューの内容などアップしたいと思っています。

 

さて最後まで取っておいて「秘密」ですが、どうもこのタブレットはApple社製ではないようです。それなら堂々と、「iPad」と銘打っておいた方がアピール力は増すはずなのですが、料理飲食業専門の会社のサービスであることが明記されていましたので。

  

 

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2017年6月 7日 (水)

「核と人類は共存できない」-関西電力高浜原発3号機の再稼働に抗議する座込み

「核と人類は共存できない」-関西電力高浜原発3号機の再稼働に抗議する座込み

 

広島県原水禁は、昨日午後6時から30分間、平和公園・原爆慰霊碑前で「関西電力高浜原発3号機の再稼働に抗議」をするとともに「2基の原発の即時停止」を求める座り込みを実施しました。5月18日の4号機再稼働に続く抗議行動でしたが、仕事を終えた労組員や被爆二世、市民運動グループの人など54名が参加し、抗議の意思を表しました。

 

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アピールに立った秋葉忠利県原水禁代表委員は、まず「日米の核協力関係が強まっているが、核兵器禁止条約が成立すれば、これらを変える大きな力になる」と現在の核をめぐる世界の動きに触れながら、今日の座り込みの意義について「日本の原発政策は、周回遅れの行動といえる。その陰には、核保有国への強い思いが隠されている。プルトニウムの大量保有が、そのことを示している。原発の再稼働は、環境の面からも多くの市民の声に反する。私たちが、声を上げ続けることで大多数の市民の声を作っていかなければならない。森滝市郎さんが訴えた座り込みの教え、Chain reaction・連鎖反応を作ろう。これからも頑張りましょう」と訴えました。

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座込みの最後に「高浜原発3号機の再稼働に抗議し、すべての原発運転の即時停止を求めるアピール」を、参加者全体で確認するとともに、同内容の「抗議と要請文」を関西電力格式会社・岩根茂樹取締役社長に送付することも決めました。

 

今回の抗議文では、とりわけMOX燃料を使用するプルサーマル発電の危険性を強調し、再生可能エネルギーのさらなる再開発など、危険な原発に頼らないエネルギーへの転換を求めています。

 

 

安倍政権は、福島の原発事故の現実に向き合うことなく、原発再稼働推進の政策を強行しています。この流れを止めるためには、市民一人ひとりが、もう一度2011年3月11日以降に起こった原発事故によってもたされて深刻な事実と今も続く被害の実相に向き合い、原発事故の危険性を思い起こすことです。

 

そして、秋葉さんも訴えられてように、常に声を上げ続け、反対の意思を粘り強く表し続けることです。

 

06_a1            日本原子力研究開発機構の大洗研究開発センター

「座込み」を終えて帰宅すると新たなニュースが飛び込んできました。「日本原子力研究開発機構の大洗研究開発センター(茨城県大洗町)で6日午前11時ごろ、燃料研究棟と呼ばれる施設で核燃料物質の保管容器を点検していた作業員5人が放射性物質に汚染される事故があった。」というニュースです。5人の作業員が被爆させられたのです。被曝線量など詳細はまだわかりませんが、また新たな被曝者を生み出してしまったのです。何度過ちを繰り返せばよいのでしょうか。

 

核の使用に絶対の安全はなりません。

 

「核と人類は共存できない」この言葉をもう一度声を大にして訴えたいと思います。

 

 

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2017年6月 6日 (火)

賞味期限を再認識しました ――ブラインド・テストまでしてみた結果です――

 

賞味期限を再認識しました

――ブラインド・テストまでしてみた結果です――

 

実は長い間、「賞味期限」を真剣には受け止めていませんでした。賞味期限が過ぎると、食品が毒に変化するというのであれば当然、真剣に受け入れざるを得ません。でも「賞味」ですから、一定期間を過ぎると味が落ちるだけだと受け止めていました。しかも自ら「Z級グルメ」を自認しているのですから、あまり味にはこだわりがありません。

 

もちろん好きな食べ物や飲み物、調味料等はありますし、あまり好みではないものもあります。好きな物はいつも冷蔵庫や食品戸棚に切らさないようにしています。その一つが味ぽんです。ポン酢好きにとっては定番の食品で、私専用の大瓶を買って使っていました。

 

ところが先日、賞味期限がとっくの昔に切れていることを再度、家人から指摘されました。

 

             

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家人は別の瓶を使っていましたが、捨てるのが勿体ないので私はこちらをずっと使用。それに「味だってそんなに変わらない」と主張していたのですが、半年以上賞味期限が過ぎているのですから、少しは変化が感じられるかも知れません。それにしたって恐らく許容範囲だ、と私は思い込んでいました。

 

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賞味期限内の味ぽんと期限切れの味ぽん

 

しかし、実際お皿に注いでみるとハッキリ色が違います。でも味はそんなに変わらないだろうと、これまた思い込んでいました。それならブラインド・テストをして、味が違うかどうか調べよう、ということになりました。

 

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結果は驚くほどの違いがありました。賞味期限の切れた、しかも半年以上経ったものは、まろみ、つまり美味しさが消えていました。シャープな醤油の味が強く苦みさえあると言ったら良いのかもしれません。それなら、醤油を使えば済む話です。

 

無知と決めつけを反省しつつ認めざるを得ないのですが、「賞味期限」には意味がありました。いちいちブラインド・テストをしなくても良いように「賞味期限」は設けられていたのです。「賞味期限」切れの大きな瓶の方は、熱を加えて料理する際に補助的に使って貰うことにして、味ぽん本来の旨さを味わうために、これからは小さな瓶を買うことにしました。

 

 

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コメント

いや~大笑いしました。先生がそんな間抜けな真似をなさるとわw

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

タイトルを「笑味機嫌」にした方が良かったのかもしれません。

2017年6月 5日 (月)

共謀罪反対集会とデモ ――広島弁護士会主催のテーマは「私の心を探るな」――

 

共謀罪反対集会とデモ

――広島弁護士会主催のテーマは「私の心を探るな」――

 

527日に衆議院で強行採決された共謀罪新設法案は今、参議院で審議されていますが、どうしてもこの法案の成立を阻止しなくてはならないと、広島弁護士会の呼び掛けで、午後2時から原爆ドーム前の集会が開かれました。炎天下にもかかわらず、500名の参加者があり、集会後は原爆ドームから八丁堀、本通りを通って平和公園までのデモを通じて多くの人々に呼び掛けました。

 

集会は、最初に主催者を代表して下中奈美広島弁護士会会長の挨拶があり、続いて民進党の森本真治参議院議員の国会報告、そして連合事務局長を含む3人から市民の立場を代弁するアピールがあり、最後に弁護士会の共謀罪担当の前川弁護士から閉会の挨拶がありました。以下、アイ女性会議の佐藤奈保子さんにまとめて頂いたレポートです。

 

             

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下中会長の挨拶

  

下中会長は「これまで『テロ等準備罪』は3回廃案となっている。2020東京オリンピック・パラリンピックでテロを未然に防止するためと提案しているが、すでに国際犯罪防止条約にプラスして国際・国内法の整備がされているにもかかわらず、今回、277の対象犯罪を盛り込んだ「共謀罪」を提出しました。一般市民も「話し合い」や「計画」をしていたとして恣意的に犯罪対象にされかねない。安倍首相は一貫して「戦争のできる国」づくりのために急いでいる。今国会で通そうと必死だ。弁護士会はみなさんと一緒に廃案にむけてがんばります。」と力強いあいさつ。

 

 

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森本参議院議員の国会報告

 

民進党の森本真治参議院議員からは「法案は不明な点(180の論点)が次々と出ているが、十分な整理もされていないにもかかわらず、審議を拒否すると「質問なし」として強行採決されるので審議を徹底して迫る。みなさんの声とともに国会でがんばる」と国会内の状況報告。

 

広島市立大学の湯浅正恵教授は「『安保法案』に次いで危機感を感じてこの場に来た。安全・秩序と銘打って当局が問題ありと思ったら何もしていなくても監視強化され、表現・言論・集会の自由を奪い、脅かされる。当局に睨まれないために自己規制することに始まって、結局は私たち一人一人が言葉を奪われる。私は『秘密保護法』の時も言ったが、1人の人間として生きる自由・権利を放棄したくないから反対する」と力強い反対の意思表明。

 

写真家の藤岡あやさん(呉出身)は「『共謀罪』がよく分からなくて勉強した。2020オリンピック・パラリンピックのテロ対策で一般市民は対象外と言うが、私が護衛艦やデモを撮っていたら、犯罪の対象にされるかも。生きる喜びや表現が制限されるとしたらいやだ!」と具体的な表現手段に沿っての説得力ある反対論。

 

連合広島の山﨑幸治事務局長が「連合としても重要な問題と捉えている。大きくまとめると4つの問題点がある。

  適用する対象があいまい 

 「犯罪」の構成要件が好い加減 

  捜査等の手法が拡大され監視社会が作られてしまう 

  人間相互の不信感を高める(密告等により)

このような法案は何としても撤回させなくてはならない。連合広島もがんばります」と決意表明。

 

デモのシュプレヒコールも共謀罪の本質を突く鋭くかつ記憶に残るもので、500人の参加者の熱い思いが伝わりました。

 

「戦争反対」「共謀罪は廃案に」「テロ対策と嘘つくな」「話し合いは人間生活の基本」「告げ口を奨励する法案に反対」「憲法を変えるな、政治を変えろ」

 

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2017年6月 4日 (日)

問題は「たばこ」だけではありません ――核兵器、原発、環境、教育等あらゆる分野で同じことが起きています――

 

問題は「たばこ」だけではありません

――核兵器、原発、環境、教育等あらゆる分野で同じことが起きています――

 

熱が入るとついつい長ったらしいエントリーになってしまいますが、頭の中では分っている積りになっていたことでも、文章にしてみると別の視点からの考え方に気付いたり、自分の知識の浅さに愕然としたりします。お付き合い頂く皆さんにも何らかのメリットがあることを願いつつ続けます。

 

今回は、WHOの標語を厚労省が薄めている2011年より前の例を何件か取り上げます。どこに問題があるかはお読み頂くことで伝わるものばかりです。

 

2006 Tobacco : Deadly in any form or disguise

 (たばこ:どんな形や装いでも命取り)

[日本政府]  やめたい人を手助けする禁煙支援

 

               

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WHO2006年世界禁煙デー・ポスター

 

2005 Tobacco control and health professionals

 (たばこに向かう保健医療専門家-行動と対策を)

[日本政府]  たばこ規制における保健医療専門家の役割

 

2004 Tobacco and Poverty

 (たばこと貧困:その悪循環から逃れよう)

[日本政府]  禁煙支援の推進

 

2003 Tobacco free films tobacco free fashionAction

 (たばこと無縁の映画やファッションへ 行動を!)

[日本政府]  受動喫煙防止対策等の喫煙対策

 

この中でも特に2006年の標語の違いは、それこそ命取りです。またこの事実は、2012年にWHOが出した『たばこ産業の干渉』の中で、WHOが指摘している「干渉」の結果、日本政府が乗っ取られてしまっていることを示しています。もっとも、専売公社の時代まで遡ると「たばこ産業」イコール「日本政府」だったのですから、事態はもっと深刻なのかもしれません。念のため、WHOによる「干渉」のリストを再度、掲げます。

 

 政治的あるいは立法についてのプロセスを乗っ取ろうと企んでいる。

 たばこ産業の経済的な重要性を誇張している。

 たばこに正統性があるかのように装うための世論操作をしている。

 やらせの団体等を使って、たばこ支持派がいると見せかけている。

 確立された科学的事実の信頼を損なうようなことをしている。

 規制しようとする政府を訴訟によって、あるいは訴訟を起こすと脅すことで圧力を掛けている。

 

敢えて申し上げるまでもないことかもしれませんが、このリストの中の「たばこ産業」を「軍産複合体」や「原子力 ムラ」等に差し替えても、立派に通用する内容です。そして日本政府、特に安倍政権がこうした勢力と協力関係を作り、現在の政治が嘆かわしい状況に置かれてしまっていることは皆さん御存じの通りです。

 

さらに、このような陰の力の意思を「忖度」しながら、あるいは「結託」してこんなシナリオを描いているのが官僚たちですが、前川元文科事務次官の例に見られるように、掃きだめの鶴のように志を曲げず、自らの良心に従って市民一人一人の権利を守るために闘っている人たちもいます。

 

塩崎大臣は官僚ではありませんが、今後も「屋内全面禁煙」のために頑張って欲しい存在です。ここで、マイケル・ムーア監督の登場です。「トランプをやっつけるための10のアクション・プラン」は、私たちが応援する政治家や議員に対しても効果的です。これまでの努力を評価し感謝した上で、さらに頑張って貰いたい内容をきちんと伝えることがポイントです。「原則」のつかない「屋内全面禁煙」実現のために頑張って欲しいことを多くの市民が発信すれば、強硬な反対派も業界もやがては多数派の意見、そして科学的知見を尊重せざるを得ない結果になるはずです。

  

 

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コメント

私が強く思うのは、少なくとも科学者や技術者は絶対に忖度してはならない、ということです。

安全に関する規制が緩いことは特定の産業を守ることが多いものですが、逆に、規制が厳しくても、それが国民を守るためより、特定の産業を守るための非関税障壁であったり、既得権益を守るためのものであることもあり、そうした規制の必要性や妥当性を裏付けるデータが、科学者の忖度による恣意的なものであることも少なくないように思います。

例えば、排ガス規制ひとつみても、アメリカとヨーロッパ、そして日本では内容に違いがありますし、対象も違い、どの国も堂々と「世界一厳しい基準」と言えますが、そこには国民ではなく、特定の業界に対する配慮があることも感じられます。

そこを国民第一、人類最優先とするためには、このブログに書かれているように、一人ひとりが少しでも声をあげ行動していくことが重要だと思いますが、そのためにも正確な知識や情報は不可欠で、科学者や技術者は、いくら予算が欲しくても、誠実で正直でなければならないと思うわけです。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

御指摘のように、科学者や技術者が真実以上に優先すべきことはないはずですが、金・権力・イデオロギー・その他の欲望に毒された人々も多くいます。絶対的な予防策はないにしろ、やはり教育の役割は大きいと思います。

その教育を有家持つ大学等で軍事研究をしようとする人々が現れ、それらの人々の数を金で増やそうとする政府がテコ入れしています。

対抗して「軍学共同反対」の声も大きくなっていますが、今やあらゆる場面で私たちの主張をきちんと広め、より多くの仲間を作る努力が一層大切になっています。以前のエントリーでも報告しています。

http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/changeorg-e7cf.html

2017年6月 3日 (土)

「資料館に一度も入ったことがないんですよ」-安楽寺前住職・登世岡浩治さん

「資料館に一度も入ったことがないんですよ」-安楽寺前住職・登世岡浩治さん

 

昨日、広島宗教者平和協議会が、安楽寺(広島市東区牛田本町1丁目5-29)本堂で開催した「登世岡浩治さんからお聞きする被爆体験談」の会に参加しました。

 

登世岡さん(87)のお話の最初はこうでした。「私は、本願寺別院の平和活動の中心的な役割も担ってきたのですが、自分自身の被爆体験は、断片的にしか話しかしてこなかったのですよ。話ができなかったのです。話すと怖くなるのです。資料館にも一度も入ったことがないんですよ。見れば思い出して怖くなるからです。しかし、子どもたちには行きなさいといっています。」ちょっとびっくりです。

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続いて被爆体験を語るきっかけとなった話に移りました。「1994年、平成6年の3月の終わりです。被爆49周年ですが、仏教では50回忌です。初めてタイのバンコクで原爆体験を話しました。日タイ友好協会の平和シンポジウムに参加した時、どうしても話してくれと繰り返し頼まれて、ようやく原稿に書いてみました。」「200人ぐらいの人がいるところで、被爆体験と平和の願いを話しました。」「終わると20から30人くらいの人が集まってきて、次々と質問が出てきました。」

 

この体験がきっかけとなって登世岡さんは、日本でも話そうと思われてということです。

国内で被爆体験を話された最初は、近くの小学校の子どもたちでした。

 

「その4年後に、牛田小学校の先生から『被爆の話を子どもたちにしてほしい』と依頼をされて平成10年(1998年)6月、3年生の子どもたちがお寺に来てくれて、話をしました。毎年続いています。今は早稲田小学校でも話しています。今年は、192名にも増えたものですから、本堂の床が抜けてもならないと、小学校の体育館で話すことになっています。」

いよいよ被爆体験です。

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「72年前。私は中学校4年生、15歳でした。被爆地は、江波の軍需工場です。学徒動員で働いていました。製缶工場で鉄板のガス切断や溶接の作業をしている時でした。」当時の模様が続きます。「お日さんが出るときの何倍もの明るさ。窓から飛び出して広島の中心部を見ると、白い雲が立ち上り、ピンク色の雲が上がってと思ったら、今度は黒い雲が上がった。」実に鮮明なお話です。「工場から逃げようとした時であった『顔は焼け、服はボロボロ手を挙げて歩いてくる人たち』。幽霊とはこんなものかと思った」

 

「さらに逃げる途中で黒い雨にあった。一旦古江のおばさんの家に行ったが、家が気になるので帰ることにした。線路伝いに歩きながら、白島の工兵橋で見た黒焦げの死体。焼けてしまった牛田の街の姿。何とか庫裏が残った家にたどり着いたが、小網町の建物疎開に行っていた中1の弟の純治さんは帰っていなかった。」

 

さらに話は続きます。「ずぶ濡れの服のままお母さんと二人で、白島線をたどりながら京口門付近まで弟さんを探しに行った。『水を下さい、水をください』という女学生に出会ったが、何もできなかった。京口門から先には行けず、弟さんを見つけることもできず、家に帰ってきた。」

Photo_3                             被爆後の安楽寺 中心から左側に本堂の骨組みや銀杏が映っている

ようやく弟さんと出会うことができたのは「工兵橋たもとの田所さんから連絡が入り、ようやく純治を見つける。顔がむくれ上がってみてもわからないほどやけどを負っていたが、ベルトのバックルを見て確信した。夕方担架に載せて寺まで連れ帰った。」

そして弟さんとの悲しい別れ。「なくなる2日前には、枕元で両親と2番目の姉と一緒にお経を唱えた。純治さんも一緒に口を動かしていたが、途中で止まり、4人に『ありがとう』の言葉を最後に、意識は途絶え、12日昼過ぎに亡くなった。庫裏の天井をはがし、棺桶を作り、近くの公園で火葬した。弟を火葬にする。これほどむごいことはない。」

 

最後に「核兵絶ということを真剣に考えて欲しい。」と呼びかけて約1時間半余りの被爆体験が終わりました。

改めて、被爆者一人ひとりに重い体験があるのだということを実感させられました。

 

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ここ安楽寺は、爆心地から2キロ余りありますが、本堂は骨組みだけを残して全壊しました。その後その残った木を使って本堂は、再建されたそうです。

 

安楽寺に近づくと、門の屋根を突き破る形で上に伸びた被爆銀杏の巨樹が元気に葉を茂らせています。この銀杏のおかげで、お寺から北側は、延焼を免れたともいわれています。安楽寺の前の小路には、「いちょう小経」の名がつけられています。

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少し早めについた私は、本堂裏に広がっている墓地に入ってみました。私が目にしただけでも、いくつものお墓に「昭和20年8月6日」の文字が刻まれていました。中には「原爆死」という言葉も。

 

6月15日からニューヨークの国連では、2回目の「核兵器禁止条約交渉会議」が始まります。語りたくない被爆体験を語る被爆者の思いが、この交渉会議の参加者に伝わることを強く望まずにはいられません。

 

そして、今度こそ「核兵器廃絶への道」を確かなものにしなければなりません。それは広島にいる私たちの役割だと改めて決意した一日でした。

 

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2017年6月 2日 (金)

5月31日は世界禁煙デー ――5月31日から6月6日までは禁煙週間です――

 

531日は世界禁煙デー

――531日から66日までは禁煙週間です――

 

2020年を目標年に、国際オリンピック委員会や世界保健機構(WHO) は、日本政府に国の主導で「屋内全面禁煙」を実施するよう勧告しています。それに対して、厚生労働省は「喫煙室」を設ければ「分煙」を認めるという立場を取り、自民党内の喫煙支持派は、飲食店などの判断を尊重する立場のようです。つまり、どちらも屋内全面禁煙には反対ということです。

 

しかし、塩崎泰久大臣は、自民党の強硬派に対して26日、閣議後の記者会見で「建物内の原則禁煙という前提を譲るのは、なかなか難しい」と強調するなど、それなりに頑張っています。「原則禁煙」の「原則」が曲者ですが、恐らく厚生労働省官僚たちの言いなりになれば、そのまま自民党案を飲むことにもなり兼ねないような気がしますので、そんな環境下、大臣が頑張っていると考えるのは、贔屓目に過ぎているでしょうか。

 

でも、これまでの厚労省が喫煙問題に如何に後ろ向きだったのかの歴史を振り返ると、こう考えたくなる気持もお分り頂けるように思います。そのために、毎年WHOが世界禁煙デーに発表する煙草についてのスローガンと、厚労省が禁煙週間に発表するテーマとを比較してみましょう。世界禁煙デーのスローガンは英語ですが、その下のカッコの中の訳は、2017年と2016年は日本禁煙学会によるもの、2015年以前は厚労省によるものです。

 

2017 Tobacco – a threat to development

              (たばこは成長の妨害者)

2016 Get ready for plain packaging

             (プレーン・バケッジを目指そう)

 

2017年の標語は、いわゆる先進国では禁煙が進んでいるために、たばこ産業は開発途上国を新たな市場として煙草を売り込んでいる状況に対する言葉です。2016年のスローガンは、たばこの箱には健康被害を正確に伝える表現以外のどんなメッセージも使ってはいけない、もちろん色も使わないプレーンなものにすることで、たばこを魅力的なものであるというメッセージを伝えないようにしましょう、という呼び掛けです。

 

この2年とも、厚労省は次のスローガンを採用しています。

 

              2020年、受動喫煙のない社会を目指して~たばこの煙から子ども達をまもろう~

 

                     

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オリンピックを念頭に置くと理解できなくはないのですが、2015年より前の対比とも関連付けると、別の意図も見えてきます。そしてこの標語は、恐らく2020年まで変えない積りなのだと思いますが、「目指して」は「実現します」ではなくあくまで目指せばそれで良いのですから、強い決意は伝わってきません。「屋内全面禁煙」にならなくても、約束違反にはならないのです。

 

2015 Stop illicit trade of tobacco products

 (たばこ製品の不正な取引をなくそう)

 

[日本政府] 2020年、スモークフリーの国を目指して ~東京オリンピック・パラリンピックへ向けて~

 

日本社会ではあまり知られていませんが、世界的に売られているたばこの1割は不正な取引によるものだと推計されています。税を払わない分だけ安くなること、法律には従わないパケッジなので健康上の問題が表記されていないなどの弊害があります。

 

2014 Raise taxes on tobacco

 (たばこ税の引き上げを!)

 

[日本政府]  オールジャパンで、たばこの煙のない社会を

 

この辺りから、日本政府の本音が見えてきます。元々は、国有の会社なのですから、税を上げるのは簡単なはずですし、その効果についても十分分っている日本政府が音頭を取って税の引き上げをするのは簡単なことです。でも、「目指して」という緩やかな形さえ取らずに「無視」です。

 

2013 Ban tobacco advertising, promotion and sponsorship

 (たばこの広告、販売促進、スポンサーシップを禁止しよう)

 

[日本政府]  たばこによる健康影響を正しく理解しよう

 

確かに、広告や販売促進、スポンサーシップを禁止する目的の一つは健康被害の正確な理解ですが、具体的に何をすれば良いのかを提案しているのがWHOのメッセージです。それを薄めて、これまた日本政府がその気になれば明日からでもできる提案を抽象的なお題目に摩り替えています。

 

2012 Stop Tobacco industry interference

 (たばこ産業の干渉を阻止しよう)

 

[日本政府]  命を守る政策を!

 

『たばこ産業の干渉』とは、WHOが発行したパンフレットです。この中で、WHOは世界のたばこ産業が、たばこについての規制をさせないように、様々な形で干渉していることを報告しています。そのような干渉を止めさせようという呼び掛けです。「干渉」とは次のような行為を指しています。

 政治的あるいは立法についてのプロセスを乗っ取ろうと企んでいる。

 たばこ産業の経済的な重要性を誇張している。

 たばこに正統性があるかのように装うための世論操作をしている。

 やらせの団体等を使って、たばこ支持派がいると見せかけている。

 確立された科学的事実の信頼を損なうようなことをしている。

 規制しようとする政府を訴訟によって、あるいは訴訟を起こすと脅すことで圧力を掛けている。

 

これまた、日本政府がその気になれば、かなりの改善がすぐにできることなのですが、この年の禁煙週間で厚労省は「平成24年度においては、喫煙及び受動喫煙による健康被害等についての普及啓発に加え、今年度の世界禁煙デーのテーマである「たばこ産業の干渉を阻止しよう」についても、普及啓発を積極的に行うものである」と述べ、その年に開いたシンポジウムで取り上げられたテーマは、たばこ産業の干渉には触れていません。

「政府における主なたばこ対策」

「次期健康日本21と受動喫煙対策(仮)」

「命を守る政策を!(仮)」

「パネルディスカッション「受動喫煙からみんなの命を守るために(仮)」

 

簡単に比較が終り、納得して貰えると思っていたのですが、結構長くなってしまいました。実は、これ以前にはもっと酷い乖離があるのですが、それは次回に回します。


そしてもう一つ大切なのは、この傾向を逆の方向から見ると、つまり、昔は酷かったけれど今はそれほどでもない、と読むと、厚労省のたばこに対する施策や考え方が少しは改善されている、ということにもなるのです。そして塩崎大臣はその傾向を加速化させ、真面目にたばこ対策に取り組もうとしているように私には見えるのですが、それは私が贔屓目に見過ぎているからなのでしょうか。そのどちらであっても、大臣にはもっと頑張って貰わなくてはなりません。そのために何ができるのかも考えて見たいと思います。

  

 

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コメント

日本は食べるものに関する規制は厳しいが、大気汚染に関しては甘いと言われています。私は喘息なので気象庁が出しているPM2.5などの予測データを見て暮らしていますが、花粉や黄砂の情報は広報しても、より命に関わるPM2.5については非常に消極的な公開に留まっているように感じます。

福島の原発事故後は放射線についてもそうですが、食中毒などに比べ「直ちに影響のない」大気汚染については規制も緩い上に、情報も十分ではなく、かかりつけの呼吸器科の医師も、いつも憤っています。

日本の大気汚染は世界でも上位であり、WHOの調査でも、日本で大気汚染のために死亡する人の数は交通事故死の5倍以上で年間2万5千人と言われています。

肺に毒物を入れることが如何に危険なことなのか、基本的な認識=教育から必要な気がします。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

私たちは胃に入れるものについては敏感でも、肺になると鈍感だという基本的な違いを御指摘下さり、有難う御座います。なぜ日本社会がそんな価値観を持つに至ったのかも知りたいと思います。その辺も含めて、一度、ブログで論じて頂けるとさらに有り難いのですが。

2017年6月 1日 (木)

1万2,000円相当のプレゼントを差し上げます ――Windows 10のトラブル解決1回に掛かる金額です――

 

12,000円相当のプレゼントを差し上げます

――Windows 10のトラブル解決1回に掛かる金額です――

 

「放蕩息子とかけて、コンピュータと解く。心は、手が掛かれば掛かるほど可愛さが増す」と家人からは揶揄されていますが、またコンピュータ・トラブルの話です。

 

結論としては、アップルやアマゾンの電話によるカスタマー・サポートは、問題解決には至らなかった場合もありますが、無料、迅速、丁寧という特徴があります。それに対して、今回、使わざるを得なかったマイクロソフトの電話サポートの特徴は、たらい回し、儲け主義、カスタマーの問題を理解し解決して上げたいという気持が全く感じられない、とまとめられます。それは、前二者はしばらくして、「サポートには満足して貰えましたか」というアンケートが送られて来たのに対して、マイクロソフトからは何の音沙汰もないことに象徴されています。

 

           

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ではどんなトラブルでマイクロソフトの電話サポートを受けることになったのかについて、本当は最初から詳しく説明したいのですが、簡単にまとめると、Windows10を立ち上げて数分するとフリーズしてキーボードもマウスも全く反応しなくなってしまったのです。すべての機能が止まってしまいますので、当然Windowsを終了することもできなくなりました。つまり「シャットダウンしています」という画面が永遠に続くようになってしまったのです。シャットダウンするためには、最後の手段である電源ボタンを押して電源を切ることしかできません。

 

こんなに絶望的な状態になる前に、実はWindowsの「回復」機能を使っていろいろ試してみたのですが、上手く行きません。原因は恐らくAcronisというソフトをインストールしたことで、ウイルスではないことも確認済みでした。こうなるとWindowsをクリーンインストールするしか手がありません。

 

そのために、何とか下に張り付けた「設定」画面まで辿り着きました。一番上の「このPCを初期状態に戻す」の「開始」ボタンを押して、初期化をしようとしたのですが、そのプロセスの最初のステップはコンピュータのシャットダウンなのです。そこでフリーズしてしまうのですから、先に進めない、つまり初期化できないのです。

 

その段階でマイクロソフトに電話を架けました。3度たらい回しをされた上、最後には、この問題解決のサポートは有料でないとできません。有料の場合、「一回だけ有効なサポートは12000円、一年間有効なサポートは15千円です」という冷たい説明がありました。

 

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仕方がありませんので、何度か試行錯誤をしてBIOSという、Windows画の乗っかっている「土台」ともいえる部分からWindowsの初期化をすることができました。これで12千円節約できたのですが、残念ながらそのプロセスを再現して、写メした上で報告することは怖くてできません。以下、その説明のあるドスパラのURL を御紹介しますが、その中で「自動修復」画面から先に行った段階で何か起きた場合、もう一度ソフトウエアの再インストール等しなくてはならなくなる可能性があるからです。

 

ドスパラの次のサイト中、「Windows が起動できない場合に自動修復メニューから初期化を行う方法」以下がおおむね私の試みた方法です。実は万一これで上手く行かなかったときの対処方法も見付けたのですが、それは、万一私と同じ状況になった方がいらした場合、御連絡下さい。もちろん、無料です。それともう一つ大切なのは、「自動修復」を開始する手段が書かれていることです。私からのプレゼントというより、ドスパラからのプレゼントですが、これで12千円節約できるのですから有り難いことです。

 

 

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コメント

顧客サポートに関しては、長年、アップルとデルが顧客満足度の世界一を争ってきましたが、マイクロソフトの場合、どうしてもハードは他社製になり100%の責任はもてない、という不利な面もあります。

とは言え、アップルは「最後まで責任をもって解決にあたる」という姿勢が明確で、電話も以前からフリーダイヤルですが、国産メーカーなどでは03などの有料回線の上に、平気で何分も、酷い時には10分以上も保留するということがありました。

現役を退いて今の状況は知りませんが、かつては修理にかかる時間も国産メーカーだとサービスセンターが広島市内にあるにも関わらず、普通で2週間、酷い場合は2ヶ月ということもあり、それに対してアップルは東京に送るのに3日後には直って返っていました。

それ以前にトラブルも少なく手もかからない分、可愛くなかったのか、毎年のように新機種に買い換えていたものです。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。おっしゃる通り、Windowsを搭載して売っているいるパソコンメーカーがトラブルの処理をすることは合理的だと思います。そのような契約さえあるのかもしれません。でも、もしそれならそれで、もう少し親切な対応はあり得るような気がします。

負け惜しみになるかもしれませんが、結果として1万2000円節約できた気になっていますので、それで善しとすべきなのかもしれません。

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