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2017年1月30日 (月)

1.27ネバダデーと原水禁学校

1.27ネバダデーと原水禁学校

 1月27日、広島県原水禁などの呼びかけで、午後0時15分から30分間平和公園・慰霊碑前で「1.27ネバダデー」の座り込みが、70名の参加で実施されました。

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1951年1月27日、アメリカ・ネバダ核実験場を使用しての初めての核実験が実施されました。その後も繰り返された核実験によって、実験に参加した兵士だけでなく実験場の風下に住み人々にも核被害が広がりました。アメリカ・ユタ州シーダー市では、住民が「シティズンズ・コール」という被害者組織をつくり、被害者への補償を求める運動が広がりました。その「シティズンズ・コール」が、世界に反核団体などに呼びかけで始まったのが、「ネバダ核実験場閉鎖と核実験全面禁止を求める国際連帯行動」です。最初の行動は、1984年1月27日でした。広島県原水禁は、この呼びかけに応え「慰霊碑前の座り込み」を行いました。その後、毎年この日を「ネバダデー・国際共同行動日」とし、広島では座り込み行動を続けています。

 この日は、最後に「・ネバダ核実験場を閉鎖させよう!・例外なき核実験全面禁止、核兵器禁止条約を実現しよう!・世界のヒバクシャと連帯し、ヒバクシャの人権を確立しよう!」など5項目の課題を盛り込んだ「1.27ネバダ・デー ヒロシマからのアピール」を採択し、行動を終えました。このアピールは、アメリカ・トランプ大統領と日本政府安倍総理に送付しました。「私は自分にとってヒロシマを生きることがどういうことなのかも考えさせられました。」初めて座り込みに参加したある女性の感想です。

  

午後6時30分からは、原水禁学校・第4講座が開校されました。第4講座は、「世界の核被害者~核開発がもたらすもの~」をテーマに、森瀧市郎先生の次女で「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会共同代表」の森瀧春子さんに講師を務めていただきました。

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森瀧さんの講演は、直接現地に足を運び、目の当たりにした被害の実相を自らが映した写真を交えて報告されました。その一つが、「核開発の入り口―インドのウラン鉱山」で起きている核被害の実態でした。「インドとの関りは、インド・パキスタンが核開発競争を競っていた1997年に初めてインドを訪問して以来、反核キャンペーンを繰り返すとともに、両国の若者たちを広島での平和学習に招くプロジェクトを実施してきました。その中で2000年インドのウラン鉱山の実態を描いたドキュメント映画『ブッダの嘆き』と出会ったことで、インド国内におけるウラン鉱山開発がもたらすすさまじい被害の実態に衝撃を受け、映画の上映会を進めるとともに2001年インド東部ジャドゥゴダ・ウラン鉱山を訪れました。」

 「そこで出会った子どもたちの小頭症、巨頭症、多指症、知的障害などに蝕まれた姿は忘れることができません。」「周辺に住む先住民には、放射能汚染よる深刻な被害をもたらしています。ウラン採掘から出る大量の放射性廃棄物が、深刻な健康被害を多発させています。2003年には、京都大学原子炉研究所の小出裕章氏の協力を得て現地調査を行った」ことを話しながら「悲惨な犠牲を先住民とその地域に強いながら、ジャドゥゴダ鉱山は、インドの核兵器や原発にウランを供給してきた。」とその核被害の実情をつぶさに報告されました。

 二つ目の報告は「イラクにおける劣化ウラン被害」です。

 「1999年、初めて劣化ウラン兵器のもたらす被害に触れた。そして2002年12月に初めてイラクの劣化ウラン弾被害を現地で確認した。さらに2003年6月から7月に再訪し、改めて現地を調査。イラク南部の中心都市バスラの産科・小児科病院を訪ねると、小児がん病棟のベットに横たわる子どもたちの多くは、白血病、悪性リンパ腫、肝臓がんなどを患い、その上先天的な身体的、知的障害を持っていた。医師たちは、『ほとんどは末期であり、助からない』と苦渋の面持ちで説明した。」 

放射性兵器である劣化ウラン弾の深刻な被害の実情が報告されました。森瀧さんは、「イラクでも金沢大学などの協力を得て、科学的な調査も実施した。」と話されました。

 さらに「現地で向き合う福島原発事故」と福島問題にも触れられました。

 森瀧さんは、まとめとして自身が中心となって2015年11月に開催した「核被害者フォーラム」で採択された「広島宣言 世界核被害者の権利憲章要綱草案」の「核時代を終わらせない限り人類はいつでも核被害者=ヒバクシャになりうることを認識して、核と人類は共存できないことを宣言する。」を紹介し、さらに森瀧市郎先生が鋭く指摘された「力の文明=核の時代 ●核開発は、国家や大企業の強き側による使用される弱き者への差別抑圧、人権無視の上になりたつ。●核文明の根底にはー権力による支配抑圧するものと 権力によって差別抑圧、無視されるものとの関係が横たわる。」ことを強調して、講演を終えられました。

 自らが現地に行き、直接体験したことを中心にした今回の森瀧さんの講座は、若い受講生も多かっただけに深い感銘を与えることとなりました。

広島県原水禁は、原水禁学校に先立ち午後5時30分から2017年度の活動方針を決める「第86回理事総会」を開催しました。

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活動方針の多くは、これまでの運動を継続し、さらに強化することを盛り込んでしますが、今年度新たに強化すべき活動として提起したことは「①「核兵器禁止条約」制定に向けて日本政府や米国への働きかけを強化します。②原水禁学校を今年度も開催します。③全国被爆二世団体連絡協議会の裁判闘争を支援します。④『福島原発被災地第2次フィールドワーク』を実施します。」などです。

1月27日、改めて「核と人類は共存できない」「核絶対否定」の原水禁運動の理念を再確認する日となりました。

  

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