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2016年9月 7日 (水)

「平均的脳」も存在しません

「平均的脳」も存在しません

 

「平均的美人」の存在は、人の命には直接関わりがありませんが、脳の研究結果はかなりのかかわりがあって当然です。

 

2002年にカリフォルニア大学で神経生理学者のマイケル・ミラー博士が記憶についての実験をしました。被験者はたくさんの単語を見せられます。休憩後にまたたくさんの単語を見せられるのですが、その中に、休憩前に見た単語があった場合、ボタンを押すという簡単な実験です。

 

前に見た単語を発見した時の脳の動きをMRIでスキャンして、脳の「活動地図」を作るということが研究の目的でした。

 

スキャンした画像を元に、その「平均的」画像を作って、それがモデルになるというのが前提だったのですが、ミラー博士は、個別の被験者の画像と「平均的」画像がどのくらい一致するのかを調べようと考え、比較をしたのですが、余りにも大きな違いのあることに驚いたようです。

 

彼の被験者の脳の活動を示す画像です。

          

Photo_4

                   

一番左が「平均」で、その右に被験者の1から3までの脳の画像です。

 

実は、脳だけではなく医学のほとんどの分野で、このような「平均」の存在しないことは、研究者にとっては当たり前の知識なのだそうです。にもかかわらず、研究の際の「標準的な」存在として「平均」が使われ続け、さまざまな理論や治療法等が作られているという事実こそ、ローズ氏が指摘し問題ありと提起していることなのです。

 

できるだけ分り易く、ローズ氏の示しているデータや彼の主張のポイントをお伝えしている積りなのですが、やはりだんだん疲れてきました。最初の思い通りに、このまま彼の言いたいことを説明し続ければ、『The End of Average』を全部訳さなくてはならないような感じになってきました。それはどなたか、もっとエネルギーに満ちた方にお任せすることにしたいと思います。

 

大切なのは、私たちの多くが「平均」を当たり前の存在として受け入れているという事実に気付くことです。さらに、私たちの多くはそれを元に、その「平均」からどのくらい離れているのかという思考パターンに陥っているという事実です。そして自分もそれに毒されているのではないのか、と考えることなのではないでしょうか。

 

そうではなくて、まず個人がいる、そしてその個人の特異性を最大限生かすためには、どんな情報が必要なのかを考えその上での一般化をする、という逆の方向性のあることを視野に入れて物事を考える、という「パラダイムの転換」が起きていることにも注目しましょう。

 

この方向性を取り入れた結果、ビジネスでも、子育てでも、医療でも大きな成果が挙がっているというのが『The End of Average』の後半の内容なのですが、時間的余裕ができた時にまた御紹介できればと思っています。

 

最後に、これと関連して、本質的には同じことを指摘しているように見える「パラダイムの転換」に触れておきたいと思います。まず「国家」があって、そのためにこそ個人個人が存在するのだという思考から、それを逆にした考え方、つまりまず個人がいて、その個人のために国家が存在するという思考への転換です。

 

時代の大きな流れをつかむことで、未来がより鮮明に見えてくるような気がしています。

 

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コメント

医療における基準値、標準値、正常値も決して単純に考えられるものではなく、集団と個人は違いますし、個人も状態によって適正値は変化するものですが、一回の検査結果の一項目の数値に拘る人も多く、よく相談も受けます。

以前、ブログでも東京電力の示した珍しい「標準家庭」について書いたことがありますが、血圧やコレステロール値なども基準値を変えるだけで業界への影響は何百億円にもなりますから、こうしたことも「標準」に影響を与えるようです。

東京電力の標準家庭はDINKS(double income no kids)?
http://hiroshima.moe-nifty.com/blog/2012/05/dinksdouble-inc.html

後半は益々興味のあるところで次の機会を待ちたいと思いますが、その前にイライザ訳の『The End of Average』は望めないものでしょうか。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

おっしゃるように、お金から解放され、さらに権力や名誉等からも解放されると、もっと良い合理的な世の中になるのだろうと思います。何だか仏教的になってきましたが--。

訳者はエネルギーのある若い人にお願いするとして、『The End of Average』の和訳を出版してくれるところがないか、知り合いに当ってみます。

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医療における基準値、標準値、正常値も決して単純に考えられるものではなく、集団と個人は違いますし、個人も状態によって適正値は変化するものですが、一回の検査結果の一項目の数値に拘る人も多く、よく相談も受けます。

以前、ブログでも東京電力の示した珍しい「標準家庭」について書いたことがありますが、血圧やコレステロール値なども基準値を変えるだけで業界への影響は何百億円にもなりますから、こうしたことも「標準」に影響を与えるようです。

東京電力の標準家庭はDINKS(double income no kids)?
http://hiroshima.moe-nifty.com/blog/2012/05/dinksdouble-inc.html

後半は益々興味のあるところで次の機会を待ちたいと思いますが、その前にイライザ訳の『The End of Average』は望めないものでしょうか。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

おっしゃるように、お金から解放され、さらに権力や名誉等からも解放されると、もっと良い合理的な世の中になるのだろうと思います。何だか仏教的になってきましたが--。

訳者はエネルギーのある若い人にお願いするとして、『The End of Average』の和訳を出版してくれるところがないか、知り合いに当ってみます。

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