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2016年8月

2016年8月31日 (水)

8月のブルーベリー農園2 野の花や生き物たち

8月のブルーベリー農園2 野の花や生き物たち



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ツユクサがブルーベリーの木に寄り添って上に伸び花を咲かす。ブルーベリーの実は盛夏、人々が摘み取った後に少ししがみついている。(828日)

 

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               ノコンギク(828日)

 

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               ゲンノショウコ(816日)

 

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                ニラの花(828日)

 

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草を刈り、その場に集めて焼く。(828日)

 

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庭の池で。糸トンボの仲間のモノサシトンボ(816日)

 

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同じ庭の池で。カエルを狙ってじぃーっと動かないシマヘビ(816日)

 

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ブルーベリーを入れるコンテナにしがみつくカマキリ(821日)

 

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ブルーベリーの摘み取りのピークはもう過ぎて、少人数で摘み取り作業の合間に取れたてのブルーベリーでジュースをつくり談笑。(828日)

 

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ブルーベリー園の向こうの稲田は一部でもう刈り取りが始まった。(828日)

 

 

830日 

 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

 

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2016年8月30日 (火)

韓国の大学生と訪れた高暮ダム その2

韓国の大学生と訪れた高暮ダム その2

 

高暮ダム建設の歴史が明るみに出るきっかけとなったのは、1975年8月に朝鮮人被爆者協議会李実根会長から中国放送(RCC)三次通信部の山本喜介さんにかかった電話のようです。

 

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三次の北、双三郡君田村へ、戦争中の朝鮮人労働者の強制連行・強制労働問題で調査に入りたいので、案内してほしい。できれば、誰か地元の人を紹介してほしい。」と。その調査がきっかけとなって、三次市内のジャーナリストや学校の教員、主婦などによって「県北の現代史を調べる会」が結成され、具体的な調査活動が始まり、当時の状況が、明らかとなったのです。昨日このブログで紹介した四車ユキコさんもそのメンバーの一員です。その貴重な調査結果は、1989年に発刊された「戦時下広島県高暮ダムおける朝鮮人強制労働の記録」という冊子となってまとめられています。

 

私も随分前に、この冊子を購入していたのですが、じっくりと読んだのは、今回が初めてです。

 

詳しいことを述べることはできませんが、高暮ダム工事現場には、家族を含めた労働者の総数は、5千人から7千人いたと言われ、そのうち朝鮮半島から連行された労働者の総数は、およそ2千人(推定)とみられています。まさに推定でしか、その人数を知ることはできないのが、当時の実態です。そして危険で厳しい差別の作業環境の中で、働かされ続けたのです。

 

高暮ダム堰堤横に建立された碑には、「高暮ダム朝鮮人犠牲者追悼碑」と刻まれていますが、もちろんそこには、犠牲者の名前も刻まれていません。本当に何人の朝鮮人がこの地で無念の死を遂げたのかも明らかになっていないのです。

 

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しかし、「県北の現代史を調べる会」の人たちを中心にした地道な調査活動によって、当時の実態が明らかにされるとともに、地元の高野町や君田町の町村長たちが呼びかけ人となって、追悼碑が完成したのです。四車さんによれば「碑は、韓国の石で作られ、朝鮮半島の方に向けて」建立されています。そしてこの追悼碑の前で、毎年平和の祭典「高暮平和の集い」が開催されています。

 

特に、今回の訪問でも感じたことですが、地元高暮地区の人たちが、「こうした歴史が再び繰り返されないためにも『高暮ダムの歴史』を学ばなければならない」と努力されていることです。そして「高暮地区でなければできない『人権・平和の学習』をつくりあげる」ため、2001年7月には手作りで「強制連行と高暮ダム」という冊子まで作っておられます。その思いが、毎年の「高暮平和の集い」となって結実していると感じました。冊子の「発刊に当たって」にも記載されていますが、「地元として『触れたくない』という気持ちがあるのも事実ですが」との思いを乗り越えて、こうした活動が地道に、しかししっかりと続けられていることを改めて学ばされた今回の高暮ダム訪問でした。

 

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全国各地で、中国人や朝鮮人の強制連行・強制労働の実態が明らかとなったのは、すべてこうした民間の人たちの努力によってです。国策によって進められた「強制連行・強制労働」の調査は本来国が責任をもって行うべきことです。「過ちを繰り返さない」ためにも、過去ときちんと向き合わなければなりません。

 

私たちが高暮ダムを訪れた前々日(25日)、韓国のソウル中央地裁が、三菱重工広島機械製作所で徴用労働された韓国人14人に対し、三菱重工に損害賠償の支払いを命ずる判決が言い渡されています。戦時町の強制連行・強制労働問題は終わっていないということです。

 

最後の触れておきたいことは、庄原市・庄原教育委員会が行政の責任として地元「高暮自治振興区」と共同して「高暮ダムの歴史を語り継ぐ」を発行していることです。そこには過去の歴史だけでなく「高暮平和の集い」についても、きちんとまとめられていることが印象的です。

 

 

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2016年8月29日 (月)

韓国の大学生と訪れた高暮ダム その1

韓国の大学生と訪れた高暮ダム その1

 

先週、「ホログラム日本フィールドワークチーム」として広島を訪れた韓国の大学生8人が、フィールドワークの一つとして「強制連行された朝鮮人」約2000人が、建設に従事させられた高暮ダム学習を実施しました。受け入れ側の日本の代表者として活躍された吉川徹忍さんの誘いを受けて、私も高暮ダム訪問に同行しました。近くから見る高暮ダムは、予想以上に大きなダムでした。

 

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かねてから「一度は」と思い続けていた庄原市高野町の高暮ダムを今回初めて訪ねることができました。高暮ダムでは、後で訪れた宿泊研修施設「ふるさと高暮」(旧高暮小学校跡を利用)の開設を機に1999年以来、毎年高暮自治振興区の人たちが、朝鮮総連の人たちともに「高暮平和の集い」が開催されています。いつかはこの「集い」に参加をと思い続けていたのですが、実現しないまま、この日になってしまいました。今年の「平和の集い」は、9月11日に実施されます。

8月25日朝8時過ぎに広島を発った一行は三次市で、この問題にずっと取り組んでこられた元中学校教員四車ユキコさんと合流し、道すがら何度も車を止め、四車さんから当時の状況を聞きながら、高暮ダムをめざしました。高暮ダムでは、田中五郎さんと草谷末廣さんのお二人の出迎えを受けました。早速準備した追悼のための用具が、高暮ダム堰堤横に1995年に建立された「朝鮮人犠牲者追悼碑」前に準備され、朝鮮半島式の先祖を敬う儀式が行われました。

 

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私も参加者の一人として、四車さんに準備していただいた韓国の国の花といわれる無窮花(ムクゲ:木槿)献花しました。

 

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出迎えていただいた田中さんは、現在庄原市議会議員ですが、「追悼碑」建設当時、高野町長をされており、碑建立のために絶大な協力をされました。田中さんは、「碑の建っている場所は、もともと中国電力の土地であり、なかなか協力を得られなかったのですが、中国電力から『町に寄付』という話があり、町が寄付を受けることで、ようやく実現させることができました」と当時の模様を話されました。田中さんの話を聞きながら思い出したのが、安芸太田町安野にある中国電力安野発電所の敷地内に建立された「安野中国人受難の碑」のことです。この碑は、2010年10月23日に除幕式が行われましたが、建立に至る経過(安野は、裁判を経た)が大きく違うとはいえ、中国電力の対応も随分と変わった(良い方向に)ものだ思いました。草谷さんは、高暮ダム建設で自分の家が立ち退きを強制され、湖底に沈んだしまった体験を持ち、「高暮ダムの証言者」として今も活動を進められています。当時強制的に工事が進んだ様子を説明されました。

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「追悼碑」の裏面には、碑建立に協力された方々の名前が刻まれていました。その協力者の名前の中に、「全国被爆教職員の会会長 石田明」を見つけることができました。在りし日の石田先生の姿が、目に浮かんできました。他にも私の知った団体名が、たくさん刻み込まれていました。

 

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場所を「ふるさと高暮」に移した一行は、そこで改めて四車さん、田中さん、草谷さんから、当時の状況の聞き取りを行いました。四車さんからは、自ら手作りした「紙芝居」によって詳しく語っていただきました。

熱心な高暮ダム学習となり、広島に帰り着いたのは午後7時でした。

参加者の声です。

「このようなところで、強制連行が行われ差別があり被害者を生み、亡くなった人たちが会って残念だ。自分たちはこのような事実を初めてわかって、申し訳ないと思う。(涙) 地域の 人たちの中には、朝鮮人の脱走を手助けした人もいる。」

「被害者がこれほどあったことに胸が痛む。(追悼碑に来てみたら)花瓶に花があったのが、心に残った。(犠牲者が)寂しくないように、地域や先生(田中・草谷さん)たちが、守っていることに感動した。」

韓国の大学生にとっても有意義な一日であったようです。

韓国の大学生は、翌日平和公園を訪れ、資料館見学、碑めぐり、在日韓国人被爆者・朴南珠(パク・ナムジュ)さんからの被爆体験聞き取り、日本の若者との交流など、ヒロシマ原爆学習を精力的に取り組み、27日に帰国しました。

高暮ダムの歴史や「追悼碑」建設などについて、明日もう少し詳しく報告します。

 

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2016年8月28日 (日)

三朝温泉


 

三朝温泉

 

 

あまり趣味のない人生を送ってきましたし、これを趣味と言って良いのかどうかもわかりませんが、温泉が好きです。

 

私の個人的な偏見だけでの評価ですが、鳥取県の三朝温泉は素晴らしいと思います。泉質をどう表現して良いのか分りませんが、家族全員のお気に入りです。その上、運動不足のせいで悩まされていた腰痛が治りました。もっとも、これはプラシーボ効果の可能性もあります。

 

 

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その他にも好きな温泉がありますので、また報告させて下さい。

 

 

 

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コメント

数年前に三朝温泉に行きましたが、源泉温度の高い・・・熱っつい温泉だった記憶があります。
http://zeek-weblog.seesaa.net/article/378979074.html

先週、玉造温泉に立ち寄ったのですが
http://zeek-weblog.seesaa.net/article/441381183.html
そこの旅館でマッサージを受けた際に聞いた話。
三朝温泉は、いわゆるラジウム温泉で、放射線量が高いこともあり、湯治としては効果がある温泉だって聞きました。
ですから・・・プラシーボ効果ではないかもしれませんよ

三朝温泉こそ放射線ホルミシス効果=低線量の放射線は健康に良い、を最も体感できる温泉の代表でしょう。
放射線ホルミシスを利用した治療は世界中で行われており、放射線の健康への悪影響でしきい値がないという仮説は専門家の間では崩れているのです。

「司馬」様

コメント有り難う御座いました。玉造温泉も行ったことがありますが、良かったです。

三朝温泉は、源泉温度が高く、それは気に入りました。それと、お湯の加減がとても良くて、長時間浸かっていられたことも大きいのではないかと思っています。プラシーボ効果だったとしてもそうではなかったとしても、効果があったことは事実ですので、また次回を楽しみにしています。

「工場長」さんも、三朝温泉についてコメントを書かれていました。http://hiroshima.moe-nifty.com/blog/2012/11/post-c258.html

「ノドン」様

コメント有り難う御座いました。

私には低線量の放射線を体感できる能力がありませんので、ホルミシス効果の有無を、今の時点で「体感」からは判断できません。

また先月、閾値についての専門家と一緒に仕事をしていたのですが、彼女の意見は、正反対でした。

また、この点については「工場長」さんが「ガンは既に50人」(http://hiroshima.moe-nifty.com/blog/2013/03/post-0fec.html )のコメントの中で、言及されていますので、再度、「工場長」さんに御登場いただければと思っています。

若い頃は湯船にゆっくり浸かることすらありませんでしたが、歳を重ねるごとに、温泉の良さも分かるようになりました。

掘削技術の進歩で、元宇品にも温泉があるくらい、日本全国殆どの場所で温泉が出るようになりましたが、やはり温泉の効果は自然環境や宿のホスピタリティなど総合的なものだと思います。

近くでは湯来温泉や宮浜温泉から、三朝温泉、玉造温泉、湯田温泉などの有名どころ、美又温泉のような小さな温泉街も沢山ありますが、温泉好きの知人は西日本のイチオシとして俵山温泉をあげていました。

放射線ホルミシス効果については、既に紹介頂いているリンクに加え、以下でもラッキーさんのコメントに対する返信や、やんじさんをはじめとする皆さんの書き込みなどが参考になると思います。

原爆と原発の大きな違い
http://hiroshima.moe-nifty.com/blog/2012/08/post-7a3e.html

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。この記事を見付けられなかったので助かります。再度読み返して、とても勉強になりました。

2016年8月27日 (土)

花おくら日記

花おくら日記

 

「花おくら」という花を生まれて初めて食べたのは、昨年の夏でした。月に一度開催している地域サロンの参加者の方からいただきました。そうめんや、サラダと一緒に食べます。60数年?生きてきてもまだまだ、「初体験」が世の中にはたくさんあることに感動して食べました。

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この春、その方が苗を下さって、夫が植え替え、肥料をやってわたしは、せっせと水やりをしていました。8月4日、初めて一輪、大輪の花が咲きました。

 ここで発見❣毎年咲かせている夕顔のように、一日で花の命が終わるのです。

 

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以後、一輪から二輪。そして、三輪四輪・・・。なんと、今朝は六輪も咲きました。

 

毎朝、咲いてくれる花おくらは、あまりの花の美しさに、感動も一緒に近所の方や知り合いにおすそ分けしました。

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暑さが厳しいこの夏も、つくつくほおしと一緒に秋が忍びよってきています。

 

広島県原水禁常任理事 中尾やすみ

 

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2016年8月26日 (金)

亀仙人の「何でも鑑定団」デビュー   次は「亀仙人サミット」


亀仙人の「何でも鑑定団」デビュー

次は「亀仙人サミット」

 

日本最高齢のコスプレーヤー、いやことによると世界最高齢かもしれませんが、我らが「亀仙人」「Master Roshi」「ピクシス司令官」が「何でも鑑定団」デビューしていました。

              

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 存知のように、「何でも鑑定団」はテレビ東京の人気番組です。広島ではTSSがひと月くらい遅れて放映しているようです。私は731日放映の番組を録画してあったものを数日前に見ました。広島を世界にアピールするためにも大きな貢献をしているのですから、もう少し話題になっても良いのではと思っています。事に依ったら、「知らぬは私だけ」だったのかもしれませんが、とにかく紹介させて頂きます。

  

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番組では本名の「河口知明」で紹介されていましたので、ここでも本名を明かして良いのだと思いますが、Tシャツのプリント販売をしているアート・ディレクトの会長、そして熱心なコスプレ―ヤーとして紹介されていました。年齢も実年齢が出ていましたが、高齢者です。テレビ映りから判断すると、5歳から10歳は若く見えました。カッコ良かったです。

 

お宝は、明治時代の巨匠――と言ってもこの番組で初めて聞いた画家ですが――二代目、五姓田芳柳 (ごせだほうりゅう) 作の昭憲皇太后(明治天皇の皇后)像です。御本人の評価額は200万円。そして「何でも鑑定団」の鑑定結果は、何と350万円でした。

 

こんなに価値のある肖像画ですから、その後どうなったのか気になるのは、俗物根性丸出しですが、明治神宮に奉納されたとのこと。亀仙人らしい爽やかな結論でした。

 

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そして次の予定は「世界亀仙人サミット」だそうです。何か手伝えることがあったら良いのですが、亀仙人、声を掛けて下さい。

 

 

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2016年8月25日 (木)

「平和を共有するための朝鮮半島フォーラム」の報告 その3 南北統一と核兵器

「平和を共有するための朝鮮半島フォーラム」の報告 その3

南北統一と核兵器

 

二日目の820日には三つのセッションに加えて夕食前の講演があり、全部で四つの「分科会」があったという感じでした。

 

第一セッションでは「国際平和実現のためのカトリック教の役割」というテーマでしたが、ベルグラードとサラエボ等バルカン半島から参加した司教、大司教、枢機卿というタイトルを持つ、カトリックの世界では高い地位にいる人たちが、紛争の現場で体験した生々しい報告をしてくれました。マスコミの報道とは違う切実さと戦争の犠牲者にされてしまった庶民の苦しみが伝わってきましたし、紛争地で宗教の果たせる役割が、普通「宗教」という言葉が包含する以上に大きいことも実感できました。

                  

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 戦争ですから、死者が出ることは予想できますが、生き残った人たちの毎日の生活が成り立つよう、破壊された教会を中心に、信者かどうかを基準にするのではなく助けられる人には誰にでも手を差し伸べたこと、そのために、聖職者たちが水・食料・着るもの、そして医療も確保し、心のケアも熱心に行っていたこと等、必要不可欠な活動を地道に諦めずに行ったことが謙虚に報告されました。

 

紛争解決のための介入さえも、結局は弱者の「正義」を守ることにならず、今でも戦争犯罪人が権力を握っているケースも多いこと、外国が関与することで、こうした不正義や人権の蹂躙が解決には向かわず、弱い者いじめに拍車が掛かってしまったこと等、多くの指摘が行われました。今回の講演を機に、バルカン情勢について改めて勉強し直した上で、より具体的な理解をして行きたいと思っています。

 

第二セッションでは、「紛争を解決し平和を構築するための国際社会の努力」が取り上げられました。ここで印象的だったのは、韓国の神学校の教授と、イギリスの紛争調停の専門家の二人から、同じような発言のあったことです。私も日頃からこの点を強調してきた積りなのですが、国際会議で二人の発言者が共に、「戦後の世界は平和になってきている」ことをデータを示して指摘してくれたのです。私の持っていないデータもありましたので、今後、使わせて貰うことを前提にデータを借りることができました。

 

第三セッションは、「朝鮮半島の平和について、現実の診断と実現のための処方箋」というテーマでした。中国とアメリカから、政府の代表ではないのですが、専門家がそれぞれ一人ずつ参加していました。やはり大国になると、自然と自国の弁護になってしまうのかな、ということに気付いて、自由に考えることの難しさと同時に大切さも再認識できました。

 

そのほかに気付いたことを三つ挙げておきたいと思います。一つは、南北問題を解決するに当って、仮に時間が掛かっても対話と交渉、信頼創りといった道しか選択すべきではない、という点を全員が強調していたことです。

 

二つ目は、パネリストの一人の提案で、虚を突かれた思いがしたのですが、それは、南北問題の解決のための一つの方法として、韓国が中国から「積極的安全保障」という約束を取り付ける、というものです。つまり、韓国がどこかから核攻撃をされた場合、中国が核で報復をするという約束です。

 

核抑止論を捨てずに議論するとこんなアイデアも出てくるという風に解釈しても良いのかもしれませんが、突飛なアイデアから、現状を打破する可能性も生まれるかもしれないという意味では、評価できるのかもしれません。そしてこれは、もう一つの提案と合わせて考えると、前向きに捉えた方が良いようにも思いました。

 

それは、アメリカと北朝鮮の関係改善のために一番有効なのは、ピョンヤンにアメリカ大使館を置くこと、という提案です。これなら直ぐできそうですし、オバマ政権の置き土産として実現して貰えると、素晴らしいと思います。

 

三つめは、北の核についてかなり突っ込んだそして熱の入ったやり取りになったのですが、その中でのキープレーヤーとして挙がったのは、南北は勿論ですが、中国とアメリカ、そしてちょっぴりロシアが出てきました。日本に触れた人は誰もいませんでした。外務省のお役人や、事大主義の政治家ならここで、「日本も核を持っていれば、こんなに無礼な扱いを受けなくても良いのに」と考えるところなのでしょう。

 

最後に、私は「ヒロシマの心を世界に」 でも取り上げた、オバマ大統領のプラ

ハ演説そして広島訪問の結果、アメリカ社会の「原爆投下は正しかった」と考えている人が劇的に減ったことと、「核の先制不使用宣言」 そしてそれが実現す

れば、もう一つの目標である「北東アジアの非核地帯条約」につながるという話をしたのですが、モデレーターからは「トルーマン大統領が言った『原爆投下は正しかった』は間違っていたのか」という質問があり、また、会場の雰囲気として「原爆投下が正しかった」には違和感を持たない人の方が多いことも感じました。

 

アメリカの世論が変わる中、韓国の世論、そして韓国やアジアについての日本人の偏見や差別感等の既成概念について、オバマ大統領の広島訪問を一つのモデルとして、市民レベルでの取り組みができないものか、新たな宿題を貰った会議になりました。

 

 

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2016年8月24日 (水)

「平和を共有するための朝鮮半島フォーラム」の報告 その1 ヨルダン川

「平和を共有するための朝鮮半島フォーラム」の報告 その1

ヨルダン川

 

「平和を共有するための朝鮮半島フォーラム」は、ソウル大司教区と平和共有研究所の共催で、819日の夕方から20日の一日半、ソウルのカトリック大学を会場として開かれました。ディナーの前の講演も含めて、全部で20人のスピーカーとコーオーディネーターが参加しました。カトリックの関係者やマスコミも含めて約300人が、熱心に講演を聞き、朝鮮半島の平和を実現するために祈り、考える一日半でした。

 

この会議のタイトルを日本語に訳す上で、「朝鮮半島」は後ろに持って来ましたが、英語のタイトルは「2016 Korean Peninsula Peace-sharing Forum」ですので、ここでの「平和」は特に朝鮮半島での平和に重きが置かれています。

              

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会議の様子


しかし、今回の参加者の中には世界各地での紛争や悲劇を直接経験した人も多く、特に、中東とバルカン半島からの報告は、日常的には私たちがあまり触れることのない大切な教訓を含んでいました。詳細は、英語版だけで120ページもある予稿集がありますし、この会議の総括のためのホームページも作られると思いますので、簡単に私の印象をまとめておきたいと思います。


中東を拠点として活動している環境団体「エコ・ピース」の代表からは、汚染され死につつあったヨルダン川をエジプト、イスラエル、ヨルダン、パレスチナの市民からなるNGOが生き返らせた報告がありました。中でも心強かったのは、ヨルダン川に面する都市の市長たちが、各国の協力体制を作る上で重要な役割を果したことです。さらに市民参加を促進しまた異なった都市同士の対話を可能にしていたことからも、環境問題に協力して取り組むこと、そして住民の視線で仕事をする都市が平和創りの大切な要素であることが強調されました。

 

これを、朝鮮半島に当てはめられないかという期待があります。南と北の間の非武装地帯はしばしば「38度線」と表現されるため、ベルリンの壁と同じ「線」のような存在だと考えられ勝ちなのですが、実は、幅が4キロほどあります。1953年の休戦以来63年間、誰も入ることができなかった地域ですので、人間の手が加えられていない自然の状態のまま保たれています。多様な生物の棲息地としてこの自然を守り、東西約250キロの内の一部を「環境・平和公園」にできないかという提案もされています。その視点からは、「エコ・ピース」の活動が一つのモデルとして貴重なのです。

 

しかし、「エコ・ピース」の活動にもかかわらず死海の水位は減り続けています。その対策として世界銀行の支援の下、紅海から運河を掘って死海につなぐ計画が進められています。巨額の投資が行われるため注目されていますが、環境派の人たちからは、このような運河は、死海を本当に殺してしまうだけでなく、この地域の水事情を根本的かつ非可逆的に変えてしまい、自殺行為だという批判も出ています。

 

 

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海水の塩分はほとんど塩化ナトリウムですが、死海の水には海水より濃度の高い塩化マグネシウムが含まれていて、その違いによって死海そのものが影響を受けさらにはそれにつながっている地下水脈への影響も十分には理解されていないとのことです。

 

ヨルダン川は息を吹き返しましたが、それでもう何もしなくても良いのではなく、ヨルダン川周辺地域の自然環境を全体として再生させなくては問題の解決にはならない、さらには気候変動の影響も含めた解決策こそ、未来のためには必要だということです。

 

 

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2016年8月23日 (火)

子どもの貧困

子どもの貧困

 

 

NHKが放映した子どもの貧困についての番組が、実はねつ造、あるいはやらせではないかという疑惑がTwitter等で流され、片山さつき参議院議員まで登場して話題になっているようです。

 

「平和を共有するための朝鮮半島フォーラム」の報告に時間が掛かっていますので、今回は子供の貧困について、首都大学東京の「子ども・若者貧困センター」が作っている「貧困統計ホームページ」 のデータを引用して、何点かの問題提起をしておきたいと思います。

 

 私の下手な説明を付け加えるまでもなく、「貧困統計ホームページ」を見て頂ければそれで十分なのですが、そのためのPRとしてお読み頂ければ幸いです。

 

ネットでの批判は、NHKの番組に出演した高校3年生の「うらら」さんが、1000円以上するランチを食べていた等の (事実かどうかは分らない) 情報を元に、彼女が番組で「嘘をついた」そして「NHKのねつ造番組だ」という点が取り上げられています。

 

この点についてはNHKの方からきちんとした回答が片山議員に届くと思いますので、それを読んでから再度考えたいと思いますが、でも、仮に「ねつ造」だったとしても、子どもたちの6人に一人が貧困だという事実は変わりません。

 

今回はNHKの肩を持って考えたいのですが、そもそもNHKの担当者がこの番組を作ったのは、その事実がほとんど知られていない上に、対応する法律が作られたにもかかわらず事態があまり改善されていない実態を知らせたかったからなのではないでしょうか。「うらら」さんがテレビに出演したのも同じ理由でしょう。

 

例えば、東京新聞の報道 によれば、国が2億円の広報費を使って創設しようとした「子供の未来応援基金」には、個人として4億円を寄付した河野経夫さんと敏子さんの他には2億円、合計6億円しか集まっていないそうですし、新聞の記事を引用すると、河野さんは「経団連に所属するような大企業が本気になれば、年間数十億円ぐらい集まってもおかしくない。日本の将来を考えて、積極的に寄付してほしい」と話している、そうです。

 

こうした本来の意図に重きを置いて、改めて子どもたちの置かれている状況を理解し、大人として、未来の子どもたちのためにできることをするのが政府そして私たち大人社会の責任だと思います。

 

現状の把握に戻りましょう。「貧困」の定義や日本全体の貧困については「貧困統計ホームページ」を御覧頂くこととして、貧しい生活を送っている家庭、そして子どもが多くいるという事実を数字で見て見ましょう。ホームページの最初のグラフです。

             

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 6人に一人は貧困状態の生活をしているのです。しかも、この数字の出所は厚生労働省です。万一、仮にNHKの番組作りに問題があったとしても、こちらの数字には変わりはありません。それに集中すべきなのではないでしょうか。

 

それ以上の問題があることは、次のグラフが明白に示しています。

 

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「再分配後」というのは、貧富の格差を是正するために、政府が行う施策の効果によって、貧困率がどうなったのかという結果を示しています。2006年は、政府の施策の結果、貧困率がなお高くなってしまっています。ここが問題です。

 

2009年と2012年には、この逆転現象はなくなっていますが、それだけで喜んではいられません。貧困率そのものが高くなっているからです。再分配しても6人に一人という歴史上最悪の現実は変わっていないのです。

 

NHKの番組にあれほどの関心を示している片山議員は、子どもたちの置かれている貧困状況が心配で、子どもについての番組に一点の曇りもあってはならないと考えて発言されているに違いありません。そうだとすれば、今後、子どもの貧困解消のため、所属する自民党、官僚組織そして現内閣にも厳しい注文を付けて大車輪で活躍し、子どもの貧困対策の大転換を図ってくれるであろうことに期待しています。



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2016年8月22日 (月)

行列の語る韓国 平和を共有するための朝鮮半島フォーラム報告 その1 

行列の語る韓国

平和を共有するための朝鮮半島フォーラム報告 その1 



いつも楽しく読ませて頂き、勉強になる行列のできない法律相談所北村弁護士のブログ」とは関係ないのですが、韓国で見た「行列」に感心したことの報告です。資料館前の「行列」の続編という意味もあります。

 

ここ数日、韓国のカトリック教会が主催した「平和を共有するための朝鮮半島フォーラム」に参加したのですが、内容については少し頭を整理してから報告したいと思います。それとは別に韓国で感心したことの共通点が「行列」なのです。

 

フォーラムは市内のカトリック大学のキャンパスで開かれました。食事はその中のチャペルの一階、集会所のようなホールで参加者全員揃ってのバイキングでした。食事前の講演も勉強になりましたし、恐らく付属学校の生徒さんたちだと思いますが、合唱も楽しませて貰いました。

 

参加者は、大司教、司教といった主催者側の聖職者の皆さん(と言っても世界各地から参加されていました)、私たちスピーカー、そしてシスターの皆さんやYWCAYMCAのメンバーたちも含む関係者、ボランティア、そして南北を分けているDMZ(非武装地帯)を一週間掛けて歩いてきた若者たちと、年齢の幅も大きいグループ合計300人くらいでした。

 

バイキング形式でこれだけの人数になると大混乱になると思ったのですが、そんなことはなく、短時間の内に整然としかもすごく多様なメニューから選べる食事で大満足した人ばかりでした。全く混乱もなくこれだけの短時間で、全ての人がお皿いっぱいに食べ物を取れるシステムを作るのにはかなり高度な経験とノウハウが必要なのではないかと思った次第です。

 

でもよく考えて見ると、若い人たちが私たち高齢者の順番が済むまで待っていてくれただけのかもしれません。良く見ていると、流石に最後の頃には行列ができたのですが、整然としたバイキングには驚きました。行列ができた最後の方の写真と共に紹介させて頂きます。

               

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 もう一つ感心した行列ですが、こちらの写真はありません。トイレの中でのことだからです。カトリック大学の中だからなのかもしれませんが、トイレで用を済ませた後、韓国の男性が、ものすごく丁寧に手を洗うことに気付きました。トイレの中の洗面台に行列ができてしまうほどなのです。日本のトイレで石鹸を付けて手を洗っている人の姿はほとんど見たことがありませんが、今回の会場では、何人かに一人はそのくらい丁寧に手を洗っていました。

 

韓国人の方がきれい好きだからなのかもしれませんし、大陸の一部なので、例えば鳥がウイルスを運ぶにしても危険性が高いことから、衛生面での教育が行き届いている結果なのかもしれません。でも手洗いが西洋医学の出発点であったことや工場長さんが書かれているようにインフルエンザやカゼの予防 のためにも効果があることを考えると、丁寧な手洗いが習慣になっていることは、一時はやった言葉を使えば「民度が高い」ことの一部かもしれません。この辺りの事情を御存知の方に教えて頂ければ幸いです。

 

何度も訪問してそれなりには分かった積りになっていても、旅をすることでの発見はいつも新鮮です。

 

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2016年8月21日 (日)

在外被爆者の人数は?




在外被爆者の人数は?

 

今年の原水禁世界大会でも、韓国在住の被爆者・郭貴勲さんの元気な姿を見ることができました。私も、広島ではゆっくりと話すことができませんでしたが、長崎では、夕食を共にし旧交を温めました。

 

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ところで、郭さんのように国外に在住する被爆者は、何人おられるか知っていますか。私も実は、きちんとした人数を知らないのです。

 

厚生労働省は、毎年3月31日現在の被爆者数を都道府県別(ただし、広島市と長崎市は県とは別に計上)に発表しています。その発表には、被爆者の平均年齢も記載されています。この数字が7月に入って発表されますので、ちょうどこのころマスコミのニュースでこれらを私たちは知ることになります。今年の発表では、被爆者数は、174,080人で、平均年齢は、80.86歳となっており、前年より被爆者数では、9,439人減少し、平均年齢は、0.73歳高なっています。

 

厚生省が発表した資料を基に、広島県、広島市が毎年7月に発行する「原爆被爆者対策事業概要」(以下「概要」という)とういう冊子の1ページを使って、都道府県別だけでなく、被爆者手帳の区分ごと、年齢別など詳しく記載されています。

 

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ところが、不思議なことに厚生労働省のホームページを見ても、先に述べた広島県・市の「概要」の資料を見ても、どこにも在外の被爆者の数字を見つけることができません。今年発行の広島市の「概要」では、「被爆者数等各種統計」(「概要」のP.58)の脚注の(3)として、こんなことが書かれています。「平成14年度(2002年度)の全国被爆者数は、平成15年(2003年)3月31日時点で国外に転出した在外被爆者は含まれていない。」と。何を意味しているのは、理解できません。さらに2003年度以降は、どうなっているのかはこの脚注から読み取ることは、困難です。

 

結局のところ、厚生労働省が発表する被爆者数の中には、在外被爆者の数は、含まれていないと想像するしかありません。

 

 

2002年12月、国が郭貴勲裁判で大阪高裁判決を受け入れ上告を断念して以来、少しずつ被爆者援護法の適用範囲が拡大され、今年からは「医療費の支給」も開始されているにも関わらず、どうして在外被爆者の数が、きちんと具体的に公表されないのか大きな疑問です。

今年発表された被爆者数174,080人の中に在外被爆者の数は、入っているのかいないのか、はっきりさせてほしいものです。そして次年度には、誰にもわかるような形で、国別の在外被爆者数が、きちんと発表されるように私たちの取り組みも強めなければならないと思います。

 

「被爆者はどこにいても被爆者」のはずです。

 

 

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2016年8月20日 (土)

核先制不使用宣言 その3


 

核先制不使用宣言 その3


 

前回見たように、アメリカが核の先制攻撃をする可能性は実質的にほとんどないのですが、思考実験として、仮に何らかの理由で、アメリカが北朝鮮に核を使ったとしましょう。その結果、どんなことが起るでしょうか。

 

前提として、北朝鮮は核を持っているにもかかわらず使っていないという点を再確認しましょう。仮に、その北朝鮮が飛んでもない理不尽なことをしたとしましょう。しかもそれは、アメリカが核を使わざるを得ないほど酷いことだったと仮定しましょう。とは言えそれが、一方的な核の先制使用以上に非人道的かつ残虐なものである可能性はないだろうことは、既に述べました。つまり、1945年のアメリカ世論のように、「悪い奴に好く核を使って懲らしめた。あっぱれ、あっぱれ」という世界の世論ができるような可能性は考えられないのです。

 

同時に核の非人道性についての認識は世界に広まっています。被爆者の努力、広島・長崎の情報の共有、科学的知識の普及、オバマ大統領の広島訪問等、様々な理由がありますが、その結果としてアメリカ国内でさえ、「原爆投下は正しかった」と考える世論が半分以下になっているのです。そのような状況下、世界の世論が、一方的な先制核攻撃を賛美しないまでも、許容するでしょうか。核攻撃を受けた現場の状況はマスコミを通じて世界に届き、それを見た人たちは、「こんな恐ろしいことが起こるのだから核は廃絶しよう」と訴えてきた人たちの予測通りの惨状を目の当たりにするのです。世界のそしてアメリカの世論でさえ、何故、これほど酷いことをしたのかと感じるでしょうし、その結果、一方的核使用を糾弾することになるはずです。

 

そんなときに、仮に日本政府が、アメリカによる核の使用は正しかった、と言ったとすれば、日本が世界から孤立することにもなりかねません。そして、どんな状況でも自国は正しいと信じたい人たちは多いのですから、スケープゴートを探そうとする力が働いて、アメリカの世論の中に、日本が悪いという声が上ってもおかしくはありません。オバマ大統領の提案に難癖を付けて、「先制使用」を挑発したのは日本だという理由くらい簡単に考え付くでしょう。そこで持ち出されるのは、「パール・ハーバーをしたくらいの国だから」、そんな非常識な考え方をするんだ、というアメリカ弁護のための都合の良い理屈を裏付ける歴史として「パール・ハーバー」が使われてもおかしくはありません。

 

こんな結果になることが分っていて、それでも核による先制攻撃を勧めるのでしょうか。冷静に考える必要があることは御理解頂けたと思います。

 

アメリカが北朝鮮に対して核の先制使用をしたとして、もう一つの可能性も考えておきましょう。どのくらいの大きさの何個の核を使うかも依りますが、核爆発の影響は、北朝鮮の国境内に留まる訳ではありません。

 

陸続きの韓国への放射線による影響、その中には「黒い雨」に代表される放射線被害、また「核の冬」や「核飢饉」のように、核爆発の結果、成層圏まで届く大量の粉塵その他の遮蔽物による気候の変動等の結果も特に近隣諸国には大きな影響を与えます。

 

また、核攻撃の結果、どの程度の軍事力が残るのかにもよりますが、恐らく「これで我が国は終った」と考える人達は圧倒的多数になるでしょう。その人たちが直ちに戦意をなくして「降伏」する可能性もありますが、「最後に一矢を報いてから」と考える人達がいてもおかしくはありません。

 

「一矢を報いる」相手はどこになるのでしょうか。同胞の国である韓国よりは、「先制核使用」を主導した元凶である日本に向く可能性の方が大きいとも考えられます。その中で、核を実際に使ったアメリカの基地のある沖縄を標的にするでしょうか。そんなことはないでしょう。少ない人数で最大の被害を与えられる標的としては、軍隊が集まっている軍事基地ではなく、民間の施設を考えるのが普通なのではないでしょうか。

 

 

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古いですが、1998年の原発分布地図

 

その場合、日本海を隔てて、すぐ反対側に集中している原発を攻撃することは、当然考えられます、原発を一つでも破壊できれば、「一矢を報いる」結果が、最大になることくらいは計算するはずだからです。

 

「安倍首相は、北朝鮮のような国々に対する抑止力が弱体化するとして、彼の懸念をハリス・アメリカ太平洋軍司令官に伝えた」そうなのですが、「核先制使用」をした場合に起こり得る、ここで指摘したような様々な可能性について検証し、大きな被害を受けるであろう確率や蓋然性についても最新の知見を用いて計算した上で、「先制不使用」を否定したのでしょうか。そうとは思えないことは、御理解頂けたと思います。それどころか、安倍総理の短慮によって、我々が普段考えないような深刻な結果をもたらす可能性にもお気付き頂けたことを願っています。

 

憲法の解釈改憲も私たちの未来を奪う暴挙でした。安倍総理の重ねての暴挙を撤回させ、「核先制使用」を変えて、オバマ大統領のアメリカが「不使用宣言」を採用するよう、再度、私たちが大きな声を上げるときなのではないでしょうか。

 

 

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2016年8月19日 (金)

核先制不使用宣言 その2


 

核先制不使用宣言 その2

 

 

昨日は「今後、安倍総理に『唯一の被爆国』という言葉を使う権利はなくなりました」と書きましたが、それは強調のためで、これまでは使う権利があったという意味ではありません。念のため。

 

さて十分頭が冷えたどうかは別として、昨日の続きです。アメリカが「核先制不使用宣言」をすることで、非核保有国が、広島・長崎と同じ運命にさらされる危険性はなくなり、同時に、「広島・長崎への原爆投下は間違いだった」ことを認める結果にもなります。大統領訪問の是非が議論されたときに取り上げられた「謝罪」という視点から考えると、「ごめんなさい」と直接、言ってはいませんが、「原爆投下そのものは間違っていた」と言うに等しいのですし、「今後、同じことはしません」という決意でもあるのですから、100パーセント「謝罪」することにはならなくても、その方向にかなり踏み込んでいることにはなるでしょう。これを「謝罪のプロセス」が始まったと考えることもできるのではないでしょうか。

 

以上は、昨日述べたことの繰り返しなのですが、問題はその次です。曲がりなりにもアメリカが「謝罪のプロセス」を始めたにもかかわらず、日本の総理大臣が、それに対して「原爆投下は正しかった。だから謝罪は必要ない」と言う必要があるのでしょうか。いやそんなことが許されるのでしょうか。広島訪問に当っては「謝罪」を前提にはしなくても良いというのが多くの人の判断でしたが、でもアメリカ側から謝罪、あるいはそれに近い意思表示があった場合の対処の仕方は少し違うでしょう。謝罪を拒否することはないでしょうし、自分の都合だけではなく、被爆者や戦争の犠牲者に「思いを致す」のなら、拒否してはいけないのではないでしょうか。

 

次に、国際社会から、日本という国がどう見られるのかを考えて見ましょう。アメリカが「核先制使用」という方針を変えて「不使用」にするかどうかの議論をしているときに、日本が諸外国の先頭を切って「不使用」に反対することで、仮想敵国にとっては「悪の元凶」という位置付けにされてしまう可能性も考えておくべきでしょう。

 

実際に戦争、あるいはそれに近い関係にある国同士、「屁理屈」としか言いようのない理屈をつけて軍事行動を取ったり、その他の理不尽な言動に走ったりすることは歴史上枚挙に暇ありませんが、それも視野に入れつつ、冷静に論理的議論をしておくことも大切です。

 

「不使用」に反対する理由として、安倍総理は北朝鮮に対する抑止力が弱まると考えているようですので、北朝鮮に絞って考えましょう。しかし、一般論としてどの国にも当てはまることがほとんどです。

 

北朝鮮が、核を使わないまでも、アメリカが核を使わざるを得ないような状況として、具体的にはどんな可能性があるのでしょうか。核使用に準ずる戦闘行為としてどんなことが考えられるのか、常識的には難しいのですが、一例として、38度線を越えて本気で戦争を再開する可能性を考えて見ましょう。

 

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しかし、そうなった場合、アメリカは本当に核兵器を使うでしょうか。かつての朝鮮戦争でも可能性が論じられ、「使わない」という結論になったにもかかわらず、今という時代にそれを覆してまで核兵器を使うという「立派な」「口実」は先ず見付かりません。

 

さらに、南と北の休戦が続いているのは軍事的な力関係だけではなく、両サイドの経済力、国民の意思、周辺諸国の関与の仕方等、複雑な要素が絡み合っての結果だと考える方が合理的です。

 

ここでのポイントは、安倍総理が理由として挙げた、北朝鮮に対する「抑止力」の内実が存在しないということです。つまり、核によって初めて「抑止」でき、他の方法では抑止できないという対象がないのです。にもかかわらず、「抑止力」の低下を云々しても意味がありません。他の可能性を検討しても良いのですが、ポイントは伝わったと思いますので、次に移りましょう。それは次回に。

 

 

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2016年8月18日 (木)

核先制不使用宣言  (「オバマ効果」その3)

核先制不使用宣言

(「オバマ効果」その3)

 

 

 

オバマ大統領が「核先制不使用宣言」を検討している、それに対して安倍総理がアメリカ側に反対の意向を示したことがワシントン・ポストなどのメディアで報道されています。

 

オリンピックや高校野球等の熱気に呑み込まれてしまったせいでしょうか、これに対しての国民的な反応が鈍過ぎるような気がしてやきもきしています。背景をきちんと把握した上で、圧倒的な国民世論、いや世界の世論ができないものでしょうか。その世論を背に受けて、オバマ大統領が「核先制不使用宣言」に踏み切ることになればと祈りつつ、問題提起をしたいと思います。

 

ここで、我が国の世論には言及しましたが、アメリカの世論はどうなのでしょうか。実は、オバマ大統領の広島訪問の結果、そして前にも「オバマ効果」として取り上げました が、プラハ演説の効果もあって、アメリカの世論は大きく変わりつつあります。「オバマ効果」では、2015年までの世論調査の結果を示して、何故それほどドラスチックにアメリカの世論が変って来たのか説明しましたが、2016年、広島訪問が決まった後の世論調査の結果も含めたグラフを御覧下さい。驚くべき変化が起きているのです。

              

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 このグラフは、「原爆投下は正しかったか」という問に対して「Yes」と答えた人のパーセントを示しています。1945年は85% (ギャロップ社)2009年は67% (キニアピック大学)2015年は56% (ビュー・リサーチ・センター)、そして2016年は45% (ユーガブ社)です。カッコ内は調査した会社または団体です。

 

簡単におさらいをしておくと、オバマ大統領がプラハで「核兵器を使った唯一の核保有国」という言葉と「道義的責任」という言葉を使ったこと、さらには広島訪問を実現させたことで、「原爆投下は正しかった」という判断を絶対視しなくてはいけないと教え続けられてきたアメリカ国民が、その頸木から解放され始めた、ということなのです。

 

その事と「核先制不使用」の関係は明らかかもしれませんが、念のため説明しておきましょう。この言葉は、「核兵器を持っている国に対しては、自分の方から先に核兵器を使わない」、そして、その論理的な帰結として、「核兵器を持っていない国に対しては、核兵器を使わない」という意味です。

 

集団的自衛権についての議論も関係してきますが、日本は核兵器を持っていませんので、後者、つまり「核兵器を持っていない国に対しては、核兵器を使わない」に重きを置いて考えて見ましょう。

 

歴史的に、広島・長崎への原爆投下は「核兵器を持っていない国に対しての核兵器の使用」です。つまり「核の先制使用」だったのですが、過半数のアメリカ人がそれは正しくないと言うのであれば、それは「核先制使用」と表現されるのです。もし、この方針が1945年の時点で採用されていれば、広島・長崎への原爆投下は起りませんでしたし、これが今後のアメリカの方針になるのなら、第三の[広島・長崎]は起こらなくなるのです。

 

これがアメリカの世論です。その世論を作ったのはオバマ大統領ではありますが、広島訪問の成果だと言っても良いでしょう。ヒバクシャそしてヒロシマが熱心に広島訪問を勧めた結果がこのような形になったのです。

 

安倍総理がこの方針に反対するなどということは、常軌を逸しているとしか考えられません。それは、広島・長崎の歴史と重ねて考えると、彼の言っていることは、「広島・長崎への原爆投下は正しかった」に他ならないからです。

 

ヒバクシャそしてヒロシマへの侮辱も好いところですが、今後、安倍総理に「唯一の被爆国」という言葉を使う権利はなくなりました。そして、広島選出の国会議員全員、強く安倍総理に抗議して発言を撤回させるべきですし、特に岸田外務大臣の責任は重いのではないでしょうか。

 

まだまだ言いたいことはたくさんありますが、少し頭を冷やした上で続けたいと思います。

 

 

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コメント

松井広島市長は今年の平和宣言の中で---この広島の地で「核兵器のない世界を必ず実現する」との決意を表明した安倍首相には、オバマ大統領と共にリーダーシップを発揮することを期待します。---とおっしゃいました。

きっと、広島市長として、これまでのどの核実験に対するものより強い抗議をされることと思います。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。そう期待しましょう。そして湯崎知事にも。このことも、再度取り上げたいと思います。

あれだけオバマ大統領の広島訪問を盛り上げで歓迎したマスコミも、このことに関して黙っている事は許されませんし、首相、外務大臣、広島市長、広島県知事にも、その行動を問いただす責任があると思います。

「読者」様

コメントありがとうございました。おっしゃる通りだと思います。ここでは問題提起を続けます。

安倍総理は
「「ハリス司令官との間において、アメリカの核の先制不使用についてのやりとりは全くなかった。どうしてこんな報道になるのか分からない」と述べ、発言を否定したそうです。
だからといって、核の先制不使用とすべきだともいってないようですから、微妙ですね。

「宇品灯台」様

コメント有り難う御座いました。

オバマ大統領は広島訪問後、何かをしたいという意思表示をしています。例えば、包括的核実験禁止条約の代りになるような措置を国連が取ることの提案等なのですが、その一環として、核の先制不使用を宣言することは当然、検討しているでしょう。上院議員の有志や国際的なNGO、学識経験者等多くの人たちがこのところその働き掛けをしています。

「そんな話はしていない」と安倍首相が誇らしげに言って良い立場ではなく、「核の先制不使用宣言を出すべきだ」とアメリカに対して、他国に先駆けて積極的に働き掛けるべきなのが「被爆国」日本の立場です。

オバマ大統領は「核の先制不使用」を、単に米国の大統領宣言に終わらせずに、国連で核兵器の保有を許されている5つの常任理事国のすべてが先制不使用を決議することを目指しているようです。

そして、残された数ヶ月で、米議会が批准を拒否しているCTBT(核実験禁止条約)の実質的な発効、米議会が可決した核兵器の近代化計画の縮小、LRSO(限定核戦争を想定した新型ミサイル)開発の延期などの実現に向けてあらゆる検討をしているようです。

Obama plans major nuclear policy changes in his final months
https://www.washingtonpost.com/opinions/global-opinions/obama-plans-major-nuclear-policy-changes-in-his-final-months/2016/07/10/fef3d5ca-4521-11e6-88d0-6adee48be8bc_story.html?utm_term=.14893f0410c0

その中でも「核の先制不使用」は最も大きなことですが、それに対し、今の国際情勢から見ると、賛成の可能性が高いのは中国、ロシアであり、反対するのは西側諸国のような状況です。

それを全ての国が賛成するように働きかける最も相応しい立場にあるのが日本であることは明らかですが、それが望めそうにない政権であり、外務省です。それを変えるのは日本国民しかいないように思います。今こそオバマジョリティーではないでしょうか。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

ワシントン・ポストの記事を御紹介下さり、有り難う御座います。

残り6か月という短い時間ですので、実現できることは多くないかもしれません。また、大統領が変わればひっくり返されてしまうという可能性もあるでしょう。しかし、「大統領令」でアメリカの核政策が変わったという事実の重みは否定できません。そこから、新たなエネルギーが生まれ、新たな動きも出てくると思います。

世界の圧倒的多数の市民の意向をオバマ大統領が実現するために、「多数の声」つまり「オバマジョリティー」の力を広め使いましょう。

 

2016年8月17日 (水)

気になる日本語 「申し遅れましたが」

気になる日本語

「申し遅れましたが」

 

夏の広島では多くの会合が開かれます。そしてどの会合でも司会が必要です。プロの司会者が活躍する場合もありますし、主催者側のスタッフの一人が担当することもあります。会の内容そのものが司会者の一存で決まることはまずないでしょうから、その点からは比較的に楽な仕事だと言えるのかもしれません。

 

とは言え、結婚式の披露宴や、慶弔混ぜこぜにして申し訳ありませんが、通夜や葬儀では、司会によっては、その場の雰囲気がぶち壊しになることもあるようですので、その役割が重要であることを改めて強調しておくべきなのかもしれません。

 

話は30年ほど前に飛びますが、当時アメリカから広島に居を移して、とにかくいろいろな会議に出席していました。どの会議や会合でも新たなことを学べましたし、何人かの出席者とは親しくなれましたので、いろいろな会に出席するのはとても楽しみでした。

 

アメリカでも様々な会合が開かれ、多くの集まりにも参加してきましたので、自然に日米比較をすることになっていました。その中で、日本の司会者の「奥床しさ」に感激したことかあります。

 

それは、例えば次のようなシーンでの司会の言葉と仕種がアメリカとは違っていたからです。架空の、「全国シニアカラオケ大会」の開会式の司会の言葉をでっち上げて私がどこで感激したのかを再現してみましょう。

 

[比較的若い女性の司会者だと仮定しましょう]

 

皆様ようこそ、第一回全国シニアカラオケ大会広島大会にお越し下さいまして有難うございます。5月にはオバマ大統領も訪問されたこの地で、カラオケを通して平和への祈りを捧げる意味が如何に大きいか、全国各地から参加された皆様には感慨深いものがおありだと思います。

 

暑くて湿気の多い広島ですので、せめて、食べ物で涼しさを味わって頂ければと思いますが、「熱を持って熱を制す」お好み焼きもお勧めです。昨夜もうお出かけになった方もいらっしゃるのではないかと思います。

 

さて今夜のプログラムは、砕けた形の開会式ではあるのですが、始めのお言葉はカラオケに賭けること50年、私の師匠でもある、○村☓次郎、広島市シニアカラオケ協会会長にお願い致します。

 

申し遅れましたが、私は本日の栄えある舞台の司会をさせて頂きますシニアカラオケ協会の特別会員○野花☓でございます。本日は宜しくお願い申し上げます。

 

私が感激したのは「申し遅れましたが」というセリフです。本来なら最初に名乗り、その上で司会を始めるべき立場の人が、何らかの都合、例えば話の流れで自己紹介をする機会を逸してしまった。そのことをやんわり伝えて、「申し遅れた」という言葉で、責任は自分にあることを自覚しながら、失礼をしてしまったことのお詫びをしている、という日本的な「奥床しさ」だと感じたのです。

 

でもその印象はひと月も経たない内に消えました。どの会合に行っても、司会者は最初にグダグダ下らないことを言って、(たまには爽やかなイントロもありましたが)暫くしてようやく「遅ればせながら私は誰野誰米と申します」が出てくるのです。これは奥床しさではなく、司会業では、こういう流れで喋るのだという、質の低いマミュアルがあって、その通りの繰り返しをしているだけではありませんか。

 

しかもプロでもこのマニュアルに違和感を持っていない人がほとんどらしいことも分って吃驚しました。

 

どんな会合でも、突然誰か知らない人が前に立って、話し始めたら、一体この人は誰だろうと感じるのが普通でしょう。まずは名前と、どのような立場でそこに立っているのかを自己紹介しなくては、会は始まらないはずです。いや始めてはいけないでしょう。

 

昔の戦でも、「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそは天下に知れた四天流免許皆伝、伊智露藩徒組○野∠米である」といった形で、まず名乗りを上げてから、敵と一勝負をしたのですから、その日本的伝統を生かして、最初に簡単でも良いのですから、自己紹介をすべきだと思います。

 

今年、2016年夏の原水禁世界大会関連の会合にいくつも出ましたが、その全てで、最初に自己紹介をきちんとしてくれました。つまり、私の心配は杞憂になったのですが、原水禁以外の会合では、途中からの「申し遅れましたが」定着していて、残念な結果になったケースがかなり見られました。

 

             

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原水禁大会開会式前

 

より一般的に考えると、初めて会う人には、まず自己紹介をしてから話を始めるという礼儀に行き着くのですが、その辺りからしっかりと反省し直す必要もあるのかもしれません。

 

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コメント

(あなたが怪しい人のようなに感じたので、今まで名乗るのを躊躇していましたが
いま、少し話してみて、そう悪い人でもなさそうなので、名前をお教えしましょう)
申し遅れましたが、わたくし、奈々子のパパと申します。

(  )内が省略されているそうです。

例えば充て職や順番で司会を受ける時(PTA総会とか町内会とか)多くの場合、進行表と原稿が用意されていますが、挨拶と出席のお礼に続き、どう考えても、申し遅れていないタイミングなのに「申し遅れましたが…」と書かれていることがあります。

しかも出席者の全員が確実に自分を知っている、という場合でも、台本には、そう書かれていたりします。

ですから「奥ゆかしさ」などカケラもない私としては、いつもそこは飛ばして、せいぜい「こんにちは」とか「◯◯です」と名前を言うくらいで始めていましたが、一国の首相でも、広島と長崎で用意された日付と場所以外は殆ど同じコピペ原稿をそのまま読むくらいですから、「申し遅れましたが…」くらいは何でもないことなのかも知れません。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。こういう状況もあるのですね。家族って大変ですね。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。台本を事前に準備するなら、「申し遅れましたが」と言わなくても済むところで自己紹介をするように書くくらいの配慮はできるはずですよね。

たくさんの挨拶をしなくてはならない仕事に就いていても、前と同じ内容のものを官僚の書いた通りに読むって、努力しないとできないのではないかと思います。現総理の場合、「戦争や核兵器礼賛」の言葉をせめて広島や長崎で抑えるというのが「努力」の中身なのでしょうか。

2016年8月16日 (火)

オバマ効果

オバマ効果

 

「いのちとうとし」さんも報告されていましたが、資料館の入館者の数が半端ではありません。違和感のある表現ながら、思わず「ハンパナイ」と言ってしましました。

 

まず、資料館の入口付近の行列です。

                  

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 これが西側までずっと続いています。折り返し地点は、国際会議場の前です。

 

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折れ曲がっても、反対側に行列が続いている様子はお分かり頂けますよね。

 

最後に行列の最後尾です。向こう側に見えるのが国際会議場です。

  

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この写真を撮ったのは、814日です。原水爆禁止大会に参加する人たちの行列の長く連なった様子を見たことはありましたが、恐らく原水禁運動にはそれほど深く関わってはいないであろう人たちが、大挙して資料館を訪れているということだと思います。これを「オバマ効果」と呼ばずして何と表現して良いか分りません。

 

この効果が長く続くことを祈っていますが、対照的に、仮に「安倍効果」と呼べる現象が起きたとして、それはどんな状況を指すことになるのでしょうか。心配でもありますが、そろそろ目を覚ます人の増えてくることも期待しています。

 

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コメント

平和宣言でもオバマ大統領の広島訪問を取り上げて評価した松井広島市長にも、そのオバマ効果が届き、さらにオバマ大統領の「核兵器先制不使用宣言」を後押しする声明を是非とも期待したいものです。

少し前までは、為替が円高になると欧米の旅行者は劇限してましたが、このところ円高に傾向でも全く減らないのは、たんなる観光目的でヒロシマに訪れていないからでしょうね。
どんな有名人がヒロシマに訪れるより、核兵器を使用した唯一の国の現職大統領の訪問であり、プラハ演説をしたオバマ大統領の人力なんでしょうね。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。松井市長にも湯崎知事にも、広島市、広島県の代弁者として、総理大臣だけでなく、直接歓迎をしたオバマ大統領にも「核先制不使用宣言」実現のため働き掛けて貰いたいですね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

やはり「オバマ効果」は大きいですね。マスコミの注目度の高さもそれに輪を掛けています。核廃絶への世論の高まりにつながることを期待しています。

2016年8月15日 (月)

終戦記念日

終戦記念日

 

1945815日は、ポツダム宣言を受け入れて日本が降伏し戦争が終結した日です。玉音放送でそのことが全国民に伝えられ、戦後は全国戦没者追悼式が行われていた日でもあります。1982年以降は、戦争を知らない世代に戦争の経験と平和の意義を伝えるため、この日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とすることになりました。

 

しかし、世界的には、韓国が815日を「光復節」として、また北朝鮮が「祖国解放記念日」として意味を持たせている他は、アメリカをはじめ、ミズーリ号上で日本が降伏文書に調印した92日を戦争終結の日と定めている国が多いようです。

 

               

Photo

             

ミズーリ号上での降伏文書調印

 

戦後、ほとんどの日本人は815日が、世界的に認められた戦争終結の日だと思っていましたし、「終戦記念日」という言葉に全く違和感を持っていませんでした。

 

しかし、いつごろからなのかはっきり覚えてはいないのですが、「終戦」ではなく「敗戦」が正しいという考えがかなり広まってきました。確かに戦争に負けたのですから「敗戦」は間違いではありません。でも、「敗戦」の対語は「勝利」です。つまり、「敗戦」という言葉が使われる文脈は、戦争による「勝利」と「敗戦」というサイクルを前提にしています。戦争を肯定し、その繰り返しに重きを置いている表現です。

 

それとの比較で考えると、「終戦」の対語には「開戦」がありますので、同じことだとも言えるのですが、「終戦」には「最後の戦争」という意味もあります。「これから戦争はしない」という決意の言葉として戦後定着した経緯もあります。

 

全ての戦争を終りにする、「最後の戦争」終結の日として、決意を新たにする日として大切にしたいと思います。

 

 

 

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2016年8月14日 (日)

8月11日 8月のブルーベリー農園

811日 8月のブルーベリー農園

盛夏と秋の気配と

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とても暑い中でブルーベリーの摘み取りが行われている。

 

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11日は、安芸の郷のボランティアのみなさんや農園の友人知人がお見えになって午前、午後と摘み取りをして頂いた。

 

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午後の休憩後の摘み取りは家のすぐ前から始める。最初はみんなが固まりながら、少し経つといい実のなっている木を見つけてあちこちに分かれていかれる。

 

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バサッと茂っている枝の群れの中に青い色の実がのぞく。

 

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このような房状の実にも出会える。

収穫ののち森の工房AMAのコンテナ型の冷蔵庫に納品した。翌日生食とジャム用に選別されていく。

 

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庭のカクトラノオの花。軸が四角になってすくっと立っている。

 

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稲田も青々と伸びている。

 

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ブルーベリー農園の側の田の稲はもう穂が伸びたり、伸びきって実の重さでしだれたりで、9月には刈り取りが始まる。

 

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山裾のハギは花が咲きはじめている。青空も少し薄くなって見えて、秋の気配が漂う。

 

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イガグリもあちこちに落ちている。

 

811日 

 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

 

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2016年8月13日 (土)

伊方原発3号機は直ちに停止を

伊方原発3号機は直ちに停止を

 

四国電力は12日午前、多くの反対の声を無視し、伊方原発3号機の再稼働を開始しました。

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              四国電力伊方原発:左奥ブルーの円形が3号機

広島県原水禁と広島県平和運動センターは、これに抗議し12日午後0時15分から30分間、石畳が焼け付くような厳しい暑さの中、50名が参加し平和公園慰霊碑前で座り込みを行いました。

座り込みの始めにあいさつした金子県原水禁代表委員は、「福島事故の終息もままならない中で、福島を忘れたかのごとく、原発が再稼働されている。原発事故がひとたび起これば、多くの放射線被害者を作り出す。放射能被害の恐ろしさを最もよく知る広島は、どの原発であれ、再稼働を絶対に認めることはできない」ことを強調するとともに、地元住民への世論調査で「地震への不安が非常に大きい」ことが明らかになっていることを紹介しながら、「4月の熊本地震で深刻な被害が発生した。伊方原発のすぐ近くには、中央構造線が走り、地震による影響が極めて深刻であるにもかかわらず、地震との関係が十分に検証されていない」と厳しく批判しました。さらに「万が一事故が発生した時の避難計画も、地震に因るがけ崩れなどによる道路の寸断などへの対策は不十分であり、この点からも住民の安全を考えたものとなっていない」ことを指摘しました。

広島県原水禁・平和運動センターは、「原発再稼働に抗議するとともに停止を求める」文書を、四国電力佐伯勇人社長あてに、FAXで送付しました。

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安倍政権は、なし崩し的に「原発再稼働」を強行しようとしていますが、高浜原発の「再稼働を差し止める」大津地裁判決や、参議院選挙の投票日と同日で行われた鹿児島県知事選挙の結果にも示されているように「原発再稼働を認めない」という声は、依然として根強く広がっています。

この夏も厳しい暑さが続いていますが、どこでも「電力不足」を危惧する声は上がっていません。原発に頼らなくても電力を十分に賄うことできることは、証明されています。

企業論理だけを優先させて、これほど危険な原発再稼働への道を進むことは絶対に認められません。ひとたび事故が起れば、どんなに悲惨な事態を招くかは、残念なことですが福島が証明しています。

5年前、「福島の事故」を体験して多くの人たちが、「核と人類は共存できない」ことを実感したはずです。今改めて「福島で何が起きているのか」に向き合うことが求められています。福島を決して忘れてはなりません。過去を忘れた時、再び過ち繰り返すことを肝に銘じなければならないと思います。

 

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ところで、座り込みのため平和公園を訪れたとき、ビックリする光景に出会いました。オバマ大統領の広島訪問後、平和公園を訪れる人たちが、増えたことは聞いていました。それを実感することになりました。入館を待つ人たちの列が、資料館東館の入り口から資料館下へと延び、一番長い時には、資料館本館の西の端まで続いていました。また慰霊碑にお参りする人たちの列も、まったく日差しを遮るものもない中ですが、慰霊碑前の階段下を超えるほど続いていました。オバマ効果の一つといってよいでしょう。

 

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2016年8月12日 (金)

東京Z級グルメ・レポート


 

東京Z級グルメ・レポート

 

「夏の食べ物と言えば」という同じお題で書きたかったのですが、手元にトマトやキュウリ、スイカやトウモロコシの良い写真がありません。ネットで探してもピッタリのものがありませんので、来年まで持ち越すことにして、今日は東京Z級レポートです。

 

本当は、昨日11日の飛行機で広島に戻る予定だったのですが、どの便も満席でした。念のため調べた新幹線も満席で、仕方なくもう一泊して今日帰ることになりました。幸いなことに、東京のローカルテレビから連絡があり、「オリンピックと平和」についての取材を受けたので、一日無駄にしなくても済みました。

 

「仮にヒロシマ・オリンピックが実現していたら」というテーマなのですが、例えば、ネットを使っての資金の調達や、ネットを使っての双方向の観戦、そして「仮設」とは言っても解体して再利用可能なしっかりした設備なのですが、それをアフリカに贈って、次のオリンピックをアフリカで開くための準備をする等、東京オリンピックでも採用して貰えたらという気持で何点かお話ししました。

 

スカパーの番組は、前に説明した内容をお話しましたが、詳しくはまたの機会に別の視点からの分析をお届けします。

 

泊まっているのはテレビ局で手配してくれた品川プリンスホテルです。そこのレストランでの夕食です。「綿あめが浮かぶ」スパークリング・ワインという謳い文句に乗せられて注文しましたが、ワインを注げば綿あめは当然のことながら溶けるのです。写真を取るタイミングを逸して、「綿あめの溶けた」スパークリンク・ワインです。

 

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そして、メイン・ディッシュは生ハム入りシーザー・サラダです。ワインとの相性が良く、豪華な気分で一時を過ごしました。

 

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どこがどう良かったのか、残念ながら上手く説明できませんが、仕事をするエネルギーが湧いてきましたので、この選択は大正解でした。

 

次回は、前にもお約束したスカイツリーに行きたいのですが、なかなか機会がありません。

 

 

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コメント

綿あめの意味は、見た目だけですよね?たぶん
すぐ消える無駄なおしゃれが粋ですね

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

一瞬にして消え行くものの美しさですね。そして今年ももう立秋です。

2016年8月11日 (木)

世界のリーダーを広島に招こう


 

世界のリーダー、閣僚、外務省等の官僚を広島に招こう

 

8日の記事でも触れましたが、核兵器についての理解がない人は勿論、世界中の「リーダー」と目される人たちには是非、広島あるいは長崎を訪問して貰いたいと思います。


それは、何度も繰り返していますが、広島訪問には人生を変えたり、世界観を変えたりする力があるからです。


例えば、ロシアのプーチン大統領、

 

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フランスのオランド大統領、

 

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中国の習近平国家主席、

 

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北朝鮮のキム・ジョンウン最高指導者等々です。

 

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それに加えて、アメリカの大統領候補のどちらが当選しても、広島/長崎に招待すべきだと思います。

 

共和党のトランプ氏、

 

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そして民主党のクリントン氏です。

 

 

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おっと、大切な人々を忘れていました。日本の閣僚全員です。組閣が終り皇居での認証が終り次第、全員一緒というのは無理だと思いますので、一か月以内に広島/長崎を「公的」でも「私的」どちらでも構いませんので、訪問することを制度化して貰いたいと思います。

 

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閣僚だけではなく、外務省の幹部にも広島訪問を義務付ける必要があると思います。そんなことを言わなくても、自発的に広島訪問をするくらいの問題意識は持って貰えないのでしょうか。そして外務省以外の省庁にも広げて貰えると良いのですが---。

 

最後になりましたが、オバマ大統領にも再度来広して貰い、今度は資料館もじっくり見た上で、被爆者の体験証言に耳を傾けて貰いたいと思います。もちろんこの二つは、世界のリーダーたち、閣僚や外務省の幹部にも是非、覚えておいて欲しいことです。

   

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2016年8月10日 (水)

今夜はBSスカパーの「ニュースザップ」を御覧下さい


今夜はBSスカパーの「ニュースザップ」を御覧下さい

 

 

Bs

                           

時間は午後555分から8時までです。有料チャネルのようですので、サッカー好きの方などスカパーと契約している方へのPRです。スカパーと契約していない方は残念ながら見られないようですが――。

 

でも、このブログを読んでくださっている方々ならもう御存じの内容を話すだけですので、スカパーを見る代りに、過去の記事を何本か再読して頂ければ幸いです。

 

話の内容は三つ。一つは昨年出版した『新版 報復ではなく和解を』(岩波現代文庫)についてです。

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このブログで取り上げているトピックは、この本に中で触れているものがほとんどですし、ブログの方でより詳しい説明をしていたりもしますので、続けてブログをお読み頂けると幸いです。

 

二つ目は、「オバマ効果」 です。これもブログで取り上げましたが、実はその後、新たな世論調査の結果が発表され、「オバマ効果」の意味がさらにはっきりしました。この点は近日中に詳しく、グラフを添えて説明します。

 

三つめは、「イギリスのメイ首相とスコットランドの独立」です。これについても「独立」 = 「平和」 の項で説明しました。

 

  「オバマ効果」「独立」「怖い話」「天皇と憲法」等、このブログで取り上げているトピックの多くが、実は本質的なところで皆つながっていることが上手く伝わっているでしょうか。次回さらに説明したいと思います。


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コメント

BSスカパー!はスカパー!契約者に対する無料チャンネルですが、スカパー!は1つのB-CASカードについて1度だけ2週間の「お試し」=無料視聴が可能です。

CS 161が視聴できる環境があれば、ホームページもしくは電話で、申込みから30分で2週間の視聴が可能になります。詳しくは以下をご覧ください。

http://www.skyperfectv.co.jp/guide/trial/

「工場長」様

タイムりーかつ役立つ情報を有難う御座います。手続きは簡単でしたので、何人かの皆さんには試しに御覧いただけると幸いです。

2016年8月 9日 (火)

「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」


「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば

 

88日、テレビの各局を通じて、「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」が届けられました。「生前退位」について、「私が個人として,これまでに考えて来たこと」を丁寧にかつ率直に述べられています。

 

最後の言葉、「国民の理解を得られることを,切に願っています」は、憲法第一条の規定「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」の中の「国民の総意」という大前提のあることを認識した上で、国民の総意で最後の判断はして下さい、という遵法精神の表現です。ここでも憲法に従うという強い意志に、私は感動しました。

 

実は、この「おことば」で、27年前の一文を思い出していました。19893月、昭和天皇の崩御後に考えたことなのですが、三省堂から出版された『夜明けを待つ政治の季節に』の13章、タイトルは「象徴」の意味――ケネディー大統領と昭和天皇――です。天皇(憲法上の地位である「天皇」に言及していますので、敬称は付けずに憲法の用語「天皇」を使っています。)の人権を論じているのですが、その中で「生前退位」についての部分を引用しておきます。

          

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 《親としての天皇》

天皇は、養親になれないどころか、自分の子供がいても、親としての楽しみを奪われている。子供が成長し、自分の能力に合った仕事を見付け、1人の独立した人間として社会に有益な貢献をしている様子を見ることは、親としての喜びの最たるものではないだろうか。しかし、天皇はその喜びを与えられていない。それは、皇太子に職業選択の自由がないからでもあるが、慣行では、天皇が生存中に譲位することはないからだ。

庶民でも、高齢になれば隠居して、仕事は若い人に譲るのが常識である。元気のあるうちは仕事に励んでも、例えば、70歳にでもなったら退位し、余世は自分の好きなこと(生物学の研究でも、社会福祉のためのボランティアでも良い)を自分のペースで楽しんでも良いのではないか。皇室典範でも、譲位を禁止してはいないのだから、ちょっと手直しをすれば天皇が堂々と退位できる制度に造り変えられるような気がする。

 

既に、政治的な立場を取っていないような振りをしながら、様々な人たちの思惑が飛び交っています。その中で、家族を思いやり国民とともに、その「総意」に従っての象徴としての義務を果したいと願っている天皇の「人権」を慮ることこそ、主権者である私たちの義務なのではないでしょうか。

 

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コメント

この数年間、天皇陛下の発言に最も強く、日本国憲法の尊重・擁護・順守の精神を感じていますが、今回の「おことば」も徹頭徹尾、憲法順守を貫いたものだと感じました。それは、最近特によく耳にする、権力者の恫喝的な発言とは真反対のものです。

私は天皇制に対しては違和感を持っていますが、今上天皇には敬意を払い尊敬もしています。

今回も、象徴天皇という存在や、その行為、そして天皇個人や、天皇の終焉に当たる家族への配慮など、本来は主権者たる国民が考えるべき70年前からの宿題が、まだまだ多く残っていることを改めて認識しました。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

私もほぼ同じ考え方をしています。

重要な機会ですので、私たち主権者一人一人がしっかりと考えなくてはならないことだと思います。その際に大切なのは、今の天皇の「象徴」という地位は、「国民の総意」によって日本国憲法で決められた事柄であるという点です。

明治時代あるいはそれ以前の歴史を元に議論すべきことではなく、私たち、今生きている国民・市民の意見が尊重されるべきだということです。

国会や内閣の決定も、私たちの意見に沿う形で行われなくてはならない、ということも大切だと思います。特に今回のようなケースでは、それが重要です。

2016年8月 8日 (月)

「同じお題」にはならないかもしれませんが、「怖い」話

「同じお題」にはならないかもしれませんが、「怖い」話

 

 

「同じお題」は「怖かった話」です。しかも私の提案を取り上げて頂けたのに、それにちょっと掠りはしますが、少し違う話、「怖い話」を書かせて下さい。「怖かった」話もたくさんありますので、それも近い内にお聞き頂きたいと思っています。

 

三つの怖い話を御披露しますが、共通点は女性です。「女性が怖い」と書いてしまうと性差別になってしまいますし、「饅頭怖い」と誤解される可能性もあります。そのどちらでもなく、政治の世界で活躍している女性の最近の発言から、私が怖さを感じたもの三つを取り上げます。

 「怖い話」――その1

[テリーザ・メイ英国首相]

 

 

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イギリスが国民投票でEUから離脱する決定をしたことは皆さん御存じの通りですが、キャメロン首相が責任を取って辞任した後の首相がテリーザ・メイさんです。以下、就任直後の議会でのやり取りです。

 

スコットランド国民党のジョージ・ケレバン議員が次のような質問をしました。「メイ首相は自ら、10万人の罪のない男女や子どもの命を奪う核兵器の使用を許可する覚悟があるのか」でした。それに対してメイ首相は、まず、躊躇することもなく「Yes」と言った後で、「核抑止で重要なのは、敵に我々が核を使用する用意があると知らしめることだ」と述べています。

(ニューズウィーク日本語版電子版2016721)

 

 「怖い話」――その2

[稲田朋美防衛大臣]

 

紹介するまでもないと思いますが、軍国主義礼賛の発言が目立つ人です。

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「長期的には日本独自の核保有を単なる議論や精神論ではなく国家戦略として検討すべきではないでしょうか」

 

(「正論」20113月号)

 

 「怖い話」--その3

[アネット・ノート駐日マーシャル諸島共和国公使]

 

マーシャル諸島共和国は、核保有9か国を国際司法裁判所に提訴しています。その理由は、これら9か国が、核不拡散禁止条約の第六条違反を犯しているということです。第六条が規定しているのは、全ての国が、核兵器を禁止する条約締結のための交渉を誠実に行う義務です。「誠実な交渉義務」と呼ばれていますが、国際法上、条約によって批准国全てに課せられている義務です。この義務を核保有9か国が全く果していないのですから、この違法行為を問題にするのは当然です。アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス等の核保有国に比べるとはるかに小さいマーシャル諸島共和国が、大国を裁判所に提訴したのは、勇気ある行動です。その秘密をノート公使は語ってくれました。先週、3日に国連大学で開かれた世界宗教者平和会議の特別会合で語ってくれました。

 

 

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今日私は感情的になってしまうかもしれません。それは、最近私の夫がアメリカの核実験の結果としか思えない原因でなくなったたからですし、私の祖父・祖母、そして姉等、アメリカの核実験の被害を受けガンや白血病で亡くなっているからです。

 

1946年から1958年まで、アメリカはマーシャル諸島を核実験場として67回もの実験を行いました。12 年間にわたって毎日、広島規模の原爆が、「1.6 個爆発したことを意味します。その最大のものは、Castle Bravoと呼ばれる(195431日の実験です。日本の漁船第五福竜丸も被災しました。

 

このような被害を二度と繰り返させてはならない、そのためには核兵器の廃絶しかあり得ないという考えで、核保有9か国を提訴しました。

 

メイ首相や稲田大臣の話が怖いのは、平和実現のために本質的な役割を果たしている女性たちのリーダ的存在である彼女たちが、核兵器の保有や使用をごく当たり前のこととしか考えていない事実です。

 

それとは対照的にノート公使の話が怖いのは、アメリカの核実験被害がこれほど大きかったからですし、アメリカにはその反省は全くなく、「誠実な交渉義務」さえ果たそうとしていないからです。

 

ノート公使が自らの悲劇を元に核保有国が良識を取り戻すべく努力しているにもかかわらず、メイ首相や稲田大臣が核兵器の非人間性に全く鈍感なのは何故なのでしょうか。考えるまでもなくそれは「当事者意識」があるかどうかの違いなのではないでしょうか。

 

ノート公使は、核兵器が人間に対してどのような悲劇や惨害をもたらすのかを知っています。メイ首相や稲田大臣には、悲劇や被害の当事者に身を寄せることさえできないのです。

 

しかし、絶望してはなりません。これまでも説明してきたように、ヒロシマとヒバクシャには、多くの人を目覚めさせる力があります。メイ首相にも稲田大臣にも、先ずは広島に来て貰いたいと思います。広島・長崎についてのしっかりした知識なしに、公職にある人が核兵器についての発言をしてはならないという原則が、世界的に採用されるべきなのではないでしょうか。この点についてはさらに詳しく論じたいと思います。

 




 

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コメント

参加ありがとうございます。
「饅頭怖い」の方は私が引き受けましょう!

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

「饅頭」はダイエットの障害になり兼ねませんので、ほどほどにお願いします。「核」による「怖い」被害が今以上広がらないよう、頑張りましょう

2016年8月 7日 (日)

原水爆禁止世界大会・広島大会まとめ

原水爆禁止世界大会・広島大会まとめ

 

私の経験だけかも知れませんが、大きな会議や集会などに参加して、その会議を一言でまとめるに当って、「感動的だった」という表現を使うことはあまり多くありません。専門的な学会などでは、逆に合理的かつ冷静な議論が重んじられる方が普通です。政治がらみの課題を扱う集会の場合、特に原水爆禁止世界大会の歴史を振り返って見ると、考え方の違う集団同士のぶつかり合いなどもかつてはありましたし、権力を持つ政府や政治、マスコミ等へのフラストレーションが、厳しい批判として表現され、結果として批判の厳しさが評価されてしまうような傾向さえありました。激しい感情表現も多く見られた時期もありました。でも「感動的」だったかと言われると、それとは違うなあという感慨を持っています。

 

今年、被爆71年目の原水爆禁止世界大会・広島大会は、このような私の経験に照らして、「感動的」な大会だったと言って良いと思っています。様々な分科会での報告や議論を御紹介するだけのスペースがありませんので、86日のまとめの集会で、大会の事務局長藤本泰成さんが発表した全体のまとめをお読み頂ければ幸いです。簡にして要を得た言葉での分科会の紹介をお読み頂くだけで、日本の反核運動の現況を概括できると思います。そして、学業途中で「学徒動員」された画学生の最後の作品を集めた長野県の「無言館」についての下りだけでも読んで頂ければと思います。

 

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原水爆禁止世界大会・広島大会まとめ

 

被爆71周年原水爆禁止世界大会実行委員会

事務局長 藤本泰成

 

皆さん、3日間にわたって熱い議論をいただきました。本当にありがとうございました。大会を裏で支えていただきました、地元広島の実行委員会の皆さまにも、心から感謝申し上げます。3日間のまとめをさせていただきますが、全ての議論に触れることがかなわないことを、どうかお許し下さい。

 

5日の午後の国際会議において、日本のプルトニウム利用に関して、活発な議論がありました。

 

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5日の国際会議



日本が持つ48トンもの余剰プルトニウムは、福島原発事故以降、その先行きが不透明になっています。米国のサバンナ・リバー・サイト監視団のトム・クレメンツさんは、米国において余剰プルトニウムをMOX燃料として処分していこうとする計画が失敗したと報告されました。MOX工場はきわめて大きなコストがかかり、非現実的で、彼は「余剰プルトニウムは負の遺産であり、燃料としての価値はない」と言い切っています。

 

しかし、原子力資料情報室共同代表の伴英幸さんからは、日本では、先の見通しもなく再処理事業の延命が図られている。六ヶ所の再処理が動き出すとしたら年間8トンものプルトニウムが生まれるが、現実として利用計画をつくり出すことが不可能となっていると述べられました。「再処理は、核兵器を持つ可能性をつくる」と、伴さんは警鐘を鳴らします。

 

トム・クレメンツさんは、米国の立場としては、「これ以上日本がプルトニウムの備蓄を増やすな」というメッセージを出していると述べています。

 

「日本が、これ以上再処理を続けていくとしたら韓国も同じ道を歩み出すだろう」と、韓国のNPOエネルギー市民連帯のソク・カンファンさんは、大きな懸念を示しました。ソクさんは、「アジア諸国間のプルトニウム競争」は止めさせなくてはならない。コストの高い再処理について、日本国民も、韓国国民も、納税者としてしっかりと考えなくてはならないと述べています。

 

被爆国としての日本が、そして、非核保有国として唯一再処理を行っている日本が、このプルトニウム政策から撤退することは、世界の核政策に与える影響は大きいと考えます。私たちは、このことに対するとりくみを強めていかなくてはなりません。

 

基調提起において、広島を訪れたオバマ大統領が任期の最後に、米国の核政策を変えようと「先制不使用宣言」を検討しているが、日本政府は、「先制不使用宣言」を米国が行わないように要請していることを報告しました。このことに関して、

 「紛争において最初に核兵器を使うことはしないと米国が約束することに反対しないで下さい」

との書簡を、安倍首相宛に、国内外の多くの著名人の署名を付して送付することとしました。日本政府は、被爆国として、米国の核の傘の下に自国の安全保障を位置づける政策を放棄していかなくてはなりません。

 

前広島市長で広島原水禁代表委員の秋葉忠利さんは、広島を訪れて世界観が変わったというアメリカ人は多い、オバマ大頭領が広島を訪問したことによって、原爆投下への考え方が米国でドラスティックに変わってきていると話されました。米国が変わりつつある中で、米国の核政策の変更を、被爆国日本が阻止することは許されません。

 

チェルノブイリの原発事故を経験した、ロシアのNPOラディミチのエカテリーナ・ヴィコワさんは、当時放射性物質が拡散したにもかかわらず、普通の日常があったと話しました。情報の集まる役人が、自分の子どもたちを避難させたような事実はあったが、誰も何も語らなかった。自分は、暮らしていたセミョノフカという比較的放射線量の低い町から、教員になるためにもっと放射線量の高いノボジプコフの町の大学に進学した。しかし、そこでも一部の教員を除いて、誰も関心を示さず脅威も感じていなかったと話されました。

 

しかし、25才になって関節炎や甲状腺の障害が現れました。それは若い女性一般に共通な症状でした。ホルモンの異常で、不妊に悩む女性も多かったと言います。彼女は、現在「ラディミチ」というNPOで、放射線の高いところから一時避難させる子どもたちの保養プロジェクトに関わり、甲状腺診断機を購入して健康支援も実施しています。診断室には16000人が登録し、年に2000人が来ると言います。子どもたちの7割が、甲状腺に何らかの障害を持ってると報告されました。

汚染の情報が、市民社会に伝わらない。汚染の状況や具体的知識の不足が、更なる被爆を繰り返すという事態が起こっていました。ヴィコワさんは、分からないことがストレスとして心理的に大きな影響を与えると言います。

 

福島原発事故から5年目を迎えるフクシマの現実と今後について、多くの議論がありました。武藤類子さんからの報告の中には、放射性物質を含む廃棄物のフレコンバックが大雨で流されたり、中身が飛び出してしまったりした写真がありました。黒いフレコンバックが大量に並ぶ写真は、地球の最後を想起させます。20mSvもの放射線量の中で、黒いフレコンバックの山を前にしての生活を強要することが、許されるはずがありません。

 

チェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西の振津かつみさんは、第6分科会のレポートの中で、チェルノブイリとフクシマは、それぞれに事故の性格、社会・歴史的背景の特殊性がありますが、原発重大事故として普遍的な被害の問題、被害者の体験や思い・訴え、闘いがあります。それぞれの特殊性を踏まえた上で、互いに学び合い、被害者の相互交流と連帯を深めていくことは重要ですと述べています。

これからのフクシマを考える上で、チェルノブイリの経験は重要な意味を持つのではないでしょうか。

 

被爆71周年原水禁世界大会のスローガンに、「憲法改悪反対!辺野古に基地をつくらせるな!」という言葉が入りました。それを受けて、第3分科会のテーマは「憲法・沖縄・平和を考える」となっています。今、沖縄で何が起こっているのか、日本の民主主義が壊れていくその実態が沖縄にあります。米海兵隊の新基地を建設しようとする辺野古とオスプレイの訓練のためのヘリパットを建設しようとしている高江が、日本の民主主義とは何かを象徴しています。

沖縄平和運動センターの岸本喬さんから、高江のヘリパット工事の強行も含めて沖縄の「不条理」な状況が、そしてこれまでの歴史が報告されました。他県から派遣されている機動隊は別にして、同じ沖縄県民同士がぶつかり合う姿を「悲しいですよ」と表現しつつ、今後も「不条理」に立ち向かうと決意を述べています。

 

軍事評論家の前田哲男さんは、憲法・沖縄・平和と言うテーマは困難な報告になると話、憲法が求める平和の条件をつくることはきわめて困難な状況にあるとしました。しかし、国民は長きにわたって「戦う自衛隊」ではなく「働く自衛隊」を求めて来たとして、そこにきちんと訴えていくことが重要であると指摘しています。

1945年の熱い夏を思い起こし、私たちが、戦後いったい何を求めて来たのかと言うことを再確認しなくてはなりません。前田さんは「立憲主義とは、」憲法を制定し、それに従って統治する政治のあり方」であるとし、それは「平和憲法によって立つ、すなわち『憲法9条に立脚した』平和の創造である」と述べています。

 

 この原水禁大会に来る直前の719日、私は、長野県の上田市近郊にある「無言館」という、小さな美術館に立ち寄る機会を得ました。皆さんご存じでしょうか、アジア・太平洋戦争で戦死した画学生が残した絵画を展示している、素晴らしい美術館です。

 

美術学校に通っていた画学生たちは、卒業してすぐに、また、ある者は学徒出陣によって、戦場に送られました。彼らの使った絵筆の先には、たくさんのモデルの顔がありました。それが恋人だったこともあったでしょう。その二人の間には、それぞれの人間を慈しむ、温かい心があります。その画学生たちが、鉄砲を握って戦闘に駆り出されました。その鉄砲の先に、彼らは何を見たのでしょうか。彼らの手の先に見えていたのは、ひとりの命ある人間です。しかし、その二人の間に温かな人間の心が存在したのでしょうか。持っているものの違いによって、絵筆なのか、鉄砲なのか、そのことによって、対峙する人間との間にあるものは全く違ってきます。愛なのか憎しみなのか、暖かい心なのか冷たい心なのか、生なのか死なのか。

 

想像して下さい、絵筆を以て、人間の本質や自然の摂理と向き合ってきた人間が、人と向き合って人を殺していく悲しみと苦しみを、そのことを想像して下さい。

 

日本の安全保障のためにといって「戦争法」が昨年9月に成立しました。自衛隊が、米軍とともに世界のどこかで戦争を行う日が来ることが予定されています。第4次安倍内閣において、防衛大臣に「祖国のために命を捧げろ」と主張する、稲田朋美衆議院議員が就任しました。

 

無言館に飾られた、日高安典さんと言う方の絵の脇に、添えられた言葉を紹介します。

 

あと5分、あと10分、この絵を描きつづけていたい。外では出征兵士を送る日の丸の小旗がふられていた。生きて帰ってきたら必ずこの絵の続きを描くから……。安典はモデルをつとめてくれた恋人にそう言い残して戦地に発った。しかし安典は帰ってこなかった。

もし、あなたの美術館がお国の美術館だったら、きっと兄の絵をあずける気にはならなかったでしょう、と弟の稔典さんはいう。なぜなら、安典はそのお国の命令で戦地に行ったんですから……。

 

二度と私たちは、私たち自身、そして私たちの仲間を、お国のためにと戦場に送ってはなりません。国策としての戦争によって、その結果として71年前の広島がどうであったのか。そのことを忘れてはなりません。

平和のために、全力を尽くすことを皆さんと確認し合い、まとめとします。 

 

 

 

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2016年8月 6日 (土)

2016「平和の夕べ」コンサート

2016「平和の夕べ」コンサート 

 

広島市、広島文化財団、広島交響楽団、中国新聞が主催する「平和の夕べ」コンサートに今年も出掛けました。今回の演目はシューマン作曲のピアノ協奏曲イ短調Op.54とブルックナー作曲、交響曲第9番ニ短調でした。指揮はマティアス・バーメルト氏、ピアノは萩原麻未さんです。

 

 

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コンサートの会場、フェニックス・ホール

 

86日の前後に様々なイベントが企画されていますが、音楽をはじめとする芸術を通じて慰霊や平和のメッセージ伝える意味は大きいと思います。

 

この記事をお読みの方の中にもコンサートを楽しまれた方もいらっしゃると思いますが、広島出身の萩原麻未さんの思いが伝わるピアノ演奏は感動的でした。そして、私たち年配の世代からは、萩原さんに代表される若い世代が成長する姿を目の当たりにすることが、何よりの楽しみです。

 

アンコールに萩原さんはグノーの「アベ・マリア」を弾いてくれました。この曲は、昨年、市民の手で開かれた「被爆7024時間チャリティー・コンサート」で、ベネズエラ大使夫人のエリカ・コロンさんが独唱、麻未さんが伴奏してくれた曲でもありました。

 

この一年間で、さらに大きく成長した萩原麻未さんの今後にさらなる期待を寄せる一夜にもなりました。

 

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左から萩原麻未さん、エリカ・コロンさん・コンサートのスタッフ(昨年のコンサートで)

 

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コメント

私もとても行きたかったのですが、始まりが早すぎて
西条からでは間に合わないので断念いつぃました。

偶然です。写真の右端のスタッフ方、私、存じ上げて
おります。

「➆パパ」様

コメント有難う御座いました。

偶然ですね。私も知っています。

 

2016年8月 5日 (金)

被爆71周年原水爆禁止世界大会 国際会議・広島大会始まる

被爆71周年原水爆禁止世界大会 国際会議・広島大会始まる 

 

 

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被爆71周年原水爆禁止世界大会 国際会議・広島大会会場 

 

今日から、被爆71周年原水爆禁止世界大会 国際会議・広島大会が始まりました。高品健二さんの被爆体験の証言と訴えは感動的でしたし、高校生平和大使の決意表明も素晴らしいものでした。 また、大会の事務局長である藤本泰成さんの基調提案が開会総会を引き締めてくれました。

 

広島・長崎に始まり、福島、そして熊本、オバマ大統領の広島訪問、さらには相模原市での殺傷事件にも触れながら、さらには歴史的な次元も含めて、分り易いそして説得力のある現状分析でした。それを元に、これから何をなすべきなのかという問題提起を聞いて勇気付けられやる気が出てきたのは私だけではなかったと思います。骨子だけでも良いですからマスコミが報道してくれることを期待しています。

 

残念だったのは、広島市長も県知事も顔を見せなかったことです。広島市議会の沖宗正明副議長が問題提起しているように、日本も核武装すべきだと主張している田母神元幕僚長を講師として、広島で86日に開かれる講演会のチラシを置くように公民館に指示する半面、核兵器の廃絶を目指す市民の集いには顔も出さないのは、「全市民」を代表する行動だとは言えないのではないでしょうか。

 

ついつい「愚痴」になってしまいましたが、原水禁の世界大会を契機にさらに世論のうねりが大きくなるよう、大会全参加者とともに頑張りたいと思います。

 

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広島大会の演壇

 


 

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2016年8月 4日 (木)

8月2日に非核・平和行進を歩く

82日に非核・平和行進を歩く



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毎年82日は午前、午後を通して原水禁世界大会実行委員会による非核・平和行進で坂町役場を出発して、安芸区役所を経て府中町役場前まで歩く。(写真は役場前の出発式)

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安芸区役所に到着後昼食休憩の後1時から区役所前で出発式。区長から激励挨拶を受けたのち出発。

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安芸区船越の日本製鋼所前の交差点。

 

この道は、今は市道だが、1945年当時もあった道でこの町生まれの私たちは子どものころは新国道と呼んでいた道。

 

1974年に市民から募集して集まった「市民が描いた原爆の絵」の一枚にこの場所からみた86日午前10時頃から夕方までの状況を表した絵があり、現在原爆資料館に保管されている。絵の中の文章に「アツイ アツイ 助けて、助けて! 何千人の叫びが夕刻までつづいていく」「ほとんどの人が焼けた皮膚をたらしながら国道31号線を呉方面に向かって」とある。またこの道の左の日本製鋼所には救護所が急設されている。

 

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府中町のマツダ病院前にさしかかる。安芸区長は出発式の挨拶でこの病院の前身の東洋工業附属病院もまた救護所に急設された場所だと話されていた。行進しながら86日のあの日の様子を想像する。

 

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行進団は府中町役場(写真の白い建物)の前の榎川と大川(写真手前)の合流地点の三角州にある慰霊碑の横を歩く。

 

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                     由来と

 

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                    碑文

 

 

原爆で亡くなった犠牲者を荼毘に付したこの地に建立された。行進が終わって立ち寄る。

 

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途中一度休憩ののちに3時前府中町役場に到着。町長からねぎらいの挨拶を受けて無事行進が終了した。明日は府中町からいよいよ平和公園到着となる。

 

毎年、つないで、つないで、非核をめざす。

 

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行進団の皆さんとの会話の中で府中町の原爆被爆者の体験記の有無を聞いてみると、2010年に府中町史第5巻の編集に合わせてこの体験記が別冊として発行されたと聞き元の役場(現府中町歴史民俗資料館)で買い求めた。500円。体験記の中に高校時代の恩師の記述があり、また一つ原爆の新しい事実を知ることとなった。

 

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榎川土手に咲く白いキョウチクトウ。月並みだが暑い一日だった。

 

 

82日 

 社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2016年8月 3日 (水)

ウィラマントリーさんの10項目リスト

ウィラマントリーさんの10項目リスト 

 

今、国連大学で開かれている「RfP 国際軍縮・安全保障常設委員会 特別会合」に参加しています。「RfP」というのは「Religions for Peace」の略で、昔は「世界宗教者平和会議」と言っていたのですが、この組織が世界的に広がったために、最近は英語表記が使われています。

 

長い名前の会議ですが、簡単に言ってしまうと、核兵器廃絶のために宗教はどのような役割を果たせるのかを論じ、具体的な行動につなげるための会議です。仏教、神道、キリスト教、イスラム教等様々な宗教のリーダーが集い、真剣な議論が続いています。「特別会合」と銘打っているのは、今年が、国際司法裁判所の勧告的意見が出されてから20周年にあたるためです。実は、この運動とは1970年以来お付き合いをしています。

 

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宗教者に協力するために、世界各地から、軍縮や安全保障の専門家が来ているのですが、昨日、その一人からとっても「怖い話」を聞きました。すぐお伝えしたいのですが、まだ賞味期限が切れなければ、「同じお題で」の期間に合わせて87日以降に延ばしたいと思います。

 

この会議には、国際法の権威であり、元国際司法裁判所の判事、クリストファー・ウィラマントリー氏も出席予定だったのですが、体調が優れず、代理の若い国際法専門家が出席しています。でも、20年前には勧告的意見の中にある「核兵器は一般的には国際法違反」という文言は「全面的に違反」でなくてはならないという論陣を張ったことで有名です。残念なことに、彼の主張は核保有国そして日本の判事たちによって実現しませんでしたが、今でも国際法の立場から核兵器廃絶のために強力な発言を続けています。平和市長会議とのコラボも熱心に取り組んでくれました。

 

今回の会議でも、何かに付けウィラマントリーさんの発言やこれまでの実績が取り上げられているのですが、今日の会議では、彼が整理をして多くの人が賛成している「核兵器を廃絶しなくてはならない理由の10項目リスト」の紹介がありました。久し振りにこのリストに触れて、出席者一同、改めて大きな感動に包まれましたが、皆さんにも味わって頂きたいと思い、御紹介しておきます。

 

「核兵器が国際法違反であり、廃絶されなくてはならない10の理由」

 

① 戦争の当事国以外の国の戦争に関わらなくても良いという権利を侵す

② すべての生命・生物、生態系の存在そのものを危機に陥れ、生存権を侵す

③ 未来の世代の生存権を侵す

④ 人類生存の権利が、不当にも核兵器を所有する少数の人たちの手に握られてしまう

⑤ 戦争の勝者と敗者が戦争の後に共存する権利を奪う

⑥ 核兵器使用の結果がどうなるかは使ってみないと分らないので、「戦争」の概念が適用できない

⑦ 核兵器から自らを守る「自衛」の概念が適用できない

➇ 核を使う側にも悪影響を与える「ブーメラン効果」を避けられない

⑨ 「防衛」することは不可能

⑩ 広島・長崎以降、「軍事的価値」はなくなってしまった

 

不十分なメモしか取れなかったので、分り難いかも知れませんが、いずれかの機会に解説ができればと思います。


 

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2016年8月 2日 (火)

NHK高校講座----不平等条約の改定

NHK高校講座----不平等条約の改定 

 

関ヶ原以来の日本国内の平和は、ペリーを初めとする欧米からの圧力で変ってゆきますが、その結果、江戸幕府は(18581)安政5年に、アメリカ、イギリス、ロシア、オランダ、フランスの5か国と、安政五か国条約と呼ばれる不平等条約を結びます。「不平等」だったのには、三つの理由があります。

 

Photo


 

一つは、「領事裁判権」を認めたこと。本来は「無理やり認めさせられた」とでも書くべきなのですが、内容を分かり易くするため、感情的にならないように表現します。つまり、「治外法権」を認めたのです。二つ目に関税自主権がなかったこと。自分で関税を決められなかったということです。そして三つ目は、一方的な最恵国待遇を認めさせられたことです。

 

その後の外交努力により、1911年まで掛かりはしましたが、この不平等条約は改定されました。その過程を楽しくかつ正確に知るための20分の動画があります。私が説明するより是非この動画を見て頂きたいのですが、それは「NHKの高校講座 日本史 29回」です。URLも載せておきましょう。

http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/nihonshi/archive/chapter029.html

 

文字化されたテキストは次のサイトで見られます。

http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/nihonshi/archive/resume029.html

 

高橋英樹さんが「高橋歴史女学館」の館長という役柄で司会をしながら、不平等条約について学べます。あとは皆さんにお任せしてしまって楽しんで頂ければ良いのですが、この講座で強調しているのは、次の三つです。

 

つまり、条約改定が成功した三つの理由です。

①改定のための努力をしたこと

②立憲政治を確立し、近代国家として認められたこと

③議会の意向を尊重し、「民意」を表に出すことで、妥協をせずに済んだこと

 

NHKの会長や経営委員の発言からは想像できないような内容ですが、「高校講座」と銘打ってあるからには、個人的な歴史観ではなく、客観性のある事実が盛り込まれているからでしょう。

 

そして、明治日本だけではなくその後の日本にとっても最重要課題とも言える不平等条約の改定が、軍事力を背景にしたのではなく、立憲政治の確立と民意の反映によって成し遂げられた事実を謙虚に学びましょう。

 

にもかかわらず、これだけ平和が続いている今の日本で、立憲政治を止めて、民意は無視する政権が多数を取り続けていることが、限りなく危うく見えるのは、NHKの高校講座に毒されてしまったせいでしょうか。

 

 

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2016年8月 1日 (月)

日本はずっと平和だった

日本はずっと平和だった 

 

前回は、外国との戦争による日本人戦死者数を、1853年から1945年までの間と1945年から2016年までの間、という二つの区間を取り上げて比較してみました。この比較は、日本が平和になっているというもう一つの根拠です。では、多くの人の頭の中で「戦争の好きな国」というイメージのあるアメリカではどうなのでしょうか。特にベトナム戦争に反対する運動は、アメリカ兵の死者数が大きくなったためとも言われていますので、この点も確認しておく必要がありそうです。

 

南北戦争は外国との戦争ではありませんが、戦死者数が多いので、入れておきました。

l 南北戦争                      63万人

l 第二次世界大戦             41万人

l 第一次世界大戦             12万人

l ベトナム戦争                   6万人

l 朝鮮戦争                       4万人

l 独立戦争  3万人

日本との比較ができるように、1853年から1945年までの92年間の戦没者数は大雑把に数えて、約120万人(以下)1945年から今までに約13万です。桁が違っています。ベトナム戦争での死者は6万人ですが、これを第二次世界大戦と朝鮮戦争の延長線上で捉えると、恐らく「もうこれ以上は我慢できない」といった気持ちが生まれても当然だったのではないでしょうか。ましてや、モハメッド・アリ氏のように「ベトナムの人を殺す個人的理由はない」と考えた人もいたのですから、反対運動が起きたのも必然だったと考えられます。

 

日本もアメリカも、世界は平和になっているのと同じ流れで平和になっているのかもしれませんが、日本に特化して歴史を振り返ることからも大切な事実が浮かび上がってきます。

 

明治維新よりはるか前、戦国時代が終りを告げた関ケ原の合戦まで遡ってみましょう。1600年から、今年2016年までの416年間を振り返ってみましょう。その間に、日本が外国との戦争で戦死者を出したのも、1895年から1945年までの50年間だけなのです。徳川時代に鎖国をしていたのですから当然だという見方もありますが、「鎖国」を与えられた前提として考えるのではなく、一つの国策、外交政策として捉えると、このことで300年近く平和を維持できたことは高く評価しても良いのではないでしょうか。戦後の日本では、たったの70年で「平和」を捨て去ろうとする動きがこれほど顕著なのですから。

 

もちろん、薩英戦争等、外国との戦争で亡くなった人はいますが、概数としての310万は変わらないと考えて良いでしょう。もう少し直観的に把握するため、関ケ原以来の416年間に外国との戦争で日本人が亡くなった1895年から1945年を、年表として視覚的に捉えておきましょう。

 

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つまり、基本的に日本は平和な国であり、戦争に明け暮れた50年間が異常だった、と解釈すべきなのではないでしょうか。

 

日本が軍事力を持ち、外国からの侵略を防いだから植民地にはならなかった、という主張もありますが、それもNHKの高等学校講座で分りやすく整理をしてくれています。次回には、それを要約してお伝えしたいと思いますが、不平等条約を改定して治外法権を取り戻したのは、軍事力ではないようです。日米地位協定等による沖縄をはじめとする基地その他における治外法権についても、「軍事」的な思考に依らず解決することは可能だという歴史的事例になっています。

 

  

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