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2016年6月14日 (火)

ヒロシマ演説の視点とアウトライン (ヒロシマ演説を読み解く――その3)

ヒロシマ演説の視点とアウトライン

(ヒロシマ演説を読み解く――その3)

 

今回は「逐条的」に演説を読んで行く予定だったのですが、全体像がハッキリしない中で一つあるいはいくつかの段落だけに注目すると、各段落が「独り歩き」してしまい誤解を招きかねないことに気付きました。いつも早とちりしてすぐに修正しなくてはならないことを繰り返していますが、御寛恕頂ければ幸いです。

 

今回はヒロシマ演説の全体像を俎上に載せたいと思います。

 

演説ですから当然話し手がいて、聞いてくれる人がいるのですが、平和公園の慰霊碑の言葉が示しているのは、「話し手」とは碑の前に立つ人を含めた人間の集合であり、その範囲は碑の前に立つ人の気持によって変るということです。そこに「私」が含まれているのは、「変革のための4原則」の①が指摘しているように、変革する力は自分が持っているからです。

 

 

Photo_4

 

527日に平和公園で演説したのは紛いもなく、「アメリカの大統領」なのですが、演説の中の「話し手」は、これまでの人類の歴史を背負った良識ある市民の代表であるように思えました。そして「聞き手」は、被爆者も含めた「ヒロシマの心」なのだと言いたいのです。この「話し手」と「聞き手」の想定から離れる箇所もあるのですが、その前に「話し手」と「聞き手」の関係をどう捉えたら演説の内容が正確に理解できるのかを考えてみたいと思います。

 

 

今回の訪問が、「ヒロシマの心」の招待で「世界市民」が足を運んだと考えると、まず、「ヒロシマの心」はどのような理由で招待をしたのかが問題になります。この点については、これまで口が酸っぱくなるほど説明しましたので、繰り返しません。このブログの「オバマ関連」というカテゴリーに入っているエントリーを再度お読み頂ければと思います。

 

その招待を受けて広島にやってきた「世界市民」は、今回の訪問はホストであるあなたの気持が十分理解でき、それに共感したからですと先ず述べています。さらに、訪問すること、さらに「ヒロシマの心」から教訓を得ることが「世界市民」にとって、また世界に取っていかに大切であるのかをホストに伝え、ホストと共にその意味を世界に発信しているのがヒロシマ演説の中身だと言って良いように思うのですが如何でしょうか。

 

ここまでは、「話し手」が「世界市民」そして「ホスト」である「ヒロシマの心」という単純な設定で話を進めてきましたが、「理想を掲げる--その1で説明したように、核兵器や戦争と平和に関わるプレーヤーは多様です。その中から、「脇役」として無視できないプレーヤーが「二集団」います。その一つは、「オバマ効果」 やその他のエントリーで取り上げた、「原爆投下は正しかった」と信じているアメリカ人たちです。そしてもう一集団は、「大統領の謝罪 No. 2」 で取り上げ、BS朝日の「いま世界は」でも責任を問うた外務省、ならびに日本政府です。

 

実は日本政府は「脇役」どころか、政府対政府の関係では今回の訪問の公的なホストです。ヒロシマ演説中、全く無視できる存在ではありません。

 

こうした現実を反映して、演説の中で、視点が変っている箇所が何カ所かあります。ここで必要があれば、[参考資料]として掲げた演説の全文を参照して頂きたいのですが、例えば、演説の(a)段落で「空から死が降ってきて世界が変わりました」と「人類が自分自身を破壊する手段を手に入れた」、そして(b)段落では「それほど遠くない過去に恐ろしい力が解き放たれた」という表現があります。簡単に「原爆投下」という言葉を使っての表現、あるいは投下を正当化している人たちなら「戦争を早期に終らせた原爆投下」を使って言ったとしてもおかしくはない個所です。もちろん、投下したのはアメリカ合衆国ですから、これらの段落の主人公はアメリカ合衆国ならびにその大統領です。

 

しかし、「原爆投下を考えるために広島に来た」と言ってしまえば、それは「謝罪」だと短絡的に取られてしまう可能性が大き過ぎるのです。それこそ人類的な立場の表現によって、「正当化信奉者」の反発が起きないように配慮しているのがこれらの個所です。こうした手法は、安倍総理の戦後70年談話で多用されているのですが、これについてもまたの機会に譲ります。

 

その安倍政権への配慮がはっきり現れているのが、(m)段落です。日米両政府の戦後を振り返ると、それが「希望をもたらす選択」だけではないことは、オバマ氏自身十分理解しているはずです。例えばベトナム戦争があります。しかし、「同盟」について言及することは安倍政権から強く要請されていたのでしょうから無視する訳には行かず、未来の視点からは問題のある同盟だと、この場では言えないでしょうから、せめて「希望をもたらす」と「同盟」とは切り離して (これは、プラハ演説の「核兵器を使用した唯一の核保有国」と「道義的責任」をほんの少し離したのと同じ手法です)、さらに市民のレベルであれば「友情をはぐくんでき」たのは確かですから、それを国家レベルとも読める文脈で表現するという、高度の手法を使って凌いでいます。 

 

今回も考えていたより長くなってしまいました。もう一カ所、「被害」と「加害」を対比して強調してきた立場の方々であれば、問題視するであろう点があります。問題視するであろう転換点があります。この点については (再考の結果、先送りしない限り) 次回論じたいと思います。

 

 

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