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2016年6月 5日 (日)

ヒロシマ演説を読み解く――その1 [平和市長会議]

ヒロシマ演説を読み解く――その1

[平和市長会議]

 

何回かに分けて、オバマ大統領のプラハ演説とヒロシマ演説についての感想をお読み頂きたいと思います。「読み解く」と書いたのは、丁寧に読んで、演説に中に埋もれている宝を見付けたり、関連する考え方やそれが詳しく書かれている本について、私の知っている範囲で気付いたことを、忘れないように記録しておくという意味を込めています。

 

前にも書きましたが、オバマ大統領の声と同時通訳の声が重なってしまって、演説の全てを「同時に」聞き取ることが出来ませんでしたので、毎日新聞に掲載された英語とその訳を元にしています。

 

Photo_2

 

最初に取り上げるのは、演説の最後近くの、理念を具体的にまとめた部分です。説明し易くするために、本文にはない番号を振りました。

 

 全ての人のかけがえのない価値です。全ての人命は貴重であるということです。私たちは一つの家族の一部であるという根源的で不可欠な考え方です。それが私たちが伝えていかなくてはならない物語です。

 

 だからこそ私たちは広島に来るのです。それによって、私たちは、愛する人たちに思いをはせます。朝一番の子供たちの笑顔。食卓での配偶者との優しい触れ合い。親の心地よい抱擁。そうしたことを思い、そうしたかけがえのない瞬間が71年前のここにもあったのだと考えることができます。亡くなった方々は私たちと全く変わらない人たちでした。

 

 普通の方々はこうしたことを理解できると思います。彼らの誰もがこれ以上、戦争を望んでいません。むしろ科学の驚異を、命を奪うのではなく、もっと人生を豊かにすることに役立ててほしいと考えています。

 

 国家が選択をするとき、国家の指導者がこのシンプルな英知をかえりみて選択すれば、広島から教訓を得られたと言えるでしょう。

 

これほど分り易く、「平和市長会議」の意味を表してくれた文章はないように思います。

 

最初から横道に逸れてしまいますが、ここでは正式名称の「平和首長会議」ではなく、古い名称である「平和市長会議」を使います。「市長」だと「町長」や「村長」、「知事」が入らない、という理由で名称を変えたようなのですが、それなら、正式名称として「平和市長・町長・村長・知事会議」を採用して、略称として「平和市長会議」を使うという手があったように思います。

 

何故、「首長」という言葉を避けた方が良いのかという理由は、これが官僚用語で、私たち市民が使う言葉でないからです。例えば「市長さん」とか「村長さん」という呼び掛け方はありますが、「首長さん」と呼び掛けることがない言葉なのです。この点を問題にしているのは「平和市長会議」の依って立つ理念と関係があるからです。

 

②で、オバマ大統領が描いているのは、普通の市民の生活です。このように生活する市民が集まって、都市が出来ています。市民の視点からの世界の描き方です。この市民の日常語には「首長」はありませんし、恐怖を元にした国同士の戦争政策もありません。このような生活を守る立場から、都市が手をつないで核兵器をなくし、戦争のない世界を創ろうというのが「平和市長会議」の目的です。

 

これをまとめてくれたのが、③で、科学にも触れています。演説の前半でも科学についての言及がありますが、この点については「平和宣言」との関連で、再度取り上げます。

 

③では、平和を求める気持は全ての市民に共通だという点が強調されていますが、国と国との違いを超えて、例えばイスラエルの都市もパレスチナの都市も「平和市長会議」に加盟しています。しかしそれは、国と国との違いを代弁するのではなく、都市や市民の、平和を求める気持をつないで協力するためです。その基盤としてこうした共通理解があるのです。

 

それに続く④では、国つまり国家が、このような市民の気持、ということは都市の考え方と言い換えられるのですが、を元に国の政策を作れば、世界が平和になると述べています。これこそ正に「平和市長会議」が国に働き掛けて来た理由なのです。

 

例えば、アメリカの1,200ほどの人口3万人以上の都市が集まっている「全米市長会議」という組織があります。「全米市長会議」はアメリカの連邦政府とは違って、1970年代から核兵器の廃絶を訴えてきました。平和市長会議の「2020ビジョン」も全面的に支持をしてくれました。総会毎に、満場一致で支持決議を採択してくれています。その決議の中で、2010年には、オバマ大統領が広島・長崎を訪問するように勧告してくれています。

 

オバマ大統領は、就任当時から広島に来る強い気持を持っていたことはプラハ演説からも分りますが、④を通して読むと、自らの信念に従って、市民や都市の「英知」を国の方針として採用したと解釈することも可能です。元々そのような英知を内面化していた人なのだと言っても良いでしょう。

 

こんなに素晴らしい理解者を得て、「平和市長会議」の活動がますます活発になることを期待しています。

 

 

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コメント

私はオバマ大統領の広島演説を聞きながら、秋葉市長の平和宣言を聞いているような気分になりました。立場の違いはあるものの、市民目線でヒバクシャという言葉も使い、人類の向かうべき道が示されました。

オバマ大統領の言葉からは「戦争という馬鹿げた行為を続ける人類に対する怒り」を感じ、しかし「過去に過ちを犯したが、別の道(=核廃絶)も選ぶことができる」という希望もあり、それを「ヒバクシャ」が語っているという行は、まさに初めて秋葉市長の平和宣言を聞いた時の感動と同じでした。

米軍の最高司令官が「戦争を紛争解決の手段であるとする(原爆投下を正当化してきた米国の)考え方を改めねばならない。紛争を外交的手段で解決する必要がある」と言ったことは大きいことだと思いました。

一つ残念に感じたのは唯一の被爆国としての日本政府の役割への言及がなかったことですが、何もかもオバマ大統領に期待するのも間違いで、これは広島市民、日本国民の役目なのだとも改めて思った次第です。

「工場長」様

コメント有難う御座いました。

確かに、平和宣言と同じ言葉がありますし、問題意識も似ているところがあるように思います。どなたか簡単な比較表を作って頂けると有難いのですが--。

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