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2016年5月31日 (火)

オバマ効果 (プラハ演説 その2)

オバマ効果

プラハ演説 その2

 

2

 

前回は、オバマ大統領には広島を訪問するという強い意志があったことをプラハ演説の言葉から説明しました。このことは、2010年にオバマ大統領とお会いしてから確信に変わりました。これについては、511日のエントリーを御覧下さい。

 

オバマ大統領の思いを実現する上でのアメリカ国内での障害は、「原爆投下は正しかった」と信じている人たちが圧倒的多数だったことでした。つまりアメリカの世論ですが、その世論の変遷を見てみましょう。

 

1945年、原爆投下直後の世論調査の結果はいくつかありますが、どれも85%から90%の人が「正しかった」と答えています。間は飛ばしますが、それが2009年には67%まで減りました。10年ごとに約3%ずつ減っていることになります。

 

それが、2005年には56%になりました。一年単位だと1.8%ですが、10年として数えると、18%減っています。それ以前のペースの6倍です。これは注目に値します。

 

一つには、三分の二(2/3)の人がオバマ大統領の広島行きに反対していると考えると、その世論に背くリスクはかなりのものになると考えられます。でも二分の一(1/2)、つまり半数ほどの人が広島行きに反対している環境ならつまり五分五分の状況で、リスクを犯しても、万一の場合のダメージは何とかコントロールできる範囲だと考えられるのではないでしょうか。三分の二が重要なのは、憲法改正の発議の条件にもなっている通り、「圧倒的な世論」の指標になっているからです。

 

それが、二分の一になったということは、オバマ大統領にとっては、「環境が整った」ことを示す最重要のシグナルだったのかも知れません。

 

次に、なぜこれほどの変化が生じたのかを考えたいのですが、これが本稿の主題です。 

 

私の親しいアメリカの友人たちはほとんど全て、原爆投下について、犯罪的行為だという自覚を持っています。「とんでもないことをアメリカがしてしまった」という意識です。そして、「投下は正しかった」と言っている人たちの多くも、心の底では「酷いことをした」と思っています。正直にこのことを認めた上で、でもあの時点では「仕方なかった」あるいは「正しかった」という考えを表明する人も多くいます。

 

さらに、その上で、正直に自分の気持を確かめてみると、「間違っていた」としか考えられないという人もいます。それに自分自身、気付いたとしても、そう言ってしまうと自分の家族や友人、同僚などから「裏切り者」扱いをされると感じて、「正しかった」と言い続けた人もいるはずです。

 

でも、アメリカのリーダーであり、戦争についての最高責任者である大統領が「道義的責任」があると言ったのですから、その文脈が違っていたとしても、「ああ、自分の直観は正しかったのだ」あるいは「大統領があそこまで言っているのだから、本当のところ原爆投下は間違っていた」と自分が言うことも許される、と感じた人もいるはずです。その気持を直接言わないにしろ、「正しかったとは言えない」くらいのことは公言するようになったのではないでしょうか。

 

これを「オバマ効果」という言葉で表したいと思います。それに加えて、ヒロシマ演説での「オバマ効果」もあるのですが、これについても、取り上げて行きたいと思います。

 

そして、この考え方が正しいとすると、プラハ演説ではしっかりと自らの意思を表明し、その実現するための障害を越える手段まで提供したことになります。この意味まで含めて考えると、プラハ演説の本当の凄さが伝わってくるように思います。

 

 

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コメント

長谷川豊のブログでオバマ訪問を評価しないと書かれていましたが、コメントは圧倒的にオバマ評価でした。参考まで。

http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/47650082.html#comments

「読者」様

長谷川豊氏のブログを紹介して下さり、有難う御座いました。かなり長い感想ですし、コメントも多いので読むのに時間が掛かりましたが、参考になりました。

共同通信のアンケートでは98パーセントの人が、オバマ訪問を評価しています。ほとんど全ての人ということが、ちょっと心配ですが、ただ単に政治家 としてというだけではなく、人としてまた世界的なリーダーとしての評価だと思います。このような資質を持つ人物が我が国にはいないこと、でもそのような リーダーを渇望している多くの人の気持が98パーセントになったのかもしれません。

ついでにもう一つ、ご存知かも知れませんが天木直人さんのブログを紹介しておきます。
「見事だったオバマの広島訪問」と題して、オバマ大統領と安倍首相を「見事」と皮肉り、秋葉前広島市長の「今回が最後ではなく、最初になってほしいと。」 という言葉を「この言葉こそ、今度のオバマの広島訪問を正しく評価する見事な意見だ。」本当の意味で「見事」だ。と書かれています。

http://天木直人.com/2016/05/28/post-4642/

「読者」様

天木氏のブログを紹介して下さり、有り難う御座います。彼は私が尊敬する友人の一人ですが、オバマ大統領の今回の広島訪問が出発点だということを同じく感じて貰えたことをとても嬉しく思います。

日経の記事を訂正しておくと、私は「出発になってほしい」とは言っていません。「これが最初で最後ではなく、現職のアメリカ大統領からこれから何人も広島を訪問する出発点であることが大切なのだ」と言っています。

逆に、日本の政治や社会の責任者が、日本政府や軍部の被害を受けた地域に出掛けて、「謝罪」するかどうか別として、「追悼」の意思を示すくらいは最低限必要だと思います。

そもそも米国は移民が先住民を皆殺しにして大陸を奪い果ては太平洋の真ん中まで占領した単独派遣国家であるが、その大統領は世界で最も多くの核兵器を持つ米国の最高権力者であると同時に世界中に戦争を仕掛けている米軍の最高司令官であり、広島で述べたように戦争が人類最大の愚行で核兵器が人類の邪悪さの象徴だと言うのなら、今すぐにでも大統領令を発し米軍が仕掛けて継続している戦争をやめて自国の核兵器の廃棄を進めれば良いだけにも関わらず、核戦争を始めるためのカバンを持って来日し、岩国米軍基地では兵士を激励したすぐ後にオスプレイを従えて広島に行き「戦争は人類が持つ最大の矛盾だ」と崇高な詭弁を巧妙に語り自らが戦争という過ちを繰り返す人間の矛盾の見本をまざまざと見せつけた。オバマ大統領は安倍首相の人気取りの道具に使われてまで、その矛盾を反面教師として見せつけたかったのであろうか。

「通りすがり」様

コメント有難う御座いました。

おっしゃる通りです。世界の悪、その中には当然アメリカという国の持つ悪さらに他の国々の悪も入りますが、それをただし、正義を実現することには大賛成です。そして、「通りすがり」さんが鋭く指摘して下さっているように、現実の世界は矛盾に満ちています。その一つは、強大な権力を持つアメリカの大統領でも、仮に正義を実現したいと思っていても、自分の意思で「国」という不思議な存在、そしてその集合である世界を自由に動かすことが難しいということです。

理想を実現しようと具体的に動いても、上手く行かなかった例には事欠きません。1986年にレーガン大統領とゴルバチョフ書記長はレイキャビックで会談し、二人の間では両国の核兵器を全廃するという合意に至りました。

しかし、それは「冷戦を維持し続けていたテクノクラート聖職者」とも呼ばれた官僚や軍産複合体、マスコミ、経済界等の力によって潰され日の目を見ませんでした。

奴隷解放を強く主張していたリンカーンは、大統領になるや、奴隷制度を容認しました。大統領は憲法を遵守する義務があり、当時の憲法は奴隷制度を認めていたからです。しかし、1863年には、戦争に勝つためという大義名分を使って、大統領としてではなく軍の最高責任者として奴隷解放令を出しました。

アメリカの大統領でも瞬時に理想や正義を実現するのは難しいことはお分り頂けたと思います。アメリカ社会の持つ価値観や歴史観、議会の勢力関係等々、障害は多くあります。その一つが「原爆投下は正しかった」という、アメリカ社会の持つ「信仰」です。それも、プラハ演説の影響で変わりつつありますし、今回の広島訪問でさらに加速すると思います。それは、核なき世界に一歩近付くことを意味します。

そのような状況下、これまでの大統領は誰も「核なき世界を目指す」とは言いませんでした。初めてその意思を大統領として表明したことには大きな意味があるのではないでしょうか。広島での演説の中でオバマ大統領は、その意思を確認し、「ヒバクシャ」という言葉をそのまま使い、「ヒロシマの心」に寄り添う立場を示しています。これも大切です。

こうしたことが多くの被爆者や市民を動かしています。あの演説になぜ多くの人が感動したのかを考えて見ることも大切です。それは人類的なレベルで、オバマ大統領が理想を語り、核なき世界を市民の視線から始めて世界のリーダーたちをさらには「国」という存在を変えて行くという道筋を示した点が大きいように思います。

「ヒロシマ演説」にインスピレーションを受けて、核のない平和な世界を創るために行動しようと決意した人も多くいます。このような創造的エネルギーを生んだ事実も無視してはならないと思います。

コメントだけでは十分に意を尽せませんので、これからの記事の中でさらに詳しく論じられればと思います。

 

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