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2016年4月 1日 (金)

原点は5円玉

原点は5円玉

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私が同時通訳として平和運動に関わるようになったのは、遠い昔の1961年です。大学の掲示板で見たアルバイト募集の張り紙を見て友達と、夏の原水爆禁止世界大会で働くことになりました。

著名な先輩たちから厳しい訓練を受けて、東京で開かれたいくつかの会合で逐次通訳をした後、京都で開かれた第一回世界宗教者平和会議で同時通訳デビューをすることになったのです。仏教、神道、キリスト教、イスラム教等の聖職者たちのスピーチをブースから訳すことが仕事でしたが、内容は難しく、冷や汗をかきながら何とか役目を果すことが出来ました。

その打ち上げの会で、日本山妙法寺の佐藤行通上人から伺った5円玉の話が私の原点ともいえる存在になりました。

皆さんも御存知だと思いますが、日本山妙法寺のお坊さんたちは、黄色い袈裟に身を包み、団扇太鼓を叩きながら、世界平和そして核兵器のない世界実現のために歩き、座り込み、抗議行動やアピールをすることで知られています。例えば、広島からアウシュビッツまでの平和行進など、大胆かつ勇気のいる活動で知られています。

その年も、佐藤上人たちは東京から京都まで、夏の暑さにも負けず、団扇太鼓を叩きながら歩いて平和を祈り続けたのです。そしてある日、夕暮れの田舎道で、行脚する一行を待っていた一人の老婆に出会います。彼女は、汗にまみれた5円玉を佐藤上人に手渡して、息子さんが戦争で亡くなったこと、その日は平和行進の一行が村を通ると聞いて仕事を休んで待っていたこと、さらに二度と戦争を起こして欲しくないことを訥々と訴えたのでした。

私たち若い世代がしっかりと受け止めなくてはならないのは、この母親の気持だ、これが平和運動の原点だと、佐藤上人の涙が私たちに教えてくれました。

平和運動だけではなく、人生や社会を理解する上で、至るところに5円玉があることにも気付きました。

遠い昔になってしまった1961年ですが、仕事でも個人的なことでも難しい状況に遭遇した時に、5円玉さえ見れば元気付けられ新たなエネルギーが生まれるという余得にも恵まれた素晴らしい年でした。

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コメント

ブログ解説のお知らせ、ありがとうございました。
生成のブログは格調高く、私の駄ブルグがまた
またランクを下げそうですw

⑦パパ様

「イライザ」は、このブログのお世話係で、実質的に活動して来られた多くの皆さんに、人間的なエピソードを投稿して貰うことが目的です。

ブログの大先輩、⑦パパさんの御指導も宜しくお願いします。

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