2019年7月21日 (日)

インゲンとトウモロコシを収穫 ――サルと日照時間の影響――

二週間ほど前には、自然の力に畏敬の念を抱いたのですが、その時心配した通り、サルが出てきました。一番実の入ったトウモロコシを食べてしまったのです。それも全部食べたのならまだ「美味しかったんだから仕方がない」と諦めもつきますが――いや本当はつきませんが、言葉の調子でこう言わざるを得ないではありませんか――上の方、三分の一くらい食べて、二本の茎を引き倒してしまっていました。それからすぐ、サル対策をすれば良かったのかもしれませんが、御近所の皆さんが盛んに音だけの花火でサルを遠ざけている様子が分ってきましたので、これ以上の被害はないだろうと腰を据えました。

それから、約二週間して、トウモロコシの被害はありません。そして去年も豊作だったツルナシインゲンが大量に生っています。トウモロコシもまだまだの感じなのですが、サルの被害に遭う前にと、こちらも合せて収穫しました。まずは、インゲンから。

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我が家だけでは食べ切れませんので、親戚にもお裾分けです。前にも書きましたが、本当ならいろいろなものを頂いている御近所にお裾分けすべきなのですが、その御近所は皆さんプロの農家です。とても恥ずかしくて、我が家の農産物など差し上げられません。そしてトウモロコシ。

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実が入っていないのは、一目瞭然ですが、サルに食べられる前に、という至上命題がありますし、もう一つは、日照時間の少なさが問題です。カーッと太陽が照り、地上一メートルの高さまで熱気に覆われている状態でないと、トウモロコシの実は入りません――これまでの経験則です。

とは言え、我が家の夕飯は、それでもこんなに豊かになりました。メインはカレーですが、その他に我が家の庭からの収穫でほぼテーブルが埋まっていることに感謝しつつ、ビールの栓も抜きました。

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[2019/7/21 イライザ]

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2019年7月20日 (土)

1964年東京オリンピック ――同じお題で書きましょう――

若い世代の皆さんはまだ生まれていなかったのですから、1964年の第18回東京オリンピックを見ることはできなかったのは当然ですが、当時も人気が高くチケットを手に入れるのは至難の業でした。私も競技上のチケットは手に入らず、生で見られた種目はありません。

でもそれで良かったのかもしれません。なぜなら、私はその時、アメリカ選手団を応援していたからです。周りの人たちから袋叩きになっていたかもしれないではありませんか。と言ってもそれほど深刻ではなく、応援していたのは全種目ではなく、クロスカントリーに出場した、クラスメート、そして陸上のチームメートだったのです。競技場は東大の検見川総合運動場で、当時私が住んでいたところから二駅しか離れていませんでした。

クロスカントリーのチケットは当らず、競技を見ることはできませんでしたが、競技場まで出掛けて、アメリカの選手を見付けて貰い、私のチームメートの「トム・カリー」に差し入れを渡して貰うように頼みました。

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東大検見川総合運動場

実は、その年の5年前から一年間、イリノイ州の小さな町の高校に留学していたのですが、シーズンごとに選べる部活のスポーツの内、春のスポーツには陸上を選んで、短距離、幅跳び、高跳びといろいろ練習したのです。そんなチームメートの中で頭抜けて優秀だったのがトム・カリーで、イリノイ州の高校大会でも優勝したほどでした。彼がオリンピックに出ることになったのも、その町では大騒ぎでしたし、私も直に応援したかったのですが、チケットが手に入らなくては仕方がありません。

結果は残念でした。そして、彼に会えなかったのはもっと心残りでした。

でも、このオリンピックでは思いがけず、閉会式のチケットには当たっていたのです。その閉会式で印象的だったのは、入場するときに選手たちがバラバラに入ってきたことが一つ。会場が温かい自然な雰囲気に包まれました。そして最後に讃美歌の「神ともにいまして(また会う日まで)」が演奏されたことです。選手も観客も一つになったときでした。

それから55年が経ちましたが、オリンピックだけではなく様々な場面で多くの人に会い、また別れてきました。そんな場面で、今でも1964年のオリンピックの閉会式の「神ともにいまして」が蘇ってきます。来年のオリンピックの閉会式にもそんな感慨を催す人がいるのかもしれません。

[2019/7/20 イライザ]

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コメント


参加ありがとうございます。

 

おそらく、今回の同じお題で、チームメイトがオリンピックに
出たなんて話は出てきませんよ。応援出来ていれば良い
思い出だったでしょうね。それにしても羨ましいです。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

そして、トムのその後はあまり良く分りません。同窓会にも出てきていませんし、同窓会誌にも消息が載っていません。また会えたら良いのですが――。

 

 

2019年7月19日 (金)

日本のテレビは「いじめ」を助長している ――みんなで声を上げましょう――

イギリスの人気テレビ番組「Britain’s Got Talent (私訳: イギリスの隠れた才能発掘! BGTと略)」は、「いじめ」について、積極的に関わり、「いじめはいけない」「いじめを受けた子どもたち、受けている子どもたちよ、頑張れ」といったメッセージを出し続けています。

それに対して、日本の子どもたちは、日常的にテレビからどんなメッセージを受けているのでしょうか。サイモンと同じように、批判に晒され反省することでテレビ番組の内容が変ることを期待していますが、取り敢えず現状を簡単に見てみましょう。

日本のテレビ番組で、隠れた才能を発掘する目的を掲げているのは、テレビ東京の「カラオケバトル」があります。堺正章が「オウナー」ということで、高校生や中学生、時には小学生までが出場しています。それと、出場者は芸能人ですが、俳句や華、水彩画等の才能を評価する、TBSの「プレバト」くらいでしょうか。

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「プレバト」は私が好きな番組なのですが、それは、番組の大きな枠組みを無視して、純粋に才能の評価が行われている場面に限っての話です。まず、司会の「浜ちゃん」の言動は、テレビなら「いじめ」は許されるのか、と言っても良い暴力性に満ちています。人の頭を殴ることは日常茶飯事、しかも擬音まで使ってそれを強調しています。また、芸能界では「いじる」と表現されるようですが、本当は「いじめる」の短縮形だとしか考えられない言葉の暴力には辟易しています。さらに、さすがに今は減りましたが、俳句の先生である夏井いつきさんを梅沢富男という男が、「ババア」呼ばわりしていたことも、多くの人々の顰蹙を買っていました。

私たち大人なら、このような言動を不愉快だと思い、より大きな世界の判断基準に従って対処することは可能です。でも世界が狭い子どもたちにとって、ましてや、学校で「いじめ」に遭っている子どもの場合、周りの加害者からも先生からも「あれはふざけているだけのこと」と問題にされない場合、このような番組を見せられれば、「おかしいのは自分の方だ」と思い込んでしまうことがあっても不思議ではありません。

「いじめ」が原因で自殺した子どもたちのケースが何度も報道されながら、調査をしたはずの担任が、加害者と傍観者の「あれはふざけていただけ」を鵜呑みにしてしまう背景に、「プレバト」のような番組の、「いじめ」助長とも思われる言動があるとしたら、私たちがもっと声を上げなくてはいけないのではないでしょうか。

「カラオケバトル」では、さすがに子どもの頭を叩いたり、言葉による「いじめ」は見られませんが、それでも、信じられない光景を先日目にしました。

出演者は、北海道の高校に通っている女子高生です。工業系の学校だということで、一クラス約50人の生徒のうち、女子は2人だけだということでした。このような環境に置かれている女子生徒の立場が難しいことは誰でも理解できるはずですが、それでも耳を疑ったのは、この二人の女子生徒に対して、男子生徒は一切話し掛けもしないという事実があることでした。しかもそれは、一種の温かいエピソードとして扱われていて、「カラオケバトルで優勝したら話し掛けて貰えるかもしれない」ことが強調されていたのです。

でも考えてみて下さい。全員が男子だとして、二人だけ全く話し掛けてももらえない生徒がいるとしたら、それはどんな定義を適用したとしても「いじめ」です。でもその二人が女子生徒だと、途端にいじめではなくなってしまうし、学校側でも何の対応もしていないとは、呆れて物が言えません。

BGTとAGTでのサイモンの言動を問題にした人たちは、普通なら「いじめ」でもテレビで同じことをすれば称賛されるのはおかしくないか、と主張しました。それは、「被害」に遭った子どもたちの人権という視点からは当然のことです。日本のテレビ界でも、そろそろ、子どもの人権という視点から番組の内容を考えることをはじめても良いのではないかとも思いますが、皆さんは如何お考えになりますか。

[2019/7/19 イライザ]

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2019年7月18日 (木)

「いじめ」をなくそう (3) ――テレビ番組の役割――

イギリスの人気テレビ番組「Britain’s Got Talent (私訳: イギリスの隠れた才能発掘! BGTと略)」は、「いじめ」について、積極的に関わり、「いじめはいけない」「いじめを受けた子どもたち、受けている子どもたちよ、頑張れ」といったメッセージを出し続けています。

一寸穿った見方をして、仮にこのような姿勢が、「「涙もろい」視聴者の心理に付け込んで視聴率を上げるための商業的な意図」に基づいていたとしても、「いじめ」についての正しい考え方を発信し続けること、特に「いじめ」を受けている子どもたちに寄り添おうとすることには、大きな意義があります。これについて書き始めたのですが、二回にわたっての「準備」が必要になりました。

さらに、もう少し調べてみると、BGTやAGT(America’s Got Talent、つまりBGTのアメリカ版)のプロデューサーで、最近は一貫して「いじめ」に反対の姿勢を示している、審査員のSimon Cowell (サイモンと略)は、辛口のコメントで知られており、かつては番組の出演者に対する彼のコメントや行動が「いじめ」だとの批判を受けたこともあったようです。

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サイモンのFacebookから

その反省があるからかもしれませんが、最近のBGTやAGTの番組でサイモンは、一貫して「反」「いじめ」に徹しています。何人か、「いじめ」に遭ったことのある出演者へのコメントは、人によって違うこともありますが、大体次のような内容です。

 

  • 「いじめ」に遭って辛かったであろうことに対する理解を示し被害者に寄り添う。
  • 被害者が「いじめ」に遭っていたことを公にして、社会的に共有したことについての高い評価を示す。
  • 「いじめ」に負けずに、闘ったことを評価する。[番組中の被害者の問題解決が転校による場合の多いことも、出演者の言葉から分ります]
  • 「いじめ」の原因は、被害者が加害者より優れているからだという「因果関係」を宣言する。
  • 自分も、被害者の側に立ち被害者に寄り添っていることを示すために、また「いじめ」は許せないというメッセージを発信するため「金色のボタン」を押すなどの行動を取る。
  • 「いじめ」の加害者に満足感を与えないために、「被害者」としての過去と決別することなどのアドバイスをする。

 

テレビや音楽界の大物のサイモンが「いじめ」についての姿勢を明確にしていることで、社会的にも「いじめ」についての理解が深まっていることは、例えば、前に紹介した「Bars and Melody」の番組が放映され、大きく広まったことで、「いじめ」の「加害者」から「被害者」に謝罪のメッセージが届いたことが報道されたりしていることに現れていると見ることも可能です。

それに対して、日本の子どもたちは、日常的にテレビからどんなメッセージを受けているのでしょうか。サイモンと同じように、批判に晒され反省することでテレビ番組の内容が変ることを期待していますが、取り敢えず現状を簡単に見てみましょう。また長くなったので、次回に。

[2019/7/18 イライザ]

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2019年7月17日 (水)

Wii Uにカラオケのアプリがありました ――田舎暮らしのオアシスです――

田舎暮らしで苦労するのは、ムカデのような虫が多いからだけではありません。ある物だけではなく、「ないもの」も多いのです。例えば、近くにカラオケ・ボックスがありません。30分くらいのところにあったシダックスはくら寿司に代ってしまいました。広島市内まで出掛けて駐車代も払って、一時間一人カラオケをするのもちょっと気が引けます。

という悩みが解消されたのは、東京の友人宅を訪れたときでした。彼の家には豪華なカラオケセットが置いてあったのです。

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元々音響関係の仕事をしている彼の家のシステムは、スピーカーやアンプ等を合せると百万円を軽く超えるほどのシステムなのですが、ソフトはゲーム機に付いているものでした。Wii Uのアプリなのです。

早速歌わせて貰うと、本格的なサウンド・システムの音は素晴らしく、それに気を良くして歌い続けるうちに点数も上がりました。

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素晴らしい発見だったのですが、わざわざ東京まで出掛けてカラオケという訳にも行きませんので、「田舎のカラオケ」システムを準備しました。まず、息子から今は使っていないWii Uのゲーム機を送って貰いました。それをテレビに接続して、ゲーム機を起動します。確かにカラオケアプリがあるではありませんか。

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アプリは丸で囲んでおきましたが、それを押せば、カラオケ・ボックスと同じようなカラオケが楽しめます。そして、このカラオケはJOYSOUNDというサービスなのですが、採点機能を使うと、もう一つのシステムであるDAMと比べて、より精密な音程で自分の声の状態を見ることが出来るようになました。左上の黄色の波線を見て下さい。それが私の発声の状態です。

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かなり微妙な形で声が出ていることが分りましたので、これから、発声練習するにも良いデータになりました。これで、田舎暮らしの悩みの一つは解消されましたし、いくら大きな声を出しても周りに迷惑になることはありません。カラオケに行ってもに三曲しか歌わない家人も、最初の夜には2時間歌いっ放しでした。次のカラオケの会で成果を披露するのが楽しみです。

 [2019/7/17 イライザ]

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コメント


こちらの町内会館でも古いカラオケセットに加えて、Wii Uのカラオケも設置されています。更に、若い人たちはプロジェクターとスマホを使い、以前ブログでも紹介したsmuleを使って、離れた知人とのデュエットなども披露しているようです。

カラオケ好きのSNS
http://hiroshima.moe-nifty.com/blog/2016/12/post-89fd.html

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

全く知らない人とのデュエットは経験していませんが、一緒に歌う時は、同じ場所で一緒に、という形しか頭に浮びません。時代に遅れているのでしょうか。

 

 

 

 

 

2019年7月16日 (火)

7月22日に、「数学月間」の懇話会で話をします ――関東地方の皆さん是非お出で下さい――

皆さん。7月22日から8月22日の間を「数学月間」と呼んで、「社会が数学を知り、数学が社会を知る」を合言葉に、全国各地で、数学への関心を高めるための様々なイベントを企画したり応援したりしているNPO法人のあることを知っていますか。それが「数学月間の会」なのですが、7月22日の午後2時から、東大の駒場キャンパスで懇話会を開催します。関心のある方ならどなたでも参加して頂けますので、是非お出で下さい。

会の詳細をお知らせする前に、何故7月22日から8月22日なのかの理由を聞いて下さい。数学で大切な定数の一つが、円周率、つまりΠ(パイ)であることは御存知だと思います。例の、「3.1415・・・・・・」と続く数字ですが、円の外周の長さを円の直径で割った数値です。

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πについてのAERAの記事から

この数字は無理数ですので、少数を使って表そうとすると、「無限小数」つまり、永遠に続く少数になるのですが、昔から、この数を有理数、つまり分数で近似することが行われてきました。その中でも多くの人が使ってきたのが、22/7です。つまり、22を7で割った数なのです。ここから、7月22日を思い付くのは簡単ですね。

8月22日も、数学の知識のある人には納得して貰える数なのですが、術語を使えば「自然対数の底」、数学の記号としては「e」が使われる数値です。こちらの近似値として使われてきたのが、22/8、つまり、22を8で割った数なのです。

前置きが長くなりましたが、懇話会のお知らせです。

 

  「数学月間懇話会(第15回)」

  • 722日,14:0017:30(開場13:30
  • 東大駒場,数理科学研究科002教室.

 

  14:00-14:20 片瀬豊さんと数学月間,谷克彦

  (休み10分)

  14:30-15:20 教育数学と高大接続,岡本和夫(東京大学名誉教授)

  15:20-15:50 質疑応答

  (休み10分)

 

  16:00-16:50 数学書として憲法を読む,秋葉忠利(前広島市長)

  16:5017:20 質疑応答,本サイン会

 

  主催● NPO法人数学月間の会,日本数学協会

  参加費● 1000円(高校生,中学生は無料)

 

その後に懇親会があります。隣建屋のイタリアントマトに行って,各自払いで注文し適当に椅子に座りお話しします.17:40ごろからでしょう.

私の出番を強調させて頂きましたが、多くの皆さんに御参加頂ければ幸いです。

[2019/7/16 イライザ]

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2019年7月15日 (月)

『テニアン』の著者・吉永直登さんにお会いしました ――熱い思いを聞かせて頂きました――

『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』(法政大学出版局刊)の紹介と、「いじめ」については、これからも続くのですが、今回は、緊急レポートです。7月2日に御紹介した『テニアン』の著者である吉永直登さんにお会いしてきたのです。

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吉永直登さんと『テニアン』

私も、テニアンの歴史についてはほとんど何も知らなかったのですが、『テニアン』の中に描かれている歴史のお浚いを簡単にしておきましょう。初期の歴史は飛ばして、テニアンは、17世紀にはスペイン領になりますが、19世紀の末には、450万ドルでドイツに売られています。第一次世界大戦でドイツが負けると、統治権は日本に移り、1920年には、国際連盟の委任統治領として日本が統治することになります。それから、1944年にアメリカ軍がこの島を占拠するまで、砂糖やコーヒー、綿花の栽培によって南方の一台生産拠点になります。

1945年8月6日に、この島から離陸したB29「エノラ・ゲイ号」が広島に原爆を落としたことは良く知られています。戦後はアメリカの信託統治領になり、その後、アメリカの領土の格付けでは「コモンウェルス」と呼ばれる北マリアナ諸島の一員になっています。

さて、吉永さんがこの本を書くきっかけになったのは、8年前に、小学生だったお子さんと一緒に行った図書館の児童コーナーで、テニアンと戦争について書かれた本を手にしたことだったそうです。子供向きに書かれた本とは言え、余りにも知らないことが多く、テニアンについて関心を持つのと同時に、色々調べ始めたのは、吉永さんが、ジャーナリストとしてテニアンという島の持つ歴史的意味を見抜いた結果なのではないかと思います。

その歴史的意味とは、テニアンで生きて来た人たちの息吹によって吉永さんに伝えられたようです。「あとがき」から抜粋すると、「なぜか島のことが気になり、ある時、東京都内に住むテニアンの元住民の方に会った。その人がとても親切で、当時の思い出をいろいろ話してくれた。それからだ。テニアンの存在がどんどん自分の中で大きくなり、次第に引き込まれていった」プロセスが、『テニアン』の中には具体的に描かれています。

吉永さんに一番強烈な印象を残したのは、山崎コウさんでした。今年99歳になる女性ですが、1928年に家族とともに福島県からテニアンに渡りました。南洋興発という会社との契約で入植し、農地の開墾を行うことになったからです。当時7歳だったにもかかわらず、ジャングルを開墾するために闘う父母や、現地で南洋興発から派遣された人夫の食事係として、一人前の仕事をしていたとのことでした。一年後には、数キロ離れたところに尋常小学校ができ、山崎少女は妹とともにジャングルの中を学校に通ったとのことでした。彼女は1938年に東京に戻りましたが、吉永さんが会った元入植者の中でももっとも初期の入植時代を知っていること、また記憶力が抜群で当時の生活について詳細に語ることが出来た、大変貴重な存在だったとのことでした。

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山崎コウさんのページ

『テニアン』には、山崎さんの他にも何人かの元入植者が登場しますが、彼らの言葉で特徴的なのは「あの戦争がなければ」と「貧しかったが、楽しかった」だと吉永さんはまとめています。そしてテニアンの歴史をざっと眺めただけでも「苦しかった」時期のあったことも分るのですが、その点も含めて、『テニアン』では重層的に、そしてあくまでも人間的にテニアンの歴史を語ってくれています。

この本をまとめた結果をどのような言葉としてまとめられるのかを聞いてみたのですが、一つには、「日本人て凄いな」と強く印象付けられたそうです。そしてもう一つは、「戦争はいけない」です。テニアンに住んだ人々が抱いているテニアンへの思いと吉永さんの思いとが見事に重なっていることが分かります。

そして、吉永さんは謙虚に、『テニアン』を書くことが出来たのは、自分がお会いして取材できた人たちからの話があったからだし、沖縄県や市町村で、テニアンに入植した人たちの歴史を詳細にまとめてあったことから、それらの文書の記述を元に当時の生活を再現できた、と話してくれました。「このようなアナログ資料はやがて消えて行く運命にあるのかもしれないが、その中から、将来に残しておきたい歴史の真実を掘り起す仕事は、大変だけれど続ける必要がある」という言葉も、私たち広島の歴史を後世に伝える使命のある人間としても重く受け止めることが出来ました。

そして、『テニアン』を通して私が感じたのは、人間の未来に希望を持って良いこと、人類の未来は輝き続けるであろうというメッセージでした。

『テニアン』を是非読んで下さい。お勧めします。

[2019/7/15 イライザ]

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2019年7月14日 (日)

「いじめ」は世界的問題です (2) ――データで国際比較をしよう――

『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』(法政大学出版局刊)の紹介はこれからも続きますが、今回は、昨日に続いて「いじめ」を考えましょう。マスコミの役割に注目します。

イギリスの人気テレビ番組「Britain’s Got Talent (私訳: イギリスの隠れた才能発掘!)」は、「いじめ」について、積極的に関わり、「いじめはいけない」「いじめを受けた子どもたち、受けている子どもたちよ、頑張れ」といったメッセージを出し続けています。

一寸穿った見方をして、仮にこのような姿勢が、「「涙もろい」視聴者の心理に付け込んで視聴率を上げるための商業的な意図」に基づいていたとしても、「いじめ」についての正しい考え方を発信し続けること、特に「いじめ」を受けている子どもたちに寄り添おうとすることには、大きな意義があります。

それは、日本の子どもたちが日常的にテレビからどんなメッセージを受けているのかと比較することで、ハッキリと浮び上ります。その比較をする前に、まずは「いじめ」についての事実を何点か、統計を見ることで確認しておきましょう。

記憶を辿って最近の傾向を振り返ると、「いじめ」が原因で自殺した子どもたちのニュースが如何に多いのかに、改めて愕然とします。でも、これは主観的な感想です。もう少し客観的なデータはないのでしょうか。あります。その一つが、ユニセフ・イノチェンティ研究所(UNICEF Innocenti Research Centre)が2007年2月14日に公表した研究報告書『Child Poverty in Perspective: An Overview of Child Well-being in Rich Countries』です。その中に、「いじめ」についてのデータがあるのです。グラフ化されています。「いじめ」についての調査はWHO(世界保健機構)による、『学齢児童の健康動態調査(Health Behaviour in School-age Children: HBSC) 2001』です。

Unicef

過去2か月に「いじめ」を受けたと答えた、11歳、13歳、15歳児の割合ですが、多いのは、ポルトガル、オーストリア、スイス等で、40パーセントを超えています。日本の数字はありませんが、国立教育政策研究所が行った追跡調査の結果を見て下さい。

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調査の方法も対象も違いますので、一概に比較はできませんが、「仲間はずれ、無視、陰口、」といった項目について、HBSC調査に近い2001年6月を見ると、男子も女子も40パーセントは軽く超えています。となると、世界的にも「いじめ」の多い国だと考えてもあながち不正確だとは言えない数字です。

これらの数字から何が読めるのかを考えたいのですが、その際に、これらの数字がどのように集められたのか、そしてもう一つの問題、「いじめ」の傍観者はどのような行動を取ったのかについても、グラフがありますので、見ておきましょう。

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「いじめ発見のきっかけ」は圧倒的に、「アンケートなど学校の取り組み」なのです。「本人からの訴え」と「本人の保護者からの訴え」を合せた数の倍です。つまり、いじめられている本人がそのことを誰かに訴える環境が整っていないということなのです。日常レベルで「いじめ」に気付くべき担任やカウンセラー、養護教諭もほとんど「いじめ」には気付いていないという驚くべき数字です。マスコミの役割と合わせて次回取り上げますが、もう一つ、周りにいる子どもたちはどのような対応をしているのでしょうか。まず、被害者はどのような対応を期待しているのでしょうか。

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当然ですが、一番身近にいる友人と学級担任ですよね。では、それらの人たちはどう対応しているのでしょうか。

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テレビ番組BGTが「いじめ」を取り上げているイギリスで、仲裁者の出現率が多いのは偶然かも知れませんが、そうでない可能性についても次回考えたいと思います」

[2019/7/14 イライザ]

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2019年7月13日 (土)

「いじめ」は世界的問題です ――マスコミがどう取り上げるのかも大切では――

『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』(法政大学出版局刊)の紹介はこれからも続きますが、今回は、別の問題を考えてみたいと思います。「いじめ」です。それも少し違った視点から取り上げたいと思います。

イギリスの人気テレビ番組「Britain’s Got Talent (私訳: イギリスの隠れた才能発掘!)」を御存知ない方も多いかもしれませんが、あのSusan Boyle(スーザン・ボイル)さんを発掘した番組だと言えば、分って頂けるのではないでしょうか。2007年に始まり、イギリスとアメリカでは大人気を誇り、世界中の多くの国々でこのアイデアを元にした番組が作られています。アメリカのテレビ番組のパクリでは人後に落ちない日本で、この番組の日本版が作られていないのが不思議なくらいなのですが、その点についてはまた別の機会に取り上げられたらと思います。

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御覧になったことのない方は、YouTubeで、「Britain’s Got Talent」の短縮形である「BGT」を検索すればいくつものエントリーがすぐ見付かりますので、一度試してみて下さい。

どのような才能でも良いのですが、この番組で3分間、その才能を披露して審査員が「合格」と決めると、次のレベルでの出演が決り、年間の最優秀者はメジャーでのデビューと王室の出席者の前で公演することが出来ます。

素晴らしいタレントの持ち主が次から次へと現れ、見事なパフォーマンスを見せてくれるのは圧巻ですが、最近のBGTで気が付いたことが一つあります。それは、出演者の人生で大きな障害に遭遇した人を応援する姿勢がこの番組の柱の一つになっていることです。ガンその他の病気に罹ったり、家族が病気と闘っていたり、身体的な障害のある出演者がその障害とどう向き合っているのかといったエピソードが、この番組を感動的なものにしている一つの要素なのです。

もちろん、視聴率を上げるためだけに、このような感動的なストーリーを「使う」ことには問題があると思いますし、「涙もろい」視聴者の心理に付け込もうとする商業的な意図には十分な注意が必要です。にもかかわらず、とても多くの人が視聴する番組の中で、大きなハンディがあるにもかかわらず勇気をもって生きている人たちの姿を取り上げることには意味があるように思います。

こんな気持になったのは、BGTの中で、「いじめ」にあった子どもたちのケースが、かなり多く取り上げられていることに気付いてからです。例えば、ここに紹介するデュオのBars とMelodyです。この内の「Bars」を芸名にしているのはレオンドル君ですが、彼はいじめに遭っていたときの経験を元にして、Hopefulという曲のラップの歌詞を作り、メロディーを歌う、メロディーとともに、2014年BGTに出演しました。

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その舞台で、審査委員長から、「金色のボタン」と呼ばれる特別の評価を受けて、準決勝に進みました。決勝では3位でしたが、それでも、メジャーのデビューができ、レコードもリリースしましたし、アメリカ、イギリス、ヨーロッパ、オーストラリアでも人気のあるデュオになりました。日本での公演も実現しています。

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他のケースについては省略しますが、本題に戻ると、BGTでは、「いじめ」られた経験のある人たちに、時には「これ意図的なのか」と思ってしまうほど多く出演させているような気がします。

「いじめ」をテレビ番組の中で取り上げる上で、BGTのやり方は、「いじめ」に負けないで頑張れというメッセージをハッキリと出し続けています。それがいかに大切なことなのかを、日本のテレビ番組との比較で強調したかったのですが、「本論」は次回に。

[2019/7/13 イライザ]

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コメント


おぼえがあります。この子たちのこのシーンは
観たことが有ります。ちょっと違和感を感じた
のは先生が指摘された部分だったんだと今気
が付きました。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

理由はどうであれ、人気番組が「いじめは駄目」というメッセージや、いじめの被害者に寄り添う姿勢を強力に発信し続けることは大切だと思います。

 

 

 

 

2019年7月12日 (金)

『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』 (3) ――何故「数学書」として読みたいと思ったのか――

私が、憲法をあたかも「数学書として読む」試みをしたいと思ったのには、いくつかの理由があるのですが、それを一言で言い尽してくれている至言があります。心理学者アブラハム・マズローの言葉です。

もしあなたが金槌なら、世界は釘に見える。

同様に数学を勉強した人間にとって、世界は数学システムのように見えてもおかしくはないのです。

それを、他の言葉を使って説明しておきましょう。その結果として、「数学」とはどんな学問なのかが少しは見えてくるような気がします。

一つには、数学書では、書かれている言葉は素直にその通り読みます。例えば、「Nは整数である」と書かれていれば、「本当のところは、Nは無理数でも良いんだ」という読み方はしません。しかし、憲法については、例えば99条で、天皇や公務員には憲法を遵守する「義務」があると書かれてはいるのですが、その解釈についての定説では、これは「義務」ではなく「道徳的要請」なのです。それを素直に。「義務である」と読んだらどのような結果が生じるのか、知りたいとは思いませんか?そのように素直に読んでみた結果の報告が『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』なのです。

次に、憲法には、「自衛権」という言葉は使われていません。数学書であれば、そこに使われていない言葉を引っ張り出してきて、それを根拠に定理を証明することなどありません。それと同じように、憲法の中には現れない概念や言葉は、憲法を解釈する上では使わないことにしたらどんな結果になるのか、その結論についての報告にもなっています。

さらに、数学書では、仮にNが整数であって、加えて、Mも整数だとすると、N+Mは整数になります。それは論理的な議論によって証明できます。それと同じような簡単かつ論理的な議論をすることで得られる結論もあります。例えば、このような論理的な読み方をすると、憲法は死刑を禁止しています。しかしながら、現実の世界では、「死刑は合憲である」ということが定説になっています。最高裁判所の判決があるからです。本当にそれで良いのか、敢て問題提起をすることも、『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』では行っています。

その他の理由もありますが、それらをまとめて、なぜこの本を読むべきなのかをアピールしているチラシを法政大学出版局の方が作って下さいましたので、最後にそれを掲げて置きます。

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[2019/7/12 イライザ]

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