2018年8月26日 (日)

初心に帰る ――執筆陣が揃ってから再出発したいと思っています――


初心に帰る

――執筆陣が揃ってから再出発したいと思っています――

 

このブログは、2016年の4月に始めたのですが、「予告」は3月の末にアップさせて頂きました。そこで予定していた「世話人」が正式に決まらないままの出発でした。

 

ブログの趣旨も再度お読み頂ければ幸いです。

 

第一回の記事は「原点は五円玉」と題しての五円玉の思い出でした。

 

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「執筆陣」として当初お願いできると考えていた方々は皆忙しい方ばかりだということも分りましたし、「世話人」が決らないままに、テーマ等の設定もきちんとした方針を打ち出せず、「仮世話人」の私が、とにかく毎日ブログをアップすることを目的化してしまった嫌いがありました。


にもかかわらず、多くの皆さんに御支援・御協力頂いたお蔭でこれまで続けることが出来ました。感謝の気持で一杯です。特に、ブログを読んで下さった皆さん、コメントをお寄せ下さった皆さんには心から御礼申し上げます。

 

その大半は身辺雑記になりましたが、それなりに内容を吟味した積りです。とは言え、この際、初心に帰り、交代制で「世話人」をお願いした上で、執筆陣も無理のない人数の方々に再度お願いして珠玉のエッセイをお寄せ頂ければと考えています。

 

その準備ができるまで、暫くはお休みさせて頂きます。御寛恕下さい。

 

[2018/8/25 イライザ]

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コメント

帰って来れれる日を待っています。

ブログ 毎日 とても 面白く拝読 していました 。
お休みとは とても残念です 。
なるべく早く 再開した 下さいませ。

「⑦パパ」様、「Cihiro」様

大変温かいコメント有り難う御座いました。

楽しくためになるエッセイをお届け出来るようになると思いますので、再開したらまた宜しくお願いします。

出来るだけ早く準備をします。

再開されることをお待ちしています。
どこかで仕切り直しをするのは結構勇気が必要だとは思いますが、
それでまたパワーアップされることを期待しております。

コメント有り難う御座いました。

パワーアップした上で、再開したいと思っています。

イライザさんらしい決断ですね。
平和についてのことと、個人的なことのバランスは絶妙でした。
なんとか再開してください。
楽しみにしています。

「元安川」様

コメント有り難う御座いました。

何とか10月くらいには再開できると良いのですが。頑張ります。

再開はきりのよい9/1から、とばかり。
広島県・市の教育委員会、岸田某と、
これらのヘタレを払拭するには、
”ヒロシマの心”の発信きりなかとです。←ヘンな九州??弁...
総裁選の前とは言わない、
せめて沖縄県知事選前までに!

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。

執筆陣へのお願いはそれなりに時間が掛りますので、今のところ、10月1日に再開できればと考えています。再開後も、宜しくお願いします。

2018年8月25日 (土)

北海道の自然 ――洞爺湖と昭和新山――


北海道の自然

――洞爺湖と昭和新山――

 

北海道を訪ねて、改めて自然の素晴らしさに言及するのは、余りにも定番過ぎて顰蹙を買うことになる物の言い方です。でも、西日本の豪雨災害があり、台風19号と20号による被害も大きかった季節には、自然の「脅威」に注目するのは当然ですので、その脅威も含めての自然という存在全体を考えることに意味があるかもしれません。

 

一日に何度も見る機会のあった洞爺湖と中の島、中島です。機構が変り易いときだと、数文で姿が全く違って見えてきます。先ずは雲に巻かれている洞爺湖です。

 

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夕方が近付いてくるとこんな具合に見えました。

 

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陽の当る洞爺湖ですが、私はこんな感じが好きになりました。

 

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そしてちょっと幻想的な洞爺湖にも魅力を感じました。

 

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洞爺湖だけでも「百聞は一見に如かず」の恒例なのですが、昭和新山でもその感を強くしました。

 

ウイキペディアによると、「1943年(昭和18年)12月から1945年(昭和20年)9月までの2年間に17回の活発な火山活動を見せた溶岩ドーム」だとのことですが、戦時中だったため、この活動は伏せられ、それを自費で記録した当時の郵便局長三松正夫氏の業績が高く評価されています。また、昭和新山の地域で農業や酪農を営んでいた人々の生活の糧が失われたため、三松氏はこの土地を買い取ることで支援活動も行ったとのことです。この火山が私有財産である事実は知っていましたが、ほんの少しではありますが歴史を学んだことで、自然と人間との関りに新たな目を見開くことにもなりました。

 

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[2018/8/24 イライザ]

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2018年8月24日 (金)

小樽のにしん御殿 ――石狩挽歌の歌碑もありました――


小樽のにしん御殿

――石狩挽歌の歌碑もありました――

 

 

小樽で行って良かったと思ったのは、「にしん御殿」でした。小樽市街から15分も掛からない海辺の高台にある豪邸です。

 

その豪邸は、にしん大尽だった青山家の別邸でしたが、その後公に公開され、「貴賓館」という施設も併設されて、現在では小樽市の観光スポットとして多くの人に愛されています。まずは表門です。

 

Photo

 

門を入るとすぐ左に「石狩挽歌記念碑」があります。歌碑の下には歌詞が刻まれていますが、その中で「オタモイ岬のニシン御殿も 今じゃさびれて オンボロロ」が耳に焼き付いています。

 

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歌碑の除幕式には、作詞のなかにし礼さん、作曲の浜圭介さん、そして歌手の北原ミレイさんが駆け付けてとても盛り上がった様子が覗われます。

 

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「にしん御殿」そのものの中に入るためには、まず貴賓館に入ります。入ってすぐ気付いたのは、大広間を圧する天井画です。一人の画家ではなく、多くの市民も参加して一枚ずつ描いた成果のようです。

 

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にしん御殿そのものの歴史も感動的でした。貴賓館のホームページでは次のように説明しています。

 

青山家は明治・大正を通じ、鰊漁で巨万の富を築き上げました。その三代目、政恵が十七歳の時、山形県酒田市にある本間邸に魅せられ大正六年から六年半余りの歳月をかけ建てた別荘が旧青山別邸です。
 旧青山別邸は平成22年、国より登録有形文化財に指定されました。
1500坪の敷地内に木造2階建てで建坪は190坪。家屋の中は6畳~15畳の部屋が18室、それぞれに趣が異なり、金に糸目をつけず建てられた豪邸です

 

御殿の中は撮影禁止ですので、雰囲気を知って頂くため、貴賓館のホームページから、画像をお借りしました。

 

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私が鰊を初めて認識したのは、戦後の配給で「身欠き鰊」と呼ばれる魚が届いて、食糧難の頃、大変貴重な動物性たんぱく質の供給源になった時です。ですから、私にとって鰊は食べ物なのですが、年間一万石、トン数では7500トンにも上った鰊のかなりの部分は、大きな鍋で煮上げて、「鰊粕」に仕上げられ、肥料として全国的に使われていたようです。

 

この豪邸の総工費は現在の価格では35億円にも上ると言われ、江戸時代以降の様々な美術品も見事でした。

 

あまりにも多くの美術品があるからかもしれませんが、中には陽に曝されているものもあり、ちょっと心配もしましたが、御殿の裏のアジサイの見事さに心が奪われた状態でにしん御殿を後にしました。

 

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[2018/8/22 イライザ]

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2018年8月23日 (木)

札幌から洞爺湖へ ――何とかお天気にも恵まれています――


札幌から洞爺湖へ

――何とかお天気にも恵まれています――

 

 

昨日見られなかった札幌を楽しんで、その後洞爺湖への移動をした一日になりました。

 

最初は大通公園でとうきびワゴンから、焼きとうきびとジャガイモのセットを食べてからという積りだったのですが、「雨が降りそうなので今日はお休み」という知らせが観光インフォメーション・センターにあったそうで諦めました。近くのラーメン屋さんでまた札幌ラーメンで腹ごしらえをして、大通公園の端にあるテレビ塔に。

 

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下から見たテレビ塔

 

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すっかり天気が良くなった大通公園をテレビ塔から

 

札幌と言えばクラーク博士なのですが、博士の像がある羊ケ丘展望台に行きました。像の隣で写真を撮るのには長い列に並ばなくてはなりませんので、ちょっと角度を変えてのショットです。

 

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浜口庫之助作詞作曲、石原裕次郎歌の「恋の町札幌」の歌碑もありました。裕次郎さんと私の間にクラーク博士の像が見えます。

 

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札幌の都市部とは全く違う展望台からは、札幌ドームと遠くに市街地を望むことが可能です。

 

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札幌を離れて、途中の室蘭に近い海岸です。まだシーズンのはずなのですが、人影はほとんど見えませんでした。

 

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そしていよいよ洞爺湖です。ちょっとガスっていますが、明日は綺麗に晴れそうですので、中島もきれいに見えるはずです。楽しみにしています。

 

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[2018/8/22 イライザ]

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2018年8月22日 (水)

サッポロビール博物館 ――北海道で飲むビールは格別です――


サッポロビール博物館

――北海道で飲むビールは格別です――

 

小樽では、にしん御殿をゆっくり見た後、札幌に移動しました。にしん御殿についてはまた稿を改めて報告したいと思っています。そして、夕方にはサッポロビール博物館でした。

 

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改めて日本のビールの歴史を辿りたいと思って、50分掛かるプレミアム・ツアーに参加しましたが、初めて知ることばかりで、とても勉強になりました。その内のいくつかを報告しておきたいと思います。

 

日本で初めてビールの醸造を行ったのは、当時の政府の機関だった開拓使麦酒醸造所なのですが、その責任者が中川清兵衛です。彼は幕府の禁を犯して1865年にイギリスに渡り、その後、ドイツに移ってビール醸造の技術を学びます。1875年に帰国した後、開拓使麦酒醸造所で学んだ技術を駆使し、1876年に日本で初めてのビール醸造に成功したのです。

 

ビール発祥の地がサッポロだということで、サッポロビールの存在が重みを持って伝わってきました。その後、サッポロビールは東京にも工場を造り、シェアが日本一になりますが、工場があったのは、墨田区にある現在のアサヒビールの本社の場所でした。

 

Asahi_breweries_headquarters_deriva

By 663highland - 投稿者自身による作品, CC 表示 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=15152452

 

それは、一時、サッポロビールとアサヒビール、そしてエビスビールが合併して大日本麦者株式会社になっていたからなのだそうです。ちなみに、当時の4大ビール会社は、サッポロ、エビス、アサヒ、そしてキリンだったそうです。

 

今は、エビスは札幌の傘下に収まっていますが、アサヒは別会社、そしてサントリーが参入しています。海外ブランドも各社を通して販売されていますので、当時と比べると多様化が図られていると言って良いのかもしません。

 

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大日本麦酒株式会社時代の3ブランド、左からエビス、サッポロ、アサヒ

 

その後の歴史の中での注目すべき出来事としては、「ビン生」や「黒ラベル」がありますが、コマーシャルとして一世を風靡した「男は黙ってサッポロビール」が何と言っても特筆に値するのではないでしょうか。

 

Photo

 

最後に、ツアーのコンダクターがビールを美味しく飲む「三度注ぎ」を紹介してくれました。ちょっと時間は掛りますが、グラスの外にまで広がる泡 (英語では「head」、つまり頭と言いますが) はグラスを傾けてもそのまま泡であり続けるという素晴らしい注ぎ方です。

 

動画は撮らないようにということでしたので、一枚だけ写真を添えますが、YouTubeには動画が載っていました。それもエビスビールを使ってのものです。一度、私も試した上で、再度報告したいと思っています。


 

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今回は、結局ビールに飲み込まれてしまっている私の独白以外の何物でもありません。

 

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[2018/8/21 イライザ]

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2018年8月21日 (火)

小樽運河で小樽の人と ――北海道に来ています――


小樽運河で小樽の人と

――北海道に来ています――

 

我が家のメンバーは、北海道に縁がなく、これまで北海道まで足を延ばしたのは私だけでしたので、昨年からスケジュールを合わせて、ようやく北海道旅行にやってきました。最初の訪問地は小樽です。ここは全員初めて訪れる街なのですが、「小樽運河」や「小樽の人」という名曲を通して、馴染みの深い土地だと思い込んでいました。そして、実際に来てみるとこじんまりして気取りのない雰囲気に満ちていました。

 

ホテルについてまずは運河の周辺を散策しました。昼間の運河です。

 

Photo

 

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そして北海道の演歌には必ず出てくるカモメも、手の届くくらいのところに止って観光客を歓迎してくれていました。

 

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その後、ビール工場を覗いたり買い物をしたり。そして夕食もゆっくりと楽しみました。帰りの街はすっかり暗くなっていて、夜の運河もロマンチックでした。

 

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ホテルに戻ってから、田舎住まいではなかなかできないことを決行 することにしました。ドゥオモ・ルッソというバーに行ったのです。

 

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結構若い人たちもいて、バーの文化が消えていないことも、バーテンさんのシェーカーを振る音とともに懐かしく安心しながら見守りました。また、このバーで感激したのは、野菜スティックです。北海道産が美味しいということでしょうか。野菜そのものは柔らかいのに、シャキッとした食感は爽やかそのものでした。


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そして、バーの外からは夜の運河を上から見ることができました。このアングルからの小樽運河も風情があります。スマホですから、セピア色にまではできませんでしたが、どこかから「Yesterday」が聞こえてきたような気がしました。

 

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[2018/8/20 イライザ]

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2018年8月20日 (月)

気温の24時間測定合宿 ――同じお題で書きましょう――


24時間、気温測定合宿

――同じお題で書きましょう――

 

小学校5年生か6年生の時、一日24時間、一時間おきに気温を測定してその結果を提出する宿題の出たことがあります。というのが、ずっと変らない私の記憶なのですが、生徒一人一人に出された宿題だとすると負担が大き過ぎますし、元々何人かがグループになって、保護者に応援して貰うことを前提にした宿題だったのかもしれません。

 

私たちのグループは、男女合わせて10人くらいで、学校の近くで旅館をしていたM君の家で「合宿」をしました。昼間の気温は学校で測れば良いということだったのだと思いますが、夜の6時頃からM旅館の二階の大広間に集まって、夕食から始まりました。

 

何時には誰が気温を測る、という担当は決めてありましたので、それ以外の時間は皆で楽しく遊んでいれば良いという、勉強すると言うよりはミニ修学旅行という感じでした。旅館ですからお風呂にも入れて貰いましたし、日頃から学校が終るとM君の家に集まって、裏山でチャンバラをしたり、テレビで大相撲を見せて貰ったりという生活の一部になっていた旅館でしたので、「勝手知ったる」テリトリーで、一晩遊び回りました。

 

M家の皆さんはこれだけの腕白グループの世話で大変だったろうと思いますが、それは今になって感じることで、当時はとにかく楽しさ一杯の一晩をとことん満喫することしか考えていませんでした。

 

M家には、御両親も自慢の「美人三姉妹」、つまり、私たちの同級生M君のお姉さんたちがいて、その夜は私たちの世話に駆り出されていました。一番上のお姉さんは、ピアノのある部屋で、私たちのためにミニコンサートを開いてくれたのですが、そのときに弾いてくれた「テネシー・ワルツ」は、その何年か前にパティー・ページが歌い、日本では江利チエミが歌って大ヒットした曲でした。そんなことは知らずに、その時初めて聞いたのですが、こんなきれいな歌があるのだと大感激したことを覚えています。

 

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Photo

 

私の担当は夜中の11時だったと思いますが、M君のお母さんに起されて、気温を帳面に記録してまた寝たという記憶しかありません。疲れて次の朝まで、担当の時間に起される人を除いて、私たち全員良く眠りました。

 

次の朝、みんな元気に起きたのですが、グループの一員I君の姿が見えません。「早く帰った」というM家の大人たちの説明だったのですが、誰かの口からか直ぐに真相が分りました。I君は、夜の内に「大」の方の粗相をして、皆に顔を見られるのが恥ずかしくて早く帰ったとのことだったのです。

 

ちょっと吃驚という感じはありましたが、その後、学校でI君に会っても、誰も何も言いませんでした。でも皆の記憶の中には留まっているのだと思います。この「合宿」を思い出す度に、そのときの楽しさにアクセントを付けてくれているエピソードとして、懐かい記憶の一部になっています。

 

[2018/8/19 イライザ]

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コメント

参加ありがとうございました。

小学校の時に授業中に粗相をしたT君は、その時から
今まで全員が「ポンタ」と呼んでいます。20年くらい前
のクラス会で、女子が「ところでポンタ君、本名はなん
かいね?」と訊いていましたw 今はタクシーの運転手
さんをしているのですが、偶然乗り合わせた嫁が「パパ
の同級生の運転手さんだった、ええと、ポンタさん」だっ
て。

念のためですが、大便を広島弁の子供言葉で「おんぽん」
または「ぽん」と言います。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

これって、東日本と西日本の文化の違いなのかもしれませんね。

2018年8月19日 (日)

朝顔日記 ――毎年一度の報告です――


朝顔日記

――毎年一度の報告です――

 

我が家では、今、朝顔が元気に咲いています。まだまだ蔓は伸びそうですので、これからも期待できそうです。先ずは86日の朝顔です。

 

86

 

そして、10日には、もう少し丈が伸びてきました。

 

810

 

最新の映像をお届けするために、今朝の朝顔を何枚か。

 

Photo

 

今年の朝顔の特徴は、種を撒いたプランター以外の場所でもたくさん花が咲いていることです。例えば、こちらは軒の下です。

 

1

 

そしてこちらは、畑の中。と言っても、かなり雑草に覆われていますが。

 

Photo_2

 

毎年一度は報告したいと思っていましたが、今年はこれからまだまだ咲き続けるようです。蔓がもっと伸びてから、「緑のカーテン」っぽい朝顔をもう一度報告できればと思っています。

 

[2018/8/19 イライザ]

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2018年8月18日 (土)

早朝ウォーキングを楽しんでいます ――今の季節の田圃は絶景です。――


早朝ウォーキングを楽しんでいます

――今の季節の田圃は絶景です。――

 

このところ、少し涼しくなってきましたが、20年近く続けて来た早朝のウォーキングのペースが上っています。そして、都市部とは違った楽しさも加わりました。季節毎に変る田園風景です。特に今の季節の田圃の美しさには言葉もありません。スマホで簡単に写真の取れることに感謝しています。

 

1

 

イノシシ除けの柵が左下に見えます。

 

2

 

向う側のハウスは最近できたものです。農業は盛んですが、人口は減っているようです。

 

Photo

 

稲の実る速度が少しずつ違います。収穫の時期も迫っているようです。

 

元々1時間歩く予定で設定したコースですが、今では50分で歩けるようになりました。それはそれで喜ぶべきことなのですが、もう10分余分に歩くため、どこか「寄り道」的な新たな迂回コースを探しています。

 

[2018/8/17 イライザ]

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2018年8月17日 (金)

飛行機の中でWi-Fiが使えます ――昔のサービスがようやく復活しました――


飛行機の中でWi-Fiが使えます

――昔のサービスがようやく復活しました――

 

地上ではWi-Fiの使える範囲がどんどん増えている上に、iPhoneのテザリングを使えば、先ずどこでも問題はなくなりましたので、残るは空の上そして船の上ということになりました。そして最近、飛行機の中でWi-Fiが使える、という昔のサービスが復活しました。

 

もう20年も前になるのだと思いますが、Boeing機の中、国際線では有料のWi-Fiサービスがありました。とても便利だったのですが、恐らく利用者が少なかったのでしょう、一二年で中止になりました。ボーイング社の幹部に知り合いがいたので、何とかならないか直訴したのですが、経済性の前には無力でした。

 

そのサービスがこのところ、ANAでもJALでも復活しました。しかも無料です。こんなことで社会全体の動きを予測しても意味はないのですが、社会が一度退化しても、やがてはそれ以上に良い形で進化する、と信じたいほどです。

 

但し、どのフライトでもこのサービスがある訳ではありません。サービスのある機体には、こんな標識が出ています。

 

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離陸してから恐らく1万メートルくらいに達した頃でしょうか、ANAWi-Fiページの左上の方に、「衛星通信可能」という文字が現れます。

 

Wifi_3

 

後は「インターネット接続はこちら」というエリアをタップするだけで良いのです。すると、画面は、次のように変ります。

 

Photo_2


後は、普通にWi-Fiを使えば良いだけですが、ついつい嬉しくなって、どうでも良い写真を送り付けてしまいました。国際会議出席のため、国際線に乗り継ぐフライトだったので機内食が出たのですが、その写真です。

 

Photo_3

 

飛行機の中でも仕事ができるようになったことを喜んではいるのですが、国内線の飛行時間は一時間一寸の場合が多いことも考えると、その間リラックスする方が時間の使い方としては賢明なのかもしれません。結論は先延ばしにするとして、取り敢えずは選択肢の増えたことを喜びたいと思います。

 

[2018/8/16 イライザ]

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