2017年8月20日 (日)

高校生平和大使の演説中止 ――子どもたちには勝てないことを認めた外務省――


高校生平和大使の演説中止

――子どもたちには勝てないことを認めた外務省――

 

 

まずは、819日の朝アップされた共同通信47NEWSの記事をお読み下さい。

 

         

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これと併せて、「ユース非核特使」の活動報告をしている外務省のホームページもお読み下さい。


 

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今回は中止されましたが、2015年の軍縮会議ではスピーチができました。

 

このページの最後には、「「核兵器のない世界」の実現に向けて,日本はこれからも「非核特使」「ユース非核特使」と連携しながら,引き続きリーダーシップを発揮していきます」と高らかに決意表明しています。その口の乾かぬ内に「毎年必ずやると決まっているわけではない」なんて良く言えたものです。

 

仮に高校生が核兵器禁止条約に賛成だと言ったとしても、大人としてフェアに受け止めれば良いだけではないのでしょうか。政府がそれに反対しているのなら、プロの外交官として世界の外交官に向けて自分の立場を説明すれば済む話です。それとも、世界の良識を持つ国々を説得できないことだけは自覚しているのでしょうか。

 

高校生に発言させなかったのは、高校生たち――外務省のお偉いさんたちから見ればまだ子どもでしょ――のスピーチには説得力があるけれども、自分たちの理屈は通用しないことを認めたからなのだとしか思えません。

 

高校生の皆さん!  外務笑 (済みません、変換ミスでこんな漢字になってしまいました。訂正します。外務省です。) が負けを認めたくらい皆さんの言葉そして行動には大きな力があるのです。自信を持って、世界中に核兵器廃絶を呼び掛けましょう。

 

そして、「チョッピリ」勇気のある発言をしたばかりの河野外務大臣勇気ある発言を続けて下さい。大臣は、就任直後の記者会見でテレビ朝日の小池記者の質問に答えて、

 

「今や外務省の大臣でございますから,外務省がいい,頑張っているという印象を持っていただけるようにするのが私の責任だと思いますので,外務省頑張ってるねと言われるようにしていきたい,そうならなければそれは私の責任でございますので,しっかり責任を果たしてまいりたいと思います。」

 

と言っています。その責任を果して下さい。

 

天下の外務省が、子どもたちにはない権力を使って子どもたちの足を引っ張っるのでは、「いじめをしている」と見られたとしても仕方がありません。そんなところで「頑張って」も自慢にもならないでしょう。

 

日本や世界の子どもたちのために、そして未来のために「頑張ってるね」と認めて貰いたいのなら、せめて、外務大臣の指示によって、ジュネーブでの演説を復活させるくらいのことは必要だと思うのですが――。

 

 

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コメント

河野大臣頑張れ!

「セキニン」様

コメント有り難う御座いました。頑張って欲しいですね。

2017年8月19日 (土)

チョッピリの勇気 ――チャップリンの言葉を実行する人たち――


チョッピリの勇気

――チャップリンの言葉を実行する人たち――

 

チャーリー・チャップリンの名言はたくさんありますが、私が好きなのは「人生に必要なもの。それは勇気と想像力、そして少しのお金だ」です。お金に「少し」が付いているのは、他の二つとのバランスのためですが、本当は、勇気も想像力も「チョッピリ」で良いのです。

 

そんな勇気の持ち主が、立場は違っても、勇気をもって発言している様子が最近多くなってきているようです。私の「希望的観測」だけではないことを祈りつつ、二つ取り上げたいと思います。

 

一つは、アメリカ時間の17日、河野太郎外務大臣がアメリカのティラーソン国務長官に、包括的核実験禁止条約 (CTBT) の早期批准のため努力するよう要請したことです。その結果として、アメリカが明日にでも批准することにはならないかもしれませんが、被爆者や日本の大多数の人々の声を伝えたことには大きな意味があります。

 

             

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河野太郎公式サイトから

 

でも、残念なのは、これが被爆地を代弁する立場の岸田前外務大臣の発言ではなかったことです。被爆者が如何に勇気付けられたであろうかを考えるだけでも、「チョッピリ」の差が大きいことに胸が痛みます。

 

もう一つは、ナチスの旗を掲げている隣人に「何故」と尋ねる女性の動画です。ことによるとこれも、「チョッピリ」どころではなく、とても大きな勇気が必要なのかもしれませんが――。

 

結果としては、まともには答えて貰えず、ナチスの旗はそのままですが、「チョッピリ」の勇気が重なることで、自分の立場を考える人の増える可能性はあります。圧倒的多数の人々が「横並び」を選んで、自分は目立たないような言動を選択し始めたときに、「チョッピリ」想像力を働かせて、「チョッピリ」勇気を奮うことが、もっと多くの勇気を引き出すことにつながるのではないでしょうか。

 

 

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2017年8月18日 (金)

朝顔日記 ――手間を掛けた甲斐がありました――

朝顔日記

――手間を掛けた甲斐がありました――

 

子どもたちが小学校に上ってすぐ、学校で朝顔の種を播いた鉢を夏休みには家に持ち帰っていました。たくさん咲いた花の種を取っておいて、それ以来、毎夏、朝顔を楽しんで来ました。

 

今年も例外ではなく、蔓が延びられるように二階からネットを吊り下げ、プランターには肥料もやって万全を期したのですが、去年と比べると開花の時期が少し遅くなったような気がします。朝顔日記を付けておけば違いが分ったのですが、それでも毎朝たくさんの花が開きます。

 

後は、自慢の朝顔を御覧下さい。写真に撮った日が違いますので、少しずつ違った顔になっています。来年は、もう少し横に広がるような工夫をする積りです。

 

                   

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2017年8月17日 (木)

息子の帰省 ――3泊4日は貴重でした――

息子の帰省

――34日は貴重でした――

 

予定は一応立てていても、最終段階で変更することもある下の息子が一日早く、しかも夜遅く帰省しました。近くの駅まで迎えに行った家人にとっては、何の迷惑でもなかったようですし、次の日から級友や後輩たちと楽しい時間を過ごし、家族サービスもしっかりとして行ってくれました。

 

全部参加した訳ではありませんので、事後報告が中心ですが、ハイライトはLECT初体験と、○○山登山口近くの真っ暗闇の中で見た星の群れのようでした。流れ星も見え、カメラにも収めることができたようです。

 

家族サービスは、昔からお馴染みの虎之介です。定番のパキポキ胡瓜は二人前頼みましたが、美味しさに変りはありませんでした。それ以上に、プロの腕を甘く見ていたことに気付いて大反省です。

 

パキポキ胡瓜のレシピ―は簡単そうですので、我が家でもできた積りになって、自分たちでは美味しいと思って食べてきましたが、虎之介のパキポキ胡瓜にはかないませんでした。

 

                 

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一つには、上に載せてある海苔の甘みが違います。それとウニとのバランスがまた憎いほどです。そして、新鮮な胡瓜ならどれでも美味しく食べられるはずなのですが、虎之介の胡瓜の特徴は、「パキポキ」が表しているちょっと硬めの食感でした。胡瓜選びから始めなくてはならないとするとかなりの難関ですが、新しいチャレンジに挑みたいと思います。

 

勿論美味しいのはパキポキ胡瓜だけではありません。ヨコワ鮪とシマアジの刺身です。

 

 

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ハマグリとプチトマトの酒蒸しも、スープの多さと美味しさで、競うように食べてしまいました。

 

 

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虎之介では、店長さんが息子の先輩に当り、何時も激励の言葉をかけてくれるのですが、今回も。そして、大きくなった息子の肩幅を報告するために、背中の写真を撮りました。

 

超満員の新幹線でしたが、余裕のあるうちに切符を確保することも覚えたようで、元気に東京に戻って行きました。

 

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コメント

後ろ姿、とてみかっこいい若者ですね!

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。お褒め頂き有難う御座います。

息子のTシャツの言葉ですが、照れ臭いときや嬉しい気持、その他上手く返事ができないようなときに、スラング的に「Whatever!」と誤魔化すことがあるのを思い出しました。

背中が照れているということだと思います。

2017年8月16日 (水)

「第18回 平和の鐘を鳴らそう in 長泉寺」に参加してきました ――コミュニティーで創る平和の温かさに包まれた一時でした――

「第18回 平和の鐘を鳴らそう in 長泉寺」に参加してきました

――コミュニティーで創る平和の温かさに包まれた一時でした――

 

岡山ユネスコ協会が主催し、2000年に第一回目が開催された「第18回 平和の鐘を鳴らそう in 長泉寺」に参加してきました。長泉寺は岡山市北区南方にあり、正式には真言宗御室派薬園山長泉寺です。長泉寺は寺院としての行事の他にも様々な文化活動や社会平和活動、国際交流等の活動に積極的に取り組んできたことで知られています。

 

8月のイベントですぐ気が付くのは、

 

86日(日)「平和の鐘 ~広島忌~」 815 広島原爆忌につき、犠牲者を追悼し核廃絶と平和を祈る鐘を突きます。

89日(水)「平和の鐘 ~長崎忌~」 1102 長崎原爆忌につき、犠牲者を追悼し核廃絶と平和を祈る鐘を突きます。

815日(火)「檀信徒合同お盆総供養法要」(8:3010:00) そして

815日(火)「第18回平和の鐘を鳴らそう!」(11:4514:00) です。

 

「平和の鐘を鳴らそう」のプログラムは次の通りです。

 

 1145        開会案内

 1150        開会あいさつ

 1155        『わたしの平和宣言』朗読

 1200        平和の鐘を鳴らそう:平和への想いをこめて、一人ずつ鐘をつきます

        〈小休憩・移動〉

 1230        「平和の話」 講師:秋葉忠利さん(元広島市長)

        ~ 被爆者の存命中に核廃絶を 

        混迷する世界を救うのは“The Better Angels of Our Nature

 1330        「祈りの音楽」 長泉寺合唱団 CORO NAGA(コーロナーガ)

 1400        閉会

 

「平和の鐘を鳴らす」イベントでは、鐘楼の脇に立った数人の僧侶が般若心経を唱える中、イベントの参加者が一人一人、鐘を鳴らして行きます。高齢者も多かったのですが、お母さんに抱かれて一緒に鐘の紐を引っ張る幼子も何人かいて、戦争犠牲者の追悼、さらには現在そして未来の平和のための祈りが、読経の声と鐘の音に乗って天に届くかのような雰囲気でした。

 

               

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鐘を鳴らすためには、紐を垂直に引っ張る構造になっています

 

私の話は、核兵器禁止条約成立の歴史と意味に焦点を合わせました。原水禁世界大会での報告でも同趣旨の話をしていますので、内容についてはこちらを御覧下さい。

 

「平和を歌う」をテーマに2015年に結成された長泉寺合唱団「コーロナーガ」の皆さんの歌声もとても素敵でした。

 

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何より有り難かったのは、岡山ユネスコ協会の幹部の皆さんそして長泉寺の宮本龍門住職にお会いし話のできたことでした。

 

特に龍門御住職には、私が到着してからすぐ、またイベントの後にもゆっくり時間を取って頂き、貴重な「法話」を聞かせて頂きました。話に引き込まれてしまい、メモは取れなかったのですが、何点か印象に残ったことを書き抜いておきます。長泉寺のホームページにも、同じような記述がありますので、お勧めしたいと思います。

 

l 仏教を突き詰めて行くと、人間社会のあらゆる側面との関わりが大切になる。だから政治的な事柄も避けては通れない。それ以上に、「政治的事柄だから避ける」という判断こそ政治的であって、仏教者の立場としては、それが政治的事柄でもプライベートな事柄でも、その他様々なことについても仏教的判断をして行くべきだと考えている。

l 特に「平和」は宗教とは切り離せない関係にある。宗教こそ、究極的には平和を創る力を持っている。

l お寺は地域の中に位置している。そして寺を取り巻く人々全ての関係は、上下関係ではなく、平等なものだ。そのコミュニティーの力で世界の平和にまで通じる平和が創られる。

l 世間を見るに付け、政治に関心のない人々の多さに愕然とする。その人たちに少しでも関心を持って貰うために、コミュニティーの拠点としての寺院の役割を大きくしたい。

 

長泉寺でお会いした方々は、龍門住職をはじめ、皆さん笑顔に満ち、謙虚な方ばかりでした。16世紀初めに開創されて以来の伝統なのかもしれませんが、平和活動を通じての心の平和や平穏を身に付けられたからだとも考えられます。そのせいだと思いますが、穏やかな気持ちで岡山を後にすることができました。

 

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コメント

長泉寺の住職さんのいわれる
仏教→平和→政治→地域→お寺
というコンセプトとそれに基づいての活動は素晴らしいですね。
イライザさんはそうした活動のシンボル的存在になりましたね。
これからも頑張ってください。

「シンボル」様

コメント有り難う御座いました。世の中を変えるためには、ベトナム戦争反対運動時のように、僧侶が自ら火を被ることさえ必要な場合もあることは理解できます。

でも、毎日の生活が基本になる地域の中の運動では、人を包み込む温かさや優しさが運動の幅と奥行きを創り出していることを、今回の長泉寺のイベントで実感できました。

2017年8月15日 (火)

8月のブルーベリー農園その1

 

8月のブルーベリー農園その1

 

安芸の郷の3つの事業所が一緒に行う第14回森の工房AMAブルーベリーまつりは森の工房AMA、第2森の工房AMAを会場にして85日(土)に開催され1400人を超える人たちで賑わった。

 

まつりの名前が「ブルーベリー」なので、大量のブルーベリーを用意して、1キロと100gパックにして販売しないといけないので7月末からまつり前日まで東広島市豊栄町のブルーベリー農園で摘み取った実を森の工房AMAに届ける毎日だった。まつりが終わると今度は生食の1キロパックの予約注文を受け付けるので、休む間もなく摘み取りを続けるが、摘みとりは安芸の郷としゃくなげファームの利用者の研修受け入れ、安芸の郷のボランティアの皆さん、農園の友人知人の方々のご協力で進む。感謝の日々でもある。

 

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農園には太陽が照つけ続け、気持ちのいい空が広がる。(813日)

 

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「さあこい」と言わんばかりのブルーベリー。(ラビットアイ系ティフブルー)

 

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一番下の畑に入り(812日、矢野民児協、ボランティアグループ森のくまさんの皆さん)

 

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山の西側に入ってブルーベリーを摘み取る。(811日。農園の友人知人の皆さん。こちらは親子連れ)

 

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昼休憩。離れ、縁側、軒先とお気にいりの場所で昼食。(812日)

 

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山や畑で摘み取りをしていた皆さんが午後の休憩で摘み取ったブルーベリーをもって母屋に移動。待っているのは、

 

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ブルーベリージュース。みんなで摘み取った実とグラニュー糖、氷を入れてミキサーにかけて出来上がり。暑い中の摘み取りの後のジュースは皆さん絶賛。(813日)

 

9月上旬まで多くの皆さんのご協力で収穫作業が続き、森の工房AMAに納品されていく。

 

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隣の田んぼの稲は早生の品種らしくもう稲穂がたわわについている。

 

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山のブルーベリー園の法面のナデシコ。(813日)

 

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同じ法面にハギの花も咲きだした。(813日)

 

標高約400mの農園の周辺はそろそろ秋の気配。でもブルーベリーは40日間かけて実っていくのでまだ半分が残っている。森の工房AMAの注文もたくさんはいている。後半、もうひと頑張り。

 

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社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2017年8月14日 (月)

盆灯籠 ――関東では見ることのできない美しい伝統です――


盆灯籠

――関東では見ることのできない美しい伝統です――

 

30年も前、初めて広島でお盆を迎えた時の派手やかさに驚いたことを覚えています。五色の盆灯籠の美しさは、関東でのお盆との違いを視覚的に際立たせてくれていました。

 

子どもの頃の千葉でのお盆で一番記憶に残っているのは、816日から22日まで、一週間続く千葉神社の「だらだら祭り」ですし、送り火の苧殻を家の門近くで燃やして、キュウリやナスの牛馬は近くの海まで流しに行ったことですので、広島のお盆の雰囲気とはかなり違う感じです。

 

盆灯籠はコンビニやスーパー、ホームセンターなどでも手軽に手に入るものですが、近頃では、お盆が過ぎてからの処分の大変さや過度の華美化、火災等の事故に配慮して、盆灯籠を禁止する寺院もあるとのことです。しかし、何か工夫を加えることで、広島の風物詩を続けていって欲しいと願っています。

 

我が家の御近所のお墓には、今日も盆灯籠が供えられていました。御近所さんという御縁を有り難く思って、私も「南無阿弥陀仏」と唱えさせて頂きました。

 

                 

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2017年8月13日 (日)

親戚一同の会食 ――グランドプリンスホテルで盛り上がりました――

親戚一同の会食

――グランドプリンスホテルで盛り上がりました――

 

旧盆が近付き、御先祖の墓参りのために帰郷する人たちも増える季節ですが、我が家も例外ではなく、遠くから広島を訪れる親戚の皆さんも含めて、グランドプリンスホテル広島で、会食をすることになりました。レストランは李芳、何時行っても満足できる中華の店です。そして今年は、新婚ほやほやのメンバーも参加して、幸せのお裾分けもして貰いました。

 

                 

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子どもたちも入れて総員17名、場所を替えてからも話は尽きず、夕方まで食べ、飲み、歌い、話すことができました。何時ものことながら、話の中心になるのは終戦前に生まれていた3人なのですが、何時ものように辛抱強く聞いてくれた若い世代の皆さん、そして新しいメンバーにも感謝しています。Z級グルメの悲しさで、美味しかったランチの詳細をお伝えできないのが残念なのですが、このブログを通して、楽しかったひと時の一端でも感じ取って頂ければ幸いです。

 

 

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2017年8月12日 (土)

私たちの生きる意味 ――広島を問い、憲法を問うことと同じです――

私たちの生きる意味

――広島を問い、憲法を問うことと同じです――

 

86日夜、「広島を語る会」に集まった8人で共有できたことの一つは、奇しくも、722日に開かれた講演会で、講師の石川健治教授の問い掛けと同じでした。それは、「私たちの生きる意味とは何か」です。石川教授の言葉を要約すると、「物語として憲法がその意味を伝えてくれている」と要約できるように思います。

 

             

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Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?

(我々はどこから来たのか?我々は何なのか?我々はどこに行くのか?)

ポール・ゴーギャン作

[By Paul Gauguin - Museum of Fine Arts Boston, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=36264337]

 

フォトジャーナリストと御紹介しましたが、「核ジャーナリスト」としても知られているT氏からの問題提起も石川教授と軌を一にしていました。T氏は、被爆・被曝を合わせて「被ばく」と書いていますので、ここでもそれに倣います。広島・長崎の被ばく者、福島やチェルノブイリ等の原発事故での被ばく者、原発労働者、原水爆実験の被害者、その中には、南太平洋諸島で被ばくした人たちもいれば、「アトミック・ソールジャー」として、アメリカ本土での核実験で被ばくした兵士たち、また、核実験の風下に住んでいたために被ばくした「ダウン・ウインダー」たちもいます。さらにウラン鉱の採掘に駆り出されて被ばくした先住民たち等々、核被害を受けた人々は世界のいたるところに住んでいますし、被害の受け方も多種多様です。

 

2015年に明治学院大学で開かれた講演会T氏は、被ばくを4層に分けてその本質を説明しています。


 Nuclear Colonialization (核の植民地化)――政治的・経済的支配という面から被害を理解する。

 Nuclear Racism (核による人種差別)――ウランの採掘・精錬の75パーセントは先住民の住む土地で行われ、主要核保有国の核実験は全て先住民の住む土地で行われた。

 Nuclear Refugee (被ばく難民)――被ばくさせられた上に、難民として自分たちの住む土地から追い出されている。

 Nuclear Violation (被ばく被害は人権、生存権の侵害)――被ばく者を生むこと自体が人権侵害であり、その対応も人権という視点から考えるべきだ。

被害の受け方も、受けた場所や日時も違い、それぞれが置かれていた「被ばく」当時の状況も戦争中だったり、あるいは核実験のモルモットとしてだったりという差もある。労働者として、あるいは平穏な日常に起きた事故等、こうした背景の違いをも視野に入れると、被害者としての、そして運動としての連帯を育む上で、結局は「私たちの生きる意味」を問うという一番基本的な立場に立つことが、鍵になるのではないか。

 

最後に、ジャーナリストのI氏による、86日の広島レポートが、「リベラル21」というブログに掲載されています。優れたレポートですので一読をお勧めします。

 

 

 

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2017年8月11日 (金)

竹林の八賢 ――恒例の「広島を語る会」で盛り上がりました――

竹林の八賢

――恒例の「広島を語る会」で盛り上がりました――

 

ここ数年、86日の夜に旧知の木原省治さんの肝煎りで数人が集まり、広島の来し方行く末を論じる会が開かれてきました。半世紀以上広島・長崎や原水禁運動に関わって来た人たちだけでなく若い人も参加していますが、それでも全員50歳以上。世俗を超えた談論風発を毎回楽しんで来ましたので、「竹林の七賢」の集いとはこんな感じだったのではないかとさえ考えていたのですが、今回集った八人に敬意を表して、「八賢」と「自称」します。

 

             

Photo

               

台湾のウィキペディアから

 

そのメンバーについては、回を改めて御紹介したいと思いますが、今回は「八賢」からの問題提起をいくつかお伝えしたいと思います。高齢の方からは「膝を打って」同感!の声が上がるかも知れません。若い世代からは、「また最近の若者は---」が始まったと聞こえるかも知れません。いずれにせよ、私たちの世代の思いを書き留め表現することで、「ヒロシマの心」の一端が伝われば幸いです。「親の意見と茄子(なすび)の花は千に一つの無駄もない」という諺もありますし。

 

以下、その夜の一コマをお伝えしますが、あくまで私がメモも取らずに聞き理解したことが元になっていますので、正確さについては問題があるかもしれません。それに私も少々は酩酊していましたので、御本人から異論が出る可能性もあります。その際には、訂正をさせて頂く積りです。

 

(A) 新聞記者歴は半世紀を超えるI元記者が最近感じたことは、新聞記者そして新聞社の言語能力が落ちていること。彼がかつて仕事をしていたA新聞の記事で、「地方議会が召集された」と表記されていたことにショックを受け、新聞社に電話をしようとさえ思ったとのことでした。御存知の方は多いと思いますが、議会を「招集」する場合と「召集」する場合があります。「召集」は天皇が「招集」する場合にだけ使われる漢字です。

 

このような誤りの責任は記事を書いた記者本人だけにあるのではなく、最近は多くの新聞社で校正係がなくなっていることもその理由の一つだそうですし、新聞そのものの存続も危ぶまれている昨今、仕方のないことなのかもしれません。同時に、政治家の言語能力を問題にしなくてはならない現実を前に、もっと影響力を持って貰いたい紙媒体がその力を発揮するためには、一点一画も疎かにはできないことも事実です。

 

(B) 「八賢」の中の数人はマスコミの仕事をしていた人たちですし、その他の方々もマスコミとは切っても切れない縁で結ばれていました。今でもその縁は続いていますので、マスコミに対する期待は大きく、またそれが故に批判も厳しくなっているのかも知れませんが、人類史的に大きな意味を持つ「核兵器禁止条約」の報道についても、私たちの感じたことも共通していました。

 

(C) I元記者は、国会図書館まで足を運び、全国で発行されている日刊紙全ての報道をチェックしたそうなのですが、その結果、いろいろなことに気付きました。その一つが、「核兵器禁止条約」の成立に至るまでの経緯についての報道が、表面的なことでした。今の時点で見える現象的な説明に止まって、世界そして日本の平和運動・市民運動がどのような役割を果してきたのかについての記述がほとんどないことです。

 

(D) 実は私もこの点については同感で、第二分科会でこの点についても触れています。

 

 (E) その一つとして、「hibakusha」という表現が国際的に使われたのは、今回が初めてであるかのような誤解を生み兼ねない書き振りになっていることを指摘されました。これは、第二分科会でもフロアから発言されていますし、このブログでも以前、取り上げたことがあります。

 

(F) 長期にわたり活躍を続けてきたフォトジャーナリストのT氏からは、その場にいた私たちの思いをまとめる発言もありました。それはI元記者のように、半世紀以上ジャーナリストそして運動家として活躍してきた実績を持ち、今でも現役の記者魂を持って活動している先輩たちの持つ知識、そして世界や平和運動を見る枠組みや方法論を是非、若い世代のジャーナリストに引き継いで貰いたい、ということでした。

 

(G) それは、I元記者だけに限られることではなく、実はT氏についても当てはまることですし、「八賢」のその他の方についても言えることですので、このブログで不十分ではあっても、何人かの方のこれまでの活躍の一端をお伝えできたらという結論になりました。続きをお楽しみに。

 

 

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