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2020年6月11日 (木)

「無責任」の論理構造 (2) ――総理大臣も、主権者たる私たちの「使用人」――

「無責任」の論理構造 (2)

――総理大臣も、主権者たる私たちの「使用人」――

 

会社法では「使用人」を、会社の実務を実行する人という定義と、「平社員」という意味と両方の意味で使っているようですが、本稿では前者、つまり会社の仕事をする人は役員であれ平社員であれ、全て「使用人」と考えることにします。つまり、「使う人」と「使われる人」、「雇い主」と「雇われている人」等の二項対立で、誰かの命に従って仕事をする立場の人を指すことにします。

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それを憲法の中に現れる人たちに当てはめて考えたいのですが、まず、憲法の中の登場人物から整理しておきましょう。これは簡単なのですが、普通このような形での整理はしないようですので奇異に感じられるかもしれません。でも憲法の本質を理解する上では役に立ちます。

登場人物は、三つのグループに分けられます。第一が「主権者」です。これは分って頂けると思います。次に「公務員」です。選挙で選ばれる国会議員も公務員ですし、裁判所の裁判官も公務員です。そして、通常の意味の公務員も「公務員」です。そして、三つ目のグループは、天皇1人から成る「天皇」グループです。

「グループ」と言うと、普通は複数のメンバーがいないといけない、と思われがちですが、数学的に整理する場合、メンバーが1人の場合も「グループ」の特別の場合として、「グループ」と呼びます。

もう一つ注意しておきたいのは、天皇も「公務員」の一人だと考えることも可能なのですが、天皇には特別の役割がありますので、三番目のグループと考える方が論理的です。

この三つのグループの内、「使う人」は当然、主権者です。そして、「公務員」と「天皇」は主権者の「使用人」、つまり主権者のために仕事をするという立場です。同時に、これらの三つのグループに分けるという行為そのものは、日本国という存在をスムーズにかつ人類史や日本の歴史も踏まえ、そこに住むすべての人の幸福のために機能する状態を作るために行っています。その他の属性、例えば偉いとか偉くないとかといったものに従ってのグループ分けではない点を肝に銘じておいて下さい。また、それとはまったく別の次元で、ここに列記して登場人物は、これらの三つのグループのどれに属していても皆、日本国民という点では同じ立場ですので、これらの「使用人」が行うサービスを享受する権利があります。

本稿で取り上げたいのは、総理大臣の「無責任」が中心ですので、「使用人」の中でも「公務員」に焦点を合せましょう。「公務員」の仕事、特に総理大臣の仕事の内容は、憲法が大枠を規定しています。まず、前文では「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」と述べています。

より具体的な職務内容は、複数の条文に示されている通りですが、例えば68条では、総理大臣に与えられている仕事として、国務大臣を任命することができ、かつ罷免することもできると明示されています。73条では、内閣の職務権限という形で、7項にわたって、一般行政事務以外の事柄を列挙しています。

こうした仕事をする上で、最低限守らなくてはならないルールも憲法の中には明示されています。一つは、15条の二項です。「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」。もう一つは、99条です。「国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」ですが、憲法の中には、国民の権利が規定されていますので、それらの規定も守らなくてはならない義務を負っているのです。

実は、「使用者」としての「天皇」も、「公務員」と同型のルールを守らなくてはならないことになっています。「全体の奉仕者」は、「公務員」が守らなくてはならない条件ですが、「天皇」の場合は、1条で、「国民の総意」によって、「日本国の象徴」として「国民統合の象徴」であることが規定されていますが、これは「全体の奉仕者」であることをその中に含んでいると考えられるからです。そして、99条の憲法遵守義務には、「天皇」に対する唯一の明示的義務として「憲法遵守義務」が課されています。念のため、条文を掲げます。

99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

「使う側」の主権者と「使用人」の公務員との関係を、もう少し整理しておくと、主権者は「公務員」に対して、一定の仕事を委託するのが憲法の枠組みです。前文では「信託」という言葉を使っていますが、それは信頼した上で委託しているという意味ですし、その信頼に応えて、「全体の奉仕者」として、しかも憲法に則って仕事をするのが「公務員」の義務です。この点を具体的に、主権者の側からの権力の行使として明示しているのが15条です。「公務員」を選定することと罷免すること、両方の力のあることを述べているからです。

それを視野に入れて、仮にある公務員が、自分の仕事、つまり主権者によって委託された仕事を全うしていないとき、全うさせるためにはどのような手段があるのか考えてみましょう。憲法内には「懲戒処分」という言葉が使われていますので、それも可能なはずです。しかし、基本的な形は委託先を変えることだと考えられます。選挙とはまさにそれを可能にするシステムですし、それは、前文に掲げられている権力の移譲の仕方が基本的な形を示していると考えられますし、15条の一項に掲げられている一対の権力行使の仕方に裏付けられています。つまり、これが政治的責任の取り方の基本形だと理解して良いのではないでしょうか。

もし、人を換えなくても、それまではできていなかった、「委託された仕事を全うする」ことができるようになる対応があるのなら、それは、認められるかもしれませんが、そのことを証明する責任は、「公務員」側にあります。主権者側は、委任先を変える、つまり、その「公務員」を罷免して別の人に委託し直すという選択肢があるからです。

これを簡単にまとめると、総理大臣や国務大臣も含めて、「公務員」が、主権者の委託した仕事を全うしていない場合には、その職を辞めなくてはならないということになります。この因果関係を「責任を取る」という言葉で表現しているのです。

このことは、第(1)部で指摘した論理性を憲法が認めていることを示しています。それは責任についての因果関係を元にしています。憲法の根底にもこのような形で論理性が生きていることは力強い限りです。

しかし、安倍総理が連発して来た「責任は自分にある」、しかしその責任は取らない、つまり辞任しない、という「無責任」さは、そもそもなぜ可能なのでしょうか。そしてなぜこれほど長期にわたって続いているのでしょうか。あるいは主権者である我々が続けさせているのでしょうか。

次回、21日には、その説明をする積りですが、一つは憲法についての根本的な問題です。そしてもう一つは、日本社会がこんなに簡単に洗脳されてしまって良いのか、という嘆きから始めたいと思います。

 [2020/6/11 イライザ]

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2019年8月10日 (土)

8月一杯お休みします ――大きな仕事を抱えています――

多くの皆さんに御心配頂きましたが、風邪は何とか治りました。ここ何年間、風邪はひかなかったのでちょっと油断してしまいました。

でも、ブログの再開はかなり先になります。8月中に仕上げなくてはならない原稿が二つあり、全力投球が必要だからです。「集中」するとは、気を散らさないことですので、原稿以外のことには頭を使わないようにするのが必要最小限の心構えなのです。

当分は、一日仕事に集中して、夕方、一段落したら一休みして次の日に備える積りです。

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もちろん30分おきに立ち上がって、「ガッテン」おすすめの体操を間に挟みます。8月末には、立派な原稿とスリムなボディーが出来上がっているはずです。

[2019/8/10 イライザ]

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コメント


良かったです。風邪が治っていて。
本気で心配しました。

コメント要らないです。仕事に集中してください

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

御心配をかけてしまい申し訳ありませんでした。風邪は良くなったのですが、集中力が今一で、昔なら5分でできていたことが今では1時間かかるような感じです。でも、頑張っています。

 

 

2019年7月25日 (木)

風邪をひいてしまったので、しばらく休みます

クーラーの利いている部屋で、疲れて寝込んでしまい、風邪をひいてしまいました。年のせいもあるかもしれません。大事をとってしばらく「安逸」な生活をしたいと思います。ブログもお休みさせて頂きます。

 

 

 

 

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コメント

何日ぶりかでブログを👀

あらららら。どうぞお大事に。
(夏に風邪→こちら→間が悪いことに7/21~24がピーク。
22日はせめて4時からと思いつつも、叶わずでした。
またのLIVEを心待ちにしております)

夏の風邪は拗らすと厄介です。充分ゆっくりと休養されて、お大事になさってくださいませ。

《追伸》「数学書として憲法を読む」とても読みやすく考えさせられることも多いので、ゆっくりじっくりと拝読させていただいています。示唆と勇気を与えてくれる労作を、本当に有難うございます!

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。「硬い心」さんもお大事になさって下さい。

LIVEは、また何回か開きたいと思っていますので、そのときには宜しくお願いします。

「うみねこ」様

コメント有り難う御座いました。

こじらせないよう、週末はゆっくりしたいと思っています。『数学書として憲法を読む--前広島市長の憲法・天皇論』をとても丁寧にお読み下さり、ありがとうございます。著者冥利に尽きます。

 

 

 

 

2019年7月22日 (月)

好きな街並み ――プリンス通り――

田舎の魅力の一つは、目の前に広がる田圃やその背後の山々、その間をゆっくり流れる川等ですが、これらの魅力は平面の中に自分を置いた場合の景色だと言えそうです。対して、都会の魅力とはと問われると、答えの一つに挙げたくなるのが、一次元的な景色です。

日本語だと、道とか街路とか街並みになるのでしょうが、英語なら「street」や「thoroughfare」がピッタリです。「通り」でも良いのでしょうが、「銀座通り」とは言っても、単独で「通り」では格好がつきません。

前置きはそのくらいにして、私が好きな街並みはいくつもあるのですが、その一つが「プリンス通り」です。青山通りと交わるのは昔のプリンスホテルの近くです。そこから文藝春秋社の方まで延びて、最後は麹町四丁目の交差点で終る通りです。

それほど魅力的に思えたのは、青山通りからプリンス通りに入った時、左側にホテルのプールがあったことかもしれません。プールのあったところより麹町四丁目寄りですが、今は、今半があり、それにトナカイのモダンなスタチューがあります。

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その先には、旧李王家の邸宅があり、それはプリンスホテルの別館として典雅なサービスを誇っていたのです。今でも、その建物は「クラシックハウス」として残されています。

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通りを挟んで対面には、麹町中学校が健在です。「番町小学校⇒麹町中学校⇒日比谷高校⇒東大⇒偉い人」という神話が生きていた時代には、あたかも「聖地」のように思われていた中学校です。

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こう書いてきて、何故、私が「プリンス通り」に魅かれているのか、あまり説得力のある説明になっていないことに気付きました。でも、好き嫌いの感情に、理由は必要ないこともありますし、麹町中学の隣に「都市センターホテル」があって、それが何故私の定宿なのかということを正当化したいだけなのかもしれません。

[2019/7/22 イライザ]

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2019年7月21日 (日)

インゲンとトウモロコシを収穫 ――サルと日照時間の影響――

二週間ほど前には、自然の力に畏敬の念を抱いたのですが、その時心配した通り、サルが出てきました。一番実の入ったトウモロコシを食べてしまったのです。それも全部食べたのならまだ「美味しかったんだから仕方がない」と諦めもつきますが――いや本当はつきませんが、言葉の調子でこう言わざるを得ないではありませんか――上の方、三分の一くらい食べて、二本の茎を引き倒してしまっていました。それからすぐ、サル対策をすれば良かったのかもしれませんが、御近所の皆さんが盛んに音だけの花火でサルを遠ざけている様子が分ってきましたので、これ以上の被害はないだろうと腰を据えました。

それから、約二週間して、トウモロコシの被害はありません。そして去年も豊作だったツルナシインゲンが大量に生っています。トウモロコシもまだまだの感じなのですが、サルの被害に遭う前にと、こちらも合せて収穫しました。まずは、インゲンから。

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我が家だけでは食べ切れませんので、親戚にもお裾分けです。前にも書きましたが、本当ならいろいろなものを頂いている御近所にお裾分けすべきなのですが、その御近所は皆さんプロの農家です。とても恥ずかしくて、我が家の農産物など差し上げられません。そしてトウモロコシ。

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実が入っていないのは、一目瞭然ですが、サルに食べられる前に、という至上命題がありますし、もう一つは、日照時間の少なさが問題です。カーッと太陽が照り、地上一メートルの高さまで熱気に覆われている状態でないと、トウモロコシの実は入りません――これまでの経験則です。

とは言え、我が家の夕飯は、それでもこんなに豊かになりました。メインはカレーですが、その他に我が家の庭からの収穫でほぼテーブルが埋まっていることに感謝しつつ、ビールの栓も抜きました。

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[2019/7/21 イライザ]

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2019年7月20日 (土)

1964年東京オリンピック ――同じお題で書きましょう――

若い世代の皆さんはまだ生まれていなかったのですから、1964年の第18回東京オリンピックを見ることはできなかったのは当然ですが、当時も人気が高くチケットを手に入れるのは至難の業でした。私も競技上のチケットは手に入らず、生で見られた種目はありません。

でもそれで良かったのかもしれません。なぜなら、私はその時、アメリカ選手団を応援していたからです。周りの人たちから袋叩きになっていたかもしれないではありませんか。と言ってもそれほど深刻ではなく、応援していたのは全種目ではなく、クロスカントリーに出場した、クラスメート、そして陸上のチームメートだったのです。競技場は東大の検見川総合運動場で、当時私が住んでいたところから二駅しか離れていませんでした。

クロスカントリーのチケットは当らず、競技を見ることはできませんでしたが、競技場まで出掛けて、アメリカの選手を見付けて貰い、私のチームメートの「トム・カリー」に差し入れを渡して貰うように頼みました。

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東大検見川総合運動場

実は、その年の5年前から一年間、イリノイ州の小さな町の高校に留学していたのですが、シーズンごとに選べる部活のスポーツの内、春のスポーツには陸上を選んで、短距離、幅跳び、高跳びといろいろ練習したのです。そんなチームメートの中で頭抜けて優秀だったのがトム・カリーで、イリノイ州の高校大会でも優勝したほどでした。彼がオリンピックに出ることになったのも、その町では大騒ぎでしたし、私も直に応援したかったのですが、チケットが手に入らなくては仕方がありません。

結果は残念でした。そして、彼に会えなかったのはもっと心残りでした。

でも、このオリンピックでは思いがけず、閉会式のチケットには当たっていたのです。その閉会式で印象的だったのは、入場するときに選手たちがバラバラに入ってきたことが一つ。会場が温かい自然な雰囲気に包まれました。そして最後に讃美歌の「神ともにいまして(また会う日まで)」が演奏されたことです。選手も観客も一つになったときでした。

それから55年が経ちましたが、オリンピックだけではなく様々な場面で多くの人に会い、また別れてきました。そんな場面で、今でも1964年のオリンピックの閉会式の「神ともにいまして」が蘇ってきます。来年のオリンピックの閉会式にもそんな感慨を催す人がいるのかもしれません。

[2019/7/20 イライザ]

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コメント


参加ありがとうございます。

 

おそらく、今回の同じお題で、チームメイトがオリンピックに
出たなんて話は出てきませんよ。応援出来ていれば良い
思い出だったでしょうね。それにしても羨ましいです。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

そして、トムのその後はあまり良く分りません。同窓会にも出てきていませんし、同窓会誌にも消息が載っていません。また会えたら良いのですが――。

 

 

2019年7月19日 (金)

日本のテレビは「いじめ」を助長している ――みんなで声を上げましょう――

イギリスの人気テレビ番組「Britain’s Got Talent (私訳: イギリスの隠れた才能発掘! BGTと略)」は、「いじめ」について、積極的に関わり、「いじめはいけない」「いじめを受けた子どもたち、受けている子どもたちよ、頑張れ」といったメッセージを出し続けています。

それに対して、日本の子どもたちは、日常的にテレビからどんなメッセージを受けているのでしょうか。サイモンと同じように、批判に晒され反省することでテレビ番組の内容が変ることを期待していますが、取り敢えず現状を簡単に見てみましょう。

日本のテレビ番組で、隠れた才能を発掘する目的を掲げているのは、テレビ東京の「カラオケバトル」があります。堺正章が「オウナー」ということで、高校生や中学生、時には小学生までが出場しています。それと、出場者は芸能人ですが、俳句や華、水彩画等の才能を評価する、TBSの「プレバト」くらいでしょうか。

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「プレバト」は私が好きな番組なのですが、それは、番組の大きな枠組みを無視して、純粋に才能の評価が行われている場面に限っての話です。まず、司会の「浜ちゃん」の言動は、テレビなら「いじめ」は許されるのか、と言っても良い暴力性に満ちています。人の頭を殴ることは日常茶飯事、しかも擬音まで使ってそれを強調しています。また、芸能界では「いじる」と表現されるようですが、本当は「いじめる」の短縮形だとしか考えられない言葉の暴力には辟易しています。さらに、さすがに今は減りましたが、俳句の先生である夏井いつきさんを梅沢富男という男が、「ババア」呼ばわりしていたことも、多くの人々の顰蹙を買っていました。

私たち大人なら、このような言動を不愉快だと思い、より大きな世界の判断基準に従って対処することは可能です。でも世界が狭い子どもたちにとって、ましてや、学校で「いじめ」に遭っている子どもの場合、周りの加害者からも先生からも「あれはふざけているだけのこと」と問題にされない場合、このような番組を見せられれば、「おかしいのは自分の方だ」と思い込んでしまうことがあっても不思議ではありません。

「いじめ」が原因で自殺した子どもたちのケースが何度も報道されながら、調査をしたはずの担任が、加害者と傍観者の「あれはふざけていただけ」を鵜呑みにしてしまう背景に、「プレバト」のような番組の、「いじめ」助長とも思われる言動があるとしたら、私たちがもっと声を上げなくてはいけないのではないでしょうか。

「カラオケバトル」では、さすがに子どもの頭を叩いたり、言葉による「いじめ」は見られませんが、それでも、信じられない光景を先日目にしました。

出演者は、北海道の高校に通っている女子高生です。工業系の学校だということで、一クラス約50人の生徒のうち、女子は2人だけだということでした。このような環境に置かれている女子生徒の立場が難しいことは誰でも理解できるはずですが、それでも耳を疑ったのは、この二人の女子生徒に対して、男子生徒は一切話し掛けもしないという事実があることでした。しかもそれは、一種の温かいエピソードとして扱われていて、「カラオケバトルで優勝したら話し掛けて貰えるかもしれない」ことが強調されていたのです。

でも考えてみて下さい。全員が男子だとして、二人だけ全く話し掛けてももらえない生徒がいるとしたら、それはどんな定義を適用したとしても「いじめ」です。でもその二人が女子生徒だと、途端にいじめではなくなってしまうし、学校側でも何の対応もしていないとは、呆れて物が言えません。

BGTとAGTでのサイモンの言動を問題にした人たちは、普通なら「いじめ」でもテレビで同じことをすれば称賛されるのはおかしくないか、と主張しました。それは、「被害」に遭った子どもたちの人権という視点からは当然のことです。日本のテレビ界でも、そろそろ、子どもの人権という視点から番組の内容を考えることをはじめても良いのではないかとも思いますが、皆さんは如何お考えになりますか。

[2019/7/19 イライザ]

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2019年7月18日 (木)

「いじめ」をなくそう (3) ――テレビ番組の役割――

イギリスの人気テレビ番組「Britain’s Got Talent (私訳: イギリスの隠れた才能発掘! BGTと略)」は、「いじめ」について、積極的に関わり、「いじめはいけない」「いじめを受けた子どもたち、受けている子どもたちよ、頑張れ」といったメッセージを出し続けています。

一寸穿った見方をして、仮にこのような姿勢が、「「涙もろい」視聴者の心理に付け込んで視聴率を上げるための商業的な意図」に基づいていたとしても、「いじめ」についての正しい考え方を発信し続けること、特に「いじめ」を受けている子どもたちに寄り添おうとすることには、大きな意義があります。これについて書き始めたのですが、二回にわたっての「準備」が必要になりました。

さらに、もう少し調べてみると、BGTやAGT(America’s Got Talent、つまりBGTのアメリカ版)のプロデューサーで、最近は一貫して「いじめ」に反対の姿勢を示している、審査員のSimon Cowell (サイモンと略)は、辛口のコメントで知られており、かつては番組の出演者に対する彼のコメントや行動が「いじめ」だとの批判を受けたこともあったようです。

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サイモンのFacebookから

その反省があるからかもしれませんが、最近のBGTやAGTの番組でサイモンは、一貫して「反」「いじめ」に徹しています。何人か、「いじめ」に遭ったことのある出演者へのコメントは、人によって違うこともありますが、大体次のような内容です。

 

  • 「いじめ」に遭って辛かったであろうことに対する理解を示し被害者に寄り添う。
  • 被害者が「いじめ」に遭っていたことを公にして、社会的に共有したことについての高い評価を示す。
  • 「いじめ」に負けずに、闘ったことを評価する。[番組中の被害者の問題解決が転校による場合の多いことも、出演者の言葉から分ります]
  • 「いじめ」の原因は、被害者が加害者より優れているからだという「因果関係」を宣言する。
  • 自分も、被害者の側に立ち被害者に寄り添っていることを示すために、また「いじめ」は許せないというメッセージを発信するため「金色のボタン」を押すなどの行動を取る。
  • 「いじめ」の加害者に満足感を与えないために、「被害者」としての過去と決別することなどのアドバイスをする。

 

テレビや音楽界の大物のサイモンが「いじめ」についての姿勢を明確にしていることで、社会的にも「いじめ」についての理解が深まっていることは、例えば、前に紹介した「Bars and Melody」の番組が放映され、大きく広まったことで、「いじめ」の「加害者」から「被害者」に謝罪のメッセージが届いたことが報道されたりしていることに現れていると見ることも可能です。

それに対して、日本の子どもたちは、日常的にテレビからどんなメッセージを受けているのでしょうか。サイモンと同じように、批判に晒され反省することでテレビ番組の内容が変ることを期待していますが、取り敢えず現状を簡単に見てみましょう。また長くなったので、次回に。

[2019/7/18 イライザ]

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2019年7月17日 (水)

Wii Uにカラオケのアプリがありました ――田舎暮らしのオアシスです――

田舎暮らしで苦労するのは、ムカデのような虫が多いからだけではありません。ある物だけではなく、「ないもの」も多いのです。例えば、近くにカラオケ・ボックスがありません。30分くらいのところにあったシダックスはくら寿司に代ってしまいました。広島市内まで出掛けて駐車代も払って、一時間一人カラオケをするのもちょっと気が引けます。

という悩みが解消されたのは、東京の友人宅を訪れたときでした。彼の家には豪華なカラオケセットが置いてあったのです。

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元々音響関係の仕事をしている彼の家のシステムは、スピーカーやアンプ等を合せると百万円を軽く超えるほどのシステムなのですが、ソフトはゲーム機に付いているものでした。Wii Uのアプリなのです。

早速歌わせて貰うと、本格的なサウンド・システムの音は素晴らしく、それに気を良くして歌い続けるうちに点数も上がりました。

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素晴らしい発見だったのですが、わざわざ東京まで出掛けてカラオケという訳にも行きませんので、「田舎のカラオケ」システムを準備しました。まず、息子から今は使っていないWii Uのゲーム機を送って貰いました。それをテレビに接続して、ゲーム機を起動します。確かにカラオケアプリがあるではありませんか。

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アプリは丸で囲んでおきましたが、それを押せば、カラオケ・ボックスと同じようなカラオケが楽しめます。そして、このカラオケはJOYSOUNDというサービスなのですが、採点機能を使うと、もう一つのシステムであるDAMと比べて、より精密な音程で自分の声の状態を見ることが出来るようになました。左上の黄色の波線を見て下さい。それが私の発声の状態です。

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かなり微妙な形で声が出ていることが分りましたので、これから、発声練習するにも良いデータになりました。これで、田舎暮らしの悩みの一つは解消されましたし、いくら大きな声を出しても周りに迷惑になることはありません。カラオケに行ってもに三曲しか歌わない家人も、最初の夜には2時間歌いっ放しでした。次のカラオケの会で成果を披露するのが楽しみです。

 [2019/7/17 イライザ]

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コメント


こちらの町内会館でも古いカラオケセットに加えて、Wii Uのカラオケも設置されています。更に、若い人たちはプロジェクターとスマホを使い、以前ブログでも紹介したsmuleを使って、離れた知人とのデュエットなども披露しているようです。

カラオケ好きのSNS
http://hiroshima.moe-nifty.com/blog/2016/12/post-89fd.html

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

全く知らない人とのデュエットは経験していませんが、一緒に歌う時は、同じ場所で一緒に、という形しか頭に浮びません。時代に遅れているのでしょうか。

 

 

 

 

 

2019年7月16日 (火)

7月22日に、「数学月間」の懇話会で話をします ――関東地方の皆さん是非お出で下さい――

皆さん。7月22日から8月22日の間を「数学月間」と呼んで、「社会が数学を知り、数学が社会を知る」を合言葉に、全国各地で、数学への関心を高めるための様々なイベントを企画したり応援したりしているNPO法人のあることを知っていますか。それが「数学月間の会」なのですが、7月22日の午後2時から、東大の駒場キャンパスで懇話会を開催します。関心のある方ならどなたでも参加して頂けますので、是非お出で下さい。

会の詳細をお知らせする前に、何故7月22日から8月22日なのかの理由を聞いて下さい。数学で大切な定数の一つが、円周率、つまりΠ(パイ)であることは御存知だと思います。例の、「3.1415・・・・・・」と続く数字ですが、円の外周の長さを円の直径で割った数値です。

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πについてのAERAの記事から

この数字は無理数ですので、少数を使って表そうとすると、「無限小数」つまり、永遠に続く少数になるのですが、昔から、この数を有理数、つまり分数で近似することが行われてきました。その中でも多くの人が使ってきたのが、22/7です。つまり、22を7で割った数なのです。ここから、7月22日を思い付くのは簡単ですね。

8月22日も、数学の知識のある人には納得して貰える数なのですが、術語を使えば「自然対数の底」、数学の記号としては「e」が使われる数値です。こちらの近似値として使われてきたのが、22/8、つまり、22を8で割った数なのです。

前置きが長くなりましたが、懇話会のお知らせです。

 

  「数学月間懇話会(第15回)」

  • 722日,14:0017:30(開場13:30
  • 東大駒場,数理科学研究科002教室.

 

  14:00-14:20 片瀬豊さんと数学月間,谷克彦

  (休み10分)

  14:30-15:20 教育数学と高大接続,岡本和夫(東京大学名誉教授)

  15:20-15:50 質疑応答

  (休み10分)

 

  16:00-16:50 数学書として憲法を読む,秋葉忠利(前広島市長)

  16:5017:20 質疑応答,本サイン会

 

  主催● NPO法人数学月間の会,日本数学協会

  参加費● 1000円(高校生,中学生は無料)

 

その後に懇親会があります。隣建屋のイタリアントマトに行って,各自払いで注文し適当に椅子に座りお話しします.17:40ごろからでしょう.

私の出番を強調させて頂きましたが、多くの皆さんに御参加頂ければ幸いです。

[2019/7/16 イライザ]

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